おりがみくらぶ4ー完成!ー
模試ラッシュで、祈はへとへとだった。
「先輩、大丈夫ですか」
「へいきよ。ただ拘束時間が長くてシンプルに疲れる」
「心配です。先輩は身体弱いんだし、無理はしないで下さい」
「うん…ねえ、くるみちゃん、膝枕して」
「いいですよ」
くるみが正座すると、祈がぽんと頭を乗せて来た。
くるみの方に顔を向けて、ふふ、と無邪気に笑う。
「先輩、可愛すぎます」
くるみはそっと祈の頭に触れ、撫でる。
祈は気持ちよさそうに目を閉じた。
静かな時間が流れる。
「あたし、先輩が健康なのが一番良いです。だから無理しないで下さい」
「くるみちゃんは心配性ね」
「先輩のことですから」
祈の負担を少しでも減らしたくて、くるみは得意な数学を三年生の範囲まで勉強した。
祈の分からない箇所をくるみは教えた。
「確率は情報を整理するのが大切です。問1から考え直してみましょう。工業品Aの不良品である確率は3分の2。Bの不良品である確率は3分の1。不良品であるという確率は、Aの不良品かBの不良品のどちらか、という事になります、だから…」
くるみは祈に教え、一緒に考える。
答えが出て、祈は感激して言った。
「すごい!分かりやすい」
「良かったです。数学ならきいて下さい」
みかんの高校受験も重なり、折り紙くらぶは集まって勉強をする予備校と化した。
くるみが帰宅すると、みかんが言った。
「お姉ちゃん、クリスマスパーティーしようよ」
「みーちゃんのマイペースさには感動を覚えるわ。前回の模試Eランクだったじゃない。一体なにを勉強していたのよ」
「違うよお姉ちゃん、あれはお試しってやつだもん。まだ時間あるし大丈夫大丈夫」
「あのねぇ」
ここは母に代わって、ガツンと説教しないと、とくるみが腰に手を当てた時、みかんが顔をしかめて言った。
「お姉ちゃん、最近色々必死すぎ」
「は?あたしはみーちゃんのために言ってるのよ、昨今は就職も難しいんだし、優秀とまでは言わなくても、平均くらいの学力は無いと将来やってけないわよ」
みかんは涙目でくるみを睨んだ。
「ど、どうせ優秀なお姉ちゃんには分からないよ!!」
ふいと踵を返して行ってしまう。
泣かせてしまった。
くるみはため息をついた。
「あたし、鬱陶しいかな…色々と」
くるみが思った時、ゆずがやって来て、そっけなく言った。
「くるみの言ってる事は間違ってないよ。みかんが悪いのよ。ああやってすぐ逃げるから」
ギターを弾いていたすだちがぼそっと言う。
「ブーメラン過ぎるだろ」
「うるさいな、人なんて皆そうなんだよ」
すだちは言う。
「みかんも頑張っていると思うよ。ただ何事も、向き不向きはあるからな」
くるみは反省した。
「あたし、みーちゃんの事バカってよく言ってた。軽口だったけど、それはよくなかった。謝ってくる」
「みかんも疲れているんだろ、普段はそんな事気にも留めてないさ」
「…そうなのかな」
すだちがゆずの腕を引いて言う。
「今日はくるみ休んどけよ。夕飯はぼくとゆずで作るから」
ゆずが顔をしかめてすだちを睨んだが、嫌とは言わなかった。
「いいの?」
「毎朝七人分の弁当と朝食作って、夕飯作って、洗濯して受験勉強していたらそりゃ疲れるさ。そもそも父さんと母さんが育児放棄過ぎるんだよ、この機にしっかりやらせるべきだ。ぼくからも言っておく」
くるみは感慨深い気持ちになった。
「すだちも成長したね。昔は家庭の事なんて興味ないって言ってたのに」
「家族は助け合うもんだろ。それに、くるみがこんなにも必死になっているところ、見た事なかったし、頑張って欲しいと思うよ」
くるみはすだちに抱き着いた。
「すだち大好きだよ!もちろん、ゆずも」
ゆずはそっぽを向いた。
みかんはうす暗い畳の部屋の隅で三角座りをしている。
くるみはそっと話しかけた。
「みーちゃん、さっきは酷い言い方してごめんね」
みかんが言う。
「別に本当の事じゃん」
「…」
くるみは考え、言った。
「あのね、言えてなかったけど、あたし、みーちゃんに凄く感謝してるんだ。あたしが祈先輩を本気で好きだって事、言ってくれたでしょ?そのお陰で両想いになれた。ありがとうね」
「あれは祈先輩から聞いて来たんだよ」
「…」
「全部お姉ちゃんの努力の結果だよ」
「そんな事ない。みーちゃんやみんながあたしを助けてくれたからだよ。折り紙くらぶだって、みーちゃんが居なきゃ出来なかった」
「うち何もしてないじゃん、わ、私…」
みかんが涙声になってシクシク泣き始める。
くるみは苦しくなってみかんを抱き締めた。
「みーちゃんの言う通りね。ちょっと真面目になりすぎたね。頑張ってたの気づいてあげられなくてごめんね」
「…ううん」
くるみはみかんの頭を撫でて言った。
「折り紙くらぶなのに勉強続きだったもんね。また折り紙しよっか。これから冬だけど、どんな折り紙が折りたい?」
「く、クリスマスパーティーの何かが折りたい」
「いいね、とっても楽しそう。でもどうして急にクリスマスパーティー?」
「…」
「うんうん、とっても良いと思う。何を折ろうか。輪っかの飾りとかかな」
みかんが鼻をすすって言う。
「…と、友達がみんな彼氏ができて、クリスマスパーティーする予定だったのに、無くなって…ううっ楽しみにしてたのに…」
「そうなのね」
みかんは色々なわだかまりを抱えていたのだろう。
くるみがそっとみかんの頭を撫でていると、後ろからうめがやって来て、小声でたずねてくる。
「だいちょぶ?」
「うめたん起きちゃったの」
「どうちてないてりゅの?」
「色々大人の事情があったのよ」
うめは首を傾げ、みかんにそっと言う。
「おりがみちたら?みんなでおりがみちよ」
うめは折り紙を折れば、みんなが笑顔になると思っているようだ。
「そうね、折り紙しよっか」
くるみが笑ってうなづくと、うめが抱きついて言った。
「プレンちょ、おりたい」
「プレンちょ?」
「しゃんたのぷれんちょ」
「あ!プレゼントか、でもどうやって折るんだろう、あんなの折れるのかな」
みかんがそっと顔を上げた。
みかんは見事に立方体をつくり、そこにリボンを巻いて一目で誰もがプレゼント、と分かる物を作って見せた。
くるみは心からの感想を述べる。
「みーちゃんは本当にセンスと発想力があるわ」
うめがプレゼントを手に取る。
「わぁ!!ありがちょ」
「どういたしましてー」
みかんはその後、研究者のように熱心に何かを折っていた。集中しているようだったので、くるみはそっとしておいた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
