無貌の力
並べ、そこへと並べ。
一律に並べ、そして殴られるのを黙って待て。
離席はいいが……通路出入り口付近で突っ立っていていいものか? 観客から文句をいわれそうだが……。
「ここにいるなら議論をしろって思われそうだが……」
『少しお待ちを、ヴォラッフ中尉やクゼツ翁たちにお願いをし、安全確保をしている最中です』
「そうか、素直に動いてくれたか?」
『それはもう。口実を得て実に嬉しそうに獲物を探していますよ。一見して非常識な雰囲気ですが、意外というか理由なく人を襲う真似はしないようですね』
前に俺を一撃で昏倒させやがったけれどな……。
『警備や人員配備のサポートは私と中尉がいたします。チーム内でこのスタジアムの構造を熟知しているのは私たちだけですからね』
「ああ、そこはお任せするよ……」というか?「あれ? 面と向かっているのにまだこっちから声がするけれど……」
『ええ、盗聴防止のため私の言葉はすべて裏窓を通しています。あなたにもその機能が使えるはずですので必要に応じて利用してください』
「どうやって使うの?」
『ナビゲートシステムに頼ってください。先にもいいましたが、あなたの裏窓はあなたに合わせた成長をします、いろいろ試してみてください』
そういやそうだったな……。
でもこいつは絶対にお前の……。
『さてどうしましょうかね、理想は結託して総戦力でヴァオールを叩くことでしょうが……』
……うーん、軽い夢物語、かもな……。
「あいつらまったく協調する気がなさそうだしな……」
『私たちの陣営にクゼツ翁がいるように、各選手たちも相応に実力者を連れてきているはずです。もし協力関係に持ち込めるなら……狙い目なのはイザベラでしょうか』
えぇ……?
「よりにもよってあの正気じゃなさそうな奴ぅ……?」
『もしくはヨ・ズハーか。各方面からの証言から推察するに、司祭は遁走術、あるいは移動術が得意なのかもしれません。姿を消したり瞬間移動をしたり』
「交戦の役には立たないって?」
『取り巻きもフィンの神秘術師系でしょうし、その実力もあまり期待できません。またあの操り人間師は所属的に協調は見込めませんし、しない方がよいでしょう』
「でもあのテロリストと商人は違うって?」
『真紅の鷹には凄腕のメンバーが複数人いますし、ズハーは最高クラスの傭兵を雇っている可能性があります。ストームメンとも契約をしているのは有名ですし』
……ストーム、メン?
「……えっ、俺そいつらに狙われているんだけれどっ?」
ルナがうぁーおと顔をしかめる……。
『そうでしたね……ナンバーゼロがいないことを祈りましょう』
はああ……?
『といっても、彼らがあなたと組むメリットを感じないと意味がありませんが、何か餌はありますか?』
「あると思うか?」
『……当面は印象をよくするためサブテーマに集中しましょう。その間に何か策を考えておきます』
しかし、商人はともかくテロリストと一緒になんて嫌だぞ……。
『ちなみにオートワーカーはあれを敵視している可能性があります。女神の存在を不用意に肯定しない方がよいかもしれません』
敵視……って、
「お前それ先にいえよ……! 立ち回り方が変わるじゃねーか……!」
『あくまで可能性です。あの機械たちはなぜか神なるものに対抗意識を抱いているようで、今夜のようなサブテーマが出題されることも珍しくないのです』
「じゃあ……あの司祭とかヤバいんじゃないの?」
『崇める神が違いますし、ある意味において否定していますからね。なにより信仰者を殺しても抜本的な解決に至らないでしょうし』
なるほど……?
