#2 迷いと決心とカラオケと
「♩自分信じて〜」
今、春江 晃司と黒井 胡夏は圧倒的な歌唱力を発揮する金沢 汐に見惚れている。
「なあ胡夏さん、汐、歌うますぎないか?」
「うん。カラオケに行くと90点後半を連発。高校のクラスレクで歌うと大盛り上がり。私よりもはるかに上手い」
そう言っていたが、晃司は胡夏と顔を合わせるとすぐ目を逸らした。
ごめん、これだけは言わせて。かわいいです。
うちのリスナーにこんな歌上手い人いるんだ…
高校の同級生も絶賛するほどの歌唱力らしい。晃司が聴いていても、迫力があって圧力もある圧巻的な歌いっぷりだった。
「へへーん、どう?私の歌」
「迫力がやばいね、こんなに歌上手いとは思わなかった」
そして当たり前のように画面に表示される96.528。何だこれ。どういう世界線?俺でも最高94点なのに。
「汐って元軽音部か何か?」
「いや?私はただのそこら辺のバレー部。県大会で一回だけ優勝した事があるんだ」
「マ……マジか」
天才だろ。バレー部なのに。まさに天才とはこの人のことを指すんだろうな。
汐はその後晃司に歌うように促した。
「え?俺?ちょっとまだ歌えないわ。喉があったまってない」
一発目からこれ見せられたらちょっと歌いづらいに決まってるだろ…しかも俺最初の2,3曲は絶対90点切るから終わり。
「え〜じゃあこなっちゃん歌う?」
「私っ!?いや、、、今は聞いてるだけでいいよ」
「そんな事言わないでよ〜こなっちゃんも上手いじゃん」
この会話を聞いているに、胡夏は普段汐に振り回されているのが目に見える。よくこれ(←失礼)に着いていけるな…俺じゃ絶対無理だね。
晃司が苦笑いしながら会話を聴いていると汐がいきなり雑談タイムにしようと提案してきた。
「急だな」
「じゃあ春江さんの趣味なんですか?」
「え、そうだな、、、」
急なフリに困惑する。いきなり胡夏が間を割って晃司に聞いてくるとは思わなかったのである。
「……歌うことと、推しの配信見ることかな」
「えっ、誰なの推し。アイドル?Vtuber?」
やっぱり汐が食いついてきた。これは口を滑らせたっぽいな。
「蒼芽 海莉だよ。アイドルVtuberの。暇があれば見てる」
それからというもの、めちゃくちゃ推しについて語らされた。汐がかなり話に食いつきのいい人だった。Vtuberに限った話だけすごい食いついてくる。何でなんだよ。
……やっぱり俺がVtuberだからか。同業者の話が聞きたいんだろうな。
しばらくして、胡夏がトイレに行ったタイミングで汐がまたVtuberの話を持ちかけてきた。
「他に見てる人いないの?」
「他?他だったら闇喰 リリスとかかな。喋り方が上手いから参考にさせてもらってるんだよ」
「めっちゃいいじゃん」
やはりおかしい。Vtuberの話を延々とさせられる。
晃司は今聞くべきか分からないが、とりあえず聞いてみることにした。
「汐ってさ、何でそんなVtuberの話切り出してくるの?あまりにも回数が多いから」
「いいじゃん。同業者のことどう思ってるかの話盛り上がるし」
「そういうことじゃなくて……胡夏さんもあんまピンときてなさそうだし」
そう言うと汐はよく見てないと気づかないくらいの小さな笑いをした。その後こう言った。
「そのうちわかるよ」
予想もしない意味深な返答が返ってきた。どういうこと?
今日のカラオケ、いろいろなんか変だな——
その頃、胡夏は1人トイレの個室で固まっていた。
「……」
私がここで何してるかって?実は私こそが、蒼芽 海莉と同じグループに属する登録者155万人でアイドルVtuberの月草 幻夢なんです。
胡夏(幻夢)は1年前の21歳のとき、厳しい面接を通り抜け、やっとの思いでアイドルVtuberグループの一員として、夢に見ていた配信活動を始めた。
ある日、個人勢の配信や歌のカバーを聴いていると、自分のどストレートなタイプの歌声が胸の奥まで響き渡らされた人がいる。それが秋風 嵐紫。春江 晃司なのだ。
私は配信上とは違って、リアルはかなりの人見知り。配信は人の顔を見ずにしゃべる事ができる。でもいざ人の顔をみて喋るとなるとガッチガチに緊張して死ぬ。これが今固まってる理由です。
「あ〜本当に無理……!」
この遊びの誘いも全部私が計画した。推しである嵐紫に想いを伝えるため。Vtuberのことを知らないなんてのも全部演技。嵐紫へのDMも汐に頼んだ。
嵐紫、あまりにも声がイケメンすぎる。運命の出会いにも程がある。
…あ、そろそろキャパオーバーするかも。もう帰っていいですか?
いや、ここまできて断念したら水の泡。わざわざ汐に協力してもらってるんだから何回もさせるわけにはいかないよね。当たって砕けろだね。
…砕けるのはやっぱり嫌かも。
焦りと緊張のせいで訳のわからない事を次々と考えながら、トイレの個室を出た。
「あ、おかえり〜。今晃司がみんなの分のドリンクバー取りに行ってる」
「そうなんだ、ありがとうだね」
胡夏は汐の横に座ると、汐が私にあの事を問いかけてきた。
「ねぇ胡夏。大丈夫そう?私一回トイレに篭りに行った方がいいかな?」
「いや、私は…」
胡夏が何か言おうとすると、ドアが開いた。
「取ってきたぞ」
晃司が3人分のドリンクバーを取ってきてくれた。胡夏はありがとうと言い受け取った。どうしよう、、、このままじゃ埒があかない。だけどついに。
……自分が変わりたいなら自分から変わらないといけない!
胡夏は汐に合図をした。それを見た汐は頑張れのジェスチャーを胡夏に向けると、お腹痛いからトイレ行ってくると伝えて部屋を出て行った。
部屋は晃司と胡夏が無言を貫いていた。
この空気の流れで、こっちの緊張が向こうに伝わってしまっていないかな。
……頑張るよ汐
「、、、あのさ」
「ん?」
夢はすぐそこに。




