第165話 飛花落葉の私、引く、沸く。
「という事で、れーくんを尾行しようと思うのです。」
「えぇ……。」
『連花が小春に告白するらしい』という話を二葉に話したら、どうやら彼女も知っていたらしく、『ああ、私も聞いたのです。』と平然と返事をされた。
そして、その次の言葉が、先程の『尾行をしようと思う』だった。聖職者とは思えない倫理観のなさに思わず引いてしまう。
「連花さんに気付かれると思うよ。あの人、五感鋭いから。」
二葉の部屋にあるソファに仰向けに横になり、近くにあったぬいぐるみを抱きしめながら彼女を見上げる。
喉からは自分が想定していたよりもやる気のない声が出て、自分が彼女に呆れている事を身体より1つ遅れて実感する。
「その点は、大丈夫なのです!」
そんな私を気にも留めず、自慢げに胸を張る彼女を見て、思わずため息が出て、とうとう呆れ果てた事にまた一つ遅れて気付いた。大丈夫かどうかよりも、さっきも言ったように倫理観の問題だと思う。
……言ってはなかったかもしれない。
「そうかもしれないけれど。人として、よくないと思う。」
言ってなかった事に気が付いた私は、少し諌めるような口調でその事を指摘する。小春は友達だから幸せになって欲しいし、連花はいい人だから個人的には2人を応援している。
だから、尾行などしてもし気付かれたら邪魔になってしまったら、上手くいく恋も上手くいかないかもしれない、というまともな事を考えるが、口に出す事をしなかったのは、私の中にある野次馬根性が、『少し面白いかもしれない』と思い始めているからに他ならない。
「それはそうかもですが、一果の気持ちだってあるのです。一果には、2人の恋を見届ける権利があると私は思うのです。」
一果の名前が出された瞬間、ドキリとした。
一果は、出会ってからずっと連花の事を想っていたらしく、今もその気持ちが変わっていないのだろう。
確かに、一果には、連花と小春の恋の行方を見届ける権利があるのかもしれない、とも思ったけれど、二葉は一見真面目な表情をしながら、その目は明らかに好奇心の光を宿していて、今の話は詭弁だな、と気付いた瞬間、私は笑いそうになる。
二葉は野次馬根性を隠すつもりもないらしい。少し楽しくなってきた私は身体を起こしてソファの上に座る。
「……確かに、一果にはその権利があるかもしれないけれど。肝心の一果はどう思ってるのか、分からないよ?」
「だからこそ、大丈夫なのです。」
顔を私に寄せながら、声をひそめて二葉は続ける。ほくそ笑んだ表情から
「一果は乗り気だったのです。あと、尾行は一果がすると言っていたのです。人数が多いと気付かれそうなので、私とむーちゃんはお家でお留守番なのです。」
「え?……一果が?」
私は驚いて目を丸くした。直接2人が仲良くする姿を見続けるというのは、かなり辛いと思うのだけれど。
困惑する私をよそ目に、二葉は先程までの私のように呆れ果てた表情を浮かべ、ストレスをぶつけるようにベッドに置いてある、デフォルメされた絶対迷宮学園のゼロ様のぬいぐるみの頬を何度も押した。
「いいのです。一果が望んでるのですから。……全く。」
そう言ってため息を吐く二葉は、よく分からないがどこか不憫なように見えた。
「良く、分からないけれど。一果がそうしたいなら、それでいいと思う。」
そう返事をして、私はとある違和感に気がついた。
「……ねえ、今気付いたんだけれど、もしかして私、共犯にされてる?」
「もちろんなのです。というか、一果と話した時からむーちゃんは共犯にする予定だったのです。」
「えぇ……。」
私がまた引いていると、二葉はふふん、と鼻を鳴らして、自慢げに私を見つめた。
「楽しいことは、皆でやった方がいいのです。それに。」
腰に手を当てて、反り返るように胸を張りながら、彼女は続けた。
「そんな風な態度をしていても、むーちゃんが『面白そう』って思っているのを知っているのです。」
「……気付かれてた?」
照れ臭くて笑って誤魔化す私を見て、二葉は満足そうな表情を浮かべた。
確かに、楽しい事は、皆でやった方がいい。二葉の言う通りだ。それならーーー。




