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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第131話 桃李満門だった私達と、飛花落葉だった貴方。②

『真名を知っている。』


彼女が、月下(つきした)槿(むくげ)がそれを口にした時、私は身体の血が頭に昇っていくのを感じた。


彼女を壁際に追い込んで、私は壁に手を当てて逃げられないようにする。



「真名を知っていて、その重要性を知っていて、あなたは今まで黙っていたのか?」



「ちょ、ちょっとれーくん!」


慌てた様子で、一果(いちか)は私を引き剥がそうとするが、私は気にせずそのままの姿勢を保った。



「壁ドン、って言うんだっけ?こういうの?」


「茶化すな!」


私のその声が、何度も廊下を反響する。流石に彼女も少し身を竦めたが、私はそのまま続けた。



「いつ知った?何故知った!何故黙っていた!!」


小さく細い彼女を追い詰めて恫喝する罪悪感を、私の怒りは凌駕した。その声で、リビングから二葉が出てくるのが横目に見えた。



「ーーーその質問に答えても、いいけれど。」


彼女のその顔には、怯えは見えなかった。けれどその指先が少し震えているのが見えて、彼女は虚勢を張っているのが分かった。



「その前に、私と約束して欲しい。」


けれど、彼女の目には、確かな覚悟が見えた。


「涼が誰かを殺したら、私が彼を殺す。央の真名も、あなたに教える。だから、涼を殺すのは少しだけ待って欲しい。」



ふざけるな。このまま怒りに任せてそう言ってやりたい。


けれど、もし奴らの真名が手に入るのならば、本当に、1人も犠牲者を出さずに彼等を殺せる。吸血鬼は真名による命令に逆らえない。ただ、『死ね。』と命じれば、それで終わりだ。涼をエディンムと闘わせる必要すらなくなる。



「………あなたが、彼らの真名を知っているという、証拠は、どこにもない。貴方が口から出まかせを言っている可能性だって十分にある。」



言いながら、実際これが一番あり得るように思えた。ただ時間を稼いでいる可能性はある。理由はいくらでも考えられる。涼が一日でも長く生きてほしいだとか、…………私達に、死んでほしくないのか。


「どうすれば本当だって証明できるか、難しいけれど。知る事になったきっかけなら、話せるかな。」


私は壁から手を放して、一歩だけ後ろに下がる。



「央の真名を知ったのは、12月に、彼と2人で話した時。詳しくは話せないけれど、そこで、彼が漏らした言葉から、私は分かった。多分、正しいと思う。」


「それがブラフの可能性は?」


「そういう感じじゃなかったし、央がわざわざそんな事、しないと思う。そんなことをする理由もないし。」



確かに、それはそうだ。彼からしたら槿は路傍の小石ですらないだろう。


「…………涼の方は?」


「涼は、知ったとは、少し違うかも。」


「違う、とは?」



「私が、彼の真名を付けたから。」


私は驚愕のあまり言葉を失う。真名を人に付けさせるという行為は、そのまま自らの命を相手に委ねる行為だ。そんな話を、聞いたことはない。涼は、どこまで槿に心を許しているのか。


ふと、彼女が真名を授けていなければ、私は最初に出会った際に涼を殺せていたのではないかと思ったが、もしそうだった場合、私は恐らくエディンムに殺されていただろう。


であれば、結果として彼女の行為は束の間の休戦に一役買っていたわけだ。腹立たしい話だが、それだけは認めなければならない。



「…………涼の話は、少し衝撃的でしたが、分かりました。ですが、つまりエディンムは確定情報ではないわけですね。」


「でも、かなり確率は高いと思う。」



私は腕を組み、しばらく考えた。こうしている間も、涼が人を殺している可能性がある。


だが、彼が衝動を抑えられている可能性だって、充分にある。それに、今ここで彼を追えば、エディンムの真名、またはそれのヒントを逃す事になる。そうなれば、何百人、何万人と死ぬ可能性がある。


私は天を見るようにして、こぼす様に答えた。


「………もし明日、彼が『人を殺した』と答えた場合、すぐに私に2人の真名を伝えて下さい。私が涼を殺して、その後エディンムに挑みます。それが、条件です。」



「ううん。涼は、私がーーー」


「それは、私の使命です。」


それに、彼女が真名を黙っていたのは到底許せる行為では無い。けれど、それでも彼女に想い人を殺すという十字架を背負わせる訳にはいかない。



「………優しいね、連花さんは。」


見透かすように、彼女は笑った。私は、その言葉を無視した。


「猶予は1日だけです。明日彼が来なかった場合、殺します。彼が来て、殺していなかった場合も、教団で拘束します。それでいいですね。」


「うん。それでいい。」


私は深く息を吐いて、一果と二葉を見やる。彼女達は、露骨に動揺して見えた。


「一果、二葉。月下槿の世話は、これまで通り行って下さい。拘束や感じなどは不要です。どうせどこにも行けません。」



動揺しながらも小さく頷いた2人を尻目に、私は自室に戻る。


ベッドに腰掛けた途端、怒りが込み上げて、私は立ち上がり壁を思い切り殴りつけた。


ドン!という大きな音を立てて、拳より一回り大きい穴が空いて、隣の部屋と繋がる。



己の無力さと、その甘さが腹立たしい。


エディンムを1人で殺す力もない。涼を、完全に敵として見ることも出来ない。だから、槿の要呑んだ。私は、無力で、半端だ。



壁を殴った所で、募るのは情けなさだけだった。



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