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「生存者は! 生存者は居ないか!」


 その声が聞こえた時、まぁどうせ幻聴だろうなと思った。

 そんな都合の良い声が、聞こえるはずがないのだから。


「どこかに生存者は居ないのか!? 誰も居ないのか!?」


 もう一度、聞こえた。


 あれからどれだけ経ったろう。暗闇で、天井から滴る濁った水を舐め続け。

 そしていつしかそれが止まり、何も飲めなくなって。何も食べられなくて。

 誰にも、見つからなくて。


「もう一度言う! 生存者は居ないか! 私はオクタヴィアン・マスカール! 兵士の慰安旅行でこちらに訪れた! 私は! オクタヴィアン・マスカール! マスカール王国第一王子である!」


 また、聞こえた。次ははっきりと。

 きっと、家の近くを通っているのだ。だからこれまでと違って、こんなに声が大きく聞こえた。


「ァ……ア……」


 声が、声が出ない。

 どうしてだろう。

 恐怖か、それとも飲み食いできず、喉が枯れたか。


「賊はもう居ない! 生存者が居れば、私が保護を約束する! 誰か! どこかに生存者は居ないのか!」


「あ……た……」


 声を、声を振り絞る。

 今居るのは床下で、天井の扉を開ける力もなく。

 声もまともに出ないのに。


「たす……けて……」


 声が、やっと出た。

 いつぶりの発声か。いつぶりの発言か。いつぶりの、懇願か。


 勿論、そんな小さな声が外に聞こえるはずもなく。

 声は聞こえなくなり、そして。




 風が、風の音が聞こえた。

 ヒュオオンと、風の通る音。


 それは、閉じ込められた床下において、聞こえるはずのない音で。


「この家だな!?」


 先程も聞いた大声も、聞こえるはずがない近さで。


「待ってろ!今たす…………」


 男の声が、止まる。


「………………よくやった、御婦人」


 小さく漏れた、男の声。


 ずりずりと、何かを引きずる音がする。

 ギィイと、天井の扉が開けられる音がする。


 眩しい。

 眩しい。

 金色の男が居る。鎧も光り、髪も明るく光り。



「少年よ。……よく頑張った」




 その声を最後に、意識が途切れた。










「はい、エミリオ君。皆に挨拶をしましょう。今日からここに居る皆が、あなたの家族なのです」


「は、はじ……はじめ、まして……」


 沢山の視線が突き刺さる。

 若い者では、1歳未満。最年長は、15歳くらいだろうか。20を超える視線を集め、ゆっくりと発言する。


「エミリオです。ダントリクの、サロート村から来ました」


「はいよくできました。はい皆さん、拍手で迎えてあげましょう」


 ここまで案内してくれた老婆はそう言うと、皆が大きな拍手をくれた。

 表情は人それぞれだ。嬉しそうな子も居れば、訝しんでる子供も居る。興味なさそうな子も居るが、皆一様に拍手をしてくれた。




 ここはマスカール王国の副首都リシャール。そこにある孤児院だ。

 僕はあの村で盗賊に襲われ、一人生き残り、国の王子に見つけられ、そうしてここまでやってきた。

 大丈夫。大丈夫。あれから一週間。心は落ち着いたし、感情も制御できている。

 首都に来るまでの道中で3歳の誕生日を迎えたが、誰にもそれを言うことはなかった。もう、祝われるものではないのだ。両親に、感謝をする日ではないのだ。

 両親が祝ってくれないのならば、その日を記念日にしなくても良い。誰にも言われていないが、僕がそう決めた。




「私、アゼリアって言うの。はじめましてエミリオ君。君は何歳かな?」


 真っ先に声を掛けてきたその娘は少女と言われる年齢のはずだが、相当大人びている。僕が言うことではないのだが。


「えっと、3歳です」


「そうなの。綺麗な言葉遣いね」


「……お母さんに、教えてもらいました」


「そう。……私はお母さんなんて年じゃないけど、まぁ年の離れたお姉ちゃんくらいに思っておいて。私と、ここには来てないお兄ちゃんの二人が、この孤児院を運営しているの。よろしくね」


「よろしくお願いします。えっと……さっきのおばあさんは?」


「ああ、シスターのこと? 彼女は近所の教会の人よ。孤児院の運営資金を工面してもらってるの。って、そんな難しい話はわからないか」


「……はい? そうですね、はい」


 うん、とりあえず分からないフリをしておいたほうが良さそうだ。

 大人びてても気にしなかった父や、自分の話し方が移ったと喜んでた母とは違う。ここに居るのは、全員血も繋がっていない他人だから。

 3歳児程度に見えるようにしなければ、不和を招いてしまう。ここで生活させてもらえることになったのだから、それは避けなければならない。


 だが、忘れてはいけない。

 復讐――いや、その言葉は正しくはない。

 復讐は何も産まないとか、そういう意味ではない。


 殺したいだけだ。ただ僕が、あの平和だった村をぶち壊した人間を、生かしていたくないだけだ。

 ただの我侭だ。死んだ誰かの為ではない。ただ僕が、僕自身が、それを成し遂げたいのだ。


 ここに来るまでの道すがら、王子の護衛が教えてくれた。慰安で地方にやってきたのに出迎えの一つもないから不思議に思って近隣の村を覗いてみると、盗賊に村を荒らされた後だったと。

 盗賊を追い払ったわけではない。盗賊はただ目的を達成したから、居なくなっただけだ。

 目的が何だったのかは分からない。ただ村で飼っていた家畜や備蓄食料等は全部持って行かれていたようで、食料強盗の類であろうという話だった。


 そんな、そんなしょうもない理由で。

 大人も子供も皆殺され、村一つを消滅させたのか。


 僕は、このことを一生忘れない。3年弱しか暮らしていなくとも、そこには僕の両親が居たのだから。産んでくれて、愛してくれた両親が居た村だ。過ごした村だ。だから、たった3年とは言えない。

 もう臆してなどいられない。一刻も早く強くなり、あの村を襲った全ての人間を根絶やしにしなければ気が済まない。

 ああ、待ち遠しい。いつになったら、また会えることだろう。

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