ゲーム開始
僕らは不条理な自習を受けていた。
かれこれ自習がはじまってから、少なくとも二時間は経過していた。
「…」
何度目になるか分からないため息をつく。
偶然にも窓際だった僕は、次々と下校する生徒の背中を眺めるばかりだ。帰れない僕らにとってはちょっとした嫌がらせだ。
ほとんどの生徒は自習の課題もすでに終わっており、教室の中は一種の無法空間となしていた。
もともと学校の風潮として地元の中学校からエスカレーター式で上がってきている生徒がほとんどのため、受験勉強を経験して来なかった馬鹿ばっかりである。
あちこちで奇声を上げ、ペンなどの小物が飛ぶのは当たり前。自分の席に座っているなんてありえない。
多くは暇をもてあまし、自分が話しやすい人間とくだらない時間をつぶしている。
ただ、僕は―流浪春安はそんなくだらない人間ではない。
この荒れた高校の中では良識あるほうの生徒だと思う。比較対照が悪すぎるためどこまで正確な情報かは推測できないが。
「なあ、いつまであの馬鹿は俺らをまたせるんだよ~!」
教室の最前列、右端に位置する一番の馬鹿、先鋒智樹が喚いている。
教養を受けた痕跡すら見当たらない生徒。空気は読めずに好き放題うるさくする。付け加え問題を起こした場合は直ぐに責任転嫁する。
多分あの馬鹿とは担任のふくよかな先生のことだろう。
とはいっても担任は馬鹿なのではない。いつも智樹がHRの間うるさくして、その注意に時間を割かれてしまいその結果HRが伸びてしまうのだ。
それを担任の責任だと思っているのだ。なぜ自分のせいだと気付かないのだろう。
春安の中で結論は速決した。智樹は馬鹿だからか。
「さっさと帰らせろよな~!」
馬鹿が取り巻きの馬鹿どもに同調を促す。こんなことを同級生が思ってるなど知る由もないだろう。ばかなのだから。
とは言え今日の自習時間は妙だ。二時間という時間に加え、監視をふくめて先生が一度たりとも来ていないのは不自然だ。
「俺はよぉー…」
雑音が自分を自慢しようとする。薄っぺらな言葉はもう聞きたくないので無言で春安は自分の耳を塞いだ。
その時だった。二、三度の甲高い電子音が学校のスピーカーから聞こえてきた。
『一年三組の皆さん…』
聞いたことがない女性の声は春安が位置する教室を呼んだ。
クラスの少数も耳を傾け、騒音は尻すぼみのように消えていった。
『大変長らくお待たせいたしました。これより悪魔探しを開始致します』
短絡的に自己紹介をするかのごとく、その声ははっきりと述べた。
悪魔探し?伝記や空想話で出てくる悪魔のことだろうか。
『ルールはいたって簡単です…』
春安は手の動きを止めて小さく頬杖をついた。
『この中で悪魔と認定された生徒を殺してください』
「…」
えーと…?
あまりにも唐突な宣言に春安はきょとんとする。
「ふざけんなー!さっさと俺らを帰せ!」
智樹の言葉に取り巻きが、そうだそうだ、と歓声を上げる。
『その生徒は内面も外見も普段と何も変わっておりません。よって悪魔を見分けるすべなどなく、手当たり次第に殺しあうしか方法がありません』
構わず冷たい声は説明を続ける。
『殺しあう道具はそれぞれの性格にあわせたものを各生徒に配布済みです』
「シカトかよ」
智樹はスピーカー越しに会話できると思っているらしい。やはり馬鹿だ。
ともかく現実のように現実離れした言葉がつながれ、少なからずクラスのどよめきが聞こえる。
『またこのゲームは強制参加となっており、校内から出ようとした者は容赦なく射殺します』
声色が楽しげなものへと変わる。
『それでは。健闘を祈ります』
そう一言残して校内放送の電源が切られた。
静まり返る教室の中。呆然とする者。苦笑いを浮かべる者。奇妙にも騒ぐ者は居なかった。
重い沈黙。意外にも馬鹿が打ち壊した。
「…ばっかばかしい!」
小さく机を小突き机のフックに掛けられていた自分の学生鞄を手に取った。
「どこ行くんだよ?」
「どこ?家に帰るんだよ。文句あんのか?」
不機嫌そうに馴れ合っていた取り巻きにはき捨てる。
「でも今、出たら射殺だって…」
馬鹿の友達が食い下がる。だがその一言に智樹の眉はさらに寄った。
「…ばかか?あんなの信じてんのか?」