日曜日、公民館の一室で折り紙くらぶが始まる。
聡美が言う。
「では、折り紙くらぶを始めます」
「お願いします」
みんなが声を揃え、聡美がお願いします、といつものやり取りを返してから、みんなの顔をゆっくり見回して言った。
「さて冬も近づいて来た訳だけれど、何か折りたい物とかあるかしら」
はいっ!とみかんが元気良く手を挙げる。
「折り紙ツリーを提案します!」
「折り紙ツリー?どういう折り紙かしら」
「オーナメントをすべて折り紙で作るのが、折り紙ツリーです!」
みんなが驚き、目を丸くする。
くるみも折り紙ツリーなど初耳だ。
祈が首を傾げる。
「そんな事できるのかしら」
みかんが力強く答える。
「出来ます!考えてきました!」
みかんが鞄から紙袋を取り出し、逆さまにして、机にざっと中身を出した。
大きいもの、小さいもの、様々な大きさと色のプレゼントが転がり出て来た。
みんなまじまじとそれを見て、すごい!と口々に褒める。
聡美が感心して言う。
「なるほど、立方体もリボンを掛ければ大分印象が変わってくるわね」
凪がみかんに問う。
「どうやって折るの?」
「四枚の折り紙を使って、手裏剣みたいに組み合わせて作ります。そこまで難しくないです。少し手間はかかりますが」
聡美がたずねる。
「他の飾りは?」
「まだ考え中です!」
聡美はうなづき、みんなに言った。
「では、今日はこれを練習しましょうか。みかんちゃんの考案した、『クリスマスプレゼント』」
みかんは説明して、同じ色の折り紙を一人4枚配っていく。
「4枚の折り紙の大きさによって、完成する立方体の大きさも変化します。まずは普通サイズの折り紙で折ってみましょう」
聡美はホワイトボードで折り方の手順を描く。
みかんが解説する。
「まずは縦と横に折り線をつけます。広げて、横の線に合わせて上下を横に折り、また広げます。縦に4等分の線が出来ます」
聡美がみんなの折り紙を順繰りに見る。
「みんな、本当に上手になったわね。特にくるみちゃんは目を瞠るほどね」
「えへへ、有難うございます」
みかんが言う。
「ここから先は少し難しいので、まず一連の折り方を見てイメージを掴んでください。いきますよ?」
「右下の角を4分の1の横の線に合わせて、小さい三角に折ります。左上の角も同じようにします。そして、4分の1の線の通りに横に折り込みます。そこから更に、左下の角を4分の3の線に合わせて三角に折ります。反対側の4分の1を折り目の線に合わせて被せるように折って、同じように右上角を中心線に合わせ三角に折ります。この三角形を手裏剣のように下に差し込んで、1つ完成です」
くるみは頭を抱えた。
「これを4つ折って、ようやくプレゼントが1個出来るの?」
「慣れれば簡単だよ、でもしっかり折り目をつけて折らないと、角の丸っこいプレゼントになるからそこは注意ね」
みんなで必死に折り紙を折った。
1時間でできた立方体は、全員分を合わせて、たったの7個だった。
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水曜日の折り紙くらぶで、くるみと凪と祈とみかんの4人が揃った。
凪が言う。
「前代未聞すぎない?あの後調べたけど、折り紙ツリーなんて、ネットに何も載ってなかった」
みかんが人差し指を立て、元気に言う。
「凪先輩がそう言うと思って、うち、ちゃんと考えて来ました!」
みかんは学校の鞄から紙袋を取り出し、逆さまにした。
赤と緑のカラーホイルの玉が転がって出てくる。
丸めたものでは無く、船のスクリュープロペラのようで横から見ると、どこからでも円に見えるようになっている。
祈とくるみは、口を揃えてすごい!と褒める。
祈が一つをつまみ上げ、観察して言う。
「素晴らしい発想だわ!これならツリーに釣った時、全部の角度から円に見えるね」
凪も感心してうなづいた後、みかんにたずねる。
「でも、どうやって作るのこれ?」
みかんは教師のように言う。
「簡単です。折り紙を縦と横に折って、四角にしてから、丸くくり貫いて、丸を半分に折って、半分ずつ糊で張り付けていくんですよ」
「なるほど」
祈が言う。
「でも、カラーホイルの折り紙が足りないわね。あとオーナメントを吊るす糸と、プレゼントに巻くリボンも」
くるみは気が付いて言った。
「主役のツリーもない!」
その時、襖がコンコンと叩かれた。
祈が応える。
「はーい」
襖がサッと開き、太一が顔を覗かせた。
「今いいか?大福の新作なんだが、味見してくれ」
みんなで試食をしながら、太一に折り紙ツリーの計画を打ち明ける。
「へえ、それはまた新しい試みだな。和洋折衷か‥」
考えるように腕を組んだあと、太一はハッと顔を上げた。
「そうだ!月ノ宮のお店用の折り紙ツリーも作ってくれないか?小さいので良いんだ、ちょうど冬の内装を決めかねててさ」
「和のお店にツリー?」
くるみが首を傾げると、太一は言った。
「君たちお得意のヤツだよ」
みかんがポンと手を叩く。
「なるほど」
「何か思いついたの?」
みかんは人差し指を立て、言う。
「折り鶴のオーナメント!とか」
「みーちゃん天才!」
祈が太一に言う。
「ねえお兄ちゃん、今時間ある?ツリーを買いに行きたいの」
「祈の頼みならいつでも聞くさ」
「お、お兄ちゃん!そういうこと皆んなの前で言わないでって言ったじゃない!」
という訳で、みんなでホームセンターにツリーなど必要な物を買いに行った。
店の入り口には、様々なツリーが並んでいる。
2メートル程の見上げるほど大きいツリー。
うめの身長と同じくらいのミニサイズ。
雪が被ったように枝が白かったり、オーナメントがセットで売っている物もある。
「けっこう種類があるんですね」
「そうね、どれにしようか」
みんなで相談して組み立て式のツリーを購入した。
イチキュッパというのが決め手になった。
腕で抱えられるくらいの直方体の箱に入っている。
離れに戻り、箱を開ける。
ツリーは、上段中段下段の3つのパーツに分かれていて、それを結合させると、2メートル近くの高さになった。
閉じていた枝を開いていくと、綺麗なツリーになる。
みかんが両手を伸ばして嬉しそうに言った。
「わぁ!思ってたよりもちゃんとしてる!大きいし!」
祈と凪が「良かったねぇ」とうなずく。
そして説明書を改めて読み直し、くるみは目を疑った。
「みんな、これ、見て」
ー180センチ、オーナメント数140個
140個!?
