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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第134話 飛花落葉だったあなたと

月の綺麗な、夜だった。


連日の雨はどこかへ行って、満月は夜空に輝いていた。明日で5月になるというのに、開けた窓から入りこむ空気は、冬のように澄んでいた。



(りょう)と初めて会った日を思い出すような、澄んだ、綺麗な夜。今日、彼が私のもとに来てくれなければ、連花(れんげ)は涼を本気で殺そうとするのだろう。


昨日から、私は3人とほとんど会話が出来ていない。食事は作ってくれたし、家事はしてくれる。けれど、義務的な内容しか、会話をしていなかった。私が真名について黙っていたのを許していないのだろう。


連花は明らかに怒っている様子で、二葉(ふたば)一果(いちか)はどうすればいいのか分からない、気まずそうにしていた。


こうなるのは、分かっていた。分かっていて、私は明かしたのだから、少し残念だけれど後悔はない。何かを変える力も意志も持ち合わせていなかった私は、自らの意志で、涼と共にいることをを選んだ。あの時の私からは想像も出来ない事だ。今の私には、退屈も不安もない。


岸根(きしね)涼が部屋に来たら、すぐに私に知らせなさい。いいですね。』


連花にはそう言われていた。私は頷いたけれど、そうするつもりはなかった。



コツコツと、窓を叩く音がした。


涼だ、窓の方を振り向くと、彼は、明らかに憔悴した様子で、顔を隠すように、俯いていた。何故か、いつも自分で開けている窓を開けることはなかった。


会いに来てくれた、よかったという気持ちは、彼への心配で塗りつぶされる。


私が窓を開けても、彼は部屋に入らず、空を漂うように俯いたままだった。


「涼、どうしたの?」


私がそう呼ぶと、彼はビク、と怯えるように体を震わせて、私の方を見る。その目は今にも泣きだしそうで、初めて見せる彼のその顔は、300年生きた吸血鬼と思えないくらい、未熟で、不安定に見えた。


「わ、私は、私に見えるのか…………?」


彼の質問の意図が分からなかったけれど、彼の態度から、きっと彼にとって何か辛いことがあったのだろうという事は察しがついた。


「特に、いつもと変わらないように見えるけれど。何かあったの?」


「…………どうしても君に会いたくて、ここに来てしまった。けれど、私はもう、君と会うべきではないのかもしれない。」



「何があったか分からないけれど、そんな風に思った時こそ、私はあなたに会いに来てほしいな。」



怯えたように目を逸らしていた彼は、私の方を見た。



「良かったら、話、聞かせてくれないかな?」



ーーーーーー



私は、また逃げた。今度は彼の笑い声から、血を求める本能から、逃げるように、全力で教会に向かった。


この前は教会から逃げて、今度は教会に逃げる。もう、自分でも何をしているのか、訳が分からなかった。



力任せに羽根を動かして、教会に向かって飛んでいく。全速力向かっていたが、教会が近づくにつれて、私の速度は段々落ちていった。


槿に会ってどうする?私は、彼女の首に牙を突き立てそうになった。彼女に会う資格はあるのか?


そもそも、槿は私を私と認識してくれるのか?私はどんな顔をしている?


悩みが、進む速度を遅めた。そして、その足は、槿の部屋の前で、完全に止まった。



恐る恐る手を伸ばして、窓を叩いた。その音で、槿がカーテンを開けた。けれど、彼女の顔が見られない。私は、『岸根涼』から、どれだけ離れた顔をしているのだろうか。彼女は、私が分かるのだろうか。


俯いて、そこから足を踏み出すことも出来ない。


「涼、どうしたの?」


槿のその声に、私の身体は小さく反応する。


「わ、私は、私に見えるのか…………?」



「特に、いつもと変わらないように見えるけれど。何かあったの?」



少し心配そうに私を見る彼女に、自身の外見に変化がないことに気がついた。良く考えれば、先に血液パックを吸ったと言っていた彼の外見に変化が見られなかった。私にも変化があるわけがなかった。



私は安心したと同時に、彼女への罪悪感が沸き上がる。



「…………どうしても君に会いたくて、ここに来てしまった。けれど、私はもう、君と会うべきではないのかもしれない。」


ここまで来て、私は今更そんな事を言う。情けない。こんな事を口に出してしまう自分も、情けなかった。



「何があったか分からないけれど、そんな風に思った時こそ、私はあなたに会いに来てほしいな。」


そう言って、彼女はいつもと変わらない笑顔で、私に微笑みかけた。


「良かったら、話、聞かせてくれないかな?」



私は彼女を抱きしてめいた。


「え、え?」



「……今、君に顔を見られたくない。このまま、このまま、君に話したいんだ。……駄目、か?」



「……いい、けれど。」


おずおずと、彼女は遠慮がちに、私の身体に手を添える。彼女の体の熱と、その心臓の不器用な鼓動が私に伝わる。



私の口元にある首筋は、滑らかで、とても綺麗だった。けれど、吸血をする気など起きなかった。それ程までに、愛おしかった。






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