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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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111/196

第111話 虚実古樹の私から⑧

「ーーーつまりです。ヴラド様もし今エディンム教に入信いただければ、今後取引いただく際の家畜の値段を10%お値引き致します。さらに、特別に3対の繫殖用個体と、15年の飼育実績を持つ私による、半年間の実践指導もお付けいたしましょう。」



「ほう。悪くない条件だ。しかし、我は真祖である。誰の下にもつかぬ。」


「もちろんです。ですので、入信いただいた際には、教祖の地位をお譲りいたしょう。」


「………なんの話だい、これ?」



放浪の旅に出ていた私が観念して逃げるのを辞めるやいなや、彼女は謎の宗教の勧誘をヴラドにしだした。しかも恐ろしいことに、何故か私の名前の宗教だ。



「誠に勝手ながら、少し前に私めが興しました、『エディンム教』の勧誘にございます。」


一切悪びれる様子もなく、マリアは答えた。その口元は誇らしげなようにも見える。


「宗教を興す際は本人の許諾を取ってからにするべきじゃないか?」


「嫌がられるという事は火を見るよりも明らかでしたので、断ることが出来ない段階でお伝えしようかと。」



それが分かっていて何故そんなことをしたであるとか、そもそもエディンムは『悪霊』という意味だからあまり言葉としてよくないのではないか、など色々と聞きたいことはある。



が、彼女と言い争いをしたところで時間の無駄だ。



「『マリア、すぐにその宗教を解散させろ。』大体、私はどの段階でも私は嫌ならば断わるさ。」



「承知致しました。『私は』すぐに『一度』エディンム教を解散致します。その後どうなるかは、私めには分かりかねますが。」



明らかに何か策があるようだが、マリアさえ関わらなくなるのならば、どうとでも対応できる。私は深くため息を吐く。そんな私の様子を見て、ヴラドは鼻で笑う。




「その傍若無人ぶりで知られるエディンムが、自らの第三眷属に、しかも女の尻に敷かれている様はいつ見ても奇妙なものよ。」



そう言って愉快そうに目を細めるヴラドに、祈る様な姿勢を取ってマリアは答える。



「ヴラド様。あくまで下にいるのは私めでございます。偉大にして崇高なる主は、愚かで蒙昧な私めを寛大な御心で私めの自由を許してくださっているだけなのです。」



「どうでもいいよ、そんなつまらない会話。帰るなら早く帰ろうじゃないか。限られた短い時間を楽しむ為にもさ。」



皮肉たっぷりに私は言い放つ。


最初は彼女のこういう所を面白がってもいたが、段々面倒に思えてくる。そもそも別に私は神になりたい訳でも多くの眷属を従えたい訳でもないんだ。


「承知しました。それではヴラド様、貴重なお時間を頂戴致しまして申し訳ございませんでした。。」



「構わぬ、時間など腐るほどある。」



椅子に腰かけ、頬杖を突きながら退屈そうに吸血鬼の王は言った。


「またね、ヴラド。次はうるさい奴がいない時に来るよ。」


そう言って手を振る私に、ヴラドはまた目を細めて、小さく頷く。どこかその顔は、眩しそうにも見えた。



ーーーーーー



「思うんだが。」



地面の起伏で車輪が跳ねて、馬車は不規則に揺れる。家畜を載せていた馬車だからか、中はだいぶ広く、2人で乗るにはいささか持て余す。引いているのは、マリアが催眠をかけた人間だ。ヴラドの城からは、馬車では一週間近く要する。吸血鬼ではその間に陽の光に焼かれて死ぬ。



馬車の内部は陽の光が入らないようにカーテンは完全に締め切られおり、私は席に寝そべりながら、マリアの方を向く。


「馬に馬車を引かせるより、君が引いた方が大分早いんじゃないかい?今回運んだのだって精々10匹程度だろう?」


血を吸うわけだし、個体として肥えさせる必要もさしてないはずだ。であれば、人間10匹程度ならマリアが引いた方が遥かに速そうだ。むしろこの馬の速度では、私の城に着くまでに日が出てしまうように思える。



「主よ、乙女の細腕には些か辛いのです。」



「よく言うよ、化け物の癖に。」


私のその言葉に、彼女は口に手を当てて小さく笑う。


私を崇めるような態度をとるくせに、こうして冗談で煙に巻く。



「あの宗教の話は、私を帰る気にさせる為の方便かい?」



私がヴラドの城に今日来ることを察していた彼女ならば、私の行動を読む事など、造作もないように思えた。癪ではあるけれど。


「そうではありません。本来のお役目を思い出して頂くためです。貴方様は『頂点に立つ存在なのだ』と。」



「つまり一緒じゃないか。」



「いえ、明確に異なるのです。ただ一つだけ言えることがございます、主よ。」



そう言って、彼女は祈るように両手を組む。



「全ては貴方様のためでございます。あの時、救って頂いた命に誓って。」



こうして大仰な言い方をする時は、きっと何か先に見えるものがある時だ。本当に、彼女は退屈しない。



「そうかい、それなら楽しみにしているよ。」



私のその言葉で微笑む彼女は、慈しむような表情をしていた。

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