Xホールへようこそ
ぶっ……部長っ?
えええっと、この展開はルールにありましたでしょうかっ?
……あったっ? 本当ですかっ……?
えっと、具体的に……ええ、ショウの妨害に関する項目……?
……ほ、本当です、でもショウという表記は……?
あれっ? この資料、古くありません?
あのっ、部長っ? 転送していただいた例の資料ですが……。
それにXホールっていわゆる虎穴のことではないんですか?
こことは関係ありませんよね?
あの、部長……?
……部長?
もしもし……?
もしもーし!
部長っ、これからどうなってしまいますかーっ?
わたしはどうしたらよいのでしょうかーっ?
……返事がありません……。
もぉう!
いっつもこれです! おざなりなおざり置き去りばかり!
ひどくないですかっ? ひどいですよねっ?
交戦の最中、死ぬ気で割って入ることも稀ではありませんし、救援対象に攻撃されることだって皆無ではありません、現場ではいつもみなさん目が血走っています、恐慌、狂騒、狂気の沙汰も珍しくないのです……って、あれっ、それは何ですか?
撃つんですかっ? どなたにっ? ……ああ、あの選手ですか、不思議ですよね、先ほどから新しい同一人物が現れていますし……。
あっ、本当に撃つんですね、後ろの方は大丈夫ですか? 無反動砲でしょうし、熱波が吹き出されるのでは?
ええ、私は一応、姿勢を低くしておきます。
はい、いつでもどうぞ……!
さて問題はどうやって逃げるかだ、ドンパチに巻き込まれる前に何か一気に逃げられるような……そう、足の速い乗り物とかないか?
「ルナ、逃げる足が必要だ、ここに何かないか?」
『何のお話ですか?』
「いやほら、戦場になるならゲームどころじゃないだろう?」
『お待ちなさい、記録にある限りではゲームに中止はありません、ですがここまで大規模な妨害も前例がないはず……事態がどう展開していくのか予断を許しませんね』
えっ、中止しないのっ?
はああああ……?
「いやお前、なんか戦艦が来ているんだろうっ? もろとも踏み潰すためにさ……! とてもゲームどころじゃねーだろっ!」
『その訴えは司会者にこそ向けるべきではありませんか?』
そ、それはそうだな……!
『お待ちなさい、表現には気をつけて、ゲームの中止を要求するような直接的な言動は極めて危険です、わかっていますよね?』
「ああ……!」
趣旨に反するなっていうんだろ、わかっているさ……!
「はい! 司会の人に質問です!」
『はーい、何でしょーかっ?』
エジーネあいつ、事態がわかっているのかっ……? 司会者ってことはお前もここを離れられないってことだろうっ? なんでまたそんなへっちゃらな感じなんだよっ……?
「えっと、大変な事態になったようだけれど、ゲームの維持は大丈夫なのかなぁっ?」
ゲームが続行できるか心配する方向性なら大丈夫だろう……!
『はい、ご懸念は理解できます! ですが中止、中断はありませんのでご安心くださいー!』
ちくしょうっ、中止でいいだろうがよっ?
もうやめよーぜマジでさぁああ……!
『そもそも武力介入はルール違反ではありませんからね! ゲーム外の出来事ですので!』
くっ……それはまあ確かに……! チェスのルールに外圧は想定されていないわな、しかしチェス盤をひっくり返したらやはり負けじゃないのかっ?
いや……だから観客から撃たれまくっているのか、それでもまた姿を現しているがな……!
つーかあの死んでは現れる様子はもはやコメディ劇だぜ……!
『なので! なのでなのでぇっ! はい! これから何が起こるのか! みなさまぁーっ?』
うっ……! うおおおおっ……?
かつてない、満場一致の大歓声、拍手っ……!
何が、どうしたっ……?
『そうですっ! Xホールへの移行をここに宣言いたしますっ!』
……なにっ?
何を、いっているっ……?
また輝く紙吹雪が舞い始め……!
花火まで……上がり始めた……。
『ご存知Xホールでは必要に応じてコミュニティの規模を拡大する権限が付与されます! この場合、その上空をも含めたロア全域をそれに指定するという程度でいかがでしょうかっ?』
……会場は、依然として満場一致であろう拍手が……轟き続けるばかりだ……が、上空? 上空とは何だ?
