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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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脅威の風貌

 ……俺は……あれっ? 他のように声が大きくならないぞっ? あっ、えっ、なに? 押す? 押す……ここの、これっ? これか?

 これでいいの……あっ……本当だ! ああいや、えっと……申し訳ない、機器には疎くて……ね? ええっと……。

 ……俺の名はレクテリオル・ローミューン。ただの冒険者……いや、この地にとってはよくわからん彷徨う異邦人か。最初にいっておきたいが、俺はロードゲイザーなるものだと自称はしていない。本当に単なる冒険者……のつもりの、つまらん背景しかないただの男さ。

 たまたま組んでくれた仲間が、出会ってきた人々の多くが皆とても強くて親切だったから……そのおこぼれで生き残ってきただけなんだ。だからここにいる謂れはないと思う。大きな誤解が生んだ偶然だろう。

 だが……そうだな、それはそれとして……なんにせよこれまで生き残れたことで……この地の事情をほんの少しずつ知ってこれたことは素直に良かったと思う。なんにも知らなかったから、この地にこれほど多様な人種がいることや、これほど高度な科学技術があるなんて……俺はまったく知らなかったんだ。

 俺は……中央へ行きたいと思っている。本当はちょっと稼いで外界へと帰るつもりだったんだけれどさ、いろいろあって、今はそうしてみようと思っているんだ。

 みんな笑うだろうか? そうだな、笑えるよな、でも可能か不可能かなんて関係ないんだ。俺はそうしたいと思っているし、そのためにせいぜい努力してみるよ。

 ええと、少し長くなったが……あっ?



 ああっ……? 何だあれはっ……あいつらはっ……?

 向かいの観客席の最上段、そのさらに上、通路部分から姿を現したあの集団! どいつもウォル、黒い兵装? いやそれより何なんだあの巨大な気配は! 燃え盛っているとでもいうような! マジかよ、濃密に過ぎる存在感だっ……!

『お、お兄さま……!』

 中尉だ、親父の次は兄貴ってかっ?

『まさか、ここまで揃えてくるとはっ……!』

 あれが、ああ絶対に間違いない、とくに集団の真ん中にいるあの黒っぽい灰色の毛並みのウォル、軍服の左部分が派手だ? おそらくたくさんの勲章がついている? とにかくあの男こそがヴァオール・ヴォラッフだろうっ……!

 木っ端だぞ……! 俺はもちろん他の選手だって、あの男に比べたら……!

 マジでヤバすぎて鳥肌が止まらん……! 人間に限定すればダントツでヤバい相手と言い切れる……!

 だがっ……にしたってどうだよ、他の選手は態度に……おくびにも出さねぇな? あんな気配を……いや、テロリストの女だけは見やったか、さすがにそうだろ、だが他の奴らはぜんぜん反応しやがらねぇ……!

 あいつら皆それほどの実力者なのか? あるいは……。

「……ルナッ、今更ながらことの重大性が実感できた! どうすればいいっ?」

 何かルナのスペシャルから? うぇええ……と声がする……。

『ええ……正直、私も驚いています、度が過ぎるほどに尋常ではない気配、あれがヴォラッフ元帥とその愛弟子たち、しかも長男のウォーレフ・ヴォラッフもいますね』

「あいつら、やるつもりで来ているよなっ……?」

『残念ながら……そうでしょうね、オートワーカーを仲間にしないととても太刀打ちできませんが、雑兵を集めてもあまり意味はないかもしれません。数は力が普通ですが、あのヴォラッフ元帥があれだけでよいと判断している以上、弱い個体をいくらかき集めても勝てないでしょう』

「あれほどの気配……他の参加者は気がついていないのか? テロリストの女だけは別なようだが」

『まあ、他はその程度ということでしょう』

「くそっ、無闇に機械人間の同士討ちが行われ、戦力を削られたら共倒れになるな! 他の選手たちは強いのかっ?」

『司祭とイザベラはなかなかの実力者と聞きますが、あの部隊を前にするなら虫けら同然でしょうね』

「俺もな!」

『どれもがスーパーマスタークラスでしょうし、その身体能力や戦闘技術もそうですがスペシャルも怖い。イソウを考慮しなくては……』

「イソウ?」

『その話は後で、とにかく……』

『お父さま、いいえヴァオール・ヴォラッフは本気です……!』中尉だ!『スタジアム中の人間を皆殺しにする可能性があるほどに……!』

 ああくそ、どう甘く見積もっても物見遊山じゃあないよな! 早急に手を打たねば中尉の懸念が本当になるぞっ!

