嘲笑
なにが起きたんだ。
春安の焦点がある一点から動かなくなる。
倒れたまま動かない人。染み出した黒い液体。駐車場の隣で汚し続ける。
どろりとゆっくりと確実に広がっていく。
「…あ~、軽率な行動するからだよ」
隣の下萩丞の言葉に、春安の意識が体に帰る。
「……丞。なんだよこれは!」
唸り声に似た問いが口から発せられた。
丞は見透かすように目を細め、目を合わせた。
「多分、ゲームのルール違反じゃない?」
「…ゲーム……」
全く錯乱せずに返答を返す。
何を思ったか春安は襟を持ち上げる。
「知ってたのか!」
次いで怒りが言葉になった。
丞は苦しそうにじたばたと足を前後に暴れさせる。
「ち、違う…俺も今日初めて知ったよ……」
必死に弁解するが春安は手を離す様子がない。
「…おい…春。嘘はついてないみたいだぞ……」
後ろにもう一人いた男子生徒-門石栄一郎が言う。
彼は多分クラスの中で嫌われている。勉強の成績もそこそこ高く、春安よりも順位が高い時もある。
だが性格に問題があり他人の気分を度外視した話し方でうざがられることが多い。
趣味で完成しかけているゲーム脳もこれほど衝撃的な光景を見るとまったく機能しなかったみたいだ。
「…」
「……いたっ!」
乱雑に丞の体を投げ捨てる。
「なら、なんでそんな冷静でいられるんだ?」
怪訝な目つきで春安は唸る。
叩きつけられた背中を痛がりながら、つたない口調で話す。
「僕はただあの放送が真実だった場合と嘘っぱちだった場合を想定していただけだよ」
自然に言っているが、狂っていると直感する。
死が関係した話を正面から受け止めるなどこの国では正気の沙汰ではない。平和ボケのせいであり、戦争を経験している年齢ではないからだ。
丞は何かが狂っていた。
「…で、答えは真実だった」
丞は言う。
すると後ろからしていた嗚咽が急に止まった。
「……智樹くんをほっといたのはそれを知るため…?」
振り返れば嗚咽していた気弱な女子生徒―金切皐月が怯えた表情で丞を見ていた。
彼女はとてもおとなしい生徒だ。一日のうちに話す機会が右手で足りるくらいだ。
おっくうで引っ込み思案で消極的で、とりあえず友達は一人ぐらいしかいないようだ。
ここまで内気だとクラスの中での存在意義はほとんど皆無だ。
そんな彼女の問いに丞は一瞬のうちに冷たい目をした。
「だね。検証は必要だから」
「!!」
丞の言葉に皐月の表情が凍りつく。
「…あんた、最低だね」
再び嗚咽し始めた皐月の顔を自らの胸にうずめるもう一人の女子生徒が言う。
彼女は糸魚川怜。皐月の唯一の友達だ。
怜はさばさばとした性格でとても人気がある生徒だ。特に後輩の女子からの支持はファンクラブまで作成されるほどに達していた。
皐月の保護者的存在で彼女を傷つける人間には容赦なく牙をむく。
「最低?自己防衛の手段だよ?」
怜の剣呑とした視線を気にせずに丞は卑しげに笑った。
殴りたくなる拳を春安はこらえる。
「……」
「ま、ふつーなら落ち着く時間も必要だね…」
辺りを見渡して丞はこう言った。
動揺を隠せない栄一郎。
嗚咽を繰り返す皐月。
優しい目で皐月を抱える怜。
そして、怒りの宛先が見つからない春安。
「その間、僕はゲームに必要なものを集めてくるよ」
場に合わぬ元気な声で、丞は校舎の中へと入っていった。
ばたん、と扉の閉まる音が大きく聞こえた。
「………」
暗鬱な空気の中、誰も何も言おうとはしなかった。皐月と怜は死体の見えない反対側の隅に移動し、栄一郎は困ったような挙動をして彼女らと対の隅に腰を下ろした。
ただ一人立ちすくむ春安。
「…栄一郎」
