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「エミリオどうしたの? 考えごと?」
「え、あ、うん。えっと……」
「ジノだよ。まぁ、一気に覚えられないよね」
この孤児院の部屋は、全てが三人部屋だ。どうやら、中学生くらいの子が、小学生以下の子二人と同室になって面倒を見る仕組みになっているらしい。
ここである程度、大体15歳くらいまで育つと孤児院を離れて暮らしだす子や、遠い親戚だったり全く血の繋がっていない人だったりに貰われていく子が居るらしい。
10歳くらいまではどちらの心配もしなくても良いようなので、まずはここの生活に慣れることから始めようとアゼリアには言われた。
アゼリアは、15歳になっても孤児院を離れず、孤児院で働き出したパターンだ。元々この孤児院は別の人間が運営していたが、老いてきたので若いアゼリアに引き継いだのだとか。
「ジノは、どこから来たの?」
「えーと……ギーって知ってる?大きな炭鉱があるところなんだけど」
「……わかんないです」
マスカール王国、ギーの炭鉱は知っている。複層に別れたダンジョンであり、鉱石が多く取れる、序盤向けの狩場だ。鍛冶師などは長い間篭もることも多かったようだが、自分は特に縁がなかったので適正レベルを超えたところで使わなくなってしまった。
「そこの村の生まれなんだ。事故で両親が亡くなって、ここに引き取られたのが10年位前かな?」
「その時、3歳くらい?」
「だね。けどエミリオみたいにちゃんと喋れなかったな。一ヶ月くらいは誰とも話さずベッドに包まってたし」
はははと過去を笑えるジノは、10年で大人になったのだろう。
まだ中学1年生くらいの年と考えれば子供としか言えないが、今の自分に比べたら10歳も年上、大人に見える一歩手前くらいだ。
「そうなんだ。ねぇジノ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何だい?」
「魔法って、使える? 僕、見たことなくて」
大丈夫、大丈夫。このくらいなら、まだ不自然ではないはずだ。
村で生活している間も独学で色々と調べてはいたが、まだ魔法を発動するには至れていない。
一番大事なところが、ゲームでは省かれていたからだ。
「あー、そうだね。そういうの、知りたいタイプ?」
「うん!」
「なら、教えてあげようか。元気になれるなら、そっちのが良さそうだし」
そうして、ジノは語りだす。相手が3歳児ということを意識して大分掻い摘んではいるが、要点は抑えてちゃんと話してくれる。
気がついたら、同室のユーグも一緒になって話を聞いていた。ユーグは5歳だが、孤児院に入ってから4年以上経っているので、大分落ち着いているらしい。
それでも、魔法の話には興味津々だ。やはり、男の子だからそういう話を聞きたいのだろう。
お話は続く。講義ではなく、あくまで魔法についてのお話だ。
「とまぁ、結構使い方も人によって様々なんだよね。けど皆に共通して言えるのは、体属性の魔法は詠唱が要らないからすぐに動けるのが利点かな。適正があったら真っ先に覚えれば良いって、先生が言ってたよ」
「先生? それ、ジノの先生?」
「うーん、どっちかというと、皆の先生かな。魔法だけの先生じゃないし、いつも土曜に孤児院に来て、いろんな話をしてくれるんだ。魔法も、歴史も、算術とかね」
「土曜、土曜……」
はて、今日は何曜日だ? 地球と同じ7日1週のシステムだが、少なくとも村の生活において曜日を認識する機会がなかったので、今が何曜日なのか分からない。
「あ、今日が金曜だから明日だね。エミリオも来る?」
「行く!」
「うん、それがいいよ。まぁ、魔法の話してくれるとは限らないけど……あ、そうだ、どこまで話たんだっけ」
「えっと、属性は、火、水、風、土、体だけなの?」
「うーん、基本属性がその5つだね。その他にも色んな属性があるみたいだけど、一般的ではないかな。適正ある人も少ないらしいし」
「そうなんだ……」
基本属性という概念はゲーム内にはなかったので新鮮だ。確かに火水風土体の属性は他の属性に比べたら使い勝手がよく、特化してもそこまで問題がない優秀な属性だった。
毒なんて地味な属性より、どう考えてもそちらを伸ばすべきだ。そう考えると、基本属性という考え方は悪くはないのだろう。それらが使えれば、困ることは少ないからだ。
「あと、系統?ってのは?」
「それはもうちょっと難しいね。例えば火属性には炎系統、熱系統、爆破系統、煙系統ってのがあって、他の属性も同じように系統が別れてるんだ。まぁ、簡単に言えば得意な魔法の種類かな? 熱系統は温度を上げる魔法が得意で、炎系統は火を、爆破系統はそのまま爆発させるのが上手くて、煙系統は煙とかを生むのが上手いって具合だね。系統にも属性と同じで適正があるらしいんだけど、大して差はないから属性に適正があれば気にしないでもいいらしいよ」
「「へぇ……」」
5歳児ユーグも同じタイミングでへぇと言う。彼も先生から話を聞いていれば、多少は知識があるのだろうか。
ただ、同じ話を聞いていたとしても、5歳と13歳では理解度は段違いだろう。
「あれ、ユーグって魔法の話とか興味あったっけ?」
「ううん、難しくて分かんない」
「でも今ちょっと分かったみたいな顔しなかった?」
「先生の言い方難しいから分かんないけど、ジノならわかる、わかりやすい」