「ちょっとすまない! 発言いいかなっ? 趣旨に反するかもしれないが!」

『レクさんっ』ルナだ!『あまりおかしなことをいわないように……!』

 わかっているよ! だがなっ……!

「俺たちは協力し合わなければならない! 観客の皆はもちろんそのつもりなんだろうが、加えて選手の俺たちもだ……! このままでは全滅するぞっ……!」

 なるほど間違いない、中尉のいう通り敵はあいつらだ! 勝った者があいつらと、いいや途中で襲いかかってくるかもしれない、いずれにせよ戦闘になるのは間違いない!

 しかし? 他の選手の反応は薄い……! 気がついていないのか、あれほどの相手でも問題ないと? 馬鹿な、そんなわけがない!

「おいっ、あんた! 気がついていたんだろうっ?」

 ……テロリストの女は相変わらず反応がない! 手を組む気は毛頭ないってかっ?

『ああもう、趣旨の批判はよくありません、気をつけて! 攻撃されるおそれがありますよ!』

 わかっている! だがな、ゲームが進むなら相応に戦力は減っていくだろう、生き残った選手とその取り巻きであいつらに勝てると考えるのはまったくの浅慮だぞっ……!

『とのことですが!』エジーネだ!『もちろんどのような選択をするのかは選手のみなさま次第です! 敵対するのもよし! 協力し合うもよし! 裏切るのももちろんよしです! ですが本ゲームの趣旨はあくまでロードゲイザー決定戦です! そのことはお忘れなく! さあ、それではサブテーマの発表に移行しましょう! これもまたロードゲイザーを語る上で必須の問題ですよ!』

 なに、サブテーマなんてあるのか?

 だがそれよりだ、思った以上に協調の提案に手応えがないな! 当たり前のように俺の言葉を無視しやがってどいつもこいつもよお……!

『さあいきましょう、かのゴッデスは実在するのか! するとしたならばそれが我々のためになるのかです!』

 なに……? ゴッデス、つまり女神、ルナが語ったさっきの話に通じることだろうが……!

「おいっ、俺の話を無視するなっ、あいつらの、あのデカさがわからないのかっ?」

 指を差した先に数多の視線が集う!

「うっ……!」

 ヴァオールであろう男の隣り、長身のウォル! が、指を差し返してきたっ!

『お兄さま……!』

 あいつがか……! 黒い兵装、気配の練度……なんて自分でいっていて意味がわからんが、あいつも……いや、あいつ……?

『彼らはヴォラッフ・ファミリア』ルナだ『小隊最強と噂される特殊部隊です』

『ええ、そうです……!』中尉だ『彼らは自ら望んで父に使役し、想像を絶する訓練を積んでいるとされています……!』

 そうだろうな、そうだろう、しかし……その点でいえば中尉の兄貴らしいあいつが……穴かもしれん! あいつだけがどこか違う、やや浮いているといってもいい……! 凄まじい強者には違いないけれどな……!

「……おい、一見してとてつもない実力者たちだぞ、あんな奴ら相手にできるかよ……!」

『父を含めて七人程度の部隊ですが、一人一人が……超越的な戦闘力を秘めていると思われます。しかし……その全員を引き連れてくるとは……』

 あるいはあの蜂人間たちを想起させるな、互いが互いを相互補完し強化しているような様子、奴らはあの元帥を中心として強大な戦力と化している……!

「反応のない奴らがいるのはなぜだ……? あの部隊より強いなどとはとても思えんぞ……!」

『思ったより鈍い者が多いのでしょうね。けっきょくのところ彼らだけなら大した相手ではなかったのかもしれませんが……』

 あれっ? つーかこのルナのアレに……いつの間にか文字が浮かんでいるが……? 何だこれは?


 1たす1は5ですか?


 ……何だこりゃあ?

