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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第119話 桃李満門だった私達から⑧

今日一日の、とはいえ10時には終わったのだが、とにかくその日にやる予定の畑の植え替えを終えて、私達3人は縁台で少し休んでいた。



そこまで広大な面積では無いが、手作業で植え替えをするのはかなりの重作業で、秋近(あきちか)はもちろん、途中から参加した椿木(つばき)も相当疲れたようで、座った途端天を仰ぐようにしてしばらく息を整えていた。



少しすると、ふいに秋近は立ち上がり、私に話し掛けた。


連花(れんげ)くん風呂入ってから帰るか?」



「いえ、今日も教会に戻りますので、そちらで入ります。」


「そうか。俺はもう疲れたし風呂入って寝るわ。連花(れんげ)くん、いつもありがとな。」



慌てて私は小さく会釈をする。それを見て彼は口角を上げて笑いながら、自室に戻って行った。



黙って見送った後、私は意図せず椿木と2人になったことに気がついて、私は先程までの農作業とは関係なく心臓の鼓動が早まる。


度々手伝いには来ているので2人になるのはそう珍しい事でもないのだが、毎回何を話せばいいか分からなくなるし、毎回どこをみていいのか分からなくなる。



「そういえば、この間の花見、参加いただきありがとうございます。」


必死に頭を回転させて、確かこの話はしていないはずだと私はそう口にした。別に花見の計画の際に私が何をしたわけでもないが、教会関係者としてお礼を言うのは別に間違っていないはずだ。



「こちらこそありがとうございます!おかげで久しぶりに槿(むくげ)ちゃんといっぱいお話出来ましたし、一果(いちか)ちゃんと二葉(ふたば)ちゃんとも仲良くなれました!!」



満面の笑みを浮かべる彼女のその言葉を聞いて、私の胸に恋ではない痛み、つまり罪の意識を感じた。彼女が喜んでくれるのは素直に嬉しい。けれど、彼女が参加したのはその心を吸血鬼の力で歪めた結果に過ぎない。



私はそれを知っていてなお、黙っている。それに、もし言ったとしても、誰も幸せになれない。私の心が少し軽くなったような気がするだけだ。



「『また遊びに来てほしい』と、3人とも言っていましたよ。」


だから、私は平常心を装いながら笑顔を作る。それが、彼女のためでもある。



「はい!実は今度遊びに行くんです!!友達と遊ぶ事なんて、小学生ぶりです!」



「いいですね。貴重な経験ですよ。」


私も一果や二葉とはよく遊んでいたが、同性の友人と遊んだ経験はない。遊ぶ日を待ちわびて笑う椿木の笑顔が、とても眩しいものに見えた。



「連花さんも、岸根(きしね)さんとどこか行ったりするんですか?」


純粋にそう問いかける彼女に、私は一瞬顔がこわばるのを感じて、すぐに笑顔を取り繕う。


「まあ、たまには。」



そんなことは一度もないし、したいとも思わない。けれど、事情を知らない彼女にそれを言うと、優しい彼女に余計な心配をかけてしまうかもしれない。だから、私はそう言って誤魔化した。



「いいですね!やっぱり2人共かっこいいし、服とか見に行くんですか!?」



理屈は置いておいて、さりげなく褒められて私は顔が熱くなるのを感じる。またもや平静を装い、私は、



「そう言っていただけて光栄です。確かに、2人で買い物をすることが多いですね。」


と彼女に話を合わせた。



「いいですね!私も今度3人とお洋服見に行くんですよ!!」



余程楽しみなのだろう。緩み切った表情で笑いながら、彼女は体を小さく揺らしていた。



「それは素敵ですね。お洋服を見に行くのは、やはり椿木さんが可愛らしいからですか?」



先程彼女の言った言葉に合わせてそんな軽口を叩く。



「…………ほぇ?」



そんな間の抜けた声を出して、数秒固まった後、みるみる赤くなる彼女の顔を見て、私の顔も赤くなっていくのを感じ、お互い同時に目を逸らした。



数分、いや、きっと数秒程度なのだろうが、少し気恥ずかしい沈黙が、晴天の春の下、2人を包む。



「そ、そういえば、なんですけど!!」


「は、はい!」


この沈黙に耐えられなかったのか、声が裏返りながらそう切り出す椿木に私も思わず大きな声で返事をする。



「こ、この前、スーパーで岸根さんを見たんですよ!」



「…………スーパーで、ですか?」



吸血鬼に生活必需品があるようには思えない。私の態度に少し不思議そうに小首を傾げながら、椿木は答えた。


「?はい!晩御飯を買っていました!」



「ちょっと待ってください。今なんて言いました?『岸根涼が、スーパーで食事を買っていた』?見間違いではなく?」


私は思わず問い詰めるような口調で彼女に聞き返す。態度の急変に、少し怯えるような様子を見せる彼女に、私ははっと我に返り、落ち着いた口調で聞き直した。



「申し訳ございません。ですが、もう一回、聞きますね。それは、見間違いではないのですね?」



「は、はい…………。少しお話、したので。」



聞き返してなお、彼女の顔には恐怖が見えた。悪い事をしてしまった。椿木さんにはずっと笑顔でいてほしいのに。


「ごめんなさい。強い口調をしてしまって。…………少し、事情が、あって。」



私は深く頭を下げる。その私を見て、椿木はわたわたと手を前に出して否定するように振った。



「だ、大丈夫ですよ!連花さん、いつも優しいのでちょっとびっくりしただけです!…………岸根さんも、死んじゃうんですか…………?」



あまりに直接的な聞き方に、私は思わず吹き出す。


「ふふっ。大丈夫ですよ。そういうわけではありません。実は彼は糖尿病でして。食事に気をつけなければならないのですが、糖質の高い物を衝動的に買う事がありまして」



ぱっと思いついた適当な理由を私はでっち上げた。


「そうなんですか!確かに、そんな感じのご飯だった気がします………!」



「そうですか……。全く、どうしようもありませんね。私から注意しておきますので、槿さん達には秘密にしておいてもらえますか?」


わざとらしくため息をつきながら、できるだけ自然な流れで口止めを行う。



「分かりました!」



椿木が笑顔で頷いた。私も小さく頷いて、話を切り替えた。


椿木と他愛のない話をしながら、私は先程の話について考えた。



涼が人の食事を買っていた?何か隠し事に関係が?もしかして人を監禁している?それとも不眠が関係して?



そこで、私は気が付いた。


この間の話し合いで上がった仮説。『彼の睡眠時間の変化は、人の生活に適応している』という説。



彼は、それであれば人の食事を摂ればそこから栄養補給が出来ると考えている可能性が高い。つまり、彼は空腹を覚えているのではないか?だが、それを聞いたところで答えないだろう。



…………殺すしか、ないのか?だが、そうするとエディンムとの休戦も解ける。そうすると、より多くの人が死ぬ可能性が出る。それに、そもそも今の私の実力で、涼が殺せるのか?



ふと、昨日の模擬戦での涼の動きを思い返す。彼の動きは、明確に鈍っていた。もしかしたら、彼は人に適応しつつあるのか?


であれば、人の食事で生きていける必要があるのではないか。少なくとも、その仮説を否定する根拠はない。


もしそうなら。



もしそうだとすれば、私はーーーーー。



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