第161話 桃李満門だった私達と夜来香
「これが、私が吸血鬼を恨む理由です。」
私は自らの過去を、私が吸血鬼を恨む理由を話終えて、深く息を吐いた。過去を曝け出したところで、私の迷いが消えることは無かった。天竺葵大司教と話した時はあれだけ固く誓っていた決意は、今や見る影はない。
過去は、生き方は、そう簡単に変わるものでもない。涼が言った通りだ。今でも私は、家族を失った悲しみを怒りで誤魔化したままだ。
涼は、私の話を途中までは相槌を打っていたが、私の両親が命を落としたあたりから、俯いて黙っていた。
『お前のせいで、私の両親は死んだ』
涼からすれば、そう突き付けられたのと同義だった。だからこそ、彼は何も言えなくなっていた。
「だから、あなた達と会った時。私は、心のどこかで救われていたのです。」
「……は?」
顔を上げた彼は困惑した表情で、私の顔を伺うようにじっとこちらを見つめた。
「どういう、事だ。」
「情けない話ですが、『私達のやっている事は、間違っていなかった。』そう、肯定されたような気がしたんです。私達がやってきたことは、間違っていなかったと。……ようやく、終わる事が出来ると。」
しかし、そうはならなかった。
「ですが、今もあなたは生きている。私を、殺しまでもなく。あなたはこの3日、『自分を殺す機会が何度もあった』と思っているかもしれませんが、それはあなたにも言えることです。この数ヶ月、私を殺す機会はあなたにも何度もあったでしょう。」
「……それは。」
「きっと、理由はいくつもあるでしょう。ですが、それは今はどうでもいい。『あなたが私を殺す気がなかった』ということが大事なんです。出会った時も、私達を殺すつもりはなかった。あなたは、きっと吸血鬼でなければ、人を殺すことはなかったでしょう。」
私のその言葉に、涼は今にも泣き出しそうな、どこか縋るように私を見つめる。
「連花。出会った頃の話で言えば、私はずっと、君に感謝しているんだ。君は、あの日私を信じてくれた。何か企みがあったのだろうが、槿に友人を、新しい環境を用意してくれた。そして今も、変わらずに私を信じてくれている。今すぐに、殺されても仕方ないのに。」
震える声で、顔を抑えながら彼は言った。その言葉は懺悔のようだった。涙を流すことがない彼は、やはり吸血鬼だった。
そして、この吸血鬼を殺したくないと、そう思っている。
これは絶対に口に出す事は出来ないが、私は涼を、友人だと思っている。歳が280歳近く違うが、それでもそんな事は彼が吸血鬼だと言うことと同じくらい些細なほど、どうしても嫌いになれない。不器用で、諦めが早くて、エディンムから私達を守ろうとしてれる程優しくて、恋人の為なら必死になれる、彼が。
だから、彼を殺すのを私はずっと躊躇い続けてきた。その事を思う度、憂鬱になった。小春の言う通り、友人と喧嘩をするというのは辛い。それこそが、涼が友人であるという証明だ。
「……そう言って下さるのは、光栄です。ですが、それでも私はまだ迷っているんです。やはり、吸血鬼が生きている、というのは人類にとってリスクなんです。」
「分かっている。君は、そういう人だというのも。自分の事よりも、人を優先できる。君が正しい。だから、私は君の正しさと、その優しさに誠意を見せたい。」
1拍置いて、涼は続けた。
「私の真名は、『月下涼』だ。私の命を、君に預ける。」
予想外の言葉に、私は、息を飲み、そういえば槿から涼とエディンムの真名を聞いていなかった、と今更そんなことを思い出した。
「……あなたがここで言わなくても、すぐに槿が教えてくれましたよ。」
「……そういえば、そうだったな。すっかりその事を忘れていた。」
そう言って、気まずそうに笑う彼に、私は思わず吹き出した。困惑したように私を見ていたが、しばらくすると、涼も口を抑えて笑い出す。
先程までの緊張が、一気に解けて、私は決意を固めた。
やっぱり、彼を殺す事は出来ない。こんなに間抜けな相手を、どんな顔で殺しにかかればいいんだ。