「おい、お前のアレに変な問いかけがでてきたぞっ?」

『それは仕様です。自由に答えてください。ふざけた返答をして困るのはあなただということを念頭に置いた上で』

 ええ……? いまそれどころじゃないってのに……。

 ええとなんだ、普通に考えれば1たす1は2だろうが……5に限らないとでも返答しておこう、表記上の話に過ぎないが一般的な世界観を共有するつもりがないなら5は間違いではないし、それは他の数字、いっそ文字でも同様だろうからな。

 ……ルナの説明が本当ならこのスペシャルは万人に共有され得るもの、あいつは利用者にふさわしい固有の成長をするみたいなことをいっていたが、だとしたらこの質問はどこかおかしい気がする、明らかに普遍的な答えに誘導しようとしているような……。

 いずれにせよ……俺を取り巻く事態は大抵イカレているからな、それを想定すればこそ、少し捻くれた返答をした方がいい……ような気がする……。まあ、ただの勘だがな……。


 孤独は何色ですか?


 ……ああっ? まだ続くのかよ!

 こんなのに答えている暇あんのかっ?

 ああくそ、ええっと、孤独は……まあ、イメージとしては黒、かな……?

 森の闇、とくに山の夜は深く深く、黒い……。

 ……いや、森に例えるまでもなく俺はそう……そういうものと知っている……。


 この世界は歪んでいますか?


 まだ続くのかっ? 世界が、歪んでいるかだって……?

 ……まあ、この世界というか……俺から見た世界は確実に歪んでいるだろうな、どうしたって好き嫌いがあるしな、それはとどのつまり俺固有の物差しであり、固有であるがゆえに客観性とは相反する要素に違いないはずなんだ。

 いってしまえばこの主観世界は常に間違いを含んでいるし、完全な客観世界なんてものは知覚できない。だから俺が感じているこの世界は確実に歪んでいるし、またそれを是正する手段もない。

 ……そう、謙虚さを知り、あるいは成人に至るとはつまりその自覚のことをいう。そして俺はこの感覚を今でこそ、よりいっそう特別視している……。

 あるいは俺がこれまで生き残れたのはその点にあるのかもしれないと信仰するほどに……。ルナの話じゃないが、俺がこれまでなんとか生き残れたのは……そういうところにあったのではないだとうか。


 神は謙虚なるあなたを救いますか?


 うっ……? 俺の返答を汲んできやがったのかっ?

 ……だがまあ、そうだな、欲求としてはそう、もちろんそうあって欲しいよな、しかし……それもまた主観の問題へと行き着いてしまうだろう。その認識、希望、楽観、それは主観的であるがゆえに正しくないのではないかという問題だ。

 謙虚であろうとするならばこそ、寵愛を受ける可能性を低く見込まなければならない。特別なる自分像ってやつから脱却していこうと努力しなければならない。そうしなければ俺は……すぐに傲慢になってしまう気がするし、傲慢さは未知の場所においてこそリスクを高める行動に違いないからだ。


 謙虚さがそれほど大事なことですか?


 ……ずいぶんと引っ張りやがるな?

 それは……もちろんそう、ある種の道しるべだからな……。

 戒め、あるいは枷などというよりはむしろ導線に近い認識、しぶしぶ倣うのではなくアテにするという感覚、それに頼るのはやはりリスク回避のためだろうか……。


 ならばこそあなたはその寄る辺を失うことになるでしょう。

 異質な力を得てどこまで人でいられるか見ものですね。


 はっ……?

 はああ……?

「いやおいっ? お前のアレ、なんかムカつくんだがっ?」

『……ハルメリアの裏窓は公平なツールです。私が知る限りでは。何かの異常があるとしたなら、それはあなたにまつわる問題でしょう』

 本当かよ? どう見てもお前の性格が投影……っと、何だ、通信だっ?

『お兄さま、ニューです』

 ニューッ?

『把握するのが遅れました、かなり大変な事態となっているようですね。明日にすべきかと迷いましたが……』

「あっ……ああ、いま立て込んでいてな! ちょっと……」

『はい、ですが時間が経つほどに混迷を極める状況になると考えまして、このような時間に失礼をする次第となったまでです』

「それは……いいが……」

『はい、話というのはエリさんに関してです。そのご報告があります』

 なっ……!

「なにっ? 何かあったのかっ?」

『戦闘訓練を開始しました』

 戦闘……って、なにぃっ?

「戦闘っ? どうしてっ?」

 意味がわからん、どういうことだっ?

『単純に戦闘力が必要だからです。あらゆる事態を想定した場合にです』

 あらゆる事態……って……。

 ……それはまあ、そうだがっ……?

「うっ!」

 何だっ? 机の角が吹っ飛んだぞっ!

