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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
桃李満門だった私達と紫苑

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第157話 桃李満門だった私達と天竺葵

小春(こはる)と話した、その夜。夕食を食べ終えたタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。


「あれ?誰だろう?」


住居棟は、配送業者がたまに来る程度で、ほとんど来客などない。ましてや今の時間である、夜の8時前後であれば、少なくとも私がいるこの1ヶ月程では一度も来客はなかったはずだ。



「私が応対します。」


ドアの向こうの人物に警戒しながらドアノブに手をかけた。とはいえ、チャイムを鳴らしている以上、不審者である可能性は少ない。それに、玄関の向こうの人物には、心当たりがあった。なんの前兆もないが、どこか確信めいた、きっとあの人ならば、今のタイミングで訪れるだろうという予感が。


ドアを開ける。どうやら、私は自分の予想が当たっていたらしい。2m30cm程の痩身、中世的な顔立ちと、全てを見通すような優しげな微笑。をしているのだろうが、何故か夜だというのにサングラスをしていた。


「そろそろ、お会いできると信じておりました。天竺葵(てんじくあおい)大司教。」


黒いワイドなスラックスに、オリーブ色のTシャツを着ていて、この人が私服を着ているのを初めてみたな、とそれどころではないのにそんなことが気になってしまう。


「折り返しが出来ず申し訳ございませんでした。連花(れんげ)司教。実は、アイリスにスマートフォンを没収されておりまして。そのせいで、連絡があったことに気が付いたのも、つい先程なのです。」


サングラスを外しながら、困ったように眉をへの字に曲げているその顔は、どこか嬉しそうだった。


「アイリスと、どこかへ行かれていたのですか?」


「はい。『たまには家族旅行に行きたい』と、アイリスに言われまして。スケジュールを調整していたのですが、昨日強引に連れ出されまして。江ノ島に行って参りました。私は寺社仏閣にも温泉にも入れないというのに、あの子は本当に。」



心底幸せそうにアイリスの話をする天竺葵大司教を見て、本当にこの人はアイリスの事が好きだな、と半ば呆れにも近い感情を抱く。そしてこの人にそんなことが出来るのも、アイリスくらいだ。



「それで、帰りにようやくスマートフォンを返してもらえたので、着信履歴を見ると貴方から何度も着信がありましたので、帰り道でしたから、ついでに寄らせていただきました。アイリスは、疲れたのか車内で寝ています。」



その説明に納得する一方で、やはり、どう考えてもタイミングが良すぎる。私が決意した途端、直接会いに来るなんて。まるで、こうなることが分かっていたかのような、そんな感覚にすら陥る。



「天竺葵大司教。不躾であることを承知で、お伺いいたします。一体、どこまでこの事態を想定されていたのですか?」



「いえ、あなたの直面している問題に関しての一切を、私は存じておりません。」


一切その微笑を崩さずに、そう答えた。納得しない表情の私に、天竺葵大司教は続ける。



「以前も伝えましたが、私達は大きな流れの一部に過ぎません。その流れの中で、私が知っているのは、私に関する2つの試練についてのみです。そこにたどり着くまでの過程は存じないのです。ただ、私にはいくつかの過ぎた力が与えられており、それが人を導く役目を担う事が多々あるというだけに過ぎません。」



「……今回も、あくまで偶然であると?」



「その通りです。もし、今私の力を求めていて、偶然私がここに来たのならば、それは主の導きでしょう。」


天竺葵大司教がそう言うのならば、それを信じるのしかないのだろう。少なくとも、未来を予知する『奇跡』の記述は聖書にはない。……そこで、先程話していた言葉が引っ掛かった。


「……見えている未来が2つあるのですか?」


「ええ。近い未来と、5年後の未来が。」



であれば、本当は予知していたのではないかとも疑いたくなるが、それでも本人が『偶然だ』と言っている限り、これ以上疑っても無駄だろう。



「それでは連花司教。本題に入りましょう。何があったのか、私に教えてくださいますか?他の人に聞かれたくないのならば、どこか歩きながらでも。」



「……何故、聞かれたくないことを把握されているのですか?」


「そうでなければ、貴方はすぐに私を客間に通すでしょう。長い付き合いですので、その程度は理解しております。中庭などがよろしいでしょうか?」


「お心遣いありがとう、ございます。」


やはり、この人はどこか異質だ。よく分からない抽象的な事を言う時は何も分からなかったりするのに、相談などに関しては異常なまでにスムーズに進む。



そんなことを考えていると、丁度後ろでドアが開いた音がした。


「れーくん、誰だったーーーって、大司教サマ!?なんでいるの!?」


一果(いちか)!言葉に気をつけなさい。」


「気になさらないでください。主の下では、全てが平等です。一果司祭。少し、連花司教から事情をお伺いいたします。恐らく、そこまで長くはかかりませんので。」



そう言うと、天竺葵大司教は私を外に出るように促す。私は一果に目線を一瞬だけ向けて、天竺葵大司教の後を付いていくように外に出た。



「それで、何があったのですか?」


歩きなれた場所であるかのように、スタスタと歩いていくその大きな歩幅に早歩きで付いていきながら、私はここ1か月の事を包み隠さずに伝えた。


丁度話し終えたタイミングで、いつも(りょう)と模擬戦を繰り広げている場所に辿り着いて、天竺葵大司教は足を止めた。私の方に振り向くと、静かな声で、私にこう訊ねた。


「成程。危機的な状況なのですね。」


「……天竺葵大司教は、どうするべきだと思われていますか?」


意を決して、私は訊ねた。緊張で手が汗ばむ。しかし、返ってきた言葉は、思わず拍子抜けしてしまうような言葉だった。



「全て、連花司教の決定に委ねます。」


「…………はい?」


思わず、間の抜けた声が出る。そんな私を変わらない微笑で見つめながら、天竺葵大司教は続ける。



「貴方のその目には、何か強い決意のようなものが見えました。何か、答えがあるのでしょう?」


「で、ですが……。」


「それに、貴方の方が、彼らと関りが深いのです。正しく判断できる目を、貴方は持っております。信じなさい。貴方自身を。責任は全て私が取ります。」



静かに、それでいて確かな信頼を寄せてくれたその言葉に、私の胸が熱くなる。それだけに、もう一つの願いを伝えることに、躊躇いを覚えた。



「ありがとうございます。天竺葵大司教。それと、もう一つ、ご相談したいことがございます。」


それでも、私は伝えた。これ以上、自分に嘘を吐きたくはなかった。


私の願いを伝えると、珍しく驚いたように眉を少し上げる。



「貴方がそうしたいのであれば、止めることは致しません。ですが、よろしいですか?」


「はい。迷いはありません。」


私のその言葉に、小さく微笑んだ後、一際優しい声で、天竺葵大司教は私に命じた。



「例えそうなっても、精進は続けなさい。それが、私からの条件です。」


私は、その言葉に深く頭を下げて返した。それは謝罪でも、お礼でもあった。



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