第138話 桃李満門だった私達から⑪
「『光』、ですか」
「その通りさ。少し長くなる。このまま立ち話もなんだし、良ければ建物内で話そうじゃないか。」
「私がその言葉に首を縦に振ると思っているのですか?」
一度承諾してしまえば、次回からこの化物が自由に建物内に入れるになってしまう。そんなことは死んでもごめんだ。
「なんだ、つれないなあ。」
肩を竦めながらそう言うと、エディンムの目の前に、地面から湧き出るような形で円卓と4つの椅子が生成される。以前と同様に変身能力なのだろうが、この間とは出現方法が異なっていることに違和感を覚える。
「そうしたら、僕の椅子に座るといい。『僕の持ち物』という意味ではなくて、『僕で出来た』という意味だけれど。ほら、そちらのお嬢さん方も。」
そう言って一果と二葉に目線を向ける。
2人は互いに目を見合わせたが、私が席に座ったのを見て、おずおずと腰掛けた。それを見て、エディンムは満足そうな笑みを見せる。
「それにしても、君たちは運がいい。私と2回も会話をして、殺されていない人間は恐らく君達だけだよ。」
「不快な前置きは結構です。さっさと話してください。」
「いいじゃないか。久しぶりに涼以外をからかえる機会なんだ。」
「本当に性格が最悪ですわ…………。」
二葉がごみを見るような目でエディンムを睨む。そんな彼女の様子を見て、エディンムは目を丸くした。
「君、この前口調直ってなかった?」
「はい…………?この前………?」
「二葉、いいから。」
相手にするなと言わんばかりに一果は二葉を制止した。『魅了』をかけたエディンムですら二葉のお嬢様言葉問題は予想外だったのからしい。
という事は、恐らく二葉は一生、エディンム関連の会話ではお嬢様言葉のままなのだろう。
……別に、大して問題はないか、と私は冷静になる。
怪訝そうな顔をする二葉を無視して、エディンムに訊ねた。
「それで、結局貴様の目的は、『光』とは何を指すのですか?」
「ああ、そうだった。ただ、全部全部話してしまっても面白くない。それに、そうしたら君は私の願いが叶わないように、妨害をしてきそうだ。」
「当然でしょう。化物の願いなど、ろくなものではない。」
私のその言葉に、嬉しそうな顔を浮かべる。以前もそうだが、何故か私が嫌っている感情を表に出すとこの化物は嬉しそうにする。意図が分からなくて、気持ちが悪い。
「随分嫌われたものだ。これでも、ヴラドやエリザベートに比べれば随分穏健派なんだよ?」
「そんなことはどうでもいい。さっさと本題を話して下さい。」
「死者を、蘇らせたいのさ。」
言葉を失う。そんな私を、机に両肘を置いて指を組み、値踏みするようにその吸血鬼は眺める。
「そんなこと、不可能です。」
「君の言う事は、正しい。出来るはずがない。それこそ、そういう『奇跡』でもなければ。生憎、4000年生きた中で、そう言った類の物を見つけたのはたった一度だけさ。それも奪われたけれど。」
一度はそう言ったものを見つけたのか、と少し興味を惹かれたが、吸血鬼の話に興味を持ったというのが屈辱的で私はそれ以上深く聞かなかった。
「けれど、それでも私は忘れられないのさ。あの光が、熱く焦がれる、激しい光が、脳裏に焼け付いて離れないんだよ。」
恍惚の表情を浮かべながら、自らの顔に爪を食い込ませる。深く指が突き刺さり、エディンムの顔からはサラサラと灰が流れ落ちて、それがすぐに傷口を覆うように顔に戻っていく。
「ずっと、忘れられないんだ。……ヴラドでもガーベラでも、当然エリザベートでも、私の光になり得なかった。そんな時、彼に出会ったんだ。岸根涼に、アキレアに。当時はツィツァファルク・ブラゴジェビッチと言う名前だったけれど。ああ……!今でも思い出すよ、あの瞳!」
目を薄め、エディンムの指はさらに深く突き刺さる。頬が削れ、顔の下半分がほとんど見えない状態で続ける。
「けれど、残念ながら、彼の目は腐ってしまった。でも最近たまにあの目をするんだ、あの女が関わる時に!だから、きっともうすぐなんだ、もうすぐなんだよ!!もうすぐ彼に会えるんだ!」
…………この化物は、狂っている。恍惚の表情が、声が、その目に宿す光が、その狂気を物語っていた。
「涼がその『彼』と同じ目をしていたから、何だというのですか?それと、彼らの自決を見逃す事に、どのような関連が?」
「分からないのかい?これが、私が焦がれた光に会う方法なのさ。だから、私は追わないし、君達も追ってはいけない。一種の賭けだよ。涼が死ねば、君達も死ぬ。涼が生きれば、きっと君達も暫くは生きられるだろう。そういう賭けさ。」
「言っていることが、支離滅裂だ……。涼が、他の人になるとでも言うのですか?」
「ある意味では、そうとも言えるね。きっと、君にもいずれこの言葉の意味が分かるさ。…………さて、私はそろそろ帰るとするかな。どうだい?この話は、私を殺すヒントにはなり得たかい?」
そう言って笑うエディンムの表情は、明らかにその答えを知っていた。
分かったことは、目の前の化物が訳の分からない理屈で動いているということだけ。なんのヒントにもなりはしなかった。2人の命を見捨てて得ることが出来たのは、恐らく1週間程度の猶予だけだ。
「それでは、ごきげんよう。せいぜい我が眷属が死んでいないことを神職らしく祈るといい。彼等が死んでいたら、またすぐに会おうじゃないか。そうならない事を、私は祈っているよ。」
そう言うと、エディンムは立ち上がり、机と椅子をまた自分の身体に戻して、去っていった。
エディンムの言う通り、私達に出来ることは祈る事くらいしか残っていなかった。




