第153話 桃李満門だった私達と舌切草
目を覚まし、軽く伸びをする。外からは射し込まれる5月らしい陽光を浴びながら、私はスマホを見たが、案の定天竺葵大司教からの連絡は来ていない。
落胆とともに、一抹の不安が過る。ここまで連絡がつかないということは、まさか本当になにかあったのだろうか。考えづらいが、もしや、という事もある。
それに、もう一つ異変があった。涼が、昨日から目を覚まさない。本来吸血鬼が1日目を覚まさなかったというだけならば特段おかしい点でもないのだが、ここ1ヶ月程の彼は、毎日教会に顔を出していた。そんな彼が丸一日寝たままというのは、やはりどこか違和感を覚える。
ここ数日、そういった異変がやたらと起きる。原因は一体何だ?と考えながら、自室を出て、リビングに向かう。
ドアを開けても、今日は2人の姿はまだ見えない。恐らく教会内の清掃等を行っているのだろう。普段あまり手伝えていないし、今日は私が朝食を作ろうと思い立ち、私は冷蔵庫を覗いた。
すると、丁度そのタイミングで、清掃を終えたのか、二葉がリビングに入ってきた。相変わらずの冷めた瞳は、私を見て驚いたように見開いた。
「めーちゃん、おはようなのです。どうしたのです?冷蔵庫なんか見て。」
「おはようございます。相変わらず早起きですね。まあ、大したことではないのですが、いつも2人にばかり家事をさせてしまっておりますので、今日は家にいますし、朝食でも作ろうかなと。」
私がそう言うと、二葉は言いずらそうに、口をもごもごさせて、目を泳がせる。
「もしかして、私の料理の腕を疑っていますか?確かに最近は作ることは減りましたが、修業時代は散々作らされていたのを二葉も知っているでしょう。」
特段得意というわけではないが、平均程度の腕前はあるはずだ。少なくとも、この間のアイリス程度の腕はある。
「そういうわけでは、ないのですけど……。」
そう言いながら、二葉の態度はいまいち煮え切らない。そういう訳ではないのならば問題ないだろう、と言いたくなるが、彼女の次の言葉を待った。しばらく口をもごもごとしていたが、決意したのか、小さくため息をつき、口を開いた。
「めーちゃんの料理は、恐らくむーちゃんには味が濃すぎるのです。」
「え、私の料理って、味が濃かったのですか?」
「濃いのです。ついでに、重いのです。朝食に唐揚げとかが出て食べられるのは一部の人だけなのです。エクソシストはその一部の人だらけだったので大丈夫でしたが。」
「まさか、そんな……。」
全然大したことでは無いのだが、今まで自分が普通だと思っていた事がそうでは無いというのは、かなりの衝撃だ。
「……一般人の味付けを知りたいので、料理の手伝いをさせて頂けませんでしょうか?」
私がそう言うと、二葉は、
「それだったら大歓迎なのです。」
と言って微笑んだ。
「あ、れーくんじゃん!おはよー!」
ドアを開けるや否や、一果は朝とは思えないくらい元気な声で言ったと思うと、私が台所にいるのを見て、怪訝な目をしながら言った。
「え、れーくんご飯作るの?」
一果のその言葉を聞いて、私と二葉は目を見合わせて、思わず吹き出した。