『はーい、ありがとうございます! ですがこれはベィードゥ選手の発言と大規模戦力の接近、この二つの要素の関連性をここに認めた場合での展望となります! ですので! 待ってあげますよぉー、十分間ほどは! さてベィードゥ選手、本当によろしいのですかぁー? 先ほどの発言を撤回するおつもりはありませんかぁー?』
……当然だろ、撤回なんてものは……!
いくらクソ田舎もんでもわかるぞ、ここはすぐさま発言を撤回するべきだ……!
「ない……いや待て」
ああっ? 何を悠長な、操り人間師、ベィードゥが何か……耳元を触っている、通信している、お伺いでも立てているのか? いやお前、こんなに明白な事態なんだぞ、さっさと引き下がっとけよ……!
「あいつ何をモタついているんだっ?」
『Xホール……』ルナだ『ロア全域に拡大……全域とは……なによりここと虎穴に何の関係が……地下で繋がっている? あり得なくはないがいかんせん距離が遠すぎる……』
虎穴、コーナーが潜っていたらしい……洞窟、あるいは遺跡のようなものか?
『……やってくれましたね、あの莫迦王子め……。ですがいくらド阿呆でも……』
莫迦王子……?
「何だ、その王子とやらは……?」
『……カタヴァンクラーですよ、有力者……ある種の貴族のようなものです』
カタ、ヴァンクラー……?
「……えっと、コルネード・カタヴァンクラーの関係……?」
『……いえ、コルネードは一族のはみ出し者ですから大した力はありません、いま戦艦を差し向けているのはペリオトロン・カタヴァンクラーでしょうね』
カタヴァンクラーの、一族……。
『カタヴァンクラー家はジクサスを家主として半世紀ほど前より影響力を強めていましたが、現在は高齢であまり元気がなく、その長男のダスニーグは一昨年から行方不明です。そんな折にジクサスの孫、ダスニーグの次男であるペリオトロンが急遽、台頭してきまして、方々の揉め事に首を突っ込み嫌がられているというのが大まかな状況です』
「その莫迦王子さんが介入してきてこのザマだって? しかしコルネードは俺と同様のフィンだ、この地の有力者にフィンがいるのか?」
『ええ……フィン系も複数存在しますよ。ですがカタヴァンクラーは首狩り貴族として成り上がりましたからね、成金のようなものです』
「成り上がり……首狩り?」
『つまり、どんどんやってきてこの地を荒らす輩どもを狩ってあげることで名を上げたのです』
「……まさか、だから……」
『ええ、ですから操り人間を多数、保有し配備できるのです』
……冒険者もある種の輩なのは否定し難い……が、フィンの冒険者を狩っているのもまたフィンだっていうのか……。
『首狩り需要はニワトコの謀反より規模が急速に拡大し……いえ、歴史の授業をしている場合ではありません、今はこちらの拡大が問題ですね、もろもろの疑問を司会の彼女に聞いていただけませんか?』
「あ、ああ、わかった」
……というかベィードゥが率先して尋ねないのはなぜだ? 慌てて相談し始めているところを見るにこの展開を予想していたとは思えないが……。
「あのっ、司会の人にちょっと質問があるんだけれど!」
『はーい! どうぞローミューン選手!』
「拡大って具体的にどうなるの?」
『はい、先ほども申し上げましたとおり会場規模が拡大されロア全域となります……が、そこでクエスチョン! どういった理屈でそうなるのでしょーかっ?』
はあっ? なにあいつ、ルナみたいなことを言い出すなよ……!
しかしなぜ、なぜか……?
なぜって……。
「……なんで?」
『考えてみてください!』
いやもう、普通に教えろよ! 流行っているのか? 会話にクイズを混ぜるやつ……! 切羽詰まっているときにやられると普通にクソうざいんだがっ……?
ああくそ面倒だが……まあ、ベィードゥ側の戦力が襲来するって話と関係しているんだろうし……ようはその戦力をこのゲームに……参加させるため?
……そうだ、ニュアンスが奇妙だ、普通は迎撃とかそういう話にならないか? なのに拡大、会場が拡大する、戦艦の襲撃という規模に合わせて……。
「……まさか、介入者は内包されるのか? 戦艦が介入するならその巨体、行動力に合わせて会場を、観客席を……」
拡大、しなければならない……!
『すごい! 巨大正解! そのとおりですーっ!』
会場から拍手の雨が降ってくる……。
「外敵性のある対象を内包するためには観客の定義をも拡大しなくてはならないからですねー! そうです、拡大した会場、つまりこのロア領域にいる選手と司会者以外の全員が観客となるのです!』
なっ……?
