第190話 虚実古樹の私から、何故人は殺し合うのか?
初戦は、私達の圧勝で終わった。
大砲は見目新しく、爆音は私達を威圧する役目としては充分ではあったが、精度は低過ぎてまるで虚仮威しにしかならなかった。
何より、兵としての力が、個としての戦力が、あまりにも違っていた。フェスツカ達をを起こすまでもなく、オエノラ家系の吸血鬼と私だけで、1000人程度の人間側の軍は、一晩ともたずに壊滅した。
「エディンム様、今回は私の方が多く殺しましたわ!」
大広間で、踊るようにしながら、オエノラは私に自慢する。実際、最前線で戦っていたオエノラが一番多く人間を殺したのは、誰が見ても明らかだった。
「当たり前じゃないか。私は総大将だよ?あの大筒が大した物でないと気が付いたから、すぐに後ろで控えることにしたのさ。」
何より、この戦いには違和感があった。恐らく、あの大筒は、最新の兵器だろう。硫黄と炭の混じったような匂いの火薬から放たれる粘土の塊は、そう低い威力ではない。
けれど、第三眷属でも弾き返すことが出来る程度の威力しかないし、何より私達吸血鬼に有効な銀を使っている訳でもない。
一応何人かヴァンパイア・ハンターらしき人間はいたが、大した実力も無い。まるではなから勝てる見込みが無いのを分かっていながら挑んでいるようでもあった。
「真祖様ともなると、言い訳もお上手ですのね。」
余程退屈をしていたのか、オエノラはいつになく上機嫌で私を煽る。最近、黒死病の影響で行動を制限させていたのが彼女には余程堪えていたのだろう。そう考えてると、いい息抜きになった、と考える事が出来るかもしれない。
「しかし、一体何故人間共は侵攻をしてきたのでしょうか?」
あまりに上機嫌なオエノラにやや引きながら、イライシャは独り言のように疑問を口にした。
「その答えは、マリアが知っているさ。そうだろう?」
そうでなければ、彼女が必死にこの戦を防ごうと行動していた理由に説明がつかない。
部屋の隅で落ち込むようにしていたマリアは、私の言葉に怯えたように身体を震わす。しばらく俯いたまま、震えた声で小さく口を開いた。
「……黒死病で、ございます。」
「どういう事?私達、黒死病と関係ないけれど。」
先程まで上機嫌だったオエノラは怪訝な表情を浮かべて、まるでマリアを非難するような目線を向ける。私はマリアの一言でおおよそ何があったのか察したので、別にマリアのせいでは無いだろうに、と思わず苦笑をこぼした。
「仰る通りでございます。ですが、人間共は、教団連中は、噂を流したのです。『黒死病は、吸血鬼が原因だ』と。『吸血鬼が、井戸に毒らしきものを流すのを見た』と、吹聴して回っております。」
「はあ?何それ。」
「まあ、よくある話だね。前にも似たような事は腐るほどあった。得てして吸血鬼というのは悪役にしやすい。何より、実際悪役だ。例え私達が『それは違う』と否定して回ったところで、誰も信じないだろう。」
先程の襲撃があまりやる気が見えなかったのも合点が行く。『吸血鬼は悪だから、倒そうと思ったけれど無理でした』というパフォーマンスの為の一戦だったのだろう。
とはいえ、私はここで頬杖を着いて、思考に耽る。ガス抜きとしては悪くない手だが、それが解決策となる事はない。何より、門外漢とはいえマリアが時間をかけて原因も対策も見つける事ができていない事を、人間が見つけられるのだろうか。
このままこの状態が続いたとしたら。一向に病は流行り続け、偽りの噂が、ヨーロッパ全土に広がったとしたら。狂った火種は伝染し、それは人間と吸血鬼の全面戦争となる。
「マリア。だから君は、病の原因を特定したかったのか。だから、ヴラドを少しでも元に使える状態にしたかったのか。だから、ずっと怯えていたのか。だから、私にこの事を話さなかったのか。」
病の原因が分かれば、吸血鬼に濡れ衣を着せられることも無いだろう。ヴラドがいれば、吸血鬼側の戦力は増えるだろう。もし戦が始まれば、多くの人が死ぬだろう。 私に言えば、私はこの後の戦争を求め助力しないだろう。
ようやく合点が行った。まだ状況が呑み込めていないイライシャとオエノラは、2人で顔を見合わせている。
「……仰る通りでございます。ですが、その全ては水泡と帰しました、主よ。戦は始まります。多くの命が、失われます。」
それが戦というものだ。そんな事は、マリアにも分かっているだろうから、私は言葉にもしない。
「いいじゃないか。君は望んだことでは無いだろうが、このまま何も出来ずに淀むよりは、人間共もいくらかマシかもしれないよ。殺し合い程刺激的な娯楽もそうない。なにより誰でも参加出来るのもいい。」
行くところまで行ってしまえば、女子供も意志を持って石を持って参加するのが戦争だ。
尤も、私はやりすぎて少し飽きてしまったけれど。けれど私の予想通りの規模ならば少しは楽しめるだろう。
「エディンム様。お話が分からないのですが、つまりはこれからも戦が続く、という事でよろしいでしょうか?」
「かもしれない、という段階だけれどね。けれどマリアの千里眼にはその景色が見えているらしい。」
オエノラはプレゼントを貰った子供のように飛び跳ねて、その勢いでマリアに抱きつく。
「ありがとう、マリア!流石は私の眷属!!」
悪意がないだけにタチが悪い。マリアの表情は、オエノラとは対象的に曇っていった。
そして、実際その後、人間と吸血鬼の長い戦争が始まる事になる。後に、『100年戦争』と呼ばれる、長い戦が。