『それとイザベラですが、彼女が選出されているのも何か意図がありそうですね。行動だけ見ればオートキラーと似ていますし。ちなみにオートキラーとはワーカーが変貌し殺戮マシンになっている状態のことです』
殺戮マシン……あの軍隊蟻のような、か……。
「どうしてそうなる……いや、特派員の口ぶりからして原因はよくわからないのか」
『そうです。断片的に得られている情報はあるものの、その真相がありのまま語られることはないようですね』
「機械人間たちにもよくわかっていないんじゃないの? あるいは本能的なものみたいな……」
『その可能性もありますが……』
けっきょくよくわからないってか……。
「……というか、選手の人選はどうなっている? どいつもこいつもうさんくさい奴らばかりじゃないか。とくに俺なんか馬の骨もいいところだろう。死にづらいとかいっても似たような奴が他にもゴマンといそうなもんだ」
『元老でしょうね』
元老って……。
『もちろん外界のそれではありませんよ』
「こっちの元老、お偉いさんが決めた……?」
『オートワーカーの意見も取り入れられている可能性はあります』
そうか……まあそうだよな、権力者の虫かごに突っ込まれているんだ俺たちは……。
『元老は各種族から三人ずつ選出され構成されているといいます。ギマ、ウォル、パム、ディモの四種族です』
「俺たち……フィンはいないんだな」
『外界のがそうですね。もっともニワトコはコピー組織に過ぎませんが』
「……コピー、複製って……」
『意図的に組織を複製するのです。もちろん構成員は別ですが、それゆえにシステムの強度が試されるという理屈だそうです』
「ええっと……つまり外界の元老はここの元老の真似をしているって?」
『ええ、正確には倣っているようです。スミスという人工知能がその同期度合いを確認し、必要に応じて進言をしているようですね』
スミス1、あの男か……。
『ですがゴッディアの消滅を契機に乖離が始まり、近年は暴走状態にありました。そして抜本的な修正計画が実行されましたが、その現場をあなたは目の当たりにしているはずです』
「それは……もしや」
オルメガリオス大聖堂でのことか……!
「まさかレオニスは……」
『ええ、その尖兵です』
……そうか、そういうことか……。俺たちはまんまと利用されていたわけだが……あれは奴の独断などではなくさらなる黒幕がいたってわけだ……!
思えば少し奇妙だったかもしれない、ニワトコなる外界の元老たちがあっさりと姿を消したところが、あのスミス1がレオニスを早々に受け入れたことが……。
しかし暴走とは、あの元老たちは何を考えていた……いや、ハイ・ロード関係で何か進展があったようだったな?
「外界元老……ニワトコがあっさりとその立場を手放したのは……やはりハイ・ロードが理由なのかな?」
『そうでしょうね』
「奴ら、何かの薬品で一気に若返ったんだ」
『ええ、彼らにはもはや時間がないはず、つまり近いうちに何かが起こることでしょうね』
まさか……。
「ハイ・ロードが復活するのか?」
『少なくとも彼らはそう見極めたのでしょう』
「じゃあこんなことをしている場合じゃなくない? 俺らより本命がいるってことだし……」
『アムトはロードゲイザーの一人に過ぎないという考えがこちらでは一般的ですからね、仮に復活するにしても細事でしょう。ホワイトサムを筆頭に一部の勢力にとっては彼こそが唯一無二たる神の子ですが』
アムト……?
「あれ……ハイ・ロードってそういう名前だっけ?」
『まあ、ハイ・ロード関係はあれこれ面倒なのですが、私の知見においてはアムト・ドロローサのことをいいます』
アムト、ドロローサ……。
『彼はワイズマンズ最高傑作の一人、ワイズマンズとはニワトコの人員がより以前に所属していた組織の名称です』
ワイズ、マンズ……。
どこかで聞いた? いや……あれか、あの乗り物……。
『アムトは別名オルメガリオスともいい、訳すと原初たる大イオスといったところでしょうか。イオスはEOSのことで、EOSが何の略称かには諸説あります』
「……例えば?」
『Eはエリクシールである可能性が高いとされています。エリクシールとは古い古い伝承にある架空の万能薬のことですが、意味が転じて現状では病んだ人間社会を癒す特効薬的な役割の人材といったところでしょうか』
「……あるいは、救世主のような」
『そうです。彼らはよく防御や治癒、解呪、摂食など聖秘術に分類される異能を発現させ、また和解や調和の橋渡しとなることが多いとされています』
しかしエリクシールか……。
『エリちゃんもエリクシールと見なされてしまいましたね。彼女は条件を揃え過ぎてしまった』
「……そうだと、実際的にどんな弊害がある?」
『担ぎ上げられたり逆に命を狙われたり……いずれにせよ勢力図を変える要因となり得ますね。なんせエンパシアは政治をかき乱しやすいのですから』
「ロードゲイザーと同じだな」
「ええ、両者はセットです」
セット……。
『ゆえに様々な勢力があの国に目をつけていました。レジーマルカは血筋や土地柄的にエリクシールが生まれる確率が高いのですから。ええ、極寒の片田舎を我々テリオンが蹂躙したのは事実でしょう』
「テリオン?」
『テリオンとはこの地で生まれた人類の総称です。テリオンないしセリオンは元来、獣を意味する言葉ですが現在は人間のことを指します。あなたは外来者ですが、あるいはこの地の出身かもしれませんね』
えっ……?
「な、なんでいきなりそんな話になる……?」
『テリオン系の名前だからですよ、レクテリオルさん』
テリオン……。
レク、テリオン……。
レクテリオル……。
『あなたの母親であるクルメリッサ・ローミューンは驚くほど情報が少ない。何も出てきません。あなたが何者なのか、ルーツがまるでわからない』
わからないって……母さんのことが?