『威嚇射撃! レクさん、議論に参加してください!』

 ああっ、観客席から撃たれたのかっ?

 発言、発言しないとっ……?

「ええっと? すまない、今は何の話だったっけっ……?」

「ずいぶんと余裕だなクソ田舎もん!」ギマの商人だ!「それとも俺たちの会話についてこれないかっ?」

 ぜんぜん余裕じゃないが、クソ田舎もんで会話にもついていけてないのはそうだなっ?

『こういった場合には司会のわたくしめをお頼りください! かいつまんで説明をいたしますよ!』司会のエジーネだ!『現在の話題はですね、囁かれるかのゴッデスとはいったい何なのか……という問題にまつわるご意見を伺っている状況です!』

 ゴッデス、女神……とは、何なのか……。

 ルナの話からして……。

「ええっと……聞いた話によると、その実態が不明すぎるからこそ神なんじゃないのって話になっているんだと……ああ、そういうところが神の属性ってやつみたいで……」

 なんか観客たちが……うなるように頷いている……が、今のでよかったのか……?

「徹底してよくわからんと、まあ不可知論的な立場に近い考え方のようだがよ」ギマの商人だ「それってつまりいねーって話なんじゃねーの?」

「ですが!」司祭だ「それが真実の……」

 いやっ、今はそれよりエリの話だ……!

 ……でもええと、声を大きくする機能を切らないと、あっちこっちで面倒だなぁ……!

「すまない、ニュー! 話を戻すけれど、エリが……攻撃するのか、できるのかという話にならないか? いったいどうしてそんなことに……」

『……実際に他者を傷つけられるかはさておき、戦闘訓練は必要だという判断です。これには彼女も納得しています』

 納得、エリが?

 いやまあ確かに、この地には危険が多いがよ……!

「ええと、そうだ、エリと話をさせてくれないか……!」

『物理的な障害は一切ありません。彼女がしたいと思ったのならいつでも通信できる状態にあります』

 なに、そうなのか……。

 なのにしてこないということは……。

 ……そうだ、そうだったな、エリは何の相談もなくホーさんの元へと行ったんだ……。だったらこの俺に何がいえる……? 彼女自身の決定に口を挟める立場にあるのか……?

『レクさん、そうではありません』ルナだ『彼女は決してあなたを甲斐性なしのボンクラと思っているわけではありませんよ』

 いや、ええ……?

 その言い方はなに? 励まそうとしているのか……?

「……そ、そうか、それで、彼女は元気なのか……?」

『肉体的にはまったくの健康です。栄養状態も改善されましたが……彼女はとてつもない特異体質ですね』

 特異、体質……?

「それは……」

『プライバシーですよ』ルナだ『個人情報を気楽に扱わないように、あなたはそういうところがあります』

『は、はい……』

『そしてレクさん、あなたはこっちの話より議論に参加してください。常に命がけの状態であるということはお忘れなく』

 いやでも……。

『そうですね、忘れてください。とにかく彼女は元気です。ずっと悩まれてはいますが……』

 ……いや、特異体質とは何だよ? 魔術の才能とかそういう話なのか……?

「……だが訓練とは、無理はさせないでくれよ……」

『もちろんですが、今や彼女は率先して行っています。飲み込みが異常なほど早い。一端の戦闘員になるのもすぐでしょう』

 一端の、戦闘員……。

 いやしかしおかしいだろ、おかしい、だってエリは……とことん博愛主義で……身を守ったり傷を癒したり……そういうのが得意なのが彼女なんじゃないのか……?

 なのに戦闘の訓練、戦闘員? 遁走技術とかではなく……?

「ニュー……! まさかとは思うが、誰かがエリに余計なことを吹き込んではいないよなっ……?」

『いえ、まさか……』

「カムドの野郎はそれをやりやがったからな……! 俺はそういうのがとても赦せんと思っているところでな、言葉巧みに善意の人を操るなど以ての外だぜ……!」

『レクさん、お気持ちはわかりますがその話は後で、議論に参加を、撃たれますよ!』

 議論、議論って……なぁ!