祈が両手で口を覆う。
「うそ、こんなに作らなきゃいけないの?」
凪が言う。
「もう諦めて買ってこない?」
みかんも唸って、腕を組む。
「折り紙くらぶ関係者含め総動員で活動しないとクリスマスに間に合わないかも。鶴と違って、難易度は高いです。立方体も複合のユニット折り紙だし、手間が掛かりますから」
祈は考える。
「今日は10月も後半。1日1人1個作ったとして、4個×30=120個、説明書の通りやらなくてもリボンを巻いたりとか工夫できるし、無理のない範囲でやろうか」
みかんはノートを開き、みんなに見せて言う。
「オーナメントの種類は今のところ4種類を考えています」
簡易的に折り図まで書いて来てくれていた。
【丸いキラキラ】
【プレゼント】
【星】
【鶴】
祈は首を傾げる。
「星?」
「はい。うちは星と足りないものを折っていくので、みんなは星以外の好きな物を一日一個折ってください」
凪がたずねる。
「星ってどういうもの?みかんだけに任せるのも悪いよ」
みかんはもう一つの紙袋を逆さにし、金色の立体的な星を出した。
全員が「すごい!」と声を揃える。
くるみは一つを手に取って、言った。
「ホームセンターにあってもおかしくないレベルじゃない!一体どうやったらこんな綺麗に立体的に折れるの」
みかんは得意そうに答える。
「ちょっと難易度が高いの。五つの小さい折り紙を使って、それを合わせるんだけど、プレゼントとか手裏剣みたいにきっちり嵌まる感じではなくて、糊やテープが必要になる。しかも少しでもズレると、星の中心が合わなくなるから、かなり繊細」
祈が手を合わせて言う。
「みかんちゃんは本当にすごいわ。そんなに難しい物を一人でこんなに折ってしまうなんて。でも折り紙くらぶの五か条を思い出して。折り紙はみんなで折るの。ちょっと不格好な星かもしれないけど、私も作りたい」
凪もうなづく。
「本当に売り物と比べても遜色ないわ。私も折れるようになりたい。親に見せたら驚くだろうな」
くるみは立ち上がって手の平を突き出す。
「折り紙くらぶ、今年最後の活動よ!」
みんなも立ち上がり、手の平を重ねてくれた。
くるみは全員の顔を見て、音頭を取る。
「協力して、折り紙ツリーを作りましょう!」
「おー!」
☆彡 ☆彡 ☆彡
大きな変化は、妹達が家事を手伝ってくれるようになった事だ。
くるみは自分の役割を果たそうと、祈の勉強のアシストと折り紙に打ち込んだ。
学校の休み時間、くるみは声を掛けられた。
「くるみちゃん」
「ん?」
過去問題集から顔を上げると、クラスメイトの女の子達が居た。
「今大丈夫?」
「うん」
「あのね、協力して欲しいことがあるんだ。12月24日、クリスマスイブが凪ちゃんの誕生日なんだけど、」
「えぇ!知らなかった!」
「うん、だからサプライズで凪ちゃんをお祝いしたいんだ。手伝ってもらって良いかな」
「もちろんよ!何か私にできる事ある?」
「ちょっとで良いんだけどお菓子を持ってきて欲しいの。みんなでいっぱいあげたいんだ」
「わあ!とっても良いね、分かった!」
みんなが去ってから、くるみは呟く。
「そっか、凪ちゃん誕生日なのか」
☆彡 ☆彡 ☆彡
凪には秘密、という事で、折り紙くらぶはお休みと嘘をつき、日向家で会議を行った。
祈は手をパチンと合わせて言う。
「いいわね!クリスマスパーティーと、凪ちゃんのお誕生日会。なにかサプライズしたいけれど、何がいいかな」
うめがみんなの真似をして、うーんと頬杖をつき、懸命に言う。
「なぎちゃのぷぜんちょ」
くるみは考える。
「凪ちゃんは何が欲しいかな。凪ちゃんが好きなものってなんだろ」
「ディ〇〇ーじゃないの?」
「うん、それは間違いないと思うけど、それは他の人からも貰うだろうし、あたし達っぽいものが良い」
みかんが言う。
「凪先輩は多分、お姉ちゃんのご飯好きだよ」
「そう?」
「よくお姉ちゃんにお弁当頼んでるじゃん」
「あれはお駄賃もらって作ってるのよ、バイトよ」
「だから、それほどお姉ちゃんのご飯が好きってことじゃん」
「そうなのかな?」
うんうん、と祈が同調して言う。
「実際、くるみちゃんのお料理はとっても美味しいし…当日、みんなでお料理してご馳走するとかどうかしら?パーティーっぽくしてさ」
くるみは想像して沸き立った。
「なるほど、それすごく良さそう!でもせっかくだし凪ちゃんが好きな物を作りたいな。みんな凪ちゃんの好きな食べ物、知ってる?」
みかんと祈は首を傾げた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
昼休み。
くるみと祈は廊下で作戦会議をする。
「実験その1。肉弁当」
くるみは弁当を用意した。
中身は「からあげ」「しょうが焼き」「アスパラ巻き」「肉だんご」「白米」。
祈が囁く。
「お肉が好きなら、きっと良いリアクションのはずよ。明日はお野菜で、明後日はお魚にしましょう」
「そうですね、先輩も凪ちゃんの表情を見逃さないようにお願いします」
「任せて」
試してみたが、凪は「ありがとう」と言って弁当を受け取ると、いつものように、普通に食べ始める。
くるみは凪にたずねる。
「肉多いけど、どう?」
「どうって何?美味しいけど」
「ふうん」
翌日は野菜の弁当で、祈は凪に言う。
「野菜いっぱいで健康に良さそうね」
「そうですね」
「凪ちゃんはお肉と野菜どっちが好きなタイプかな?」
「どちらも好きですよ。くるみのお弁当は美味しいし」