俺は……いや、そういや俺もよく知らんな? 自分のルーツについてなんて……聞いたことが、いや知ろうとしたこともない、生まれが生まれだし、あまり考えたくなかったから……って、いやいやそれよりだっ……!
「おいっ、ひとの家族を勝手に調べるな!」
『その点は謝罪いたします。ええ、プライバシーを侵害している自覚はありますとも。ですが、あなたを語る上で絶対に外せない存在です、あなたも自身のルーツを知りたいのでは?』
俺を、俺の……か……。
『あなたは語学が堪能ですね。極めて細かいニュアンスを齟齬なく理解できるあたり相当なものです。これを教育したのはお母さまですね?』
それは……。
「そうだが、教師はたくさんいたよ。執事の仕事をする上で必要だとかで……」
『この地の言葉はわからないのですか? その翻訳機は本当に必要ですか?』
「ひ、必要だよ!」
アリャの言葉だってギマのだっててんでわからんしな!
『まあ、まるで使わない言語を教えるのは不自然でしょうか。翻訳機さえ手に入ればよいわけですしね。この地には偶然たどり着いたのですか?』
はあ……? 偶然っていうか……。
「いや、単に儲け話があるって聞いたからだよ……! 俺もあの屋敷から出たかったしな……!」
うぇーお……とルナがうなる……。
『……あなた、本当に愛すべきは女神であると教えられていませんでしたか?』
ほ……、
本当に、愛すべきは……?
『お母さまは女神の絵か何かを持っていませんでしたか?』
「い、いや……」
知らない、知らない、はずだ……。
それは、あのとき見た、死にかけたときに見た夢……夢だったよな……?
『縋る膝の上、願わくば星の袖……聞いたことはありませんか?』
「いいや……!」
知らん、そんなものは知らないっ……!
「記憶が……ああ、そうか……」
なにが……?
何やらうえうえ独り言をいいはじめたが……。
『ここから先はあなたも言葉を選んでください』
……いったい何なんだ?
こいつが事情通なのはそうだが、いや、符合が不気味という話、か……。
愛すべきは……女神……?
ロード、ゲイザー……。
依り代の可能性があるエリ、たち……。
……ああそうだ、気がつけば周囲には女ばかり……。
いわく皆、依り代候補だと……。
『彼女は記憶を操ります。正確には体にまとっている何かを介して発信された情報は彼女の意思によって都合よく変質されるのです』
「なに……?」
『ええそうです、彼女の話です』
記憶、記憶……。
彼女……。
まさか、ニューの……?
『あなたは知る由もないのでしょうが、彼女はその生い立ちより他者を信用しません。ごくわずかな例外をあげるならホーさまとテーくらいのものでしょう。ましてや最近出会ったばかりの外来者など論外です、信用するなど101パーセントあり得ません』
なに……?
「だから、気をつけろって……?」
『いいえ、私から見てあなたが三人目だからこそ奇妙なのです。とても奇妙です、ですが……』
「なんだ……?」
『彼女が古くからあなたを知っていたとしたらどうでしょう? 育った屋敷に住まう誰か、言葉を教えた教師たち、友人恋人などはいたのか知りませんが、とにかく近しい誰かだった可能性はあります』
なっ……なんだとっ?
そんなことが……あるわけが……?
『クルメリッサとつながりがあった可能性もあります。彼女はその性質から情報を抹消、改ざんする能力が極めて高いのですから』
以前から、かなり前から俺のことを知っていた?
彼女はずっと前から誰かに化けていて、俺と交流していたと?
そして母さんの情報を消す……手伝いをしていた?
ちょっと待て、待てよ……!
まともな話じゃあないぞ、そんなものは……!
『お待ちなさい、彼女と話そうとしているでしょう?』
「当たり前だろう……!」
『今のはあくまで私の仮説です、あなたはそろそろ立ち回り方を覚えるべきでしょう』
「いちいち当人に確認を取るなって……?」
『その通り。そういうことをしていると、人はあなたに情報を流すのをためらうようになるでしょうね』
うっ……! それは確かに……。
そうだな……この地で活動する以上、他者からもたらされる情報は大切だ、しかし簡単に吹聴する輩を誰が信じてくれるというのだろう……。
そろそろ無知な新参者という認識を改める必要があるだろうか、今の状況だとルナの立場をも考慮し、彼女に被害を与えない立ち回りを覚えないと……。
「ああ……わかった、うん、情報提供者の立場も考慮した立ち回りをしろってことだな?」
『その通りです。なればこそ、より深い情報が得られるようになるかもしれませんよ』
「わかった、努力してみるよ」だがそれはそれとしてだ「……先の話、女神についてだが……万が一、母さんと関係があるとしたら……どうなるっていうんだ?」
『これもあくまで私の想像です。そのつもりで』
「ああ……」
『あなたのお母さまは女神に仕える立場なのかもしれません』
なっ……!
