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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
咲く花と、散る桜

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183/191

第183話 虚実古樹の私と。

ぼろきれとなったカーテンが辛うじて取り付けられた大窓と、恐らくとっくの昔に落ちて壊れているのにも関わらず、そのまま放置されているシャンデリア。



これが、本当にヴラドの城なのか?そう思わずにはいられない。彼らしく規律正しく整えられていた玉座の間は見る影もない。



その玉座に腰掛けているのは、目の焦点すら怪しい、頭を掻きむしりながら何かを呟くかつての王。



私の歩く音が、暗い部屋に反響する。その音に反応して、木のうろと見まがう瞳をただじっと私に向ける。


「………エディンムか。それと、マリア。」



絞りだすように、彼はそう呟いた。空間を威圧するように響いていた力に満ちた彼の声は、いまや見る影もない。搔きむしった傍から再生する顔だけが、目の光を失った以外は依然変わりなく、それが却って痛ましかった。


「やあ。………久しいね。」


言葉を選んだのは、3000年ぶりだ。私はそこで、初めて彼を本当に友だと認識していたことに気が付いた。今は見る影もない、かつての彼を。


「門番は、どうした?」


彼のその言葉に、マリアは目を逸らす。



「覚えていないのかい?君が串刺しにしたと私は思っていたけれど。」


「我が、門番を?ふ、あり得ぬ。」



微かに笑った彼の乾いた笑い。感情の乗らぬ、酷く空虚なものだった。


だがあれは、間違いなくヴラドの仕業だ。身体を変化させた杭や槍で貫き、『咆哮』で生きたまま串刺しにする。人間から『串刺し公ヴラド』と呼ばれる所以である、彼という恐怖を象徴する行為。


それを、何故か自身の眷属に行っている。何らかの罰かと思ったが、の様子ではどうやらそういうわけでもないらしい。



「………いいさ。そんな事より、君は随分変わったね。男子三日合わざれば、と言うけれど、10年というのは変わるには十分な時間だったらしい。」


「移ろうたのは、我ではない。世界だ。……何故、何故だ。……ああ、そうであったか……。」




恨めしそうに唸るその声に、かつてのヴラドの面影が過ぎる。けれど、1人虚空に向かって何かを呟く彼は、成れ果てと呼ぶ他無いほどに、あまりにも成れ果てていた。



「……マリア。君は、もっと早く気付いていたんだろう、彼のこの状況に。」


声を潜め、彼女に耳打ちする。冷静を装っていたが、どうしてもその言葉には怒りが滲む。君がいたなら、彼がこうなる前に食い止められたはずだろう、と先日まで『口を出すことでは無い』とのたまっていたとは


「仰る通りです。主よ。」


だったら、どうして。私は口に出しかけたその言葉を噤んだ。自分でも理解していたじゃないか、彼がどのような道を歩んでいたところで、私が口に出すべきことではないと。だから、マリアはギリギリまで私に声をかけなかった。



『ここ』が、ようやく私が口を出す瀬戸際だと、彼女は理解していた。だから、彼が狂い始めたとしても、何も言わなかった。私に託す為に。そこまで見越して、彼女は放置していた。


思わず舌打ちをする。まるで、何もかも彼女の掌の上のみたいじゃないか。実際その通りだが、それにしたって面白くない。



「……それで、今日は如何様だ?土産はあるのだろうな。」



そんな私の心持ちを知る由もなく、ヴラドは突拍子もなく訊ねた。私が答えてもよかったが、少し拗ねたくなった私は目でマリアに答えるように促した。目を塞いでいる彼女はそんな仕草が見えないはずだが、何時もの如く何故か察して口を開く。


「もちろんでございます。我が主のご厚意で、5人ほど家畜をお渡しいたします。そう多くはございませんが、現状を考えますと、値千金かと思われます。」



「おお……。おぉ……!!」


虚ろな瞳で、歪に笑う。そんなヴラドに私は思わず目を背けた。もはや彼は、王ではない。



「………ヴラド。その代わり、1つ願いを聞いてほしい。これは、君の為でもあるんだ。」


「もちろんだ、我が友よ。汝の願いを申すがよい。我が領地の一部か?それとも軍か?」



『我が友』。彼の口から、その言葉は聞きたくなかった。確かにそうかもしれないが、それを気軽に口にするような関係ではないだろう?何故、君はそうまで変わってしまったんだ。



「……少し休んでくれ。眷属も、領地も、一度手放してもいい。」


「それだけはならぬ。それは、我の全てだ。」


「分かるよ。君がしたい事は。だから、その為にも一度手放すんだ。今は勢力の拡大よりも、内側に目を向けるべきだ。今地盤を整えなければ、きっと君の帝国は滅びるだろうさ。」



『内政に関心を持て』これは、君が私に言ったんだ。思い出してくれ、お願いだ。その祈りを込めて、私は彼に訴えかけるように口にした。



「ふざけるな……!……さては、我が領地を狙っておるな?我が耄碌したと、これこそ機だ、と!!」



強く頭を掻きむしる彼の手は食い込んで、もはや顔に食い込み、その傍から再生しているというのに原形を留めていない。



ああ、もう戻らないのか。冷めた目線を向けながら、私はそれを察した。


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