なにぃいい……?
自分で答えておいてあれだが、いや確かに! そういう理屈になっちまうのかぁっ……?
『その際、必然的にXホールへの参加権が得られるというわけです! おめでとうございます!』
……何がっ?
「そっ、そのXホールって何だっ?」
『Xホールとはバッファーズが提唱する仮想幽玄機構の一例です! 仮想幽玄機構で有名なのは超低密度構造体、俗にアイテールと呼ばれる異質な大気ですね!』
なになに、初めて聞く単語がいくつかあって訳がわからねぇよ! だが、かの低密度構造体と同様とは……?
「いやよくわからんっ、どういうことだっ?」
『ざっくり説明すると、オートワーカーが管理する理想社会でしょうか!』
理想、社会……。
『……ホールは、穴という意味だけではない……!』ルナだ!『ああ、パーツ、コンポーネント、部分や部品、一部があるなら全体だって……!』
ホール、全体、WHOLEか……。
『……どうして気づかなかったんだろう? Xホールは未知をも想定した全体という意味だろうか? 未知、あるいは神、あれをも想定している……? これは、かなり不味い……』
ああ、よくわからんがそれだけは確かといえるだろう……! しかし事態はもっと直接的だ……!
おい早く答えろあの野郎! 早く否定しておけっ……!
『はてさてベィードゥ選手、そろそろ確定すべき時間ですよー! あと三十秒以内に返答がなければ決定といたします!』
「ああ……回答があった」ベィードゥだ「先の言動は……」
うっ! ああっ? 奴がまた撃たれた、しかも! 奴の背面側通路にっ……!
「あああっ……?」
飛翔体っ、通路に入っていきっ、爆熱が吹き出したっ! 何か砲弾、ミサイルッ? が撃たれたかっ、床が揺れる、あちちっ、余波がこっちにもっ……!
『当然か……!』ルナだ!『おそらく撤回をしようとしたのでしょう! だがあまりにも遅すぎたっ……!』
「くっ、発言の途中だったろ、あんなのありかよ!」
『もちろんです!』エジーネだ!『観客の皆さまがいつなんとき攻撃をしようが自由ですので!』
ならば拡大は……機械人間にとってのお望み通りってわけだ! まああれだけ大喝采をしているんだから当然だろうが!
つーかさらに追撃かよっ? 黒煙を噴いている出入り口に重武装の機械人間たちが……どんどん入っていくっ……!
『はい、それでは決定です! これより上空を含むロア領域がXホールとして承認され、選手と司会者を除くロア内にいるすべての知的存在が観客となり得ましたー!』
……観客に、なった……。
なってしまった……ということは……。
こっ……これは不味いっ……!
ヤバすぎるっ……!
「ルッ、ルナ!」
『ええ、ええ、信じられない展開です、予測不可能な状況へと突入しましたね……』
「それどころじゃない! ルールを思い出せ、生命体は選手のいる部分に介入できなかったろ、だがすべて観客扱いにするというのなら……!」
『ああっ……元帥ですね……!』
そう、観客として見なすなら機械人間たちと同様の扱いになる可能性が高い! つまり攻撃できる、いつでも俺たちに手を出せる状態になっちまったとみなせるんじゃないかっ……?
『ですが……先のルールと矛盾します。生命体は競技フィールド、つまりその議論会場に干渉できないはず……』
「しかし状況はXホールとやらなんだろうっ? それがどういうものかよくわからんが、何らかの、より深い規定が採用されている可能性が高い……! 楽観は厳禁だろう……!」
つーか、司会者に確認できねーんだよなぁああ……! 攻撃できないという言質が取れればいいが、できるといわれたら墓穴を掘ったも同然だ、元帥がどういった解釈をしているのかわからないが……しくじる可能性がある以上は不用意に聞けないぞ……!
「くそっ、元帥はどこまで把握できているっ? 計算づくだっていうのか、この展開すらも……!」
『……わからない、わかりません、例の莫迦は操られているとしても……元帥が操っているとしても……可能なのでしょうか? 軍人はディープな事態に直面あるいは関与はしても……ここまで高度に国家間的、政治的な状況を扇動するなど……』
「悪いがルナ、クソ大問題はまだあるかもしれん、エジーネは拡大にあたって上空という単語を含ませていたっ……!」
『ああ、ええ……なんてこと……』
最悪を遥かに超越しやがって、もう笑っちまうぜ……!
