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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第116話 桃李満門だった私達から⑤

常磐(ときわ)司祭……その傷は……?」


彼のリストカットの跡を見て、私は思わずそう聞き返してから、しまった、と気が付く。彼にとっては触れられたくない事である可能性が高い事に。


私のその不躾な質問を受けてなお、常磐司祭恥ずかしそうにはにかんだ表情のままだった。きっと、彼にとっては既に過去の過ちでしかないのだろう。



手首をしまうと、彼はまたグラスを持ち、湿らす程度にワインを口に含む。


「よくある話です。20代の頃に、自分の無力に絶望していた時期がありましてな。」



他人事のように彼は話す。何十年も経てばそれが自分の事だとという認識は薄くなるのだろうか。



「丁度酒を覚えたのも悪かった。これは弱い自分を消すのにはうってつけでしてな。弱ければ弱い程、人は普段より強くなれるのです。結局、酒が抜ければ再び弱い自分と向き合うのですがな。」



けれど、彼の顔には懐かしさのようなものが見える。私は、黙って彼の話に耳を傾ける。



「段々、その自分を見たくなくて酒を飲む頻度も増えましてな。気が付いたら手首をこうしておりました。」



そう言って、笑いながら彼は手首を切る動作をした。自虐なのだろうが、私はどんな表情をしたらいいのか分からず、口を開けて、はぁ、と抜けた声を出す。



「酷い時には、酒を呑みながら樹海の中に入り込みもしまし。もちろん、徒歩で向かいましたぞ。」


「よく、死なずに済みましたね………。」



話を盛っているのかもしれないが、そんなことをしたら素面の状態でも、死んでもおかしくない。私の言葉を聞いて、声に出して笑いながら酒を呑む常磐司祭に、飲酒を控えるように提案しようか迷う。



「さて、それではここからがジジイのお節介ですぞ。」


にやりと笑って、彼は私に覗き込むような目線を向ける。何を言われるのか、思わず私は姿勢を正す。



「私が今も生きているのは、その時樹海の奥で1人の男と出会ったからなのです。彼と過ごしたのは短い間でしたが、あの時間は今でも私の宝物です。」



樹海の中に住んでいる人間など真っ当な人生を歩んでいるとは思わないし、なんなら人間であることすら疑わしい。


枯尾花なのではないかと疑念を抱く。それか、樹海に行ったことから勘違いなのではないか、と。


そんな私に気が付く様子すらなく彼は話を続ける。



「つまりですぞ。死にたい時でも、傍に友人がいてくれれば、意外と何とかなるものというわけですな。連花(れんげ)司教。あなたならきっと立派な支えになりましょう。」



酔った頭の私は、事情を何も知らない彼を酷く愚かなように思った。私が、(りょう)の友人とでも言いたいのか。あの化物の、友人だと。



「『人と言う字は~』というやつですか。ご高齢の方はお好きですよね。」


そう言って、私はグラスに入ったワインを飲み干す。心底くだらない。そう思って私は背もたれに寄りかかる。




「人と言う字がどうかは知りませんが、パウロ・常磐(ときわ)満作(まんさく)という人は人に支えられて今も生きている、という話です。」



明らかに不遜な態度を取る私に、常磐司祭は変わらず穏やかにそう言った。



途端に、私は自らの未熟を恥じた。


「……申し訳ございません。失礼な態度を取りました。」



座り直して、私は頭を下げる。彼は、あくまで実体験を教えてくれているだけだ。『過去にこうして救われた』と。それをするかしないかは、あくまで私の判断だ。



「お気になさらずに。こんなジジイと2人で飲んでくれるだけで、あなたには感謝しかないのですから。少し、お節介がすぎましたかな。」


そう言って、常磐司祭は少し照れたように頬を掻く。


「いえ、そんな事は。貴重な経験をお聞かせ頂けて、感謝致します。」


「そう言って頂けてなによりで。流石に少し重い話をしてしまいましたな。少し話を変えましょう。あなたの好きな女性の話などいかがかな?」


「え、ええ!?」



そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべる常磐司祭と、先程までの話のギャップで私は思わず動揺した。


そんな私を見て、常磐司祭は愉快そうに目を細めた。




ーーーーーー



雨脚は変わらない。濡れた銀十字が滑りそうになるのを堪え、私は連なる聖十字架(チェインクロス)を振るう。爆ぜる様な音で雨粒が弾け、ああこれだ。と確かな手応えを掴む。



「すまないな。遅くなった。」



涼の声だ。姿は見えず、かろうじて暗い瞳が光に反射して見えた。


「いえ。今来たところです。」


肩で息をしながら、私はそう返す。


「そのようだ。走ってきたのか?」


私の冗談に、彼も冗談で返した。鼻で笑いながら、私は連なる聖十字架(チェインクロス)をカバーにしまう。


また、彼等を殺すための技術に磨きがかかる。


涼と訓練するようになってから、明確な目標が出来たからか自身でも驚く速度で私の技は磨かれていく。



もしかしたら、涼をけしかけるよりも、私が直接エディンムを殺した方が早いのではないか。そんな気持ちすら湧く。


そうなった場合、私は、涼を殺すのだろうか?


一瞬戸惑った自分に怒りが湧く。こいつは吸血鬼だ。殺す必要がある。こいつらが生きているから、私達ヴァンパイアハンターは、一族は、私の両親はーーー。



「どうした?手が止まっているが。」


心配そうな声が聞こえる。顔を向けると、涼が不思議そうに私を上から眺めていた。そう言われて、私は連なる聖十字架(チェインクロス)をしまう手が止まっているのに気が付く。


「いえ、少し考え事を。」


そう言いながら、再び手を動かす。


今は、余計な事を考えるな。まずは涼が利用出来るか考えろ。私がエディンムと涼を1人で殺す事を視野に入れるのは、それからだ。


そうだ。己の使命を全うしろ。



サリエル・連花黎明(れいめい)という人間は、人の支えとなるため、吸血鬼を殺す為に生きると決めたのだから





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