 司祭が大きな身振り手振りで何かいっているが……。

「偉大に過ぎる存在のありように関しては認識が及ばないことも多いでしょう、ゆえに我々はハイ・ロードを敬うのです!」

「つーかさぁ」ギマの商人だ「テメーらの神って何だっけ?」

「先にもいった通りハイ・ロードをその信仰の軸として……」

 しかし話に加わるにしてもとっかかりがあまりないぞ……。

『ですが確かに、にわかには納得できませんね』ルナだ『ニューさん、エリさんに何を吹き込んだのですか? 事と次第によっては私も赦せなくなるかもしれませんよ』

 ルナも怒っている……? だがそうだよな、エリは暴力を毛嫌いしていた、なのに戦闘訓練だと、何かを吹き込まれたようにしか思えんぞ……!

『……その前に確認を、あなたはミュラォさまでしょうか? チュオルではありませんよね』

 ミュラォ、チュオル……?

『私はメランコリーヌ・ルナティックスです。それよりエリちゃんに何を? 端的なる返答を要求します』

 さんだのちゃんだの、意外なほどに切迫している雰囲気だなルナ、だがそれは俺もだ……!

「ああ、きちんと答えてくれ、ニュー!」

『あなたは議論に参加を!』

 いやだってさぁ!

「だからテメーらの神はよ!」ギマの商人が大声を張り上げているな「具体的にどう干渉してくるのかって聞いてんだよ!」

「それはもう、ハイ・ロードを通して……」

「だからそいつはとっくにくたばってるんだろ!」

「おや、かのお方が復活を司るとご存知ない?」

「だから、その証拠がどこにあんだよ! くだらねー自称生まれ変わりがあちこちにいるようだけどよ! 目立ちたがりのカスしかいねーじゃねーか! 目立ちてーならこの偉大な俺さまのように自力で這い上がれっつーハナシ! わかるか雑魚どもがよぉ!」

 議論に参加……復活か……。

「実際、どうやって復活するんだ?」

 ふと……司祭がこちらを見やる。

「リザレクションなのか? でもそれは死人に対して使うものなんじゃないのか……?」

 死んでから自分で自分にかけられるのか……?

「それは……秘奥ですので私の口からはなんとも」

 秘奥……?

 その答え方だと誰かがハイ・ロードを復活させているわけではないともとれるが……?

「ほらー! けっきょくなんにも答えられねぇんじゃん!」

 ギマの商人はここぞとばかりにまくし立てていくな……。

『……彼女は』おっとニューだ『暴力と向き合わなければなりません、エリクシールなのですから……』

 エリクシール……。

 そういえばあの聖女さんもある意味では復活といえるのか……?

『候補はたくさんいますでしょう』

『残念ながら選ばれたのは彼女です。彼女はクラス10オーバー、我々が探していた逸材です。レジーマルカは彼女を探すために犠牲になったといえるほどに』

 探す、犠牲……?

「おいっ、何をいっているっ?」

『確かに我々はエリクシールの発見を目標にレジーマルカにて大規模な潜入調査をしていました。ですが外界の元老、いわゆるニワトコが独自に介入をし、事態は混迷を極めました。近年においての元老同士の対立は深刻で、外界に対しあまり影響を与えたくない我々の弱みを逆手に取ったやり口が問題視されていたところです』

 何だと? そんな話……!

「エリにしたのかっ? その話を……!」

『はい……』

 くそっ、エリは責任感が強い気質だ、余計な重石を担がせるような行為だぞ……!

「ニュー、君はいったい何者なんだっ? 君のいう我々とはいったい何を指すっ……?」

『レクさん』ルナだ『その話は私がしておきます、あなたは議論に参加を』

「いやでも、あんまり割り込める話題じゃないし……」

『時間がないにせよ、もう少し説明しておくべきでしたね』

『……お兄さま』ニューだ『私の所属はエクステリオンです。つまりは潜入、遊撃型の特殊部隊に所属しています』

 エクステリオン、聞いたことがあるような?

 ああ、戦艦墓場で参戦していたあのギマと同じ所属、か……。

『ですが任務には外界の治安維持も含まれます』

「問題が起こったのは外界の元老が引っ掻き回したせいだと? エリいわく、レジーマルカはかなりの飢饉にみまわれたようだが関係しているということでいいのか……?」

『はい。酷暑と極寒がかの国を襲い、食糧難にみまわれたことに対し我々は救済措置を行いませんでした。その事態を利用するためにです』

 ぜんぜん治安を維持していないじゃないか……。

 しかもそれは……。

「ニュー、そのことをエリに……」

『なるほど……!』ルナ、なんだよ!『摂食系の魔術を使える者を探したというのですね……!』

 ああっ? 何の話だ!

