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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
出会った時と同じ、月の下で。

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141/188

141話 敬具、それから、ポストスクリプト

私の言葉を聞いて、槿(むくげ)は、明らかに動揺した様子だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして、今更そんなことを言うの?」


泳いだ瞳でそう訊ねる。私と心中するつもりだったのに、海にまで連れ出した私が、彼女に生きていてほしいと伝えてきた。彼女が動揺するのも、当然だ。



「君を連れ出した時から、私は君を死なせるつもりなんてなかった。ただ、2人で話したかったんだ。この後、私がどうなるか分からなかったから。」



「私も、そうだよ。二葉(ふたば)も、一果(いちか)も、連花(れんげ)さんだって騙してきたって、『(りょう)(おう)の真名を隠してきた』って言って、昨日一日だけ、涼を追いかける事を待って貰ったの。私ももう、教会にはいられないよ。」



槿は、私と央の真名を交渉に出していた事や、彼も知らない真名をどうして槿が知っている事も全て初耳だった。


「私の為に、そんなことをしてくれたのか。」



感謝と、罪悪感。それと疑問。混ざり合った感情が言葉を消して、口から出たのはそれだけだった。



「だって私は、涼のおかげで、ここまで幸せになれたんだよ。退屈に過ごしていた私の日常を変えてくれたのは涼だった。涼の為なら、なんでもする。」



まっすぐに私を見つめて言う槿の言葉は、珍しくはっきりとした輪郭を持った強い言葉だった。彼女の気持ちは、嬉しい。けれど同時に、胸に突き抜けるような、悲しみとも呼べる痛みが走った。




「私は、君になにも出来ていない。初めてのデートが上手くいったのだって、椿木(つばき)のおかげだ。君が病院から抜け出せたのは、連花のおかげだ。君の日常が愉快なのは、桜桃(さくら)姉妹と常盤(ときわ)のおかげだ。浅黄(あさぎ)と、椿と和解できたのは、君が一歩踏み出したからだ。」



私は、彼女が勇気を踏み出した時に、周りの人たちが彼女を助けた時に、たまたま近くにいただけだ。何もしていない。諦観と傍観で、ただそこにいるだけの、死にぞこないの吸血鬼だ。



「それどころか、君を吸血鬼と教団の問題に巻き込んでしまった。なんの関係もない、1人の少女の君に何度も助けられて、あまつさえ、居場所も、その命さえ奪おうとしている。」



「涼がいなかったら、私はその誰とも出会えていない。小春(こはる)ちゃんも、連花さんも、二葉も一果も常盤さんも、一歩踏み出そうとした私だって、あなたと出会えなかったらきっといなかった。関係ないなんて言わないでよ。涼の事が大好きなの。あなたのくれた居場所だし、あなたのくれた時間だから。だからーーー。」



「私の為に捨てたら、なんの意味もないじゃないか。」



私の言葉に、槿の瞳は潤んで、口は言葉を探すように空虚に開閉を繰り返す。そんな彼女を真っ直ぐに見つめて、私は続ける。



「私も、君が好きだ。だから、君には幸せになって欲しいんだ。一生懸命生きて、『死にたくない』と、そう思う程に幸せになって欲しいんだ。君には、何も捨てないで欲しい。」



槿は、倒れこむように私に抱き着いて、胸に顔を埋めた。どこかに行ってしまう私を捕まえるように、その細腕は力強かった。


「…………涼は、どうするの?私が教会に戻って、その後は?私だって、許してもらえるか分からないのに。涼がいなくなったら、もうそれだけで、私は全てが無くなったと変わらない。『今日涼と死ねば良かった』って後悔をして、それでもう一度、涼に会う為に、すぐにあなたを追いかけるから。」



「必死に謝って、謝って、『私が誤っていた』と、槿を連れ去った事を許してもらうさ。槿の事なら心配はない。連花も桜桃姉妹も甘いからな。案外簡単に許してもらえるさ。」


そう言って空笑いをして、私は明るく振る舞うが、槿は顔を埋めたまま、押し殺すようにしゃくり上げる。彼女の目から溢れる暖かい水分が胸に伝わる。



「そんなに、上手くいくわけないよ。」


「大丈夫だ。きっと大丈夫だ。」


槿は、どうやら央の真名を知っているらしい。であれば、教団側は、丁重に扱うだろう。きっと大丈夫だ。



私は死ぬかもしれないが、槿とはまだ出会って数ヶ月だ。最悪私が死んでも、彼女の心の傷は桜桃姉妹が塞いでくれるだろう。だから、大丈夫だ。



「…………私、この後教会の皆に会うの、怖いよ。なんて言われるか、怖い。もう、皆とは縁を切るつもりだったから。仲直りなんて、したことない。」



「それでも、戻るんだ。教団と折り合いがつかなければ、病院に戻ればいい。私が責任を持って、君を楽しませる。椿木だって君に会いに来てくれるさ。」


「…………連花さんの彼女になったら、私に会いに来てくれなくなるかもしれないし。」


「それをきっかけに、また以前の関係に戻れるかもしれないじゃないか。きっと連花も浮かれているから、勢いで押し切ればなんとかなるさ。」



少しの沈黙の後、槿は私から私から離れて、泣き腫らした目で、小さく笑った。


「ふふ、何それ。」


その笑いが、私と同じく空笑いだと伝わった。彼女も不安な未来を吹き飛ばすように、無理矢理笑っていた。それは、槿が未来と向き合う事を決めたことという事だった。



「そんな風に、いつかきっと上手くいく。絶対、いい人生になる。だから、生きてほしい。」


「…………分かった。涼と一緒なら、もう少し頑張ってみる。」



それでも、槿の声は微かに震えていた。


「考えてみたら、友達と喧嘩したことなかったし、退屈しないかも。」


「連花は友達なのか?」


「二葉と一果の事だよ。連花さんは………友達の友達?」



自分から聞いておいて、こんな状況で返ってきたあまりに無慈悲な返事に私は思わず苦笑いをする。



「そうだな。その通りだ。それでは戻るとしようか。友達と、友達の友達の所に。」


「涼は、どっちの友達でもない、よね?」


「…………随分、辛辣だな。」


「だって、私の必死の覚悟を台無しにしたんだから。これからは、そのお返しに涼にいっぱい意地悪することにしたんだ。何回も、何度でも。」



涙目で、崩れた笑顔で、掠れる声で、槿は続けた。




「だから、最期まで私の傍にいて。」



槿が無事ならば、死んでもいい。そう思っていた私を、波の音に消え入りそうな彼女の言葉が繋ぎ止めた。私が死んでしまったら、彼女にこんな顔をさせてしまうのか。


私は、槿の悲しそうな顔が苦手だ。だから彼女には、笑っていてほしい。私が最初に惹かれたのは、槿の笑顔だったから。





「分かった。『月下(つきした)涼』は、何時、如何なる時も、『月下槿』に寄り添い、生きることを誓おう。」



槿から貰った名前で、私は誓った。その私の言葉に、槿も応えた。



「『月下槿』は、何時、如何なる時も、『月下涼』と、最期まで共に生きることを誓います。」



2人で一緒に生きていこう。初めて出会った時と同じ様な月の下で、私達は誓い合う。



そうして2人で顔を見合わせて、理由も分からないまま笑い合った。



そうして死にたがりの吸血鬼は、初めて、生きようと思えた。君と、槿と共に生きようと思う事が出来たんだ。




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