第155話 桃李満門だった私達と蘭②
「涼も、ですか?」
急に足場が見えなくなったような不安を隠し、私はただ平静を保つ為だけにオウム返しのような質問をする。それでも声はどうしても震えて、シンクに寄りかかるようにしか立てない程、足には力が入らない。
何故そこまで動揺しているのか、自分でも理解出来ない。ただ、きっと一果が原因である事は間違いなかった。
「うん。涼も。勿論、人の血は吸わないように縛る必要はあると思うけどさ。血液パックでも、一応吸血衝動を抑えられたんでしょ?」
二葉の部屋から盗み聞きた、涼との会話を思い返す。
「で、すが、結局、満ち足りないと……そうだ、『血液パックでは飢えは満たされない』と言っていたのですよ!そんな化物を生かせと言うのですか?」
どうだ、と言わんばかりに私は一果に言い放った。どうだ、やっぱり殺さなければいけない化物ではないですかと、私は安堵の笑みがこぼれる。
「でも、むーちゃんは連れ去られた後も、血を吸われなかったのです。……死にたがっていたのは、むしろむーちゃんの方だったのです。」
槿への怒りとも悲しみともつかない表情を見せながら、それでも彼女は私の敵になった。
「それ、は……槿さんだったからですよ。あれが他の人ならば、きっとそうはならなかった!」
「それこそ、誓いをたてさせればいいのです。『直接人から血を吸わない』と。そうすれば、涼も人を殺さなくて済むのです。」
「それは、誓わせます。でも、それはあくまで一時的な措置で、天竺葵大司教からの指示があるまでの一時的なものでーーー」
「『殺せ』って言われたら、殺せるの?」
「殺し……ますよ!絶対。化物を殺すのは、私の使命です。」
そうだ。それが、私の使命だ。私はヴァンパイア・ハンターだ。唯一生き残った、現代までその使命を受け継いだ。
「めーちゃんが殺すのは、化物じゃないですよ。『岸根涼』です。めーちゃんは、『涼』を、殺せるのですか?」
そう言った二葉は、私を傷付ける意図ではなく、純粋に心配しているようだった。私は、苛立ちを覚える。二葉の言葉に対してすぐに答える事が出来ない私に、苛立った。
「……出来ます。」
数秒迷って、絞り出した言葉はそれだった。夢の中ですら揺らいでいた決意は、口に出すとなお一層薄っぺらかった。2人も、そんな私に同情するような表情を浮かべる。
「何が、言いたいのですか。」
この怒りが八つ当たりだと分かっている。それでも、私はその怒りをぶつけた。震える足を、その言葉を吐き出すために、怒りで誤魔化した。
「私が殺せないとでも言いたいのですか?出来ますよ。吸血鬼を殺す為だけに、私の命はあります。それが、私の使命です。」
「……分かったのです。でも、涼は人をもう殺すつもりがないなら、生かしておいてもいいと思うのです。」
「……一果も、同じ考えなんですね。」
「そう、だね。大体一緒。」
遠慮がちに、それでも一果が同意して、2人共涼の事を殺したくないという事が伝わる。
「……馬鹿げてますよ。吸血鬼が生きているという事が、どれだけ人名を危険に晒す行為なのか、分かっているでしょう。いくら彼がーーー。」
私は、この先の言葉が言えなかった。今、涼の性格について言及すれば、ただでさえ孤立した決意が揺らいでしまいそうだった。
「……検討します。槿に関しては。」
それだけ言って、私はリビングのドアを開ける。
「え、ちょっと、れーくん?」
慌てた様子で、一果は引き止めるように私の肩に手を置いた。
「少し、考える為に外に出ます。昼は要りません。夜までには戻ります。」
手を払いもせず、ただ歩いてその手を外した。一果も、私を追いかけることはせずに、ただその場で立ち尽くしていた。




