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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第106話 桃李満門だった私達から②

「真祖エディンム、及びその眷属に関する資料をですね。もちろん構いません。」


涼との電話の翌朝の日曜日。私はすぐに天竺葵(てんじくあおい)大司教に声をかけた。


忙しい方だから関東支部にはいないことが多いのだが、何故か大切な用件がある場合は確実にいるので、今日もいるだろう、と思っていたが案の定だった。



大司教の部屋にて事情を説明し、『資料を取り寄せてほしい。』と伝えると、二つ返事で了承がもらえた。まるで、こうなることが分かっていたかのように。




以前エディンムを見てから、身体を蝕んでいた惨敗の屈辱が薄れると、少し気付いたことがある。天竺葵大司教とエディンムは、外見も性格も全く異なっているのに、共通しているものがある。



纏っている雰囲気が、人間離れしすぎている。自然や現象の方が幾分近いような、そんな気すらしてくる。



「ありがとうございます。お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。」



頭を下げながら、これで以前は閲覧権限の問題で見ることが出来なかった資料を見ることが出来る、と内心ガッツポーズをする。



「いいのです。それがあなたの信仰にとって必要なことでしょうから。ところで、連花(れんげ)司教。」



「は、はい。」


顔を上げると、いつものように微笑んだままの天竺葵大司教が、少しだけどこか困ったように眉が下がっていた。


「つい先日、アイリスが迷惑をかけたようですね。申し訳ございませんでした。」


この人がこういった表情をするのは、アイリス関連だけだ。私は超常然とした天竺葵大司教の人間らしい表情に思わず吹き出しそうになる。



「お気になさらないでください。一果(いちか)二葉(ふたば)も喜んでおりました。」



「そう言っていただけると、少し気が楽になります。アキレアの事も感付くことはありませんでしたか?」


アキレア、と言われて一瞬誰の事か分からなかったが、すぐに(りょう)の事だ、という事を思い出す。


「ええ。もちろんです。彼にも、…………気付かれるようなことは控えろ、と命じておりますので。」



それを聞いて、いつもの微笑の表情に戻り、クス、と小さく大司教は笑った。


そしてm机の上に立ててあるアイリスの写真を手に取りながら、小さくため息を吐く。



「これも、神の御意向なのでしょうね…………。全ては流れの一つでしかない、という事なのでしょう。」


独り言のようにそう呟いた。


いきなり何の話をしているのか。私は全く理解が出来ない。歴史上唯一『聖十字の奇跡』の完全再現を行える天竺葵大司教だからこそ、私には見えない世界が見えるのだろうか、と思わざるを得ない。



「一体どういう…………。」



「主は人に試練を与える、という事です。連花司教にも、アイリスにも、もちろん私にも。」


「は、はい。仰る、通りです…………?」



それは、聖十字教団の基礎的な教えだ。大切な教えでもあるが、何故それを今口にしたのだろう。



「なにか、大きな試練が訪れると、そういう事が仰りたいのでしょうか?」



手に持った写真立てを愛おしそうに机に置き、大司教は私の目を見て笑う。その目は、何色にも見えた。



「私は思うのです。主より与えられた試練。それがどのようなものであれ、結局は一つの壁を乗り越えることが出来るか、だと。」


私の問い掛けには答えずに、何か遠いものに語るような口調で大司教は語った。


「その壁とは、『自分自身』。自身の心の弱さ、自身の能力。そして、過去の自分自身。十字架は、自らの罪を償うため、そして向き合うために存在するのです。」



この人の言う事はよく分からないことが多い。しかし、今日よりはもう少し理解しやすい。


内容は分からなくもないが、あまりにも抽象的すぎるし、何より会話が成立している気もしない。文脈があまりに不自然だ。



「つまり、どういう……?」


何も分からなかった私はとりあえず、そう聞き返した。



「信じなさい。主を。その教えを。あなた自身を。そして、これだけは覚えていなさい。私はあなたと同じ信徒に過ぎないということを。」




天竺葵大司教を中心に、全てが遠くなっていく、そんな印象を覚える。目の前で話しているのに、別の宇宙と通信をしているような、そんな距離を感じる。



「承知致しました。ありがとうございます。」



私は何も分からずに、そう言って頭を下げた。これ以上訊ねる事が出来ないような、そんな雰囲気があった。



天竺葵大司教は小さく頷き、私は大司教の部屋を後にする。







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