闇の空に見える、赤い複数の光が、クソ案の定かよ、上空にかつての殺戮兵器が鎮座している……! ゆっくりと、降りてきている……!
アフロディーテ、あるいはダイモニカス……ゴッディアを滅ぼした凶星が、また姿を現しやがった……!
『ですが……此の期に及んで臆したか……!』ルナだ『戦艦が、動かない……!』
ビビるのは当然だがな……!
「……勝てる見込みなんてものは……」
『現状では皆無でしょう、ですがアフロディーテが動き出したとなれば各勢力も動き出すかもしれない、戦力をかき集めれば多少はやれるかもしれません、介入したからには責任をとってもらわないと……!』
そうはいっても近くでドンパチされても困るんだがな……!
『ああっ?』
今度は何だよ!
『ロアが……!』
なにっ?
「どうしたっ?」
『ロアに明かりが! よ、蘇るっ……!』
蘇る……?
『建物に明かりが……灯っていく……! まさか、アフロディーテ……まさかそうなのかっ……!』
なにがっ……?
『さてベィードゥ選手、今度は戻ってきませんねーっ?』エジーネだ!『はーい、ヴァルザック・ベィードゥ選手、リタイアでーす!』
観客席から拍手が巻き起こる……!
元帥の部隊は……まだ動きを見せない……!
『なお現状、討論会場の拡大は行われない予定です! 選手の皆さまは変わらずその場所でご発言くださいねー!』
くそっ、逃げ場がねぇ! 席を外すほどにリスクが増すし……!
他の選手の様子は……イザベラは相変わらずだが司祭と商人はさすがに動揺しているようだな、ここまでの事態になるとは思わなかったか、俺もだよ!
『さあみなさん発言をどうぞ! すべきことはなんら変わりませんよ!』
議論しろっていったって……!
ああくそっ、冷や汗が止まらん、あの元帥たちが……その圧が、リアルすぎるんだよ……!
『おっとここでサブテーマの追加がありました! 理想社会についてです! 先のサブテーマ、女神は実在するのか、するとしたならば我々の為になるのかについても継続して話し合ってくださいね!』
理想社会だと……。
『……レクさん』おっと中尉だ!『もはや意地を張っている場合ではありません、お父さまと対話をしようと思います、説得できるかはわかりませんが……』
いずれにしてもだ……。
「……そうしてくれ、彼らは俺たちよりも遥かに事態を把握しているらしい、これは……すでに俺たちだけの話じゃない、人間社会、人類規模の問題となりつつある、少しでも情報を得てきて欲しいんだ……!」
『まさしく!』ルナだ!『ここでしくじると人類が大打撃を被りかねない! ヴォラッフ元帥が狂っていないとしても、事態を制御する力があるかどうかはまったく別の話です!』
『了解、現タスクが終了次第、交渉に向かいます』
ああ、俺とていつまでもびびっているわけにはいかない、これまでだってそうだ、なんらかの行動によって危険な状況を……まあ結果的にはくぐり抜けてきたといっていいだろう! だからこそ行動にでなければ……!
「……り、理想社会がどういったものなのか……それには諸説あると思うんだけれど……」
うおっ、観客が一斉に俺を見やった……! ええいビビるな俺、ここで攻めなきゃいつやるんだよ……!
「……な、何のための理想社会なのか、その土台の上にどんな樹木が育つというのか……ええと……なんかこう、夢があるよなっ?」
ああもう、何をいっちゃってんの俺っ? あるよなっ? じゃねーだろうがよ! もっと意見を整理して建設的なことを……。
……って、何だっ?
何だっ、この、猛烈な拍手はっ……!
『素晴らしい! その通りです! 目的、目標、到達点は果てしないからこそ夢がある! そう夢! 夢こそが人間である証とすらいえるでしょう!』
いったい何だ、なんなんだ……!
『夢の否定を現実などと表現し、老いて朽ちるのが成熟だと人はいうでしょう! ですが彼らが魅力的でしょうか、彼らのようにありたいでしょうか! いいえ! 彼らから学べることは何もありません! なに一つない!』
何だ、何の話をしている……!
