第176話 桃李満門だった私達と位置、音声
状況が一切理解出来ず、少しの間呆然と言い争いをしている一果と見知らぬ女性2人を眺めていたが、ふと我に返り、今にも掴みかかりそうな一果と2人の間に割って入った。
「ちょ、ちょっと皆さん。落ち着いて。一体どうしたのですか?」
「れーくん遅い!」
必死に2人から一果を引き離そうとすると、何故か一果にそう怒鳴られた。遅いもなにも、あなたは関係ないですよね?と言いたくなるのを堪える。知り合いである以上、私はこの場を収める責任があるような気がした。
「あんた何!?こいつのなんなの?てかこいつ誰!?」
相手方の女性は酷く憤りながら、いまいち状況が理解出来ていないようだった。改めて見ると、左頬が赤く腫れている。一果が手を出したと考えるのが自然だが、彼女は意味もなく手を出すような人ではない。
「……小春さんに、何かあったのですか?」
考えられることは、それくらいしか思い浮かばなかった。流石に、小春がいなくなって一果が急に現れたとなったら、何か関わりがあると考えるのが自然だ。
恐らく、この2人が小春に何かをして、彼女はこの場から離れ、一果が2人を叩いた。2人が小春に何をしたのかは分からないが、彼女がここから離れるような事だから、いい事でないのは間違いない。
「ねえ、こいつ小春のツレじゃない?」
「あ!本当じゃん!」
その事に気が付いた彼女達は、私に嘲るような笑みを向ける。この顔を、彼女にも向けたのか?そう思った瞬間、私は身体の中に熱いものが巡った。
「あのさ、あんたが一緒にいた女だけどーーー。」
「次に喋る言葉は、よく考えなさい。」
一果を引き離していた手を止めて、2人の方に身体を向ける。出来るだけ落ち着いた口調を取り繕ったのは、怒りを少しでも抑えるためだった。威圧するように睨む私にたじろいだように2人は口を噤む。
「れーくん、ここは私に任せて、つばきちを追いかけてあげて。」
「ですがーーー。」
その先を喋ろうとしたが、私は一果の表情をみて、その続きの言葉を言うのを辞めた。きっと何か意味があるのだろう。
「分かりました。小春さんはどちらに向かっていったのか分かりますか?」
「ああ、それなら、これ。」
そう言うと、何故か一果は自分のスマホとワイヤレスイヤホンを私に手渡した。
「……これは?」
「GPS。あと、音も多分聞こえると思うから。」
「……GPSが指す点が、2つ見えるのですが。というかそもそもなんであなたは変装をーーー」
「いいから。遠い方がつばきちだから!もう一つはれーくんだけど気にしないで!早く行ってあげて!!」
全く釈然とはしなかったが、というよりも、何故一果がここにいるのかについてはおおよそ察しがついてその事を問い詰めたかったのだが、確かに今は小春と合流することの方が優先なのは間違いない。
「後で怒ります!」
一果にそう言ってその場を後にしたのとほぼ同じタイミングで、遠くから数人の職員らしき影が近づいているのが見えた。恐らく一果が捕まることはないだろうが、大事にならなければいいな、と案じる。
一果のスマホを眺めると、数分しか経っていないのもあって、小春はそう遠くへは行っていないようだった。だが、人混みの中を全力で走るわけにもいかず、追いつく頃には水族館からは既に出てしまっていそうだった。
そういえば、と思って自分のスマホに目を向けると、彼女から、『体調が悪くなったので帰ります。』とだけメッセージが入っていた。電話を掛けたが、やはり繋がらない。
一果から貰ったGPSを頼りにするしかないか、スマホを眺めながら彼女の位置を探す。イヤホンを耳に当てると、何やら会話が聞こえた。
「小春ちゃん、大丈夫かな……。」
「大丈夫だろう。連花ならなんとかするさ。」
……槿と、涼の声だ。小春を案じてくれているのも、私を信頼してくれているのもありがたいが、何故当たり前のようにこちらの状況を察しているのか。よく見ると、画面に『桜桃二葉通話中』と表示されている。
「……あなた達も、あとでお説教です。」
画面の向こうで、槿と二葉の短い悲鳴が聞こえた。
「てっきり、電話は切れているのかと思っていたが。切れていなかったのか。」
「ええ。……涼は、巻き込まれただけでしょうね。どうせ。」
彼が自発的にこうした悪戯をするとは思えない。そもそも、この行為が悪戯と言っていい範囲かどうかは疑問ではあるが。どう考えても犯罪と呼ぶ方が相応しいように思える。
「その通りだ。だが、3人も別に悪意があったわけではないんだ、と思う。おそらく。」
「とりあえず今は良いですよ。その事は。結果として助かっているわけですし。」
小春を探しながら、自信なさげに彼女達を弁護する涼にそう答える。GPSの位置からはまだ遠いが、座標がずれている可能性もある。
「それなら、よかった。ついでに、今言う事ではないかもしれないが。」
「なんですか?」
入口まで戻ってきたが、やはり彼女の姿はなかった。どうやら、外に出てしまったみたいだ。
「プロポーズ、上手くいくことを祈っている。」
「……絶対に、今言う事ではありませんよ、それ。」
そもそも、この流れからプロポーズをする可能性の方が低い。




