第166話 企む姦、願う嬲
「そういう訳なんだけれど、涼も明日、一緒に一果からの尾行の報告聞かない?」
「何を言っているんだ、君達は……。」
思わず呆れ顔で、椅子に腰かけた3人をそれぞれ見つめる。いつものように槿の部屋に来て、桜桃姉妹に珍しく話があるとリビングに呼び出されたらこれだ。槿と二葉は好奇心で目を輝かせているし、一果は妖しげな高揚感を漂わせている。
たまに見せる一果のその表情が、以前いい加減気になって何故そんな表情をしているのか聞いたことがあるが、返ってきた答えがあまりにも私の常識とかけ離れていたため、ほとんど理解が出来なかった。とにかく、椿木と連花が恋仲だと嬉しいらしい。気持ちが悪い。
連花は今、外で特訓をしているらしい。デートの前日だというのに精が出るというか、デートの前日だからこそそうしているのかは分からないが、真面目な彼らしい、と感心する。君の友人達はそのデートを覗くつもりだと言うのに。
「いくらなんでも、2人の迷惑だし、あまり出歯亀は褒められる行為ではない。というか、吸血鬼にこんな事を言われる事を恥じるべきだ。」
仮にも聖職者だと言うのに、というのは止めておいた。それを言うならば、聖職者と吸血鬼がこんな風に会話をしているのも間違っている。
「ほら、やっぱりこうなるでしょ。」
「意外と乗ってくれると思ってたのに……。」
槿の寂しそうな表情に一瞬罪の意識を覚えるが、そもそも悪い事をしているのは彼女達だと気が付いて、思いとどまる。
「というか、連花達のデートは日の出ている間に行うのだろう?」
「うん。だから、今日泊まっていかない?って聞こうと思ってたんだけれど。」
小首を傾げ、私の顔を覗き込むようにした槿の純粋な瞳に、思わず頭を抱える。
「何度も言うようだが、私はーーー。」
「もうその、『吸血鬼だから教会に泊まるのはおかしい』っていうのは聞き飽きたのです。めーちゃんも涼も、散々仲良くしておいて、今更なのです。」
呆れた調子で、腕を組み、背もたれに寄りかかるように胸を張った二葉はいつもより冷めた目つきで私を見つめながら言い放つ。
「それもそうだな。であれば、興味が無い。遠慮しておく。」
「えー。そしたら真名使う?」
頬杖をついて、二葉を見ながら面倒くさそうに提案する一果を私は目を見開いた。
「……私が言うのもなんだが、もう少し大切に使うべきだ。」
平然とその提案をした一果に呆れと恐れ混じりの視線を向ける。そこまで警戒されない存在になれた事自体は嬉しいが、それはそれとしてそこまで気を許すのはどうかとは思う。
「……涼と、一緒の思い出作りたかったな。私、あんまり長くないから……。」
落ち込んだ表情を作る槿の口元は笑いそうになっているので冗談で言っているのだろう。だが。
「その言葉は卑怯だろう……。」
槿にそう言われると、私は抗う術がない。悲しんでいるのは冗談だろうが、あまり長くないのは冗談ではないのだから。
「え、じゃあ泊まってくれる?」
嬉しそうに声を弾ませる彼女の悪意のない瞳に、思わずため息を吐いた。私が何故そう言い出したのか、きっと彼女は理解していないのだろう。
「……君達が一線を超えないように、見張る係が必要だろう。」
ため息を吐きながら、私は仕方なしに了承した。
すると、丁度その時リビングのドアが開く音がした。
「あれ、珍しいですね。涼がリビングにいるのは。」
神父服を着た連花が汗を拭きながら、私を見て目を丸くする。
「まあ、たまには皆と話すのも悪くないと思ってな。……良い友達を持ったな、君は。」
「ええ、仰る通りです。」
皮肉を込めた私の言葉をそのまま受け取った連花は、少し照れたようにはにかみながら頬をかいた。
「実は、明日のデートのコースを一緒に考えてくれたんですよ。本当に、良い友人を持ちました。」
勢いよく3人の顔を見る。誰かを思い出すような、悪巧みをしている笑みを浮かべた3人は、恐らく尾行をするために彼に助言をしたのだろう。
「……本当に、良い友人達だな。」
せめて、2人が上手くいってくれる事を願う事にした。




