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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第126話 桃李満門の私と、薄命と薄明

「そんな……。まさか…………。」


こぼすように呟く彼の瞳には、明らかな動揺が見えた。


そうなるのも仕方ない。いきなり自分が死んでいると言われて、動揺しない人の方が少ないだろう。



「…………思い、出せましたか?」



私のその質問に、彼は答えない。虚空を見つめるように、ぶつぶつと独り言のように呟いているだけだった。外見に大きな変化は見られない。悪霊にはなっていない。


しばらくすると、彼は少しだけはっきりとした口調で、話し出した。



「…………おかしいとは、思っていました。いつものように通り過ぎる人に挨拶をしても、誰も返事をしてくれない。それどころか、反応すらしてくれなかった。…………桜桃(さくら)さん、あなた以外は。」



名前を呼ばれて、思わずドキリと心臓が跳ねる。彼への恋心と、未練が混じった心。



「段々、思い出してきました。轢かれた、あの日の事を。…………俺は、死んでいるんだね。」



彼の表情は、引き攣った、無理をして笑っているような表情だったけれど、人間らしい表情だった。


「残念ながら、そうなのです。」


太陽が登ってきて、薄明の空は朝に近付いていく。彼との、別れの時を伝えるように。




「一つだけ、聞いてもいいかい?」


彼は、悲しそうな笑顔で、私に問い掛ける。


「桜桃さんが俺に優しくしてくれたのは、……俺が、幽霊だから?」


「それは、違うのです!」



一瞬、言葉に詰まりそうになる。私が金良(かなよし)さんを気になったのは、確かに幽霊だったからは、あるかもしれない。


けれど、好きになったのはそれだけじゃない。爽やかな笑顔や、優しい喋り方。彼の人柄に、私は恋をした。


「ありがとう、嘘でも嬉しいですよ。」



彼は、精一杯の作り笑いを浮かべて、そう口にした。


「嘘じゃ、ないです。……本当に、あなたが好きでした。」


彼の顔を見ることが出来ない。俯いて、私はこぼすようにそう言った。


「……本当に、嬉しいよ。そしたら、それを信じさせてもらいたいな。一つ、お願いを聞いてくれるかい?」


少し切なそうな、必死に明るい声を作っているような彼の声に、私の胸は締め付けられるようだった。


「はい。分かりましーーー「二葉(ふたば)!!!」



一果(いちか)の声ではっとして、私は顔を上げる。




裂けたように笑う口、光の射さない瞳が歪に歪んで笑ってみせる。登りかけていた太陽は見えない。彼の背景が、ぼやけて見える。



しまった、そう思った瞬間には、もう遅かった。



「教会から、出てください。」



モヤがかかった様な思考。教会から出ればいいのですか?


何かそれをしちゃダメだった気もするけれど、それをしたらいい事がありそうな気もするのです。


正門に向かって歩いても、見えない壁に阻まれているみたいで、上手く進めないのです。


「………………っ!」


後ろから、何か私を呼ぶ声と、後ろに引っ張られる感覚がします。邪魔なのです。払うように手を動かすと、それは思っていたよりも簡単に、押し飛ばされてーーー。



「むーちゃん!?ご、ごめんなさい!!」


私は正気に戻り、慌てて槿(むくげ)に駆け寄る。


「いてて……。良かった。いつもの二葉、だね。」



一果に抱えられた彼女は、力無く微笑んだ。


押し飛ばされた彼女を一果が抱えてくれていたみたいで、彼女は地面には叩きつけられる事は無かったけれど、元々体力があまりない彼女は、明確に疲弊した顔をしていた。


整わない呼吸のまま、槿は口を開いた。


「私、二葉が死んじゃったら、凄く悲しいよ。だから、絶対に向こうには行かないでね。私との約束。」



私は、歯を食いしばりながら深く頷いた。


こんな無理を、槿にさせてしまうなんて。私は自省を込めて深く息を吐いて、立ち上がり金良さんの方に向く。先程までの異変は無かったかのように、彼は困惑した表情を浮かべていた。



「『金良(かなよし)辰巳(たつみ)』さん。あなたはこのままだと、意図せずに他人を傷付ける可能性があります。」


敢えて『殺すかもしれない』という言葉は使わない。大きすぎる不安や罪悪感は、未練になり、成仏出来ない可能性がある。


それでも、彼には少なからず動揺が見えた。



「だから、あなたが無事に天に行けるように、私に祈らせて欲しいのです。」


私の言葉に、彼は深刻そうに頷いた。言葉にはしていないけれど、これも合意だ。




私は小さく息を吐く。これで、後は彼に祈りを捧げれば、彼は天に行く事が出来る。


太陽は、もう完全に姿を見せていた。



ーーーーーー



住居棟のリビングにて。私は椅子に力無く腰掛けた。


「ごめんね、怪我はしてない?」



一果は温かい紅茶を私の前に置きながら、私を気遣う。


「うん、大丈夫。一果も大丈夫?」



金良に操られた状態の一果に弾き飛ばされた私を、一果が抱えてくれたおかげで私はそこまで衝撃を受けなかったけれど、その代わりに一果は地面に思いっきり叩きつけられていた。



「全然だいじょーぶ。ちょっと腰打っただけだし。もっと酷い目に遭うことがほとんどだからさー。」


軽く笑う一果に、私は苦笑いで返す。彼女の言っていることはきっと本当だろう。


除霊を初めて見た感想として、怖かったし、危険な事もあったけれど、でもどこか慈しみに満ちていた。




金良が二葉の『祈らせて欲しい』という言葉に同意した後、一果は連花(れんげ)を呼んできた。



そして、二葉、連花、金良の3人は教会の方に向かって歩いて行った。連花は金良の事を一切聞かされていなかったらしく、困惑した様子だったが、一果から、


「二葉の、いつもの。」と耳打ちされると、一瞬二葉を思いっきり睨んだ後、明らかに作り笑いを浮かべた対応を2人にしていた。


あとは、教会で祈りを捧げて除霊は終了らしい。連花を読んだ理由は、『神様の加護が強いから、スムーズに天に送れるから』と一果は言っていた。


よく分からないけれど、そういう事らしい。


「いやーにしても無事に終わって良かったー。」


一果は椅子に腰かけて、伸びをしながらそう言った。


「それにしても、結局『切り札』使わなかったなー二葉。」


「『切り札』って、何?」


独り言のように呟いた一果に、私はそう聞き返す。『切り札』があったという話は、初耳だ。



「ああ。金良さん、既婚者らしいくてさ。『向こうに行って、家族に会えなくなりますよ』って言う最強の手があったんだよね。」



「えっ。」



私はそれだけ言って、数秒固まる。という事は、二葉は『幽霊とシスター』だけでなく、『既婚者』との禁断の恋までーーー


「まあ、金良さんは覚えてないだろうし、二葉も知ったのは昨日の夜だったらしいから。ギリギリセーフでしょ。倫理的にも、教義的にも。」


「ギリギリアウトだと思う…………。」



声に出して笑う一果に、私はため息をついた。


玄関の扉の開く音と、連花の怒鳴り声が聞こえる。どうやら無事に終わって、道中今回の件で怒られているみたいだ。


私と一果は、顔を見合わせて笑う。



まあ、いいかな。とりあえず、無事に解決したみたいだし。


それ以上この事を考えるのは辞めて、私は次の事を考えた。



今日の朝ご飯は何かな。



窓から射す陽光が、新しい一日の始まりを教えてくれた。



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