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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第122話 打ち付ける雨音

また、雨が降っている。細かい雨が断続的に降り注いで、ノイズのような雨音が不快に響く。頭が重い。泥を這うように、思考が鈍い。



ここ数日は晴れていたのに。もうすぐ5月ではあるが、まだ梅雨には大分早い。それなのにやたらと降る雨は、最近眠れない私への当てつけなのかと妙な勘ぐりをしてしまう。




重い頭を起こして、私は槿(むくげ)のいるところに向かおうとする。と、私は昨日の食事を吐き出していなかったことに気が付いて、トイレに向かい、嘔吐した。



吐き出された吐しゃ物を見て、私は愕然とする。昨日食した量よりも、明らかに吐き出された量が多い。


何故だ。そんなことはないはずだ。と、考えて、昨日吐いていなかったから、一昨日の分の食事も合わせて吐いていたことに気が付いた。



一瞬安堵して、これでは消化量が増えたか分からないな、と落胆した。



最初に睡眠の間隔が短くなってからもう3週間近く経つが、消化量はほんの僅かずつ増えているように思うが、目に見えた変化は見られないように思える。



それでも、喉は痛いほどに渇くが、空腹はさほど感じない。つまり、僅かでも消化出来ている、はずだ。



吐しゃ物を流して、私は玄関に置いてある傘を持って、リビングの窓に手をかけた、ところで私は何故窓から出ようとしたのか、自身の行動に違和感覚える。玄関から、そのまま出ればよかったのに。我ながら間抜けだ。


渇いた笑いをしながら、私は玄関から出て、駅に向かう。降り続ける雨が、傘で弾かれる音が規則的に続く。




私は、2日前の(おう)との通話を思い返していた。



彼との通話は、例のごとくにやにやと『まだ、空腹には耐えられるかい?』と私に聞いてきた以外は、特に他愛ない会話をしただけだった。


それが、逆に不気味だった。



別に、そんなことはない。気にし過ぎだろう。


いや、そういう時の彼が一番警戒した方がいいのは、私も知っているだろう?それに、警戒し過ぎという事はない。相手は吸血鬼の真祖なのだから。



そんなことを考えながら、私は駅に着いた。傘を畳み、人の合間を縫うように私は改札に辿り着いて、電車に乗り込む。



ドアの脇に、座席の手すりに寄りかかるようにして立ち、私は車窓の外の景色を眺める。流れる景色を眺める私の姿は相変わらず映ることがない。



そんなことは些細な問題だろう。まずは食事で栄養が取れるようになればいい。鏡面に映る、映らないはそれから考えればいい。



確かに、その通りだ。私は1人納得をして、いつも通り教会の最寄り駅で降りる。



そこから数分歩いて、いつものように居住棟の正面玄関を開けて、2階の槿の部屋に向かう。


ドアを数回ノックしてドアノブを回す。当然のように開くことに、毎度呆れてしまう。いくら他にいるのが全て聖職者だからとはいえ、年頃の娘がこんなに不用心でいいのだろうか。



「今日も来てくれたんだ?」


槿は嬉しそうに、ベッドで上体を起こしたまま私に微笑んだ。


「眠れない以上、君の所に来るくらいしかやることがないからな。…………それにしても、私は困っているというのに、君は随分嬉しそうだ。」



私はため息をつきながらそう言ってソファに腰掛ける。



「実は、その通りだったりする、かも。えへへ。」



彼女は少しだけ照れくさそうに、顔を赤らめて、口元が緩んだように笑う。



「いつも、週2日くらいしか会えないから。(りょう)には少し悪いけれど。あと、暇なときに私に会おうとしてくれるのも、嬉しい。」



「…………最近の君は、随分と素直だな。」



そのせいで、むしろこちらが気恥ずかしい思いをする。私は彼女の反対側にある窓を見ながら、微かに聞こえる雨音に耳を澄ませて平静を保つ。



「涼にだけだよ、って言ったら、嬉しい?」


「…………うるさい。」


それにしても、今日の槿はやたらと陽気に思える。



「なにか、いい事でもあったのか?」


私は、彼女に訊ねると、彼女は嬉しそうに笑った。



「今日病院に行ったら、お父さんに『バイタルが一時期より安定している』って言われたんだ。『おそらく、激しい運動以外ならば問題ない』って。」



「本当か!?」



私は思わずソファから身を乗り出して、彼女に顔を近づける。もしかして、槿の寿命はーーー。



「うん。余命は変わらないらしいけれど。でも、小春(こはる)ちゃんと二葉(ふたば)達とどこかに遊びに行こうって約束してたから。行くことが出来そうですごく楽しみなんだ。」



それじゃあ、君はいずれ死んでしまうじゃないか。私はそう言いそうになるが、嬉しそうな彼女に水を差したくはなかった。


「…………それは、よかったな。君が嬉しそうで、何よりだ。」



私は無理やり笑顔を作る。彼女にも私の気持ちが伝わったのだろう。少しだけ困ったように、槿は微笑んだ。






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