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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
桃李満門だった私達と紫苑

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第163話 逃げる鬼、追う人間、ポストスクリプト

6月27日、日曜日。欠けていく月が、半分だけその姿を見せて私達を照らしていた。



横薙ぎに振るわれた『連なる聖十字架(チェインクロス)』は、革のカバーの下で金属がぶつかる音を立てながら、加速し、最先端の銀十字架は吸血鬼の目でも目視できない程加速する。


羽根を展開し、前方に風を送るようにして後方に跳んで回避する。が、貫くように、直線上の軌道で私を追尾する。地面を蹴り、その勢いで射程外に逃げる。寸前まで迫っていたが、2度の軌道変化で僅かに減速していたおかげか、かろうじて私に届く事はなかった。



「射程外に逃げるのは卑怯ですよ!」


地表から文句を言うように連花(れんげ)が叫ぶ。結界を貼らないのが悪い。と思ったが、それを言うとただでさえあまり良くない機嫌を悪くしそうだったので無視をする事にした。


『連なる聖十字架』を短く持ち、振り回しながら私を見上げる連花は、いかにも『降りてきたところを狙う』と言わんばかりだった。



分かり易いな、と鼻で笑う。私は霧に変化して身体を四方に散らし、夜の闇にその姿を隠しながら地面に降りる。連花は慌てて四方を見回すが、いくら彼の五感が優れているとはいえ、見つける事が出来なかったようだ。


『連なる聖十字架』を持つ手を離し、身体の周りにとぐろを巻く蛇のように纏う。そう遅くない速度で回転させて、不意打ちに備えているように見える。恐らく結界も張っているのだろう。



「隠れてばかりでは終わりませんよ!怯えて逃げるのはもうしないのではないですか!?」


私を挑発するように連花が声を張る。だからこうして木の影から君の様子を窺っているんじゃないか。と言い返したくなるが、そうすると彼に居場所が気付かれてしまうので、私は相手にしない事にした。


連花の結界を破るのは少なくとも数秒はかかる。今出ていってもその隙を狙われて負けるだけだ。とはいえ、別に練習だし、負けたところで何もないのだが。



「ほら、槿(むくげ)さんも言ってあげてください。」


連花から少し離れた木陰にいる槿は一瞬目を見開いたが、すぐに愉快そうに笑う。



「あーあ。そろそろ飽きてきたかも。涼が、逃げてばかりだから。」



わざとらしく伸びをしながら槿は私を煽る。霧の身体で私は笑い、心の中でそれなら仕方ないな、と呟いた。



人の姿に戻し、連花の背後から思い切り彼を殴りつけるが、やはり彼の少し前の空間で拳は遮らると、金属でも木材でもない透明な壁を殴りつけた高い音が響く。


「そこでしたか。」


連花は結界を解き、身体を捻じるようにして私の方に振り向き、身体に纏わせていた『連なる聖十字架』を私に振るう。


身体を屈めて避けようとしたが、全力で殴りつけた衝撃で、私の身体はすぐに動かずに銀十字架が頭を直撃した。と同時に、先程四方に散らした霧から作り出したもう1人の私が連花の後ろから彼に殴りかかる振りをする。


「ーーーあ。」


つもりだったが、銀十字架で殴られた痛みで僅かに逸れた意識のせいで、私の拳は勢いを失いながらも背後からの奇襲に気が付いた連花の腹を捉えた。



「ゔっ……!!」


鈍い声を上げて、連花はしゃがみ込む。


「す、すまない!大丈夫か?」


私も金属製の武器で音速を超える速度で頭を殴られてはいるのだが、そんな事はお構い無しに彼の身体を心配する。



「ぶ……分身は、卑怯だろうが……!!」


半ば八つ当たりのように、口から涎を垂れ流しながら地面に伏せた顔で私を睨みつける。不規則な呼吸は、彼の苦悶を如実に語った。


『全力で来てください。そうでないと意味がないので。』と言っていたのは彼なのだが、力加減を間違えたのは私なので何も言い返す事が出来ない。



「連花さん、大丈夫……!?」


しばらく放心するように連花を遠巻きに眺めていた槿が近寄って心配する頃には、連花はかなり持ち直していた。


「大丈夫ですよ……。丈夫なだけが取り柄なので。」


連花はそう言って地面に向けていた身体を反転させて、空を仰ぐように座り、呼吸を整える。どうやら怪我はないらしい。


「すまなかったな。君くらい実力が拮抗すると、加減が難しいんだ。」


「……調子のいい事を。」


不貞腐れるように言ったが、彼が嬉しそうなのは私の目にも槿の目にも明らかだった。



「ですが、怪我をしなくて幸いでした。これで折角のデートが潰れたら、流石にあなたを恨んでいましたよ。」


「え、デート?誰と?いつ?」


相変わらず人の恋愛話が好きな槿は、先程までの心配するような顔はどこへやら、好奇心旺盛に目を輝かせていた。



「来週の金曜日に、小春(こはる)さんとです。」


「え!?ねえ、涼聞いた?小春ちゃんだって!」


「この距離で聞こえない訳がないだろう」


か細い身体を必死に跳ねさせながら、私に嬉しそうに報告する槿に苦笑いする。


「さては、その話を言いたくて仕方なかったんだろう?」


「気付きましたか。」



お見通しだ、と言わんばかりの私の言葉に、連花は気恥ずかしそうに笑った。



「あと、来週のデートでプロポーズをしようと思っています。」



「え?え?」


流石にそこまでは見通していなかったが。私と槿は同じように目を見開いた纏わせまま、顔を見合わせた。


そんな私たちを見て、連花はその反応が見たかった、とでも言わんばかりに声を上げて笑った。

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