なにぃ……?
『あなたは実の息子ではない可能性もあります』
はああ……?
『かの屋敷に侍女として入り込んだのは教育の下準備をするためだったのかも』
「おいっ?」
『はい』
「それは……あくまで想像、だよな……?」
『はい、もちろん。すべて憶測です。いったように情報がなさすぎるがゆえにです』
そう、か……。
『大丈夫ですか?』
「……そう見えるか?」
だが万が一だ、ルナのいうことが正しかったとするなら……。
……俺は、何者だ?
つまらない、なんでもない男……とは、そういう意味じゃない……。
『……少し話題を変えた方がよいかもしれませんね。ええ、では向こうの議論に耳を傾けてみましょう』
議論って……そんなもん聴く気にはとてもなれないが……。
「もちろん肯定しますとも!」司祭だ「大いなる主は現世にホワイトサムを遣わしました! そう、かのハイ・ロード! 原初たる大イオスです! 私はここに先んじて、ロードゲイザーとしてハイ・ロードとの再会をここにお約束いたしましょう!」
場内にどよめきが起こっている……。
「……さっきは……あの司祭にはぐらかされたが……実際、ハイ・ロードの復活なんてあり得るのか……?」
『そもそもすでに何度も復活しているという認識がありますね。それに気づかないこともまた罪であると』
ニワトコの老人たちがそんな感じのことをいっていたな……。
「……実際するのか、復活を……」
『さあ、わかりませんとも』ルナは興味なさげに肩をすくめる『宗教教義においてはあまり筋の通った解釈が望めないのが普通です。信仰は体験であり体験は固有のもの、対し教義は共有の知識に過ぎないのですから。チグハグなのですよ』
「……教義は……突き詰めれば他人事だって……?」
『その通り。しょせんはおためごかしというわけです』
辛辣だが、ルナの立場からすればどうでもいいことだろうしな……。
とはいえ、社会的に有用な場面だってあるだろうに……と、機械人間たちはまだどよめいているな……。
『どう評価すべきか話し合っているようですね。どうにも彼らはもっぱら例のあれを危険視しているようですが』
……お前と、同じくな。
『……ええまあ、ですがホワイトサムの創造神は例のあれではありませんからね』
女神ではない……らしいが……。
『あの……先の話はあくまで憶測ですよ、いいえ、まるで情報が足りていない以上は憶測以下、与太話の域を出ません』
まあ……それはそうだろうが……。
『余計なことをいってしまいましたね、私にはそういうところがあると自覚はしているのですが』
そう、そういえばお前は……。
「私にはって……そう、さっきのニューの言葉……お前は以前のルナとはどう違う……?」
ルナは一つ、大きくため息をつく……。
『ええ、ええ、特別に答えてあげましょう。私はチュオル・ウナムナの姉、ミュラォ・ウナムナです。あなたが知っているのはチュオルです。今はこのような事態ですので代わってもらっています。これ以上は答えません』
なにっ……。
「てっきりルナの……本性かと……」
『聞き捨てならない表現ですがええ、それも許してあげましょう。天真爛漫なあの子はちゃんと実在しています。亡霊なのは私のほうです』
亡霊……。
「死人、なのか……」
『ええ、そうですとも』ルナはまたため息をつく『……私はチュオルや故郷の里が平穏無事であればそれでよいのですが、この世には品性下劣な莫迦が多すぎる。けっきょく世界は繋がっていますからね、里の平和を維持するためには世界もまた平和でなくてはならない。ゆえに瑣末な情報を巧みに操り世を動かし、世界をあるべき方向へと導いてあげようというのです、わかりましたか?』
なんか……壮大なことを言い出しやがったな……?
つーか教えないとかいいつつ自分からしゃべっているし……。
しかし死人が……取り憑いているとは……あるいはゼラテアのようなものなのか……?