魚の弁当を食べさせた日、凪は完食した後、言った。
「あのさ」
「ん?」
「これ、何かの実験?」
祈は首を傾げる。
「な、ななんのことかな?」
「とぼけても無駄ですよ。ふつうに肉と野菜の時点で何かあるって察します。二人、凝視してくるし、私のリアクションを観察していたんじゃないの?」
「ぎくっ」
「残念だけど、私好き嫌いないの。というか、くるみのお弁当はどれも美味しいから、美味しくないリアクションを求められても一生見られないわよ」
くるみは身を乗り出して凪に言う。
「そーんな甘いこと言っちゃって。あたし信じないよ?凪ちゃん、これはね、正直に答えて欲しいの」
「嘘じゃないわよ」
「だ、だって凪ちゃん、この前クッキー作ってあげたら「塩と砂糖まちがえてない?めっちゃ甘いんだけど」とか嘘言って来たし、もう凪ちゃんの言う事は信じられないだからね!」
「あはは、だってくるみの必死な顔が面白いんだもの」
「酷い!」
祈はくすくす笑ってから、凪に言う。
「あのね、凪ちゃんの好きなものを知りたかったの。教えてくれない?」
凪は肩をすくめ、いっぱく置いて言った。
「私の家は片親で、お父さんは出張も多くて、一緒にご飯を食べる時は少ないし、私自身そんなに料理しないから、小さい頃から冷凍が多かったんです。だから初めてくるみの弁当を食べた時、美味しくて温かくて感動した。私は本当に全部好きです。強いて言うなら、一人じゃなくて大人数で食べる食事が楽しくて好きかな。まぁ食べ物っていうより食べ方になっちゃうけど。ほら、食事って何を食べるかより、誰と食べるか、って言うじゃない?」
くるみと祈は視線を合わせた。
2人は凪に言った。
「なるほど、凪ちゃん、教えてくれてありがとう!」
☆彡 ☆彡 ☆彡
12月に入り、冬も本格化し始めた。
月の宮の離れで、今日も折り紙くらぶが始まる。
日向家の人間は、猫のように月ノ宮の離れに押し寄せていた。
夏は月ノ宮で暑さを凌いでいたので、故障したエアコンは修理しないまま、なぁなぁになっていた。暖房が使えない。
ストーブはあるものの、灯油を切らしている。
そういう訳で、ゆずやすだち、うめもやって来ていた。
離れの一室はぎゅうぎゅう詰めだ。
みんなが勉強や折り紙など、自由にしている中、うめが突然、訴えた。
「あったかぃのほちい!」
凪があいづちを打つ。
「そうよね。寒いよね。電気毛布は二千円くらいだし、くるみ買ってあげたら?」
「そうねー、うめたんの買ってこようか」
祈が立ち上がって言う。
「電気羽毛あるかも、確かしまってたはず。お古で良ければうめちゃんにあげるよ」
「ほちぃ!」
「ちょっと待っててね」
祈は電気毛布を一巻き持ってきて、コンセントにつなぐ。
祈はそうだ!と手を合わせた。
「おこた持ってこようか」
うめは首を傾げる。
「おこちゃ?」
くるみは言う。
「こたつの事よ。家には無いけど」
立ち上がって祈に言う。
「運ぶの手伝います」
「ありがとう」
ちゃぶ台を片付け、こたつを設置する。
うめは身体を入れ、よっぽど嬉しかったのか、黄色い悲鳴を上げた。
「あっちゃかぃ!」
「うめたん良かったねぇ」
「うん!ちぇんパイありがと」
「どういたしまして」
凪とみかんとゆずとすだちが、そっとこたつを占領した。
祈の勉強が一区切りついて、祈は机に顔を伏せて言った。
「ねむたい」
「少し休憩しましょう」
「うん」
机につっぷし、祈はすぅすぅと寝息を立て始める。
くるみは暇になってみんなの様子を観察した。
凪は勉強をしていて、みかんは黙々と折り紙を折っている。すだちは頬杖をつき、半目で単語帳を眺めている。うめは身体を半分こたつに入れて、すやすや寝ている。
ゆずはうつ伏せになって、こたつに足だけ入れながら、何か作業をしていた。
畳の上には基板と、ドライバーと、黒いチップが散らばっている。
「ゆずにゃんはなに作ってるの?」
「別になにも。分解して組み立てる遊び」
「ふうん。すごいね」
「べつに?」
ゆずは猫のように、構わないでよ、とそっぽを向いた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
12月20日。月ノ宮の離れにて。
一番背の高い祈がつま先立ちで、クリスマスツリーのてっぺんに、大きな星を被せる。
「完成!!」
全員が拍手をした。
ものすごい達成感がある。
くるみとみかんは畳に崩れ落ちた。
くるみは畳に寝転んだまま言う。
「千羽鶴よりも大変だった‥」
みかんが答える。
「それはこっちの台詞。お姉ちゃんったら毎日ひとつを守らないんだもの」
「それは私も反省してる。でも」
「知ってる。お姉ちゃんは祈先輩と勉強頑張ってた。だから良し」
「うん!みーちゃんも良く頑張ったね」
「うん!」
凪はおりがみツリーをぐるりと眺め、感心して言った。
「私たち、結構すごいんじゃない?」
祈もコクコクとうなづく。
「お店のおりがみツリーもお客さんが「可愛い」って言ってくれるってお兄ちゃんが言ってた。おりがみツリーの企画は大成功よ!」
楽しい雰囲気を感じとったうめが、ぎゅっとくるみに抱きつく。
「うめたんもえらいねぇ」
「うん!」
「ゆずにゃんとすだちもお疲れ様!」
少し遠巻きに見ていたゆずとすだちは肩をすくめた。
それで、と祈は手を合わせて言う。
「クリスマスパーティーのプログラムを考えない?」
くるみは首を傾げる。
「プログラム?」
「初めはプレゼント交換、次にビンゴ、みたいな」