『夢は人間の特権です! 人間の果てなき夢! 人間であればこそあるでしょう! どれほど無謀でも、あり得なくとも、人間ならば夢を見るべきです! ないならば求めなさい! 求め見つかるまで彷徨い続けなさい! ああそうです、生きるということは夢なのです!』
夢……。
機械人間たちは、人間の夢に……。
『ああ……もう』ルナだ『オートワーカー……彼らはいったい何なのでしょう……? 私にはわからない、彼らが何を想っているのか……』
しかし……奇妙な感覚がある、あの機械人間たちは……まあ攻撃もしてくるし危険であることは疑い得ないが……なんというのか、思ったより人間のことを考えてくれているんだなという不思議な感触がある……。
まあ……とにかく印象はよくなったらしい、今のところ俺への支持がもっとも大きくなったようだしな……って、あれ?
……そうか、だとしたらさすがに抑止力となるか? いくら元帥の部隊でもあの巨大兵器は相手にできないだろう。議論が活発な最中、ましてや一番人気の選手を身勝手に攻撃していいはずもない、だとしたら論調が調子づいている限りは仕掛けられないんじゃないか……?
そう、だと思いたい……! いや、そう思い込もう……!
このままじゃ重圧で潰されかねないしな……!
よし、他の選手の様子はどうだ……?
「……他の奴らは……目立った動きがないな?」
司祭と商人の動揺は見て取れるが……混乱しているといったほどでもなさそうだ、さすがに胆力があるらしい……!
『……今のところは。ですが必ず仕掛けてくることでしょう』ルナだ『特にイザベラ、先ほどのようなことを口走っておいて手段がないとは思えない、彼女らは何かとてつもない戦力を保有しているとみるべきでしょうね』
「このゲームに参加した動機も気になるな、あいつの考えを世の中に押しつけるには……」
『ええ、あれを呼び寄せるつもりなのだと思います。加えて元帥との関係も疑われるところでしょうが……』
「組んでいるって?」思想的に関連性はあるようだがな「なんとなくだが、そういう空気は読み取れないかな……」
『ともかくまた離席を、おそらく彼らもそうすることでしょう』
「どうして?」
『ステッカーですよ、我々も観客なのですからそれを付ける権利があります。そこにありませんか?』
「ある……」
『持ってきてください、各自に配布します』
「でも、それによって危険にならないか?」
『とにかく配布はしておくべきかと思います』
「そ、そうか……」
ではいったん離席するか……。
『おおっと離席の合図が相次ぎます、各選手、それぞれ議論会場を離れましたー!』
ルナの読み通りか、俺の離席に合わせてきたな。誰かが動くのを待っていたんだろう。
しかしいっときでも元帥の部隊と離れられるのはありがたい、抑止力があるとはいえ、ちょっと上を見ると視界に入るからすげぇ気になるんだよ……!
『議論会場に選手がいない場合は司会であるこの私もフリーの身となります! お気をつけくださいね!』
……気をつけろ、とは? まあいい、さっさと行こう……と、通路の出入り口付近にまたルナの姿があるな……体の各所に様々な装置がくっついている……?
「ものものしいな」
『こちらも本気です……といっても通信機器やバッテリーばかりですよ、ルナ・ネットワークを総動員し状況に対処をする所存です』
でかいところが動いてくれるといいがな……。
『事態は最悪以上ですが、私たち陣営の状況そのものはやや好転しつつあります。ですがもう少々この辺りでお待ちを』
「ああ……」
『それにしても……次から次へと未知のルールがでてきますね。いったいどこから指示をされているのでしょうか?』
ルナにもわからないのか……?
「元老や機械人間じゃないの?」
『まあそうなのでしょうが、どのように協議をしてルールを決めているのか不思議ではありませんか?』
「まあ……」
『ショウだのゲームだのと軽薄な色使いをしていますが背景は絶大なる戦力で裏付けされているといわれてきました。そしてその噂の真相が今回、明らかとなりつつあります。人類の多くがあずかり知らぬ場所で突如として開催されるこの大会議が何なのか……その実態を知る者はほぼおらず、その影響力も具体的にどういうものなのか……まあ、わからないことだらけなのです』
「だろうな……」
マジで唐突かつ意味不明に始まってこの有様だしな……!
