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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第127話 恙無く異常

雨が、降っていた。


打ち付ける雨音が、脳内の響音と重なる。身体が重くて、ベッドから起こせない。



槿(むくげ)に会いに行こう。そう思っても中々身体が動かない。



身体が重いというより、頭が重い。重力が何倍にもかかっているような、張り付くような強い負荷。


そういえば、昨日槿が、『二葉(ふたば)達が料理をさせてくれない』と嘆いていたな。私も、その方がいいと思うが。



空腹感を感じないのに、喉が渇く。脳が回らない。



それでも、槿に会いに行かなくては。


それしかやる事が無い私が、唯一したいのは、彼女に合う事だけだった。



必死に手に力を込めて、ベッドから起き上がる。重くて起き上がれないというよりも、込めた力がすぐに抜けていくような、そんな感覚だった。


なんとか立ち上がり、私はおぼつかない足取りで玄関に向かう。数歩歩くと、歩き方を思い出したかのように、普段の歩き方をする事が出来た。



けれど、玄関が遠い。歩く足が重い。


玄関にたどり着いて、ドアを開ける。駅に向かって歩いている最中、私は自分が傘を差していない事に気がついたが、取りに戻るのも面倒でそのまま駅に向かう。



雨だと言うのに、今日は人が多い。何かがあったのだろうが、当然私が知るわけが無い。


けれど、誰でも目が合うことがない。私は、そういう性質のある化物だ。



さっさと死ねよ、この化物が。


雑踏に混じって、その声が聞こえる。


言われなくても、死んでやるつもりだ。


いい加減、その声が幻聴だと言うことは理解していた。だが、思わず反応してしまう。



そう言って、死ぬ勇気なんてないのだろう?所詮貴様は人の血を啜る化物だ。



黙れ。お前が幻聴なのはわかっている。これ以上喋るな。



いい事を教えてやろう。お前が死んだら、俺も消える。


「ーーーっ。」


思わず口を開いた所で、自分が声に出しそうになった事に気がついて、幻聴を振り払うように足早に駅に向かう。


駅構内も普段より人が多かった。決して前に進めない程では無いが、通り過ぎざまに服が擦れる程度には混雑していた。


人混みに慣れていない私は、苦戦しながら人の合間を縫って、改札にたどり着いた。交通ICをタッチした刹那、他人の手が重なる。


「あ、すいません。」


僅かに遅れて手を差し出したスーツ服の女性が、必死に頭を下げる。


一瞬苛立ちを覚えるが、私の存在は意識しないと認識できないし、仕方の無いことだろう。


「いえ、気になさらず。」


私はそう言って、頭を下げ、そのまま構内に向かい、電車を待つ。


来た電車に私は乗り込んだ。幸い車内は座れないが、満員電車、という程ではなかった。私はドアの横に立って、外の景色を眺める。



雨粒が、窓に打ち付けられる音と、電車の揺れる音。それに、微かな人の話し声。


それら全てが、不快に感じる。こんな事は、今まで無かった。何故、そうなったのか、私には、分からなかった。




次の駅に着いたタイミングで、ふと、車内に目線を向けた。すると、先程改札でぶつかった女性と、一瞬目が合って、彼女はすぐに目を逸らした。



私は慌てて空いたドア電車から降りて、駅のトイレに駆け込む。



一瞬目が合った彼女の表情は、怯えた目をしていた。



彼女は、私の存在を認識していた。一度、接触したから。そして、気が付いたのだろう。私が窓に映らなかったことに。


その視線が、私には怖かった。



閉じた扉に手を付いて、私は項垂れる。どうして私は、どうしようもなく化物なのだろう。



胃の中を、何かが逆流して、私は口を抑えながら便座に顔を突っ込む。



嗚咽を漏らして、激しく嘔吐した。家を出る時に、吐き忘れていた。どこか他人事のようにそんな事を考える。



吐いた全ての量は、昨日した食事の量より減っているはずだ。


減っている、はずなんだ。



「この前の量よりは、減っているか?」


「俺には、大差ないように見える。」


「そんな事は……ない。減っている。私は、適応している。」



「じゃあ、その渇きはなんだ?」



黙れ。確かに量は減っているはずなんだ。


幻聴との自問自答を繰り返す。私の寄る辺が、吐瀉物なのが、あまりにも情けなかった。情けなくて、私にはそれがお似合いだった。



それでも私は、槿に会えればそれでいいと、そう思っていた。













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