「いいですね!」
祈がゆずとすだちにたずねる。
「二人とも参加する?」
すだちは言う。
「じゃあ、お願いします」
ゆずはいっぱく置いて言う。
「‥はい」
凪が祈にたずねる。
「ビンゴの景品はどうしますか?」
祈は言う。
「各々、家にある中でも、一番価値が高そうなものを持ってきて、一等から七等を決めるのはどう?余ってるお菓子とかもアリ」
「おー!いいですね!それならお金もかからないし」
「プレゼント交換のプレゼントも、無理のない程度で用意してくれればいいからね」
「はーい」
みんなで話し合い、工程が決まっていく。
「3番は黒ひげで、4番は大富豪。5番はス○ブラで、6番がケーキ。7番が記念撮影」
みかんが伸びをして、足をバタつかせる。
「今から楽しみになって来た!」
祈も楽しそうに言う。
「みんな家族を呼んで来ても良いよ、パーティーはいっぱい人がいた方が、楽しいしね」
☆彡 ☆彡 ☆彡
12月24日。
くるみは速攻自宅に帰り、ポリ袋に入れて漬け込んでいたローストチキンの束を取り出す。自転車で急いで月ノ宮の家に向かう。
既にみかんとすだちとゆずと、うめが居て、凪のサプライズのための準備をしていた。
みかんが輪っかなどを廊下に飾り付け、うめが星のシールいたるところに貼っていく。(はがせるやつ)
すだちとゆずが台所にいて、不器用ながらも懸命にジャガイモを細く切っていた。
祈は凪に委員会の仕事を手伝わせて、離れへ来る時間を遅くしている。
すだちが言う。
「まだ全然揚げてない」
くるみは様子を見る。
ゆずの切っているじゃがいもは二分の一。すだちが皮を剥いていて、剥けていないのは、まだあと十個ある。
作るのは、「フライドポテト」と「ポテトサラダ」だ。
くるみはエプロンを付けながら言った。
「焦らなくて良いわ。怪我しないのが一番大事。二人にはまずフライドポテトを作ってもらうわ。その細さでちょうど良いと思うから、切り終わったら教えて頂戴」
「分かった。くるみこそ気をつけろよ」
「うん」
余熱無しのオーブンでローストチキンを焼く。
その間に、持ってきた泡だて器を用意し、卵白で砂糖を少しずつ入れながらメレンゲを作る。プレーンとココア、二つのスポンジの生地を型に入れて用意する。
じゃがいもとゆで卵を茹でると、チキンが焼きあがる。お皿に取り出し、今度はスポンジを焼く。
くるみはチョコレートを湯煎に掛け、別の鍋で生クリームを温めたところに紅茶葉を入れ、煮だす。ゆるんだチョコレートと紅茶風味の生クリームを混ぜると、ケーキ用のチョコレートが出来る。
プレーンのスポンジとチョコのスポンジが焼け、丸い直径の異なる三種類の型抜きでスポンジをくり貫く。くり貫いたスポンジをプレーンとチョコで交互に詰め直すと、三重丸のようになり、先ほどのチョコレートを表面に塗りながら、スポンジを積み重ねる。残りの生クリームでケーキの表面を覆い、「サンセバスチャンケーキ」が完成。
切るとスポンジがモノクロになっているはずだ。
盛り付けは後で、ラップをして冷蔵庫へ。
市販のピザ生地にトマトソースやソーセージ、チーズをどっさり乗せたものを焼き、出来上がった料理を離れの机に置いた。
全員が顔を見合わせて安堵した時、玄関がガチャリと開く音がした。
全員離れに待機し、クラッカーを出して配る。
襖が開いて凪が入って来た瞬間、みんなでクラッカーを鳴らした。
「わっ!」
凪が驚いて目をパチクリさせる。
くるみは言う。
「せーの」
みんなで声を合わせて言った。
「凪ちゃんお誕生日おめでとう!!」
凪は全員の顔を見てから、パッと満開の笑顔をみせた。
初めて見る表情だ。
その後、恥ずかしくなったらしく、凪は両手を身体の後ろに回して、顔を火照らせて言った。
「な、な、なんか企んでるなとは思ってたのよ。だから、そんな驚いてないんだからね」
くるみは凪に抱き着いた。
「凪ちゃん大好き!」
「暑い」
「あのね、ご馳走作ったの、食べて!」
凪はローストチキンを一口食べる。
「美味しい」
「良かったぁ!」
くるみのお腹がくぅと鳴る。
「あたしもお腹空いてきちゃった、みんなで食べよう!」
みんなでぎゅうぎゅう詰めになりながら、席に着く。
凪がたずねる。
「全部作ってくれたの?」
「そうだよ!凪ちゃんは手作りが良いって言ってくれたでしょ」
「あぁ。なるほどね。それで実験してた訳か」
祈が微笑んで言う。
「じゃあ皆さん手を合わせて下さい」
「いただきまーす」
みんなはバクバク食べ始める。
祈がフライドポテトをうめのお皿に取り分ける。
「ぽてと!」
「お姉ちゃん達の手作りだって」
「おいちぃ!」
凪は皆の顔を順番に見て、ゆっくり言った。
「みんな本当にありがとう」
その時、ピンポンとインターフォンが鳴り、聡美がやって来た。
「あら、すごいわね!私も食べて良い?」
「もちろんです!」
その後、太一もやって来た。
太一は和菓子の小さなケースを差し出す。
「朝霧さん、誕生日おめでとう。少しだけど食べてくれ」
苺大福だ。
「わ、ありがとうございます」
聡美も動物型のクリップをプレゼントした。
祈は手を合わせて言う。
「じゃあ、プレゼント交換のコーナーに移りたいと思います」
みかんが合いの手を入れる。
「ヒュー待ってました!」
みんなで輪になる。
ゆずが言う。
「あらかじめ、ゆずが皆さんから受け取ったプレゼントを管理していました。だからどのプレゼントが誰の物か、ゆずしか知りません。交換して中身を開けた後、COして下さい」
