第159話 桃李満門だった私達と紫苑②
私は、何も知らない、弱い子供だった。私の一族が何と戦っているのか、何故、私達が疎まれているのか。自分の名前の意味すらも、私は知らなかった。
250年前。エリザベートの第一眷属、パルドサムとその眷属は、かつてエリザベートが住んでいた居城にて、100名近い吸血鬼とのヴァンパイア・ハンターと死闘を繰り広げた。
真祖エディンムとその第一眷属、恐怖のアキレアも参戦し、戦いは数ヶ月も続いた。ヴァンパイアハンター側にも多数の被害を出したが、吸血鬼を根絶やしにし、その戦いは人類側の勝利となった。
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「はず、でした。実際に、エディンムとアキレアらしき死灰も確認されました。ですが、何故かあなた達は生きていた。」
私は涼を、アキレアを睨みつけた。彼は一瞬目を逸らしたが、再び私の方を見つめた。
「……言い訳ではないが、どのように私達の死を偽造したのか、本当の事は何も知らない。私は闘いの決着が着く前に、央に従うまま、彼と城から抜け出して、海を渡り日本に辿り着いた。だが……吸血鬼を増やす方法を私は一つしか知らない。」
暗い口調で、それでも私の方を見据えて彼は続けた。まるで、そうする事がせめてもの贖罪であるかのように。
「央がもう1人の第一眷属を作り、されにその第一眷属が自身の眷属、つまり第二眷属を作る。顔や体格は『変身』させればいい。そして、その2人が真名を自らに付ければ、真名のない私達とさして変わらない実力になる。そうして、私達の偽物を作ったのだろう。」
「……エディンムに、真名がない?」
涼の真名は、槿が付けたというのは聞いた。だから、彼が当時真名を持っていない、というのは分かる。だが、もしその言葉が本当ならば、槿は嘘をついている、という事になる。
「正確には、あるが忘れている、の方が正しいな。だから、槿が何らかの推測で彼の真名を知っている可能性は有り得なくもない。それに、槿はそういう嘘は付かない、と私は信じている。」
涼の為ならば、平然と嘘を吐きそうだが、と思ったが、そこでその話をすると脱線してしまいそうなので、私は一旦置いておくことにした。
しかし、これで合点がいった。『エディンムとアキレアが偽物であった』という説は長らくあったが、眷属にしては実力が近すぎるとその説が肯定されることはなかった。だが、2人に真名がなかったのならば納得だ。
それに、真名がない、というのは通常有り得ない為、この250年もの間、誰もその答えに辿り着けなかったのだろう。
「一度、話を戻します。そうして吸血鬼を全て殺したはずでしたが、一つ、明確な問題がありました。『栄誉と堅信の右手』です。」
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ガーベラ枢機卿がかつて斬り落としたとされる、エディンムの右腕。本国で保管されていたそれは、エディンムの死後、なおも右腕としての形を保ち続けていた。だが、それは本来有り得ない事だった。
吸血鬼が死んだ場合、離れていようともその身体は全て朽ちて、灰になる。それなのに、その右腕は1片たりとも灰にならなかった。
きっとこれが、ヴラドやエリザベートならば、誰も吸血鬼の生き残りを疑いはしなかっただろう。けれど、例外の多すぎる真祖、『適応のエディンム』の1部であるということが問題だった。
「エディンムの肉体は、この環境に適応し、別の個体として存在しているのだ。これももう破壊するべきだ。」
そういう声も少なくなかった。しかし、
「『栄誉と堅信の右手』こそが、エディンムが生きている証拠だ。再び人々が夜に怯えることがないよう、私達は技を磨くべきだ。」
という意見が多数だった。だが、それも何十年も吸血鬼を姿を見せず、特定のその意見も少数派になった。
そんなある日、数を減らしたヴァンパイア・ハンターの1人が、お告げを聞いた、と言った。
いつものように祈りを捧げると、突如彼の身体は光に包まれた。あまりの眩しさに目を閉じて、再び開くと、目の前は辺り一面に広がる草原。そこには暖かい光と柔らかい風が吹いていた。
そして、目の前には光に包まれた、1人の男性。それを見た途端に、『その方が主だ。』と理解し、目から一筋の涙が流れたらしい。
主はどこか遠くを指を指して、『果たすべき使命は、東にある。遠い東の、日本という国へ向かいなさい。』と静かに語った。
感動のあまり、声も出せないその男が、かろうじて小さく頷くと、急に目の前の景色は消えて、再び先程までいた場所に戻されたという。
そして、彼が光に包まれる所は、他のヴァンパイア・ハンター数名も目撃していた。数を少なくして、ただ己の技のみを磨いていたヴァンパイア・ハンターは当時から疎まれていた。だから、身を寄せるように1つの場所に集まっていた。
皆、彼の話を聞いて歓喜した。『私達のやってきた事は間違っていなかった。やはりエディンムは生きていた。』と、涙を流すものまでいたらしい。
そこが、ヴァンパイア・ハンターの最後の幸福だった。
聖十字架を通して主の言葉を聞いた、という例はそう少なくない。そうしたものはいくつかの審査を受け、主の言葉として認められると『天啓譚』という聖書に記載される。厳格な審査ではあるが、客観性が保証されている場合は、ほとんどの場合が認められる。今回も、複数名のヴァンパイア・ハンターの証言があるということで、認められる。そう思っていた。
その言葉が、主の言葉として認められることは無かった。立場を弱くしたヴァンパイア・ハンター達による虚言だと、自らの為に主の言葉を偽ったとされたらしい。
その出来事で、ほとんどのヴァンパイア・ハンターは信仰を捨てた。中には聖十字教団を恨み、異教徒に鞍替えをして武器を手に持つものも少なくなかったそうだ。
その中の僅かなヴァンパイア・ハンターはエクソシストとして生きる道を選び、さらに僅かな十数人が、教団に認められなかった主の言葉を信じて、未だに航海技術が確立されていないその時代に、遠く、言葉も通じない日本に向かった。
『栄誉と堅信の右手』は、もはや不要とされ、彼等が管理することになった。
だが、そのまま吸血鬼が見つかることもなく、200年近く過ぎて、ただいるかすら疑わしい化物を殺す為の技を磨き、同じ主を信仰しているはずのエクソシストや啓蒙派の信徒からは疎まれ続ける中で、多くのヴァンパイア・ハンターは銀十字架を捨てた。
そして、遂に残るヴァンパイア・ハンターの末裔は、連花家のみとなり、そこに産まれたのが、私、連花・サリエル・黎明だった。
もっとも、その頃は堅信名を名乗っておらず、両親がつけれくれた洗礼名である、パウロを名乗っていたが。