『このことは他言しないように。した場合、ありとあらゆる手段を用いてあなたを追い詰めます。脅しではありませんよ』
「あ、ああ……」
……だよな、おかしいと思ったんだ、あのときブチ切れて俺の手を猛烈にブン殴ったくせに、さっきは涼しい顔で特派員に注意しただけだったしな……。
ああ、あれは正直、怖かった……。演技では出せない迫力だったなぁ……。
『さあ、そろそろ頭を切り替えてください。あのくだらない議論が延々と堂々巡りを続けているのに誰も撃たれないのはなぜでしょうね? ええ、もちろんオートワーカーにとって興味深い話題だからでしょう』
「ああ……じゃあ、ええっと……」
そうだな、杞憂を捏ねて自ら憂鬱になる馬鹿もいまい……。
「……そういや、ホワイトサムの神さまってどういうのなんだ? 思えばハイ・ロードのことばかり語られている気がするが……」
『唯一神として崇められ、世界の創造主であるという見解においてはどの派閥も一致していますが、細部に関しては謎が多い……というよりきちんと定まっていないのかもしれませんね』
定まっていない……。
「いわゆる虚空というのとは違って?」
『教典におんことば、つまりセリフが載っていますから虚空というにも半端ですね。まあ不可知的な属性をもたせつつ具体的な肉付け部分はハイ・ロードに任せるといったバランスなのでしょう』
こいつの言葉を敬虔な人が聞いたら怒るんじゃないかな……。
「じゃあハイ・ロードって……」
『ホワイトサムにおいては大予言者であり神の部分、まあつまり神のようなものです』
「……部分、なのに?」
『神は無限なので無限の部分もまた無限、つまりハイ・ロードもまた神であり同時にその息子なのです』
ええ……?
「……なんか矛盾していないか?」
『整数は無限に存在し得ますでしょう? その整数は偶数や奇数などに分けられますが、そのどちらもが同じく無限に存在し得ます。そういうことです』
「な、なるほど……?」
わかるような、ごまかされているような……。
「でも例のあれの存在がまことしやかに囁かれているわけだよな? ホワイトサム的にはどういう解釈をしているんだ?」
『多くは語らない派閥もあればハイ・ロードは偉大なる仲介者であると語るそれもありますね』
「仲介……?」
『代行者と人との仲介をする存在です。ちなみに代行者とはつまり、憑かれた依り代のことです』
へえ……?
「でも他の神の仲介をするってことは他の神の存在を認めることになるわけで……唯一神と崇めることと矛盾するんじゃ……」
ああ……!
「だから魔物なのか……!」
ルナはうぇーあと頷く……。
『ときどき賢い部分が出てきましたね』
お前、馬鹿にしているだろ……。
『その通り、魔物憑きとはホワイトサム的な表現なのです。つまりホワイトサムは例のあれを悪魔とみなしています』
ということは……。
『私と同じではありません。私はあれを悪魔などという矮小な表現に収めるつもりはありませんから。あまりに楽観的すぎる』
楽観的、なのか……?
『ですがその超越的な力への畏怖はあるようですね、小細工を弄してあれこれと設定を付け加えています』
「……というと?」
『軌跡です。魔物憑きの周囲では様々な異常現象が巻き起こるとされ、それを悪魔を包囲する神の軌跡とかなんとか、そういう話にもっていっていますね』
「なんで?」
『その脅威度、あるいは神秘性において魔物憑きが信仰されてしまうことがあるからです。悪魔崇拝はそう珍しい信仰でもありませんし』
悪魔を、ねぇ……?
まあ超越的すぎる神より忌まわしくともより身近そうな存在に興味を抱くのは……そう不思議でもないかもな。
『彼らの抱くイメージは神が包囲する悪魔の化身を仲介者が説得なりなんなりしつつ力を合わせて倒すみたいな感じですね』
「なんでまた?」
『アムトがそういった雰囲気で事態を収めたとされているからです』
「実態は明らかではない?」
『記録があまり残っていませんから。ホワイトサムはそれに様々な脚色をし、その是非を巡っては派閥を増やし、その勢力を伸ばしています』
「ようは時の指導者のご都合次第ってことか」
『そうです。ですが脚色を捏ねくり回しているだけで事態の解決にはまるで至っていません。あれがこの世界への影響を強くすることで起こる弊害がまるで予測不可能なことを案じている者は驚くほど少ないのです』
だからルナたちがそれを担っていると……。
「ローミューン氏、あなたはどうお考えかね!」
「えっ?」
何だ? 司祭が声をかけてきた?
『……離席中です、無視をしても構いませんが、返事をしてあげた方がよいかもしれませんね』
「どうして?」
『オートワーカーが喜ぶからです。彼らはポジティブな感触でのルール違反を好む傾向にあるそうです』
なにそれ……?