「CO?」
「カミングアウトです」
ゆずが大きな袋を持ってきて、プレゼントを出していく。
プレゼントは様々だ。
気になるものが二点。
折り紙をテープで留めた包装の、やけにカラフルなプレゼント。お菓子の箱がそのままプレゼント箱になっているプレゼント。
そのとき、祈が立ち上がり、ゆずにそっと耳打ちした。
ゆずは祈を見返し、肩をすくめる。
ゆずがみんなに言った。
「ゆずが音楽を止めるので、音楽が止まったと同時にプレゼントから手を放して下さい」
ゆずがカセットを用意し「始めます」と言って音楽を流し始める。
椅子取りゲームのあるあるで、良いプレゼントを長い間手元に置きたがるので、たびたび渋滞が起きる。
ゆずが音楽を止める。
手元にあるのは、お菓子の箱のプレゼント。口の部分がマスキングテープで留めてある。
中古?イヤな予感しかしない。
「では開けて下さい」
入っていたのは……
駄菓子と文房具屋の包装紙に包まれた、新品のキラキラした色ペン。そして、プラスチック製の透明な石。
自宅のトイレタンクにあるやつ‥‥
うめのプレゼントに違いない。
ゆずがうめとプレゼントを作ってあげているのは知っていたが‥‥うめが後から付け足したようだ。
その時、うめが歓声を上げた。
見ると、うめのプレゼントは可愛いうさぎの、少し平たいぬいぐるみだ。
うめはぎゅっとうさぎを抱いてキャー!と嬉しそうな悲鳴を上げる。
祈が微笑んで言う。
「あ!それ私のだよ。それね、あったかいやつが中に入ってて、何度も使えるよ」
うめは目をキラキラさせてぬいぐるみを見る。
祈がゆずに耳打ちしていたのは、この事だったらしい。
くるみが優しさに胸打たれていると、うめがドヤ顔でたずねてきた。
「どお?」
「うめたんありがとう!キラキラしててとっても綺麗なものばかり!嬉しい!」
「とうでちょ」
「うんうん」
凪のプレゼントは折り紙をつぎはぎした包装で、中にクマの人形がついたキーホルダーと三本のハサミが入っていた。
凪が目を丸くする。
「これ、普通のハサミじゃない。切ると勝手にギザギザになったり、波線になったりするみたい。こんなのあるんだ」
みかんが自慢げに言う。
「文房具のお店にあったんです!もう残り一個ずつしかなくて、レアでした!」
「みかん、ありがとう」
「いいえー!」
ハサミなんて三本も要らなくない?という言葉をくるみは呑み込んだ。
続いて祈のプレゼント。
「可愛い!ふだん使いできてとっても良いわね」
香りつきの色ペンと、ディ○ニーの絵が外側に印刷されたノートだ。あとはレースの付いた桃色のハンカチ。
くるみは安堵して言う。
「それあたしです」
「やった!」
すだちはお菓子のセットだ。
「この無難な感じ、凪さんですね。チョイスが良いです」
凪が良かった、と小さく笑む。
みかんが「わーい!」と喜びの声を上げた。
掲げた手には透明なプラスチックの小さい箱がある。
「ちょうどイヤホン失くした所だったの!これ誰?ありがとう」
みかんの喜び様に、すだちが苦笑した。
次にビンゴ大会。
これは太一と聡美も参加した。
皆うめに甘く、数々の不正行為が行われ、うめが一等に当たる。
一等は太一が用意していてくれて、ボードゲームの人生ゲームだった。
うめが大喜びで箱を抱える。
世界で一番幸せ、と言わんばかりの表情に、みんな吹き出した。
聡美がしっかり撮影してくれた。
くるみは言う。
「夜が深まってきましたが、やっとケーキタイムです。少々お待ちあれ」
冷蔵庫からケーキを出し、誕生日おめでとうの板を乗せて離れに持ってくる。
ろうそくを立てていると、突然部屋が暗くなった。
同時に、ウィン、とどこかで音がして、部屋全体に、数々の星が煌めいた。
プロジェクターだ。
まるで宇宙の中にいるように、360度、星が広がっていて、それらはゆっくりと部屋を巡った。
うめが歓声を上げて、部屋全体に映る星々に手を伸ばす。
みんな静かに星を見つめた。
白い星はゆっくり青くなった後、消滅した。
そして、ハッピーバースデーの音楽が流れ始めたので、くるみは急いでろうそくに火をつけた。
みんなで歌った。
「ハッピーバースデーでぃーあ凪ちゃーん♪ハッピーバースデーとぅーゆー」
うめが火を吹き消し、同時に電気が戻る。
ぱっと見回した時、ゆずが居なかった。
くるみは気づかないフリをして言った。
「凪ちゃんお誕生日おめでとう!」
凪が笑んでみんなを見て言う。
「ありがとう。素敵な星空も」
うめが大きな声でたずねる。
「だれー?やっちゃの?」
みんな「誰だろうね、サンタさんかな?」なんてはぐらかしていた。
帰りは太一が車で送ってくれた。
みかんが祈にたずねた。
「祈先輩は、折り紙くらぶ卒業しますか?」
静かになり、みんなの注目が集まる。
祈は答える。
「分からない。今はそれしか言えないかな」
「わかりました。受験応援しています」
「ありがとう」
くるみはすやすや眠るうめを抱き、祈に小さく手を振って家に帰った。
☆彡 ☆彡 ☆彡
大晦日。
くるみは祈の部屋にいて、二人は一緒に勉強をしていた。
祈の部屋は淡い桃色がベースの女の子っぽいふわふわした部屋だ。良い香りがする。
勉強机はなくて、カーペットの上に円形の低い丸テーブルがあり、そこで勉強していた。
一区切りついて、祈が言う。
「くるみちゃんだけ私の家に泊まるの、変に思われたかな」
「全然ですよ、うめたんがいいなーって言っていたくらいです」
「そっか。私のわがままでごめんね」