『レクさん、彼女は水を出せたでしょう? あなたもそれを飲んだことがあるはず』

 水だと……? 確かにそうだがっ……?

「ああ、それがどうしたっ?」

『大気中の水分を集めて飲料水を生み出したり、既存の水の成分を変質させる魔術は具象系の摂食魔術の基礎ですが、効能としてはもちろんそれだけにとどまりません』

「どういう……ことだ?」

『リンゴの実験は……ご存知ではないでしょうね』

 リンゴの、実験……?

「ああ、ぜんぜん知らん」

『聴きながら議論に参加してください』

 わかっているよ……! でもあっちもこっちもなんて器用な真似ができるか……!

『魔術で理想のリンゴをつくったらどうなるか? という実験の話です。これは各国での初等教育で習うだけあり、非常に重要な観念となります』

 魔術で食べ物を、つくる……。

 そういや師匠だか姉弟子がそういう話をしていたな……。

『理想のリンゴとは腐敗せず汚染もされない、しかも食べてもなくならないリンゴです。食べた部分がすぐに再生し、延々と食べ続けられるリンゴなのです』

 それは……かなりいいものだな? 冒険がすごく楽になりそうだ。

『ですがこうは思いませんか? 理想のリンゴはそもそもリンゴといえるのだろうか? リンゴは普通、食べたらなくなりますからね』

「まあ、それはそうだが……」

『この当たり前の事実に気がついたとき、被験者に異常が起こりました。魔術で生み出された理想のリンゴを食べ続けた彼はそれまでまったく健康だったのに、この問いかけを耳にした途端に体調不良となったのです。気分的なことだけではありません、なんと大量のリンゴのかけらを吐き出し始めたのです。どこからそれが発生したのかはわかりませんが、彼は吐き出し続けました』

 なに……? なにやら不気味な話になってきやがったな……。

『このことを発端に、食べ物を生み出す魔術は各国において禁忌となりました。法令で禁止されているわけではありませんが、常識として行わない方がよいという認識に落ち着いたのです』

 まあ、必要に迫られないなら、そうだな……。

『ときに、議論に参加していないのでは?』

 いちいちうるせぇな……!

 何だ、今は何の話をしているんだっ……?

「それもこれもただの勘違いではないのか?」操り人間師だ「やはり女神など存在しないのではないかね」

『話を続けます。といっても、魔術の食べ物が必ず異常を起こすわけではありません』

 やっぱり両方の話を同時に聞くのはキツいなぁ……! なんせどちらも馴染みのない話だからなぁ……!

「それでは軌跡の説明がつきません」司祭だ「燃え盛る海の伝承はあなたも聞いたことがあるはず」

 燃え盛る海……?

『とくに創造者と摂取者に信頼関係があればこそなんら異常は起こらないという俗識もあり、実態として貧困層にはそういった魔術が継承されている場合もあります』

「あれは化学薬品のせいってことでオチがついたんじゃねーの?」

『話は戻りますが、その摂食魔術の基礎が引水術、そして変水術なのです。大気中より飲料水を生み出したり、触れた水を変質させる魔術ですね』

 ああ、よくエリにはお世話になったが……。

 まあ異常とかは一切ないな、その話を聞いた今も……。

「でも、その魔術が飢饉とどう関係する? けっきょく水だけでは飢えをしのげないだろう?」

『魔術の水なのですよ、あるいは飢餓状況で生み出された。普通のそれとは違って栄養が増える場合が総じて多いのです。ええ、彼女の過去はお聞きになっていますよね?』

「あ、ああ、孤児院の子供が餓死した……みたいな話か?」

『ですが少し奇妙とは思いませんか? 餓死するとしても彼女が先のはずでしょう』

 エリの気質を考えれば子供たちを最優先にし過ぎる……ってか?

「でも子供より大人の方が体力が……」

『彼女は自覚なく変水術を使用していた可能性が極めて高い。子供が二人、命を落としたのではありません、たった二人の犠牲にとどまったというのがより正確なところでしょう』

 なるほど? そいつは……確かにそうなのかもしれないな?