「うん、分かりやすい」
「それは良かった。あんまり慣れないからね、こういうこと」
ユーグに同意。たぶん先生というのは、全員に分からせようとしているわけではないのだろう。
小さな子供には最低限だけ説明すれば伝わるところを、育った子に合わせて難しい表現を使っているのかもしれない。ゲームの知識がある自分ならともかく、小学生未満の子供にこの話は難解すぎる。
「ジノの魔法、見せて!」
それを言ったのは、自分ではない。ユーグだ。
転生して以来、一度も見てない魔法。それを見たくないといえば嘘になる。けれど、それを口にするのは憚られた。
「え? うーん……まぁ、そのくらいなら良いか。二人とも、僕の手の平に手を重ねて、目を瞑って。そうそう」
ジノの言う通り、手を重ねて目を瞑る。
接触系。となると8割は体属性だろうか。流石にこの年で魔法をマスターしているとも思えないので、第六位から頑張って第四位程度だろうか。そのくらいなら、魔法で直接加えられる危害などたかが知れているので、黙ってその時を待つ。
ジノは小さな声で、知らないと聞き取れないくらいの音量で詠唱をする。口頭で言わないでも発動する詠唱でも、魔法を容易に連想するという意味では大きな意味がある。
ゲームだとプレイヤーの周りに創作文字が浮かぶという演出がされていたもので、直接耳で聞くと不思議な感覚だ。
「――――『サイト・シェアリング』」
またポツリと、ジノは漏らす。
重ねて触れるユーグの手が、ピクリと動く。ユーグの小さな、しかし自分より大きな手が震え、震えて、離れた。
「えっ!?」
「あ、ユーグ駄目駄目。今目開けたらまずいよ」
「え?! なに、これ!? どういうこと?! 僕が居るよ!!」
「落ち着いて、落ち着いて。目を瞑って、深呼吸。すー、はー、すー、はー、はい。今説明するからね」
ユーグは混乱して暴れてしまったようだが、自分はそうなることはなかった。
ゲーム内で音として聞いたことがない詠唱に覚えがなくとも、魔法の名前だけは知っていたからだ。
「僕とユーグが見える。これ、ジノの視界?」
「そうそう。……エミリオはやけに落ち着いてるね。初めて見たら、もうちょっと慌てるのが普通だと思うんだけど」
ジノの視界で見える自分は、確かに平時そのものだった。言われてから一度も自分の目を開けることなく、それなのに視界が晴れ、自分の姿が見えるのを慌てないというのは3歳児の反応としては流石に違和感があったか。
「お父さんが、同じようなの使ってたから」
「あ、なるほど。お父さんも視覚系統の魔法使えたんだ。そりゃ、このくらいの魔法は大したことないか」
「ううん、ジノはすごい」
父が魔法を見せてくれることはなかったが、父の得意としたのはジノが今使ったのと同じ、体属性視覚系統魔法だ。魔法位階は知らないが、そもそもプレイヤー以外にとって位階など関係ないのかもしれない。NPCがそういう話することはなかったし、あくまであれはプレイヤー用のランク区別だったように思える。
「サイトシェアリング。簡単に言うと視覚を共有する魔法で、体属性視覚系統の魔法としては一般的かな?」
「手を繋いだ人と共有するの?」
「うん、僕は手を触れ合って、目を閉じてる相手にしかできないかな。けど凄い人だと触れてなくても、それどころか目を開けてても無理矢理自分の視覚を押し付けることができるらしいよ?」
「すごい! ジノもそのうちできるようになるの?」
「うーん、僕は視覚系統にあんまり適正ないらしいから、ちょっと難しいかなぁ」
ジノは苦笑いする。
相手が同意した場合のみに行える視覚共有は、ゲーム内では視覚系統第五位に該当する魔法だ。適正がなかったら第六位である視覚強化すらまともに行えないので、ジノの謙遜だろうか。
ただ、最も適正が高いのが体属性視覚系統なら確かに適正がないと言われても仕方がないかもしれない。ゲームと違って、確実に高い適正があるわけでもないのだから。
「他には、何かできるの?」
「他? 他かぁ……ちょっと、ここでは難しいかな」
ジノが恥ずかしそうにそう言うと、ユーグが目を輝かせた。
ユーグは既に相当驚いているようなので、今の言い回しだと「もっと凄いことが出来るけどここでは無理」と捉えるだろう。
確かに室内で使うには難しい魔法も多いし、目に見えて効果が分からない魔法は体属性にはどれだけでもある。ワクワク顔のユーグには悪いが、たぶんそれは見られないだろう。色々な理由で。
「魔法の本とか、どこかにある?」
「本? うーん、僕は読んだけことないけど、寄贈された本がまとめられてる部屋があるよ。2階の突き当たりのところね、明日にでも行ってみたら? あんまり使ってないからちょっと埃っぽいかもしれないけど」
「2階ね、行ってみる」
「うん。……絵本とかはロビーにあるけど、たぶんエミリオはそういうのじゃないよね」
明らかに怪しまれているが、まぁ魔法に興味津々な子供ということで許してもらえるラインのようだ。皆も一度くらいはそんな時期、あるよね。たぶん。
今後のことを考えればあまり不和を招きたくはないが、のんびり成長している暇もない。確かに僕は小学校から図書館に篭って誰とも話さずに本を読んでいる子供ではあったが、小学校に入る前には本を読んでいた記憶はない。
まぁこの世界においての普通がどうかは分からないので、そこまで問題を起こさなければ大丈夫だろう。
そう。
そう、思っていた。