「何言っているんですか、こうでもしなきゃ二人っきりっていう状況作れませんから、先輩が言ってくれてありがたかったです」
「なら良かったけど」
祈はベッドの側面に凭れ、小型の立方体の、古いテレビをつける。
― 時刻は11時50分。今年も終わりが近づいて来ました
テレビには除夜の鐘を待ち、大混雑している大晦日の様子が映っている。
祈は目を擦りながら、言う。
「なんか、この映像を見ると今年も終わるんだって感じするね」
「そうですね、みんな元気だなぁ」
祈がクッションを引きずり、祈の隣に置く。
ぽんぽんと叩いて言った。
「こっち来て」
くるみが移動すると、祈は肩を寄せて来た。
上目で見つめてくる仕草が猫のようで可愛い。
くるみは思わず言った。
「今年は一番良い一年でした」
「ふふ、なんで?」
「…そんなの決まっているじゃないですか」
祈は目を細めて「私も」と囁く。
ただ一緒にいるだけだけれど、満ち足りた気分だった。
祈は身体を離し、顔を曇らせて言った。
「受験が心配…」
「先輩は出来る事を全部しています」
「うん」
「あたしは哲学書は読みませんが、名言とか格言とかが好きで、中でもマイケル・ジョーダンの言葉が好きです。例えば、ボールが手から離れた後は何もできないのだから、ボールを手から離した後は何も考える必要がない」
「なるほど。人事を尽くして天命を待つ、とちょっと似ているわね」
「そうですね。でも具体的で、フランクな感じがしませんか?他にも、「ここまでいかに大変だったかではない。やり抜くかどうかだ」とか」
「ちょっと現実的ね」
「はい。話は逸れましたが、先輩なら大丈夫です」
「そうかな」
「大丈夫ですよ。自分に言い聞かせるんです。大丈夫、大丈夫、自分なら絶対できる」
「大丈夫、大丈夫、絶対できる」
「その調子です」
その時、トントン、と扉がノックされた。
ドア超しに太一が言う。
「息抜きに初詣行くか?連れてくぞ」
祈は答える。
「ありがとう。でも大丈夫、もう少しだけ勉強して、明日の朝くるみちゃんと行くわ」
「そうか。無理はするなよ」
「うん。お兄ちゃんありがと」
太一が去り、くるみは言う。
「良かったんですか?」
「うん、生活リズムは大事。当日も朝早いし、出来ることは全部するの」
「先輩は本当に偉いですね。あたしなら息ぬきを理由に、颯爽と出かけている所です」
「あはは、私も一人だけなら逃げていたかも。くるみちゃんに格好悪い所は見せられないわ」
「先輩かっこいい!」
「ありがと」
見つめ合うと、どちらからともなく笑い合った。
くるみは伸びをして言った。
「あとちょっと、頑張りましょう」
「うん!」
☆彡 ☆彡 ☆彡
1次試験は上々の出来栄えだった。
2次試験の当日。
月ノ宮の駐車場に、くるみとみかんとゆずとすだちとうめ。太一と月ノ宮の両親、凪と聡美が集まった。総勢10名の見送りに、祈は呆れて言う。
「千人針とか出てこないでしょうね」
くるみは笑って、紙袋を差し出した。
「おにぎりです。小さめに作ったので、少し足りないって思ったら食べて下さい」
「わあ!ありがとう、嬉しい」
祈が弾けるように笑う。
太一が横から月ノ宮の袋を渡す。
「饅頭だ。祈を想って作って来た。これ食って頑張れ」
「お兄ちゃんもありがとう」
うめが朱色の、折り紙の大きなお守りを差し出す。
「センパイがんばって」
「すごい、これ、折り紙?」
みかんが言う。
「中に、みんなで折った小さい鶴が入っています。先輩にご加護がありますように!」
凪がうなづいて言う。
「頑張って下さい。なんて、これ以上言ったら緊張させてしまいますかね」
「大丈夫よ、みんな本当にありがとう。じゃあ、そろそろ行ってくるね」
祈は太一の車に乗り込む。
くるみは近づいて言う。
「やっぱりあたしも駅まで行きましょうか」
祈はくるみの手を握り、首を振る。
「ダメ。くるみちゃんはここに居て欲しいの。私が帰ってきたら、めいっぱい甘やかして」
祈が上目でくるみを見つめる。
くるみは強く手を握り返し、うなづいた。
「…分かりました。待っていますね」
「うん」
「先輩なら大丈夫。気負わずやってきてください」
祈は静かにうなづき、出発して行った。
☆彡 ☆彡 ☆彡
授業が終わったと同時に、ピコン、と音がして、スマホにメッセージが入った。
文字ではなく、画像だ。
くるみは急いで確認する。
写真は、合格発表の看板だ。祈の数字がアップで映っている。
その後、「うかった!」とメッセージが入って、くるみは急いでトイレに行って電話をかけた。
「先輩おめでとうございます!」
「どうしよう、なんか実感湧かないよ。夢みたい…夢じゃないよね」
「画像で確かに確認しました。先輩の番号で間違いないです」
「くるみちゃん…」
くるみは我慢できなくなって言った。
「今から会いに行きます!」
「え!?」
くるみは電話を切り、走って教室へ戻った。
凪がやって来て、笑顔で言った。
「良かったね」
「うん!」
くるみはたまらなくなって、凪に抱き着いた。
凪は背中をぽんぽんと叩く。
くるみは顔を上げて言った。
「あたし今から速攻先輩に会いに行ってくる!」
「え、6限どうするのよ」
「熱って言っといて!」
「は?!ちょ、ちょっと」
帰り支度をして鞄を持った時、クラスメイトのみんなが口々に「おめでとう」とくるみに声を掛けて来て、くるみは心底驚いた。
クラスメイトの女の子が言う。
「祈先輩、合格したんでしょ。くるみちゃんも本当に頑張ってたもんね。良かったね」