智樹は罵倒ぎみに言う。
「本当だって言ったか?悪戯に決まってんだろうが」
「でも…」
「じゃあ馬鹿は勝手にしろ。俺は帰らせてもらう」
言うだけ言って智樹は唖然とする教室の空気を背に受け、ここからから出て行った。
扉が雑な音を立てると誰かがこう言った。
「あいつの言う通りかも知れない…」
この一言を起源をとし、教室の空気はがらりと変わった。殺伐とした重く苦しい空気から、楽観視した穏やかな空気に。
小さな声で話しているが集合した大声で現在の状況を把握しきれないうるささ。
いつもの喧騒が呼び戻ってくる。
誰も本気になどしていない。きっとこれは冗談なのだ。
春安も安堵の面持ちで学生鞄を手にする。
「…春安、だっけか」
若い声は背後から掛けられた。
振り向くと自分とは全く縁がない少年が立っていた。
「…えっと…」
縁なさから名前すらすっと出てこない。
少年は困ったように眉をひそめ苦笑いをした。
「下萩丞だよ。名簿は六番」
「あ~…」
完璧に思い出した。いつも休み時間や授業中に一人でいる生徒だ。
運動神経はそこそこ高く、勉強も出来ると言っていいレベルの生徒だった。
しかし自ら近寄りがたい雰囲気を醸し出し、どこの派閥にも属さずぽつんといる少年だ。
そんな内向的な丞が何の用だろう?
「これから帰る?」
女子特有のふんわりとした口調。普段の丞からはまったく想像できないほど明るかった。
「ま…そうなるな」
目をあらぬ方向に向け適当な返しをする。
推測よりは話しやすい生徒なのかも知れない。
「その前に来てもらいたい所があるんだ」
不意に丞が春安の手を握りどこかへ走り出した。
「ちょ…」
「いいから…ちょっと屋上に来てほしいだけだよ」
子供のように無邪気な声であいまいな理由を説明する。
断る理由もなく、丞と春安の制服は揺れながら階段を
幾度となく足がもつれそうになる。
「…ついたよ」
立ち止まると丞は静かに屋上のドアを開いた。
「?」
何の変哲もない。
空を見上げても教室から見たようにうろこ雲が夕焼けに燃やされている。屋上自体も整然としており、ごみ一つ落ちていない。
がらんとした空間に同級生が三人、思い思いの体勢でこちらを見ている。
「あ~、と自己紹介は後でいいから…。みんな校門に注目!」
「…」
誰もが面倒そうに転落防止用の柵に寄りかかる。
ゆっくりと校門を見下ろす彼。おどおどして小動物のように恐る恐る覗く彼女。それを保護者のように見守るもう一人の彼女。
そして丞、春安と並んでいた。
丞が指差す先には智樹の姿があった。何の変哲も…。いや元が変の場合はどう表現すればいいのだろう。
「普通、だよね…」
小動物な女子生徒が言った。
その通り普段の智樹だ。丞は何も言わず、にこにこと智樹を見ている。
「?」
突然校門をくぐったところで智樹の足がぴたりと止まった。直後、体は支えを失ったかのように無造作に倒れた。
何が起こっている…。
不可思議に思想をめぐらせはじめる春安。
倒れた智樹の体からなにか染み出している。黒っぽい液体がコンクリートの地面に広がっている。
粘性を持った何かは、春安の思考回路のある一点を連想させた。
「血…?」
奥歯ががちがちと震えだす。
「きゃああああああああ!」
「うわああああああ!」
「…!」
「…まさか…」
「あ~あ…」
目前の悲惨な光景を目にし、それぞれが表情を強張らせる。
それまで風が吹く音すら聞こえなかった屋上は悲鳴と嗚咽する声に満ち溢れた。
血はまだ垂れ流され、染み出して広がっている。
たった一人を除き、皆が戦慄した。
「残念…♪」
丞は血が流れる光景をみて、笑っていた。
「このゲーム…本物みたいだね」
本当に冷静に丞は笑った。
ふう…やっと出来た。
読んでいただき光栄です。
学校―通っている高校のイメージ。
取り巻き―いわいる下っ端。一番嫌いな立場のため名前なし。
女性の声―不明。
悪魔探し―思いつき。
屋上―これから舞台となる場所の一つ。
屋上の三人―レギュラーキャラクター。名前は次回。
流浪春安―大人しめの少年。筆者の理想。
下萩丞―つかみ所のない不思議君。筆者お気に入り。
先鋒智樹―役目終了。死亡