「?」
不意に呼ばれた栄一郎は驚いたようにこちらを見た。
「ゲームのルールを覚えているか?」
「……なに…言ってんだ…?」
「…確か、悪魔に定められた人間を殺せばゲームは終わるんだよな」
不穏な言葉が口から告げられる。
「ならさ。あいつがなぜ俺らをここに集めたんだ?あんなに冷静なら集める前に殺しておくべきだろ」
怪訝な口調でおかしなことを言ってると自分でもわかる。けど、引っかかったのだ。
交錯する思考の数々。
現実味がある仮定は問われた栄一郎が口にした。
「…このゲームはチーム戦だから…?」
「…どういうことだ?」
「サバイバルで生き残る攻略法の一つにチームを組む場合がある」
栄一郎の説明はこうだった。
まず自分より弱いキャラクターを仲間にする。すると個人対複数の図式で戦える。自分が死ぬ確率は減り勝利する確率が数段に上がる。
最後に自分のチーム以外の人間がいなくなったらチームの皆を殺す。
「ただ欠点が二つある」
指を二本立て、指折りながら説明する。
「相手が自分と同じ戦略でこちらよりも戦力が強かった場合。当然負けるのは判るよな?」
「ああ」
「もう一つはそれを恐れて人数を増やした時。増やしすぎれば、内部分裂が起こる。戦力は大幅に減り、混乱中に殺されるかもしれない」
納得できる論だった。
春安は口元に指を当て考える素振りをする。
「…あんたら戦うつもり?」
二人の様子を見ていた怜が不思議そうに問いかける。
「おれは…こいつに聞かれたから……」
やはり度胸のない答えを返す栄一郎。この場の誰もが戦いたくなかった。
そしてこの『悪魔探し』というゲームを心底うらんでいた。
「…怜はどうなんだ?」
春安は聞き返す。
「私は別に構わないよ。この子を守るためなら誰でも敵になる。この子は戦わせないけどね」
「…すぅー……」
いつの間にか皐月は眠りに落ちていた。泣き疲れたらしく怜のひざの上で穏やかな寝息を立てている。
「本人が戦いたいと言ってもか?」
「そんな子じゃないのは私のほうがわかってるつもりだけど」
とげとげしく怜は春安の言葉を返す。
「栄一郎の考えだと最後の方には生き残れるんだな」
「…まあな」
得意げに笑う。
「丞が何を考えてるかわからない。だがこの人数をそろえたんだ。せいぜい利用させてもらおう」
*
―校舎B棟。廊下。
特別教室が多い棟で丞は両手いっぱいに毛布と食料が入っていると思われるビニール袋を手にしていた。
完全に自分たちのクラス以外の人間は排除されている。容易に職員室から鍵を盗み、毛布は被服室から、食料は調理室と職員室の冷蔵庫から盗み出していた。
「え~と…」
がさこそと音を立て、ビニール袋の中の食料を確かめる。
約三日分は楽に過ごせる分量はある。
「ん?」
B棟とA棟をつなぐ渡り廊下から校舎裏から校庭に向かう人影を見る。
とりあえず丞はそれを見る。
案の定、学校の敷地内から出た途端、体は力なく倒れこんだ。人目に付かないところなら大丈夫だと思ったのだろう。
「…わからんでもないけど」
丞は死体を嘲笑して、何もなかったように再び歩を進める。
すれ違うはクラスメイトのみ。どれも暗い顔で、未だにゲームを理解して割り切ってる者など特に見受けられなかった。
階段へと差し掛かり、丞は毛布とビニール袋を持ち直す。
靴裏が床を擦る音が重苦しい校舎の中に響き渡る。
読んでいただきありがとうございます。
門石栄一郎―ゲーマー。
糸魚川怜―皐月の保護者。
金切皐月―泣き虫。優しい心
下萩丞―性格は作者に似てるかも
流浪春安―なんだかんだいって戦うことは既に決意してる