「戻ったらまた議論に参加しないとならないよな?」
あまり離席を繰り返すのは印象が悪そうな気がするしな……。
『そうですね、そろそろ安全確保が終わると思ったのですが連絡がありませんし、一度、戻ってもらった方がよいかもしれませんね』
「わかった」
はあ、仕方ない、またわけのわからん議論に参加しますか……。
ええっと、戻るのは着席のボタンでいいのかな?
『おかえりなさいローミューン選手!』エジーネだ『みな今か今かとお待ちでしたよ!』
そんなわけあるかよ、大した話をしていないのに……。
『現在の話題はゴッデスの実在を認めるか否かです! 己の立場を明白としてください!』
いるのか、いないのか……。
そりゃあ……。
「あー……えっと神、女神か? まあいるのかもな」
『はっ……』ルナだ『あなた、忠告を聞いていましたか? 可能性とはいえ実在を認めることにはリスクがありますよ……!』
お前なぁ……。
「なにやらそういう話はついさっき聞いたところだよ。俺はこの地に来て日は浅いがいろいろととんでもない異能を見てきたからな、その原因がその女神さまに集約できるならわかりやすいだろう? だからいるかもしれないなと思い始めているところだよ」
ルナあいつ、助言をしようとしているのはわかるがな、賢い奴に特有の考え方をしていやがるからかえって墓穴を掘りかねんぞ……!
「ほう! 君も悪魔の実在を感じているかね!」
「感じてはいないし悪魔扱いもしていない。あくまでも伝聞や理由づけ程度の話だよ。もちろん信仰もとくにない。しかし……司祭さんに一つ聞きたい」
「なにかね!」
「あんたにも異能があるんだろう? それはどこからもたらされたものなんだい?」
ふと、会場が静寂に包まれる……。
「無論! 世界の要たる御方より賜れし恩寵に他なりません!」
「ハイ・ロード以前には魔術はなかったと?」
「神秘術ですね! 魔術は悪魔の知恵ですよ!」
おっとそういう考え方なのか。
「両者の違いは明白なのかい?」
「いいえ、そうとも限りません。かの悪魔も元々は偉大なる父に使えし天の使いなのですから!」
天の使い、か……。あの蒐集者もホワイトサムだったのかな……。
……それはともかく、それではハイ・ロードが異能の始祖というわけでもなさそうだな。
「いや、少し気になっただけなんだ、答えてくれてありがとう」
「我らが宗派の門戸は常に開かれています、いつでも大歓迎ですよ!」
あの司祭は基本的に笑顔だが、目はあんまり笑っていないな……。
『危なかった、女神の実在を肯定するような発言は危険だといったでしょう、あなたはいつ攻撃されてもおかしくないのですよ?』
「率直なのが一番だと思って……」
なにやらルナのため息が聞こえるが……しかしな、与えられた情報を整理して観客の気にいるように自分の立場を修正するとか……そんな器用なこと、まあお前にはできるのか知らんが俺には無理なんだよ、後に発言や立場が矛盾してしまうだろうし、そのとき俺はとてもオタオタすることだろう、見苦しいほどに……。
もし俺の命運が尽きるとしたら、そういった様を晒してしまった時ではないだろうか……。そう、このゲーム、大会議はロードゲイザー……ある種のカリスマ、リーダー的な存在を決めるための機会だ、かりそめでもそれにふさわしい態度をとらないと危険だ、今この瞬間にも撃たれかねないからこそな……!
だから俺は素直に発言をして堂々とした態度をなるべく維持する……ように努力する……!
「しかし、神という概念は私にとっても興味深い」
……うん? 聞き覚えのない声、まさかあのテロリストの女か? 唐突にどうした、初めて口を開いたな……?
「人あっての神である以上、避けては通れないだろう」
機械人間たちには……頷いている者も多いな。
「急に口を開いたなクソ殺人鬼」ギマの商人だ「でもまー、超越的な存在はいるかもなーとは俺も思ってんよ、超越的じゃないにせよ実力が上の奴を想定しないのはただのモンキーだろ……あ、差別的発言じゃないよ? まあ俺はまだまだテッペンを獲ったとは思ってないってわけ」
商人はおどけて笑うが……なんかそこは謙虚なんだな?
「ま、呼称の問題だろ、上の実力者の正体が謎なら神でも精霊でも宇宙人でもなんでもいいんじゃね?」
観客はざわついている……。
「では神秘術や魔術の実在はどう思うかねっ?」司祭だ「そのシステムは誰が生み出したのか、そのメカニズムは? 主の御業、天使から堕ちた悪魔の所業、ええ、私たちは答えをもっています!」
なるほど、正しいかはともかく答えを明白としているのは立場的に強い印象だな。俺たちはけっきょくわからないとしかいっていないし……。
「まー、選択の余地が多すぎると顧客の満足度は下がってしまう傾向にあるからな、商売としては正解なんじゃね」
しかしあいつしきりに皮肉や暴言を吐いているが商売人としてそういう態度で大丈夫なのか?
