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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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第101話 茜差す無明

私が数時間しか眠れなくなって、2日目の土曜日。


一度目を覚ましてから、数時間は経った。目を瞑ってベッドに横になるが、眠れる気がしない。段々パラパラと降る雨音が気になって、眠れないような気がした私は、諦めて身体を起こした。スマホで時間を見ると、夜の9時と表示された。



300年生きて、こんなこと事態は初めてだ。私は落ち着こうと、一度事態を冷静に把握しようとする。



まず、私達吸血鬼は、眠る時間が長い分、浅い睡眠をとる。だから、大きな物音などの異変で、数時間で起きる、という事自体は度々起こる。


50年近く前に棺桶からベッドに変えた時はしばらくそれに悩まされもしたが、次第にそのことにも適応し、この20年くらいは余程大きな音や大地震でなければ目を覚ますこともなくなった。


しかも、その場合は再度入眠するまでに30分とかからず眠りにつくことが出来る。だが、先日の金曜日。私はいくらベッドで目を閉じたところで、眠ることが出来なかった。今日も同様だ。なので、恐らく別の理由だろう。



先週の日曜日から月曜日、数時間しか睡眠をとらなかったことが理由か、とも考えたが、それでは火曜日から木曜日は普通に眠ることが出来たことの説明がつかない。



過去に(おう)から聞いた吸血鬼の話の中にも、『人間と変わらない睡眠時間をとる吸血鬼』の話などは聞いたことがなかった。完全にイレギュラーな事態だ。




もしかして、空腹がーーーと、一瞬脳によぎるが、すぐにそのことを頭からかき消す。大体、過去にも空腹に耐えたことはあった。その時もこうならなかったのだから、間違いなく関係ない。



それからしばらく考えたが、一向に答えは出ない。(おう)に聞いてみようか、とも思ったが、彼は次の木曜日まで起きないし、それに、今は出来るだけ彼の声を聞きたくはなかった。



もしかしたら、教団の吸血鬼関連の資料に何か載っているかもしれない、そう思い連花に電話をしてみたが、繋がらない。恐らく除霊か何かをしているのだろう。




完全に手詰まりとなった私は、このまま考えても埒が明かないと、槿(むくげ)のいる教会に行くことにした。彼女は洞察力に優れているし、もしかしたら何か気が付くかもしれない。そんな願望が半分、暇つぶし半分で。



スマホを防水ケースに入れて、窓を開けた。春も中旬だというのに、雨のせいか冷たい外気が室内に入り込む。その風でコートがたなびいて、そういえば、一度浅黄(あさぎ)に挨拶にしたときは変えたが、それ以外はずっとコート姿にしていたのを思い出した。


アイリスと氷良(つらら)が車内で内心気味悪がっていたという愚痴をこぼしていた、というメッセージがつい先日連花から届いたので、いい加減変えよう、と思っていたがすっかり忘れていた。


コートをジャケットに変えて、いつものように窓辺から飛び出して私は夜の空を駆けた。


速度を出して飛んでいると、ぱらぱらとした細かい春雨であってもかなり視界が悪くなる。見えない程ではないが、大変鬱陶しい。羽根を上手く工夫して当たらないようにできないかと考えたこともあったが、どうしようもなく、結局気にせず飛ぶこととなった。



ちなみに央は飴から逃げようと慌てて飛んでいる鳥が顔に当たったことがあるらしい。私はそれを聞いて以来、速度を落とし慎重に飛ぶようにしている。





そうして慎重に飛んでいると、遠くに椿(つばき)の花屋がある繁華街が見えてきた。あと5分もせずに教会へ着く。




ふと、槿の事を考えた。



2日前の木曜日。どんな顔で彼女に会えばいいのかわからなかったが、一応、いつものように彼女に会いに行った。


槿はいつも通りの態度で私は拍子抜け指定待ったが、この間の一件には一切触れず、『花見が楽しかった』であるとか、『この前二葉(ふたば)とゲームをした』だとか、他愛ない話をした。


だから、私もそのことには一切言及せず、いつものように振舞った。そして、きっと今日もいつもように振舞うのだろう。



そんなことを考えていると、私は教会に着いた。変わらず雨は降り続いており、ずっと一定の勢いのまま降り続いていた。帰りも降っていそうな嫌な粘り強さがあって、私は顔をしかめた。


いつも通り槿の部屋の窓から入ろうと思っていたが、いつもと違う日にいきなり部屋に行くのは迷惑か、と思い、いや、それを言いだしたらどこから入ろうがいきなり訪問した分充分迷惑なのだが、とにかく正面玄関から入ることにした。


とはいえ、夜の10時だ。場合によっては全員寝ていることもあるだろう。


その場合は気付かれないよう帰ろうと考えながら、以前渡された合鍵で鍵を開けて、ドアを開ける。



「…………え?……え!?」



たまたま、槿がリビングからコップに入った飲み物を飲みながら出て来るタイミングだった。


ただ、シルクのパジャマなどの質の良さそうな物ではなく、安価そうな白い生地に、赤い缶が規則的に並んだ絵柄が描いてある大きめなサイズのTシャツと、太もも半分程度の丈の綿製のズボンだった。


恐らく、これも寝巻きなのだろうが、こだわりがあって良いものを着ていると思っていたのだが、たまたま私が来た日がそうだった、というだけなのだろうか。


「すまないな。急に邪魔をしてしまって。」


「え、な、なんで今日いるの?」


槿は何故か顔を赤くしながら、慌てた様子でリビングの方に戻り、顔だけ出してこちらを伺う。


あまり、歓迎されていないのだろうか。やはり急に来たのは迷惑だったか、と反省をする。


「少し、事情があってな。……出直した方がいいか?」



「いや、そう言う訳じゃなくて………。ちょっと待ってて。」


そう言ってドアを閉めて、何やらバタバタとしている音が聞こえた。


少しして、再びドアが開くと二葉(ふたば)が覚めた目をしながら出てきた。彼女は相変わらずシスター服を着ていた。何故2人はいつ見てもシスター服を着ているのだろうか。



「………私の部屋に来てください。」


「珍しいな。何か事情があるのか?」



私の問い掛けに、数秒考えるような仕草をした後、言いづらそうに答えた。



「……強いて言うなら、乙女の事情です。」


何が言いたいのかは分からないが、恐らく聞いても私には理解出来ないものだろう。

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