『ところで彼女です。彼女は一応、あなたの妹だそうですが』
「そこまで……」
いや、あそこまで調べているんだ、知っていて当然か。
「……ああ、だが血の繋がりは……ないかもしれない」
『彼女は敵ですか? 味方ですか?』
「……わからない」
俺にコケティッシュな言動を向けてはくるが……はっきりいってあいつの嘘と本音を見極めることはできない……。
『エジルフォーネ・ダイナメルハ・リンカフフレス。リンカフフレスは有名ですね、シュッダーレアもそうでした』
ああ、ゼラテアが何かいっていたような……。
『かの名には凄まじい実力者が多い。血筋というより世襲なのかもしれませんね』
世襲……お前みたいにか。
『突如として現れては圧倒的な実力をもって状況を激変させることで有名なリンカフフレスですが偽者も多い。ですが彼女は本物でしょう、ただの新参者がコンポーネント・ゲームの司会を任されるわけがありませんから』
ああ、俺だってびっくりだよ……。
『ブラッドワーカーからの誘いを受けてこの地へとやってきたそうですね』
「ああ、どうにも俺への脅迫材料として狙われたようだが……」
『しかし彼らはほぼ壊滅してしまった。表のリーダーであったジュライールは行方不明、裏のそれであるルーザーウィナーは死亡し、他のメンバーも……なんらかの異常事態に見舞われ、そのほとんどが死亡しています』
そう、何かあったらしいが……。
「ジュライールは軍隊蟻に攻撃しておそらくターゲットになった」
『ならば死んでいる確率が高いですね。そして彼女ですが、ニワトコ子飼いの凶賊たちを始末した功績を買われたのかもしれません。ブラッドワーカーは雲隠れが得意で、非常にタチの悪い集団として有名でしたから』
なるほど、それで有力者の目に留まったというわけか……。
そして、きっかけさえ掴めればそこはあいつの独擅場となる……。
『……黒い影のようなものを操る魔術を確認しています。あれが私の予想通りのものだとしたら悪辣な雑兵どもを壊滅させるなど容易いことでしょう』
「……どういった魔術なんだ?」
『具体的な効果は不明ですが、触れると危ないということだけは確かです。必ずよくないことが起こる。そしてよくないことはよく周囲にその影響が伝播するものです。結果は連鎖的に、悲惨なものになることでしょうね』
……あいつらしい魔術だが、あいつの怖さはそういった力ばかりではないところにある。あいつは人の心に容易く入り込み、操る能力に長けているからな……。
……しかし、かの凶賊集団も終わりはあっけないものだな。しょせんは弱いもの虐め専門の烏合でしかなかったわけか。
奴らはニワトコからも忌み嫌われていたようだが、凶悪だからこそ利用価値もあったんだろう、しかし旧メンバーが去り、組織の中身が入れ替わった後は宙に浮いた危険な集団でしかなかった……。
「……奴は、ヴァッジスカルは本当に死んでいるのか?」
『ええ、確認はされているようです。オートアーミーの体を手に入れるとは思い切ったものですね。それほどまでにニワトコやあなたを倒したかったのでしょうか』
まあ、俺だけが狙いではなかったと思うがな。
『彼は思いの外あなたに執着して……いえ、どうでしょう』
「……なんだよ?」
『いずれにせよ死人にできることは少ない。前後の動きを考えても大きな仕掛けが動くこともないでしょう』
まあ奴自身、サーファーに例えていたからな。仕掛けがあるにしても力技ではないだろう。
『さて、これから予想される動きですが……他の選手も仲間にステッカーを配布し、攻勢に出てくることでしょう』
……俺が命懸けなのはさておき、観客化させられたみんなは状況的にかなり危険となったな……。
『中尉やクゼツ翁とてあなたを守り切れるかはわかりません、攻めた方が効率がよいでしょうか……微妙なところですね』
「中立というのは安全性が担保されている……わけではないか」
『中立の者を積極的に攻撃するという姿勢は作為的に過ぎて印象がよくないと思われますが……オートワーカーの判断は予測が難しいですからね、立場を確定させた方がよいこともあるでしょう』
だからとりあえず配布はしておこうって話か……。
「やはりフェリクスや皇帝たちが危ないよな、どうにか避難させられないかな?」
『彼らはすでにスタジアムから出ていますよ』
「えっ、そうなの?」
『一団で去っていった姿が確認されています。ですので残った非戦闘員はディガー・カルオくらいのものでしょうね』
去った……一団で? ひとかたまりで、あいつらが……?
中尉の部隊に拘束された上にこの事態だ、結束が高まり仲良くなったとか?
……いやいやあり得るか? そりゃ可能性はゼロじゃないだろうが、かなり低そうだろう……!
