第173話 桃李満門だった私達と見る享楽、至る混迷
いつも読んでくださりありがとうございます。視点転換が多くて分かりづらいので、補足です。連花視点です。
『これにて、ペンギンショーは終了となります。皆様!頑張ってくれたペンギン君達に、今一度大きな拍手をお願いします!』
飼育員のその言葉に従い、私と小春は拍手を送る。見ていた他の観客からも沢山の拍手をされたペンギンは、その音に驚いたように顔を向けたように思えたが、すぐにキョロキョロと別の方向に顔を向けたので、恐らく気のせいだろう。
結論から言えば、ペンギンショーは面白かった。
5匹ほどのペンギンがショーの為に連れられていたのだが、基本的に飼育員の指示を一切を無視するペンギンの様子が可愛らしく、たまに餌につられて平均台の上に乗ったりしていたが、芸を披露しているというよりは、『たまたまそこに魚があったから乗った』というだけのように見える。
そんなペンギン達に振り回される飼育員の軽妙なトークと、とりあえず飼育員の足元に集まるペンギン達のコミカルな様子は、イルカショーというより、猿回しのような趣があった。
「ペンギン可愛かったですね!」
「ええ、本当に。」
案の定というか、小春も楽しんでいた。ショーの開始と同時に、飼育員から前列は屈むように指示があったため、背の低い彼女でも問題なく見ることが出来ていた。よく考えれば、何度もやっているショーなのだし、そのくらいは当たり前に考慮されているはずだった。
変な事を言ってしまったな、とも思ったが、彼女の様子を見るに、どうやらペンギンショーに夢中ですっかり忘れているようだ。
良かった、とほっと胸を撫で下ろす。変な空気のままだったら、プロポーズ所では無くなってしまう。
ありがとうございます、とたまたまこちらを見ていたペンギン1匹に目線を送る。ペンギンが小さく頷いたように見えたが、間違いなく気のせいだろう。
飼育員さんに大きなベビーカーのようなものに乗せられて、水槽まで運ばれていくペンギンに手を振りながら私と小春は見送る。
「このまま道なりに行くとカワウソがいるらしいですよ。」
館内マップに目を落としながら、彼女に伝えた。哺乳類が続くのには何か意味があるのだろうか?少し疑問に思ったが、まあきっと水族館側の事情が来客への配慮だろう、と深く考えるのは辞めた。
「カワウソ!!」
テンションが上がりすぎたのか、小春は名詞だけ大声で口した。2人でこういう所に出かけるのは初めてだし、きっとしていた緊張が解けてきた、というのもあるだろうが、いつになくハイテンションに見えた。
「そうですね、カワウソです。」
笑いながら私がそう返すと、流石に自分が高揚し過ぎていたと我に返ったのか、小春は顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさいて……!私ばっかり、テンション上がっちゃって……。」
「そんな事はありませんよ。私も楽しんでいます。」
落ち込むような彼女の様子を見て慌てて弁明するように言ったが、その言葉に偽りはない。初めて来た水族館はどこか幻想的だったし、それになにより、小春と一緒に来ているのだから、楽しくないわけがない。
「ほ、本当ですか……?」
「ええ。今日小春さんと来ることが出来てよかったと心の底から思っています。」
照れくさいが、私はそう彼女に伝えた。そのくらいの事が言えなければ、プロポーズなど夢のまた夢だ。そもそも、付き合ってもないのにいきなりプロポーズをすること自体一般的ではないのだし。
「わ、私も……れ、連花さんと、ここ、来れてよかったです……!」
「小春さん……。嬉しいです。」
恥ずかしそうに顔を赤くしながそう返す小春を見て、思わずこのままプロポーズをしてもよいのではないだろうか、とも思ったが、流石に衆人環視の中過ぎるし、もし失敗したら、この後の空気がどうなるのかは想像に難くない。
「と、とりあえず、カワウソを見に行きましょうか!」
「そ、そうですね!!」
気恥しい空気を振り払うように、私達は声を張ってどこかぎこちない会話で順路通りに進むと、道中トイレの標識が見えた。
私はまだ大丈夫なのだが、デートの場、ましてや初デートでは女性は言い出しづらい可能性もある。だから私は、
「申し訳ないのですが、少しお手洗いに行っても構いませんか?」
と小春に訊ねた。
「全然大丈夫ですよ!じゃあ、私はここで待っていますね!」
笑顔でそう返し、トイレに行きたそうな素振りすら見せない彼女を見るに、どうやら私の気にしすぎだったらしい。とはいえ、そう言ってしまった手前行かないのも不自然だ。トイレに行き、とりあえず空いている個室に入る。
他の個室も空いていたし、私は5分程度個室内で過ごした。あまりすぐ出るのも不自然だし、これは完全に考え過ぎだろうが、もしかしたら私がトイレに行っている間に行こうと考えている可能性もある。
そうして5分程待った後、一応手を洗い、外に出る、が、何やら外が騒がしい。楽しげな声と言うより、喧嘩をしているような、そんな声。
小春は巻き込まれていないだろうか。私は駆け足でトイレから出ると、何やら女性3人が言い争いをしているようだった。その3人がいる場所は、先程小春が『待っている』と言った場所のすぐ近くであったので、私は自身の鼓動が早まるのを感じたが、どうやらその3人に、小春らしい姿はない。
良かった、ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、今度は彼女の姿が見えない。遠巻きに言い争う3人に目を向ける人々の中にも、彼女の姿はない。もしかしたら、騒ぎから逃れようと、どこか遠くに行ったのかもしれない。
すぐに探しに行かなくては。とりあえず、スマホにメッセージが来ていないか確認したが、どうやら来ていない。
と、その時。
「大体、あんた達は今のあの子の何を知ってんの?」
小春の事で精一杯ですぐには気が付かなかったが、その声は、聞き覚えがある。
茶色い髪の、短めのウィッグを被り、いつもの修道服ではなく、ホットパンツに白いTシャツにサングラスであったため、ぱっと見は分からなかったが、間違いない。一果だ。どうやら、2対1の構図で言い争っているらしい。
何故一果がここに?何故言い争いを?それに、小春はどこに行った?
私がトイレに行っている5分の間に、いったい何があった?