「神は唯一であって欲しいと考えることはとても自然です。なぜならそれが正しいからです! そして気になりませんかっ? この混沌とした世を誰がどのように治めるのか、その王の再臨がいつになるのかっ? そして……」
「その話にものってやろう」
テロリストの女だ、今度は割って入ってきたな。
「王などいらない。しかもお前たちのあれはすでに死んだのだろう? ならばまたすぐに死ぬさ、何度も生まれ変わっているとするならなおさらにすぐ死ぬさ、すぐに死ぬ、大衆に圧殺されてな、踏み潰されて砕け散る、虫けらのように」
司祭の目つきが……初めて、険しくなったな……。
「そしてギマよ、家畜の徒よ、優れたシステムは凡夫を好むのだったな。なるほど一理ある。お前たちこそ知っているはずなのだから」
「……なんだと?」
ギマの商人も表情がこわばる……。
「人類が望んで生育場に並び、自ら屠殺場に並び、寒々しい精肉店に商品として並び、買い物客として我先にと店先に並んでいた時代、それはほとんど自覚されていなかった」
何を……しかし何だこいつは?
単にイカレているだけではない……。
「多くがその根源を知りたがらなかった、眼前に晒されていたというのに。多くが信じ切っていた、自分だけは空を自由に舞える大鳥なのだと。そうだ、自己主張で躍起な小鳥たちは天空を支配する紅の鷹、空の支配者の存在など知る由もなかったのだ」
紅の、鷹……。
「私は公言する、人類を力いっぱいに殴りつけると、反抗しようものならさらなる力で殴りつけると、一律に、例外なく、区別や差別もなく、徹底的に殴りつけ、神妙にさせると」
こいつは……。
「私には地獄が見える、地獄で清貧を知るお前たちの姿が見える、お前たちは涙を流して感謝をし、そのすべてを赦している」
「なんという……」
司祭の目に、顔に……憎悪の色が浮かび上がる……!
「なんということを、この悪魔め……! 真紅の鷹、その残酷非道は私の耳にも入っているぞ、貴様らはもはや人間ではない、この機会に罰せられ……」
だがっ……! 観客がっ……? 観客の反応が、あちこちからっ? 硬質的な拍手の音が聞こえる、おそらく大勢ではないがっ、確実に、無視のできない数が、音が、響き渡っているっ……!
「理解できんだろうただの人にはな、お前たちはとんと無頓着だったのだから、そう、それがあるゆえに」
それ……?
「それ、とは?」
……思わず、問いかけてしまった……。
「顔だよ。顔があるからいけない。顔が根源の力をしばしば暴力という矮小な概念に陥れてきた、顔があるから正当なる反抗という言い訳を赦してしまっていた」
顔……が?
「暴漢には顔がある、独裁者にも顔がある、警官にも、兵士にも、そしてテロリストにも、秩序を醜悪に歪める顔がある、愚者に延々と言い訳を与え続ける顔がある」
語調に比べイザベラの表情は、その一切には変化がない……。
「お前たちの顔はすべて私が剥いでやろう。すべてを剥き出しにし、真の秩序を人類に与えてやろう」
……そういってイザベラはまた黙るが、しかし……客席からの拍手が止まらない……。
しかし……なんという狂気的な言い分なんだ、地獄が見えるから……ああなってしまったのか……?
いや、それよりもなぜ……半数以下ほどとはいえ機械人間たちが同調している? 今の言葉のどこにまともな要素があったっ……?
『……レクさん……』
おっと、中尉だ……?
『似ている……曽祖父の、規律論に……』
なっ……?
なにい……?
「お、親父さんも影響を受けているとかいうあれと……?」
『似て、います……あれほど過激な物言いではありませんが、本質的に同様だと思われます、顔のある力とない力、顔のある力がもたらす規律の限界、顔なき力がその限界をどう食い破るのか、いかにして顔なき暴力装置を配備するか……そういった内容ですが……いえ、決してあそこまで極端ではありませんよ……!』
「……ああ、わかっているよ、だが……その暴力装置に神が含まれるなどとは言い出さないでくれよ……」
『ええ……残念ながら可能性として考慮されています。読んだ当初はなぜこのような夢物語を……とも思いましたが、ルナさんの言い分がもし正しいとしたなら……』
実現可能だってか、あるいはあのイザベラの意向に沿った形で……?