「ちょっとおかしいな、あいつらが仲良く行動するなんて……」
『そうですか? では逃げた一団を追うもう一団の構図でしょうか?』
それは……そっちの方があり得るか? でもどういう状況だよ?
フェリクスらが逃げて奴らに追いかけられる、逃げる奴らをフェリクスらが追いかける、いずれにせよ鍵となるのは……。
「まさか、皇帝か……?」
あいつ、クラウザーか、皇帝を気に入ったらしいしな……。
「皇帝を狙ってあの残党どもがフェリクスたちを追っている、もしくは皇帝が奪われて残党たちをフェリクスたちが追っていった……いずれにせよ……」
『あの、その話をしている場合ではありません、今は……』
「いや、仲間の安否がかかっているんだぞ……!」
ルナはうぇええ……とうなり、
『……はあ、わかりました、では……そうですね、あの子供を使いましょうか』
「子供? ピッカか?」
『ええ、寝こけていますが餌を吊るせば動くでしょう』
「おいおい子供を……」
『ここから離れさせた方がよほど安全ですよ、雑兵を片付けるにもちょうどよい戦力ですし』
……う、うーん、まあ確かに……。
「わかった……そこは任せるよ」
『ところで皇帝とはいったい? 重要人物として心当たりはありませんが……』
「ああ……えっとアンジェ……アンヴェラーだったか、なんとかフェルガノン? だったかの五世だよ。滅びた帝国の子孫だとか」
『フェルガノン……ああ、ドラゴンブラッド被験者五十二号関連の案件ですね。一族郎党皆殺しに遭い、帝国が傾く大きなきっかけとなったとか』
まあ外界においても大きな事件なんだろうし知っていて当然なのかもしれないが……こいつなんでもご存知だなぁ……。
「その件に生き残りがいたらしい。それが皇帝なんだけど、何やら知りたいことがあるようなんだ。起源だかルーツだかって話だったような……」
『だからといってこんなところにまで? ずいぶんな行動力ですね、作為しか感じられません。帝国などニワトコのスケープゴートにしか過ぎませんよ、猿回しの猿です』
いや……おいおい簡単にまとめ過ぎだろう……。
『ただ、ここに情報があるという点に限っていえば正しいのかもしれません。なぜならロアは超巨大コンピュータだという説がありますから』
「コンピュータ……」
『機械の脳髄、電脳ですね。そこには世界中、ありとあらゆる情報が蓄積されているとかいないとか、有名な噂ですが本当かどうかはわかりません。この下にも超巨大な地下施設があるといいますが、一説にはすべて含めて超巨大ロボットであるとかいう説もあります』
ロボット……?
「……壮大、だなぁ?」
『ええ、ですが眠ったままの都市です、沈黙するばかりである以上は確認の仕様もなかったのですが……』
「……なにやら起きたとか」
『ええ、おそらくかなりの領域が起動しました……』ルナはうなる『当初は完全に蘇ったかと思ったのですが……それでも史上最高の起動率でしょう』
「だがこの建物だってちょっと前から動いているだろう? そんなにすごいことか?」
『すべての建造物の電源を入れる計画が時折実行されていますが、これまで失敗に終わっている経緯があるのです。いつの間にか電源が落ちてしまうとか……』
へええ……?
『一説によると一定以上の人口が必要なのだとか……たくさん来ればそれだけ起動部分が増えると……。今回、その仮説が実証されたのかもしれませんね』
人口が鍵、か……。
「あ、そうそう、皇帝の話に戻るけれど……」
ルナは露骨に嫌そうな顔をする……。
『あの、現状を鑑みればさすがに瑣末な問題でしょう、それより朗報です、捕縛されていた中尉派の人員が二名、合流したとのことです』
「おっ、解放されたのか」
『まあそもそも同胞ですし、手酷くはやらないでしょう。それにこの異常な状況に対し少佐も思うところがあるようです。あるいは彼らをも仲間に引き入れる、もしくは敵に回らなくなる可能性がありますね。クゼツ翁が倒した隊員も軽傷です、しっかりと手を抜いていただけたようで』
意外と……なんていっているとさすがに失礼に思えてきたが、意外とあのじいさん、先を考えて行動してくれているなぁ……。
『状況は最悪の極みですがすべきことをするしかありませんね、観客からの人気が上々なことが救いです』
まあそれだっていつまで保つかわかったもんじゃないがな……。
……いや、あるいは……。
接触する必要があるかもしれないか? あの機械人間たちと……。