第185話 虚実古樹の私と、初対面
「君は、噂とは大分違うね。」
ヴラドと初めて出会った際に、私は思ったままを口にした。今とは違い、城の内装は几帳面に手入れされていて、彼も王としての格を持っていた。
「どのような噂を聞いた?」
口元を歪めるように笑って、床に座り込む私に彼は訊ねる。おおよそ予想は付いているのだろうが、彼は自分とそう格の変わらない存在との初めての会話を楽しんでいるようだった。
「『尊大で不遜、暴虐で恐怖で兵を支配する、狂王』みたいなことを聞いたよ。」
だからこそ、興味があった。暇つぶしのおもちゃとして丁度良さそうだ、と思って会いに来たのだが、その噂は噂でしかなかった。醸し出す威圧感と、それ相応の実力が見受けられる。それでいて、どこか落ち着く、山の雄大さのような存在感。上に立つ者として相応の素質が見えた。
「間違いではない。歯向かう者には容赦はせぬが、汝からはそういう意図は見受けられない。」
「そうかい?ここに来るまでに、君の部下はそこそこ痛めつけさせてもらったけれど。」
「なればこそ、汝も理解しておろう?我と争うことが、どういう事か。」
溢れ出る余裕から、彼の自信が伺える。実際、純粋な能力では私は一つも勝てていないだろう。他の眷属の相手もするとなると、私でも流石に骨が折れそうだ。
「然るに、我が野望は吸血鬼の帝国を作ることだ。なればこそ、汝とは争う事は望まぬ。一人の真祖より生み出される眷属の数には上限がある。真祖同士で潰し合うのは愚の骨頂だ。」
へえ、と私は感心する。確かに彼の言う通りかもしれない。だが、そもそも2000人程度しか仲間が作れず、まともに戦力になるのは50人程度しかいない吸血鬼が帝国を作る、というのどう考えても不可能に思えた。
けれど、彼の夢を否定する気にはなれなかった。永遠を生きる私達には、実現不可能とも思える夢を追い続けるくらいしか、正気を保つ方法が無いのも確かだ。
「応援しているよ。協力はしないけれど。」
「汝は城を持たぬのか?」
「もうそういうのはとっくに飽きたんだ。きっとこの先も持つことはないだろうね。」
ーーーーーー
そんな事を言っていた私が城を持って、君が愚の骨頂と言っていた真祖同士のつぶし合いを望むとは。時間というのはなんて無情なのだろう、と思わずにはいられない。
「今のを躱すか。」
槍をマントに戻しながら、彼は感情の乗らない言葉を発する。
「紙一重さ。けれど、普段の君が相手だったら躱せてすらいなかっただろうさ。」
私達は霧に姿を変えることが出来るし、銀か白木の杭以外では死ぬことがないから避、けなかったところで彼の攻撃はせいぜい足止め以外の意味をなさないけれど。それでも避けたのは、やはり私が目の前の彼にかつての面影を見ているからなのだろう。何か意図があるかもしれないと、そう思ってしまった。
だが、どうやら考え過ぎだったようだ。私は行動の選択肢を増やすため、身体を戻しながら、彼に悟られないように背面から少しずつ黒い霧を放出し、部屋中に展開した。
ヴラドは私の言葉に反応せず、振りかぶって槍を投げる。空気の壁にぶつかりながら進むそれを私は身体に穴をあけて通す。
音と衝撃が遅れて私の身体に浴びせられると同時にヴラドは私の目の前に移動し爪を振るう。剣の側面で滑らすように逸らして、そのまま勢いを利用し体の横に回り込み彼の首を斬りつけた。
一瞬胴体と身体が離れるが、斬りつけた傍から再生する。一切怯まずに彼は再び身体から無数の槍を生やして貫こうとするが横に躱し、彼の胴を斬りつけながら距離を取る。が、その傍から再生する。
一応、『彼を殴りつける』という目標は2回も斬りつけたので達成したようなものだが、爽快感はまるで感じない。既に一切傷を残さずに再び私に向かい襲い掛かってくるヴラドの変わらない様子からは、徒労しか感じなかった。
こんなことになるなら、銀製の武器を1つくらい持ってくればよかったな、と後悔する。恐らくヴラドの城にもあるだろうが、流石に探すほどの余裕はないし、彼が手にしたらそれは殺し合いになる。私としてはそれは避けたい。
しばらくヴラドの攻撃を躱してその隙に私が斬りつける、というのを繰り返すのが続いた。今のヴラドの行動は、直接的で至極読みやすく、私にかすりもしなかった。だが、だからといって私の攻撃が有効打になることもない。完全に意味のない時間だった。
それを繰り返すうちに、私は人間の姿を保てる限界まで身体を霧に放出しきる。次の手を打つことにした私は、彼が右手を大きく振りかぶり、爪で私を切り裂こうとするのを躱さずに、そのまま彼の身体に飛び込むと同時に身体を霧に変えて彼の目を潰す。
「何をーーー!」
両手を振り回して振り払うようにする彼の周りに私は先程まで部屋中にばら撒いていた霧を彼の周りに竜巻のように展開する。
「少しだけ、目を覚めさせてあげよう。」
私の身体の全てを目に変えて、彼に『魅了』をかける。真祖相手に大した効果は発しないだろう。せいぜい、私に対しての敵対意識が薄れる程度にしか心は歪まないだろう。
だが、その心を歪める過程で、彼が少しでも元に戻ればいい。私はそれに賭けた。
ヴラドは目を逸らそうと顔を横に背けるが、全方位に目があるため再び目が合う。瞬間彼の身体からは力が抜け、床に膝をついて腕を力無く下ろした。
少ししてから私は展開した目を一か所に集中させて再び人型に姿を戻す。彼の目の前に立つと、ヴラドが茫然とした表情で何かつぶやいているのが聞こえた。
「我は、何を………!」
その目には先程よりも光が宿っていた。どうやら、多少はマシになったらしい。だが、酷く焦燥した表情をしている。戻った頭で自分のしてきたことを思い返し、相当の後悔に苛まれているように見えた。
「どうやら、少しは正気に戻ったそうだね。」
「エディンム………。」
情けない表情をして私を見つめる彼の横っ面を、私は思い切り殴りつけた。彼は後ろに倒れ、そのまま後ろに倒れこむ。
「後は自力で立ち上がるんだね。君は王なんだから。」
それだけ吐き捨て、私は壁がほとんど吹き飛んだ玉座の間を後にした。月の出ていない夜だった。
「」