「ルナは……そのことをエリに伝えたのか?」

『ええもちろん。さして救いにはならなかったようですが』

 そうなのか……聞く分には充分すぎるほどの成果に思えるがな。

『ですが魔術の効果には相性があります。同じ魔術でも与えられた個人において効果が違うのはご存知でしょう』

 ああ……それは、そう……。

 その最たる例にじいさんや野蛮超人がいるわけだしな……。

「だが、まさか……」

『死亡した子供たちは彼女やその魔術と相性が悪かったと推察できます。なんらかの拒否反応を示していたがゆえに変質した水の効果があまり現れなかったのでしょう』

 そういえば……いっていたな、かの子供たちは教会での生活が好きではなさそうだったと……。それは彼女にとって哀しいことだが同時に受け入れるべき痛みだと……。

 だから復活のあかつきには喜んで外の世界へと送り出そうとか……そういう話をしていたよな。

 教会、孤児院、ひいてはエリをも含む僧たちもだろうか、その子供たちにとってはあまり好きな対象ではなかった……? その拒否感が効果の妨げとなってしまった……。

 なるほど、確かに救いにはならないかもしれないな。むしろ子供たちの心情をもっと汲んでいればと後悔しそうなものだ……。

『例の誘拐未遂事件も関係があるかもしれませんね』ニューだ?『彼女は悔いていました、子供たちを怖がらせてしまったと……』

 誘拐、未遂……?

「なんだそれは……?」

『ニューさん』ルナの声音が冷たい『それもまた、あなたが伝えるべきことではありません』

『……そう、ですね、ですが……』

「いや、いったい何の話だよ……?」

 誘拐未遂って、教会で……?

 ……エリはそんなこと、一言も口にしていなかったよなっ?

『いつか彼女の口から聞けることでしょう。それより今は議論に集中を』

 いやおい……!

 いろいろ気になることをしゃべっておいてそれはねーだろ!

「でも話題に入れないんだよ!」

 知らないことばかりでさぁ!

『確かに話題を誘導する必要がありますね。なによりあの小隊を攻略するための下準備もしておかねばならない。少し作戦会議が必要でしょうか。いったん、その席を離脱した方がよいかもしれない』

「でもそれって不利にならないか?」

『大型モニターを見てください、勢力図が表示されていますでしょう?』

 ああ本当だ、いろいろ情報があるな? あれこれ忙しくてまったく気にしていなかったが……。

『現状だとヨ・ズハーが優勢で、発言の少なさからかイザベラの支持が少ないようですね、あとは横並びといったところでしょうか』

「最下位にならないうちは……撃たれることもないかな?」

『撃つ撃たないは個々の裁量でしょうしその限りではありませんが、ある程度の指標にはなりますね。あなたもエリちゃんの話題で動揺しているようですし、少し離席して落ち着きましょう』

「ああ……」

 そう、した方がいいかもな……。

 確かに、驚くほどに動揺している自覚がある、議論の話がまるで頭に入ってこないしな……。

 ええっと、それで……? なんか離席と書いてあるボタンがあるな……これを押せばいいのか?

『おっとローミューン選手、離席の合図です!』

「どうした田舎もん?」ギマの商人だ「小便かよ?」

「いや正直、無知すぎて話についていけん! だから少し調べ物をしてくるよ!」

『なるほど! 賢明な態度といえるでしょう! ですが発言の少なさ、内容のなさはマイナスポイントとなります、気をつけましょうねー!』

 お前エジーネ、さっきから楽しそうだなぁ……? 俺が撃たれたら大笑いするんじゃないかあいつ……。

 ……さて、いったん離席をしたはいいが、これはこれで危険な状況ではあるんだよな、思えば護衛的な人員が必要かと思うんだが……じいさんとミズハに頼めるかなぁ……。

 ……しかしじいさんか、あのひとの戦力が依然としてどれほどのものかわからないが、あの部隊に正面からぶつかって勝てる個人がいるとも思えんのだよな……。かといって個別に撃破する状況なんてつくれるか……?

『これはこれで危険な状態といえますね』ルナがやってきた『それにしてもエリちゃんの話は……現状だと余計でしたね、私たちの注意が一気にもっていかれてしまっています。策謀だと勘ぐるほどに……』

 ニューが仕掛けているって……? どうかな……。

 俺としては……少し意外なんだよな、本音の見えないお前がそれほどまでにエリに肩入れしていることが……。

 ……いや、それで悪いこともないか。それよりどうにか戦力を集めてあの部隊に対抗する手段を見つけないと……!

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