第123話 迫りくる銀鈎
『連なる聖十字架』が、触れる雨を爆ぜさせながら私の喉元に迫りくる。
私はそれをかがんで躱す。が、当然のように軌道を変えて、既に私のいる場所に狙いを定めた十字架が迫るのを私は右に避ける。
「ワンパターンですよ!」
彼はそう言って、『連なる聖十字架』の中央を『飛翔の奇跡』で逆方向に操作し、短い円周を描いた十字架は私の頭を捉える。
回避が間に合わない。転がるように後ろに飛びながら、私は右手を顔の横に添えて防御する。
手の甲に強い衝撃が伝わる。その勢いで、私は左後方に弾き飛ばされる。
転がりながら体勢を立て直す。幸い射程外だったので、彼からの追撃はない。
「遂に直撃させられたな。」
私は立ち上がりながら、褒め称える意図で、連花に言った。だが、彼の表情は明らかに浮かない顔をしていた。
「……涼、あなたは、どれくらい本気でやっていますか?」
私が手を抜いているのではないか。彼はそう言いたいのだろう。確かに最初に模擬戦を始めた時は回避に専念をしたりしていたが、今は一切手を抜いているつもりはない。もちろん、彼を怪我させることが無いように配慮はしているが。
「心外だな。私なりに本気でやっているつもりだが。」
「そう、ですか。それなら、いいです。」
彼は、珍しく構えを解いた。私が途中で会話をするときも、基本的に構えを解くことがないのに、珍しいな、と私も半身を下げていた姿勢を戻す。
「もう一つ、聞きたいのですが。」
彼はやたらと神妙な顔をしていた。ここ一週間ほど、連花の様子がどこかおかしい。何か私に思う所がありそうだった。まあ、私を殺したいはずだから、思う所がある、というのは間違いではないだろうが。
「ああ。なんだ?」
言い方を考えているのか、やたらと溜めて、彼は再び口を開いた。
「あなたが、最近模擬戦で吸血鬼の能力を使わないのは、何故ですか?『使わない』のですか?それとも、『使えない』のですか?」
真っ直ぐ私を見つめながらそう訊ねる彼のその問い掛けに、私は言葉に詰まり、目が泳ぐ。
使えないのではなく、使わない。それが答えだが、彼にどう説明する?
『そうした方が、より早く人間に近付けると思ったから。』それを彼に言ったところで、『余計なことはするなって言いましたよね?』と否定されるだけだ。
言ってみればいいじゃないか。もしかしたら、肯定されるかもしれないだろう?
あり得ない。彼は私を殺したくて仕方ないんだ。化物が人間のふりをしようなんて、腹が立って仕方ないはずだ。
「…………使う必要がないと、思っていた。だが、今日の事直撃された以上、そのことは考え直さなければならないかもしれないな。」
次は能力を使う、とは言わなかった。出来れば、もう二度と使いたくはなかった。
「…………わかりました。」
彼は、そう言って、何かを考えるように俯いた。雨の音だけが、この場に流れる。
「涼の睡眠に関してですが、ご存知の通り今ろくな情報を得ることが出来ていません。」
彼は唐突にそう話し始めた。私は困惑していると、彼は話し続けた。
「ですので、そちらに集中したい。一度、模擬戦は中断しましょうか。あなたが毎日起きるようになった、原因が分かるまでは。」
私に向ける声にしては、珍しく優しい口調で彼はそう言った。やはり、どこか彼らしくない。吸血鬼を殺すことが使命だと思っていそうな彼が、そういうことを言い出すのは少し違和感があった。
「…………それは、構わない、が。」
「では、今日ももう終わりにしましょう。」
彼は張り付いた様な笑みを浮かべて、片付けを始める。私は状況に着いていけないまま、彼が片付けているのをただ黙って見ていた。
役立たず、そう言われているんだ。気付いたらどうだ?
また、声が聞こえた。
能力も使わない、もはや動きも連花に捉えられる。お前は役立たずだ。
だから、なんだ?
分かってるだろう?役立たずの吸血鬼が、この後ヴァンパイアハンターにどうされるかは。
………殺される。そう言いたいのか?
少なくとも、今のような関係は終わりだ。槿だって、また病院に戻されるかもな。お前が役立たずなせいで。
「……槿は、関係ないだろう。」
「はい?」
片付けを終えた連花は、面を食らった表情をして、まじまじと私を見ていた。
「ああ、いや。なんでもない。」
無意識のうちに、私は口に出していたらしい。思考が泥を這うように鈍いせいか、踏みとどまる足が少し遅れる。
これも、近頃の異変のせいなのか?私も、ヴラドと同じように死ぬのか?
「とにかく、私は今日は帰る事にする。」
「ええ。ーーーーーーーーーーー 」
ーーーー二度と来るな。役立たず。
「……は?」
彼の口から放たれた、その一言に私は怒りの様な感情を表に出す。恐怖を隠す為の、ハリボテの怒りの様なものを。
「え?だから、『何か分かりましたら、お伝えします。』と、言ったのですが。」
不思議そうな彼の表情。それに私は安堵とともに、言いようの無い恐怖を覚える。
なんだ?一体、私はどうしてしまった?
帰路に着きながらも、私の頭はずっとその事を考えていた。
なあ、自分がおかしい事は自覚しているんだろう?
それなら、最後に連花が言った言葉は、どちらが正しいと思う?
どちらの方が、自分にとって都合がいい妄想なんだ?
そうじゃない方が、連花の本心だ。
「ーーーこの、役立たずが。」