『……これは過小評価、とんでもない狂気の逸材ですね』ルナだ『かなり不味い、あれほど徹底した思想の輩だったとは、あんなものが依り代に選ばれてはたまったものではない、平和のためにもここで殺さなくては』
……あいつはロードゲイザーの候補として……いや、それは人や機械の勝手な認識か、あれが導いた存在だったとしたら……。
「しかし、殺すって……」
『私もまた平和主義者ですから。平和主義者には同じく平和を愛する友のため悪鬼羅刹を撃滅する義務があります。それとも友にいえますか? 争いはいけないので非道にも黙って堪えろなどと。いいえ、友のためにこそ武力は行使され得るのです。そうしてこそ真の平和主義者といえるでしょう』
それは……。
……まあ、いずれにせよイザベラとの結託は不可能だな……。
『……なにより、ここにお父さまがいることが……解せない。あるいは関係が……?』
あるだろうか……?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないが……。
「しかし中尉、あるいはだが……あの親父さんについてわかったことがあるよ……」
『なんでしょうか……』
「もしかしたら中尉は少し勘違いをしているかもしれない。あの親父さんはたぶん、優しいよ」
『なっ……!』
「少なくとも中尉とその兄貴にはな……。なぜそういえるのかって、あの取り巻きの隊員たちだ、彼らの気配は渾然一体となって巨大な怪物と化している、しかし……」
『なんですか……』
「中尉の兄貴だろう、あの背の高いウォルの男だけは……色が違う、彼はあの部隊の一員ではない……」
『違う? いいえ、そんなことは……。兄さまも他の隊員と同様に厳しい訓練を……』
「いや、同じ扱いは受けていないと思う。確証はないが……あの異物感は親父さんが手心を加えているからではないかと推察しているんだ。まあただの練度不足なのかもしれないが、だとしたらこの場所に連れてくるだろうかと……中尉の反応を見てこそ疑問に思えてね」
『そんな、まさか……? いえ、でも……』
「それほどまでに元帥と他の隊員は同じ色をしている……。あんなこと普通ではあり得ないはずなんだ、気配はみなそれぞれ違うのだから……」
『よく……わかりますね?』
「ああ、俺はそういうのが得意なようでね、はっきり見えることは初めてかもしれないが……まあ、何がいいたいかというと、そう親父さんを毛嫌いするなということさ……」
『レク、さん……』
……とはいったものの、俺からしたらマジで怖すぎる存在だがな……! もうあっちを見たくねぇもの……!
「なるほど、大方の意見、参考になった」おっと人形師だ?「誰がどのようにシステムを掌握するか、それにふさわしい者は誰か、しばし観察させてもらったが話にならんな」
男は肩をすくめる。
「妄言を垂れ流すしか能のない宗教家、ケチをつけるばかりの下品な商売成金、右往左往するばかりの哀れな異邦人……」
……悪かったなっ!
「極めつけは血に狂ったけだものとそれに同調するガラクタの山……早々にうんざりしたよ」
なんだ……様子が、空気が変わった……?
「すでに、このスタジアム周辺を我が軍が包囲している。その数は君たち以上であることを保証する」
ああっ? マジかよあいつ……!
「私はあくまで代表者として足を運んだ小間使いに過ぎない。その背後にはもろともすべてを殲滅する力があると思っていただきたい。そう、私は誇示をしに来たのだよ。さあ、濁流の藻屑となるかひれ伏すかすぐに」
うおおっ? 奴が爆ぜたぞ……!
「やだぁ、なんかイッたヒトいるぅー」商人は身をよじらせる「キモーい! バカ丸出しだなぁッハハハハハッ!」
まあ観客をも巻き込んで武力挑発してもな……って、なんか奥から同じ奴が出てきたぞっ……?
さっきのは偽物、奴の魔術……? いいや……。
「意味はないぞ」新しい人形師は肩をすくめる「もう一度いう」
といった途端にまた撃たれた!
そしてまた出てくる……って、何人いるんだよ!
「うわー……ホントにキモくない?」
商人もさすがに引いている……。
「よかろう。では殲滅といこうか」
『いきなりクライマックスですね』ルナだ『戦艦が接近しています』
「戦艦……」
『空中機動戦艦です。わりとどうしようもないので下手に動かない方がよいでしょうね』
「さっそくちゃぶ台返しときたな。それで、実際ヤバいの?」
『ヤバすぎてよくわからないことになるでしょうね。私たちは一応、地下へと避難しておきます』
一気にとんでもない事態へと転がったが……どこか安堵している自分もいる……。
もうゲームどころじゃないだろうし、全部うやむやになってくれた方がいいかな……。
元帥の部隊はもちろん、議論にも勝てる自信ないしさ……。