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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
桃李満門だった私達と紫苑

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第151話 桃李満門だった私達と松葉②

槿(むくげ)は、恐らく初めて見る二葉(ふたば)の怒った表情に、怒声に困惑した様子だった。


混乱したように何度も目を泳がせて、次の言葉を探している様子だった。その際何度か私と目が合ったが、私は軽く微笑んで、助け舟は出さなかった。2人共いい大人なのだから、私が関与することでもないだろう。


私が考えることは、どうやって自然にこの空間から抜け出すか、というだけだ。とりあえずは様子見で空気に徹することにした。


考えづらいが、もしかすると怒り慣れていない彼女が手を出そうとしてしまう可能性もある。さすがにその際は、私が止めに入る必要があるだろう。



そんな風に考えていると、意を決したかのように槿は口を開いた。



「……だって、私は涼のおかげで楽しく過ごせたわけだし、日常がもう充分幸せだったからーーー。」


「ふざけないでください!」


槿の言葉を遮るように二葉が大声を出す。その瞳からは、一筋の涙が流れていた。


「涼のおかげ?楽しく過ごせた?じゃあ私達は何だったんですか!?涼のおまけですか?私達といて楽しいと思っても、それも全部涼のおかげですか!?」


「そ、そうじゃないよ。もちろん、2人には恩を感じているしーーー」


「恩を感じてほしくて、むーちゃんと一緒にいたわけじゃない!!」


二葉のその大声に、槿は驚いたように体を後ろに引く。恐る恐る持っていた食器を置いて、正すような姿勢で槿は座りなおした。そんな彼女を充血した目で睨みながら、伝う涙を振り払うように二葉は続けた。



「何もわかってないのです!そんなに簡単に捨てられる程度の事なんて、幸せなんて言わないのです!私達といる間も、心のどこかで『どうせもうすぐ死ぬから』って、一線引いてたんじゃないですか?だから私達は簡単に捨てられて、あんな吸血鬼なんかと心中しようなんて思うのです。」


「涼の事、そんな言い方しないで。」


二葉の言葉に触発されたのか、槿は二葉の目を睨みながら、短くそう言った。二葉は一瞬気圧されたかのようにたじろいだが、すぐに睨み返した。


「そんなに涼が大事なのですか。本当におめでたいのです。むーちゃんは特殊な関係に酔っているだけなのです!」


断定するように二葉は言った。それが全てではないが、あながち心当たりがなかったわけではないのだろう。槿の目はさらに鋭いものとなり、歯ぎしりが聞こえそうなくらい、強く歯を食いしばる。傍目からは、彼女が余命宣告されていると言われても信じられない力強い怒りが見える。


「二葉にだけは、言われたくない。『禁断の恋に憧れている』とか言って、そう言う特別な関係に憧れているくせに。本当は、私に嫉妬しているだけでしょ。」



怒りで声が震えながらも、槿は嘲るような声色で言い放つ。嫉妬していたかは定かではないが、二葉ならば羨ましいと心のどこかで思っていてもおかしくはない。屈辱だと言わんばかり、二葉は目を見開き顔は真っ赤に染まった。



「なっーーー。そんなわけないのです!死にぞこないの同士の恋愛にーーー。」


「二葉!」


私の怒声に、二葉は我に返る。


「言葉が過ぎます。月下(つきした)槿。あなたもです。」


「で、でもーーー。」


私と二葉を交互に見て、言い訳をしようとするが、私は首を横に振ってその言葉を遮る。それを見て、不服そうではあったが口を噤んだ。


二葉は、流石に言い過ぎたと自覚はしているようで、ばつの悪そうな表情を浮かべる。しかし、一度拳を振り上げた手前、そこで素直に謝ることは出来ず、わざとらしく音を立てながら部屋から出ていく。槿は遠ざかっていく音を、泣き出しそうな目線で追いかけた。



先程まで怒号が飛び交っていた部屋は、打って変わって静寂に包まれる。槿の悲壮な表情も相まって、まだ朝とは思えない程に部屋の証明が暗く感じた。


……また、出ていく機会を見失ったな、と心のどこかで思っていたが、目の前に落ち込んでいる人が居るのを放っておいて出ていくのは、神父として失格に思えた。かと言って、積極的に慰めるのも、今の私と彼女の関係では違う。そうして私は槿が言葉を発するのを待った。もしそれで、『さっさと出ていけ』と八つ当たりされたとしたら、その時に出ていけばいい。


「……きっと、二葉の言っている事は正しいんだと思う。」


目線を下に向けて悲壮的な表情のまま、独り言とも問いかけともつかない言葉を槿は溢すように呟いた。


「正しい、とは?」


「『どうせもうすぐ死ぬから』って、思っていたんだと思う。皆でいるのは楽しかったけれど、それでも心のどこかで、そう思っていたのかも。だから、二葉の言う通り、簡単に死のうと思えたのかも。」


ああ、そっちか、と心の中で呟く。それと同時に、私は思わず失笑しそうになる。


「そんなわけないでしょう。」


「え?」


困惑したように顔を見上げ、私の意図を窺うように目を覗き込む。


「だってそうでしょう。いつでも捨てられるようにしていたのならば、あんな風に涼と逃げ出した後にここに戻ってこないでしょう。それこそ何でもないような顔で、病院に、浅黄(あさぎ)院長の下に戻ればいいだけです。」



はっとしたような顔をする。自分の事なのに、そんなことも分からないとは。私は思わず吹き出しそうになるのを、咳払いする仕草で誤魔化す。


「確かに、そうかも。」


「きっとそんなことは二葉にも分かっていますよ。寂しくてあんな言い方をしたのでしょう。」


「……どうしたら、仲直り出来る、かな?」



不安そうな顔で、私に訊ねる。


「さあ、私はあなたの事を思って怒るほど優しくもありませんし、アドバイスをしてあげる程、許してもおりませんので。」


私の言葉に、今更私をずっと騙していたことを思い出したのか、申し訳なさそうに目を逸らす。その様子に、私はまた笑いそうになる。


「1つ、聖十字教団の信徒として、ですが。」


「信徒として?」


「主が与える試練は、必ず乗り越えられるものとなっております。または、耐え抜くことが出来るよう、逃げる道や救いの手も与えられるとされています。」



数秒、ぽかんとした表情を浮かべた後、彼女は吹き出すように笑った。


「本当に連花さんて、優しいね。」


「布教は信徒としての務めです。」


そう言って目を逸らす。私の顔が赤いのを見て、槿は更に愉快そうに笑った。




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