くるみは急に涙が込み上げたが、ぐっとこらえて頷く。
自分の知らない所で相当噂になっていたのか、ほかのクラスの友達まで駆けつけてきて、合格を祝ってくれた。
「え?!どうしてみんな知ってるの?」
凪が輪に入って来て、言った。
「くるみ一生懸命勉強してたじゃん。みんな見ていたんだよ。それに、くるみが大好きな先輩が合格して、友達が喜んでいるの、祝っちゃおかしい訳?」
くるみは感極まって言葉に詰まった。
「ううん!嬉しい。すごく嬉しい!」
「こっちは任せておいて。くるみは祈先輩に会いに行ってきな」
「凪ちゃん…みんな、ありがとう!」
教室を出て、階段を駆け下りる。バスの時間が待てずにくるみは走って駅へ向かった。
電車に飛び乗り、スマートフォンでメッセージを送ろうとしたが、通信制限が来ていて、電波が上手くつながらない。
「すれ違いになったらどうしよう…」
先輩は待っていてくれるだろうか。
ドキドキしながらくるみは流れる風景を見つめた。
駅に着き、降車して構内を走る。
階段を降り、改札が見えた時、その向こうに真っ白な天使が佇んでいた気がして、くるみは足を止めた。
白いコートに赤いマフラー。さらさらの黒髪。
祈がこちらに気が付き、花が綻ぶように笑う。
「くるみちゃん!」
「先輩!」
改札を出て、くるみは祈を抱き締めた。
「祈先輩、おめでとうございます!」
「うん」
腕を離し、手を取り合って見つめ合う。
祈は瞳を潤ませて言った。
「良かった」
くるみは微笑んで、もう一度祈を優しく抱擁した。
「それはこっちの台詞です。先輩、ありがとう。あたしのためにここまでしてくれて、頑張ってくれて、あたし本当に嬉しいし……先輩のこと、本当に‥‥大好きです」
祈は額をぶつけて囁いた。
「くるみちゃんが居てくれた私頑張れたんだよ。一人なら何もしてなかった。できなかったんじゃなくて、行動すら起こしてなかった」
「あたしも同じです。先輩に会えて良かった」
しばらく抱き合って、身体を離す。
周囲の人が見ていて、恥ずかしくなった。
祈も頬を赤くして、手を繋いで歩き出す。
駅とは逆方向で、二人はしばらく散歩をしてから帰路を辿った。
☆彡 ☆彡 ☆彡
日曜日。
聡美や月ノ宮の家族も含め、全員で「合格おめでとうパーティー」を行った。
みかんが泣きながら手紙を読む。
「せ、先輩は折り紙くらぶを作ってくれてうちは凄く楽しくて…うっ、だから、折り紙くらぶを卒業するのは寂しいけど、大学でも頑張ってください」
祈は笑って、みかんを抱き締める。
「言ってなかったっけ?私、折り紙くらぶ卒業しないよ。第一志望受かったから、帰って来られる距離だし、なにより、私にとって折り紙くらぶは、私の大好きな場所だから」
「うわぁぁん、せんぱい」
感動の大団円を、聡美と太一がパシャパシャと撮影する。
今日は祝いの席という事で、月ノ宮の両親だけでなく、凪やくるみの両親も参加していた。
「いつもお世話になってます~、ずっとご挨拶できなくてすみません」
「いえいえ、こちらも……」
お正月の席にも似ていて、どこかほっこりする。
くるみが眺めていると、祈が視線を送って来た。
祈は立ち上がる。
「ちょっとお散歩してきます、くるみちゃん、行こ」
「はい」
二人で冬の空を見ながら手を繋いで歩く。
言葉はなくとも、視線を交わすだけで十分だった。
公園へ行って、二人乗りでブランコを漕ぐ。
ひとしきり子供のようにはしゃいだ後、ベンチに座って話をした。
祈が言った。
「私、くるみちゃんに会って、沢山好きなものを見つけられた…あのね……生きてて良かったと思った」
祈の瞳が急に潤んだのでくるみは驚いた。
「先輩?」
祈は一筋涙を零したかと思うと、どんどん涙を溢れさせ、泣きはじめた。
祈は涙声で言った。
「病気の時も、なんで生きるのってこんなに大変なんだろうって思って、退院してからも、これからも同じくらい大変でつらいって思ったら、すごく…死にたくなるような時もあった。でもそんな時に、くるみちゃんと会えた。くるみちゃんは不思議なくらい私のために尽くしてくれて、まるで真っ暗な闇の中で輝くお星さまみたいだった」
祈は息を整えて、続ける。
「テストがあって部活があって、憂鬱で怖い「明日」がいつの間にか怖くなくなってた。くるみちゃんや皆に会うのが楽しみで、毎日が楽しくなった」
くるみは祈の手を握って言った。
「あたしは先輩に一目惚れしました。それはあたしの思い描いていた恋とは全然違って、色々戸惑ったりしたけど、これが本当の恋なんだなぁって知りました。あたし、先輩のためなら空だって飛べちゃう気がします。これまでもこの先も、ずっとずっと、大好きです」
祈も微笑み、涙を拭って溌剌と言った。
「私分かるんだ、くるみちゃんといると、どんどん素敵な自分になれる。だから、これから先も楽しみ」
「同じ気持ちです」
その時、公園にうめを連れたみかんと凪がやって来た。
うめがこちらに気が付き、走って来た。
「あら、うめたんどうしたの?」
「あしたはなんのおりがみする?」
くるみと祈は顔を見合わせて笑った。
祈は言う。
「まず明日の事ね。ちょっと難しい折り紙が折りたいな」
「桜とかどうですか?」
「季節にぴったりで良いわね」
二人はそっと指先を重ね、淡い水色の空を見上げた。
読んでくださりありがとうございました!
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