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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
咲く花と、散る桜

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189/192

第189話 虚実古樹の私から、何故彼女は急ぐのか?

病は、ますます人を蝕んでいった。


死者が増えるほどに人々の不安は増して、その不安を喰らい、さらに死者は増えた。いつしか黒死病と呼ばれたその病は、一向に衰退する気配を見せなかった。


マリアは家畜を守る為に原因を特定しようとしたが、流石の彼女でも門外漢らしく、その研究の進捗は芳しくないようだ。



部屋に篭もり、黒い発疹が身体に浮き出た死体の臓腑を漁るマリアの目は変わらずレースの布で隠されていて、一体何が見えているのか分からないが、少なくとも私がいるのは見えていないようだった。


人の数が減った今では部屋に漂う血の匂いが酷く芳しい匂いを放っているが、その中で彼女は酷く理性的だった。


進捗が芳しくないから、芳しい匂いも感じないのか、と酷く下らない事を考えながら、私は彼女に声をかける。



「いい加減、休んだらどうだい?」


私がそう声をかけると、驚いたように小さく身体を跳ねさせてから、顔も振り向けずに言葉を発した。その声は、少し嬉しそうだった。


「勿体なきお言葉でございます、主よ。ですが、黒死病を解明しない限り、いつ家畜達にも蔓延するかも分からないのでございます。」


「そうかもしれないが、君はここしばらく寝ていないらしいじゃないか。そんな頭でいくら死体を弄り返したところで、貴重な血液が無駄になるだけだと思うけれど。」



言いながら彼女が解剖している死体に目を向けると、死体を乗せてある台の下に管が通っていて、その管が樽に繋がっていた。


「……血に関しては、私の気のせいだったね。」


「いえ、私達眷属への配慮をして頂き、感謝の至りでございます、主よ。ですが、本日は随分とご慈悲に溢れておりますが、何かございましたか?」


小さくこぼす様に笑いながら、彼女は手を止めない。人間の内部構造に対しての知識が4000年前で止まっているから、彼女が何やら死体を切り刻んでいる事に何か意味があるのかは私には分からなかった。



「特に理由はないよ。暇だったから、君を冷やかしに来ただけさ。」



彼女の正面に回り込んで、身体の一部を椅子に変えて座り、頭の後ろで手を組みながら彼女の手際を眺める。手際良く臓腑を分けているが、何か目的があって、というよりは手当たり次第に、と言った様子に見える。



「珍しく、上手くいっていないように見えるよ。」


「……仰る通りでございます、主よ。」


「思っていたよりショックを受けていないようだね。まるで、そうなるのが分かっていたように見える。」


マリアはその言葉にようやく一瞬手を止めた。分かりやすく見える動揺の様子を見るに、どうやら図星だったらしい。



「上手くいかないのが分かっていて、何日も眠らずに、無駄に死体を捌いて、無駄に体力を浪費する。君らしくないね。一体何にそんな焦っているんだい?」


手に持った小さい刃物を置いて死体を置いた台に手を置きながらマリアは懺悔するように口を開く。



「……私は、死ぬのが怖いのです。」


「ああ、知っている。」


「自分自身が死ぬのも、他人が死ぬのも。本当は、吸血をする事すら恐ろしく思っております。ですが、それは吸血鬼として生きる事を決めた私めへの原罪と認識しております。」


「なんとなく、そんな事だろうとは思っていたよ。だから、君は人を家畜化したり、襲ってきたヴァンパイア・ハンターを逃がしたりしている。」


「……仰る通りでございます。ですので、出来るだけ多くの人間が、私達吸血鬼が死ぬ未来は防ごうと思っておりました。……ですが、所詮私めの力では、変えることは出来ませんでした。」


まだ来ぬ未来に後悔するように、台に乗せた両の手を強く握る。



「君は、一体ーーー」


私がそう言うや否や、巨大な爆ぜる音が外から聞こえた。音の方角を窓から覗くと、城門付近の壁が一部壊れている。



「嗚呼………!始まってしまった………。」


マリアの声は嘆きに聞こえた。欠けた城壁の向こうには、大量の人間の兵士が整然と並び、見たことのない大筒がいくつか並んでいる。先程の爆音はあれが原因なのか?と思うや否や、再び爆音と共に、丸い弾が放たれる。


今度はその弾は逸れたが、それでもその爆音は宣戦布告としては十分だった。


「君が避けていたのはこれかい?」


私の声は震えていた。恐怖からではなく、久方ぶりの戦場の匂いに、それに混じる硫黄のような匂いに、消えていたはずの熱が灯るのを感じる。ああ、ギル。もし君がいたのなら、きっと君も笑っていただろうに。



「お願いです、主よ。この戦、降りてくださいませ。城を捨てて、彼らに慈悲を。そうでなければ、今後100年に続く戦が始まってしまいます。」


私の足元に縋りつくように懇願するマリアに、私は膝を畳んで彼女の頭を撫でる。



「君なら分かっているだろう?私がそれに、どう答えるか。」


無駄に人間を殺すつもりはない。人間が一人もいなくなれば、私達も死ぬ。それは、変わらない。けれど、こんな面白そうなおもちゃを見せられて、大人しくしていられる程長く生きてもいない。



「そんな………。」



「いいじゃないか。丁度、暇だったんだ。」





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