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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第104話 高まる期待

「どうも、連花(れんげ)です。」


スマホのスピーカー越しに、彼の声が聞こえた。他には特に音が聞こえないし、移動中や他の人といるわけではなさそうだ。


「不快害虫だ。急に電話をして申し訳なかったな。」


「自覚があったんですね。それで、ご用件はなんですか?」



先程までの会話を知らないのにも関わらず、何も疑問を感じずに無視出来る彼は大したものだ、と変な所で感心してしまう。



「『私に関してのプライベートな話』なのだが、このまま話して問題ないか?」


吸血鬼に関しての話をする、というのを濁して彼に伝える。彼は数秒周囲を確認するように黙った後、


「ええ。今は自室にいます。」


と答えた。恐らく私がかけてきた時点で、薄々察してはいたのだろう。だから、自室まで電話をかけ直さなかった。


「そうか。実はーーー」


と、私はまたこの2日の出来事を話した。




「なるほど。そうですか。」


最後まで聞き終えると、やたらと落ち着いた口調で連花はそう言った。


「何か、分かったのか?」


私は内心心臓の鼓動を早めながらそう訊ねる。


「いえ、全然。」


そうきっぱり言い切る連花に、思わず落胆する。


「やっぱり役立たずなのです。」


二葉(ふたば)いたんですか!?」


通話だと音のみの情報であるし、こちらの状況は分かっていなかったのだろう。連花は驚いたような声を上げた。


「という事は、一果(いちか)もいますか?」


「いや、ーーー」


一果はいない、と答えようとした私を、二葉は肩を叩いて止めた。彼女の方を向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて、槿を指差す。


槿は一瞬慌てた様子だったが、少しだけ顔を赤くして、口角を上げて小さく頷く。


全く、と呆れながら私は肩を竦め、槿に促した。


「わ、私もいるよー。れーくん元気ー?」


槿は思ったよりも似ていない一果の物真似を顔を更に赤らめながら披露する。


下手なりに一生懸命にやっている事が伝わり、それがむしろおかしくて、思わず私と二葉は顔を背けながら吹き出した。



「………一果は不在のようですね。」


と冷静に突き放すような言い方をする。彼のその態度に、何処か違和感があった。普段の彼なら、1度乗るか、もう少しやんわりと否定するような気がするが。


「ご、ごめんなさい……。無茶振りだよ、やっぱり。」


連花に謝りながら、そう二葉に愚痴をこぼす。


「いきなり振るから無茶振りと言うのです。」と平然とした様子で返す二葉も、何処か連花に違和感を覚えているような、そんな顔をしていた。



「話を戻すが、一応こちらで出た仮説としては、『日から月の睡眠時間に適応したのではないか』という説だ。」


「………無くはないですが、火曜日から木曜日は問題無く眠っていた、という事に違和感を覚えますね。」


やはり、連花も私と同じ感想のようだ。



「例えばですが、木曜日に、何か大きな出来事はなかったですか?」




その日は、槿と話した後……、(おう)と、吸血に関する話をした。そして、私の空腹を再び認識した日でもある。



だが、その事を彼らには伝えたくなかった。



「……いや、特にない。」


(りょう)、本当?」



槿は間髪入れずに、私を問い質す。


彼女は真っ直ぐこちらを見つめていて、その青みがかった瞳は、私を見透かしているようだった。


実際、彼女は私の嘘に気が付いているのだろう。けれど、それでも私は本当の理由を伝えるわけにはいかなかった。



私は空腹を感じたのだと、人を殺す化物であると、答えたくはなかった。



「本当だ。しいて言うならば、君に会いに行ったくらいだ。個人的には大きな出来事だが、まあ関係ないだろうな。」



「また惚気ですか…………。本当にバカップルですね。」


二葉は呆れたような表情で私を揶揄する。そのおかげで、何か言いたげな槿は口を挟む機会を逃したようで、私は内心安堵した。



「どうでもいい惚気は置いておいて、実際『人と過ごしている』、という事が原因である可能性は大いにありますね。」


連花のその言葉を聞いて、はっとした。確かに、彼の言う通りだ。


人間を飼育する吸血鬼や、人に紛れて暮らす吸血鬼はいたとしても、自らの正体を明かして人と平穏に暮らしている吸血鬼は、かなり珍しい。


「つまり、『人間の生活に適応している』かもしれない、という事か?」


私は、思わず声が震える。


「あくまで、可能性の一つです。他の吸血鬼との相違点として挙げられる、大きな要素の一つではありますから。」


「つまり、私は人に近づいていっている、という事か?」


高まる高揚を私は隠しきれず、思わず声が震える。


「だから、可能性の一つです。それに些か論理が飛躍していますよ。私が言っているのは、あくまで『生活リズムが人と同じではないか』、というだけです。」



少し苛立ったような口調で連花は答えた。


「ああ、分かっている。分かっているさ。」



けれど、私は少しでも人間に近づいているかもしれない、という事実が、たまらなく嬉しかった。もしそうならば、私は人間と同じように過ごせるのではないか?日の下で共に過ごすことも、化物として殺される恐怖に怯えることも、人を殺す罪悪感を背負う事もなくなるのではないか?



槿と、同じ人間として生きることができるのではないだろうか。




たとえ、それが短い時間だとしても。



一種の信心のような、怪しい高揚感に包まれる私を、不安そうに見つめる2人の視線に気が付かない程、私はその可能性が、天界へ繋がる蜘蛛の糸のように見えた。








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