第146話 桃李満門だった私達と紫苑①
「れーくん、何してるの?」
一果と二葉の家の、大きな図書室の机で本を読んでいた僕は、いきなり話しかけられた。
少し眠そうな、ほわほわとした喋り方。声の方を向くと、僕の座っている椅子の横に、隠れるしゃがみこんでいた。
「……そっちこそ、何してるの?」
「一果と隠れんぼ。ただ隠れてても暇だから、誰かとお話しようと思って。でも、アイリスはうるさいし、つららおねーちゃんは意地悪だから。」
確かに、最近天竺葵さんの『ようし』って言うのになったアイリスはすぐに怒るし、凄くうるさい。それに、氷良は僕達をからかって楽しそうにしている。二葉の言う通りだ。
それに、今日は他の子もいないし。納得した僕は、二葉の質問に答える事にした。
「本を読んでるんだ。僕のご先祖さまからずっと探してる、『きゅーけつき』っておばけの本。」
「聞いた事あるかも。すっごく強いんだよね?」
「よく、分かんない。でも、おじいちゃんによく言われてたんだ。『パパとママが役目を果たせなかったら、お前が引き継ぐんだ』って。」
「……そうなんだ。おじいさん、好きだったの?」
「……うん。」
正直に言うと、おじいちゃんは苦手だった。よく怒って怖いし、いつもパパとママの悪口を言うし、一果達と仲良くすると、すごい嫌な顔をするから。
だけど、何年か前に死んじゃった時、一番最後に言った言葉が、ずっと頭から離れない。
『儂らの一族は、なんの為にいるんだ?何時まで、こんな思いを子供達にさせなければいけないんだ?』
僕達じゃない、遠い所に向かって呟くみたいにそう言って、その後何度もパパとママの名前を呼んで謝って、それを聞いてパパとママも泣きながら謝ってた。
その日、おじいちゃんは死んじゃった。『天に還る』って言うらしい。
その日はおじいちゃんとパパとママがなんで謝ってるのかがよく分からなくて怖かったけれど、きっと、その『使命』が果たせなかったのが、おじいちゃんには辛かったんだと思う。
だから、少しでも早くパパとママの役に立てるように、僕は『『きゅーけつき』をやっつける』ってお仕事が出来るように、こうして勉強をしている。
正直、今読んでいる本だって何を書いているかは分からないけれど、きっといつか、役に立つだろうから。きっと、喜んでくれるだろうから。
「あ!れーくんだ!ーーー二葉もいる!!」
一果の大きな声が聞こえて、僕と二葉は振り向いた。
「あ、見つかっちゃった。」
「ずるーい!れーくんと何話してたの!?」
頬を膨らました顔を赤くして、ズンズンと大げさに足音を鳴らしながらこっちに向かってくる。
「れーくんのお役目の話。」
「あ!れーくんて呼んだ!二葉はそう呼んじゃだめ!」
「一果うるさい。なんて呼んだっていいじゃん、別に。」
「良くない!私だけなの!」
そうやって一果が二葉の上に乗っかるようにして髪を引っ張ったり、引っ掻いたり取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「やめなさい、もういい大人なんですから。」
二葉の上で何かを言いながら、覆い被さるように暴力を振るう一果を引き剥がそうとするが、中々引き剥がせない。
おかしい、私の方が力が強いのに。勢いをつけて、後ろに思い切り引くが、ビクともしない。そうして何度も何度も、まるで引っこ抜くかのように、一果を引っ張る。
「れーくん!ストップ!!」
急に後ろから私が引かれる。涼を殴っていた私は、一果と二葉に身体を後ろに引かれていた。こんな事をしても、何の意味もない。それが分かっていながら、私は殴る事を辞められない。何度も、何度も。私を嘲笑うような表情をしている涼を、何度も殴り続けた。
「そんな事をしても、なんの意味もないぞ。」
振り向くと、祖父が私の肩に手を置いていた。白髪に僅かに黒髪が混じった、皺に偏屈が刻まれたような顔。子供の頃の苦手意識か、その顔を見ると不安に駆られる。
「ほら、これを使え。」
ずっしりと重い、持ち慣れた金属の感触。『連なる聖十字架』だ。
「で、ですが……。」
「儂ら一族の、使命を果たせ。吸血鬼を殺せ。なあ?」
厳しい顔でそう言う祖父の後ろで、私の両親がにこやかに微笑んでいた。微かに動かしている口は、『殺せ』と言っているようだった。
私は、震える手で『連なる聖十字架』を掴む。ああ、そうだ。持ち手はお母さんの、先端はお父さんの銀十字だった。
待ってて、今、使命を果たすから。
涼の上に跨ったまま、私は銀十字をーーー。
ーーーーーー
そこで、目を覚ました。時計は朝の7時を指している。日は跨いでいないから、あれから2、3時間程眠っていたらしい。
まだ春だと言うのに、身体はじっとりと重い汗をかいていて、心臓は寝起きとは思えない程早く脈を打っていた。
上体を起こして、深くため息をつく。最悪だ。最悪の夢だ。一体どんな意図でこんな夢を見せたのか、自分の脳を問い詰めたくなる。あるいは、これが先祖の意思だとでも言いたいのか。
分かってます。殺しますよ。吸血鬼は皆殺しにします。言い訳するように、私は頭の中で何度もそう繰り返す。
殺しますよ。それが、私の使命なのですから。ただ、順番があるだけです。必ず殺します。
未だに震える指先から目を逸らしながら、私は何度も反芻した。決意が薄まるのを恐れるように、許せないという気持ちが、無くならないように。




