第178話 桃李満門だった私達と付ける傷、語る愛
「『会わない方がいい』ですか……。」
反芻するようにその言葉を口にした私の言葉に、小春は黙って頷いた。
彼女がそう言い出したこと自体には、不思議と驚きはなかった。むしろ、納得のようなものがあった。彼女なら、そう言い出しかねないと。
「小春さんが、そうしたいのですか?」
「それはーーー。」
言い淀む彼女に、私は早口で続ける。
「小春さんがそうしたいわけでなければ、私はお断りします。」
私がはっきりとそう言い切ると、彼女の身体はまた驚いたようにビクッ、と跳ねる。ああ、今の彼女は、少し強い口調を取られると、『怒られた』と認識してしまう程、過去のトラウマにとらわれてしまっているんだ、と気が付いて、私は強く唇を噛みしめる。
やはり、あの2人は私が殴るべきだった。彼女の為にも、私の晴れない気持ちを晴らすためにも。汗ばんだ肌に、不快な黒い思いがまとわりつく。
「……怖いんです。」
小春のその言葉に、目を見開く。確かに少し強い言い方をしてしまった。それが彼女を怖がらせてしまったのだろうか?ただでさえ傷ついているであろう彼女を。
「申し訳ございません……。強い言い方になってしまっていました。」
彼女に心からの謝罪する。すると慌てた様子で、
「い、いえ!連花さんが、というわけではないんです!!」
と手を振りながら否定する。その時咄嗟にこちらを向いた小春は、すぐに慌てて私に背を向けた。一瞬見えたその顔は、目からは泣いた跡が赤い筋となっていて、いつもと違った化粧は完全に落ちてしまっていた。深く息を吐いて、彼女は続ける。
「これ以上、楽しい事があるのが怖いんです。また楽しい事があっても、きっとまた台無しに決まってます。そうなるくらいなら、私は1人の方が良いんです。」
「……それは、槿さんや一果や二葉とも、もう関わらない、という事ですか?」
「そうです。もしこれ以上関わっても、きっと嫌な思いをさせちゃうし、また辛い事があるに決まってます。そうなるくらいなら、関わらない方がいいんです。」
随分と極端な考え方だ。けれど、彼女らしい。真っ直ぐ人の懐に入り、その剝き出しの心で素直に関わるから、よく笑って、よく泣いて、よく傷つく。
それが、彼女に一目惚れした後に気が付いた、彼女の魅力だ。けれど、だからこそ私は『1人でいたい』という彼女の言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
「小春さん。あなたがどう思っていても、私はあなたとまたお話ししたいと思っています。」
「でもーーー。」
彼女の言葉を遮って、私は続ける。
「確かに、あなたと過ごすことで、私は嫌な思いをすることがあるでしょう。私も、小春さんを傷つける事があると思います。」
私のその言葉に、驚いたように泣き腫らした顔を私に向けた。私の意図を探るように、潤んだ瞳がじっと私の目を見つめている。
「それでも、私は小春さんといたいんです。沢山小春さんに傷つけ合って、それより沢山、小春さんと笑い合っていたい。いつか、その傷を愛おしく思えるその日まで、あなたと一緒にいたい。」
彼女の瞳から、涙が零れる。驚いていた表情はくしゃくしゃの泣き顔になり、口からは嗚咽が漏れていた。
「な、なんでっ……!そんな事、言って、くれるんですかっ……!」
泣きながらそう訊ねる彼女に、穏やかな口調で答えた。
「小春さんを愛しているからです。これからの人生を、私と共に歩いてくれませんか?」
「え……?」
「え……?あ……。」
驚いたような顔で私を見つめる小春に、私は我に返る。今、私はプロポーズをしたのか?辛いことがあって、泣いている彼女に?
何故そんな弱みに付け込むような事をしてしまったのか、と悔いるが、元々彼女に今日プロポーズをしようと思っていた事と、小春の支えになりたいという気持ちが私の口を動かした、としか言いようがない。
「い、いえ。これはですね……!うわっ!?」
必死に弁明しようとする私に、彼女はその言葉を待たずに抱き着いた。いきなりの事に、頭が追い付かない。
「こ、小春さん!?あ、汗臭いですから!!」
「……言いましたからね。」
「ーーーえ?」
混乱している私は、思わず間抜けな声を上げる。
「……『私の隣にいてくれる』って。絶対ですよ。」
震えた声で、私にしがみつくように抱き着いて顔を埋める彼女に、私は微笑みかえて、その髪を優しく撫でた。
「もちろんですよ。主に誓って。」
小春は無言で、ただ先程までより強い力で私を抱き寄せた。




