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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
145/149

燃えゆく導火線

 ……よくもまあ、このような真似ができたものですね、お父さま……!

 責任を、規律を、信念を捻じ曲げてまであのような思想に拘泥するとは……人の生き様を、その生命を何だと思っているのか!

 すぐに折れると高を括っているのでしょう?

 このルゥヴを舐めてはいけません、

 その愚行の代償は必ずや払っていただきますとも……!



 来ている、起こっている、何かがっ……?

 中尉は通信で忙しそうだ、ルナは菓子をバリバリ食っている、お前マイペースにもほどがあるだろ……。

「あのっ、先ほど連絡がっ……」

 えっ? ああそうだ、特派員が慌てていたな、いったいどうした……って、

「カタをつけてくるわい」

「お供するでござる!」

 じいさんたち、立ち向かうつもりか?

「ちょっと待てよ、何が起こっているのか分かっているのか?」

 二人は顔を見合わせるが……。

「分からんでござる!」

「相手の戦力が分からんのは普通のことじゃ」

 そりゃそうなのかもしれないが……。

「やはりカヴァサン、あの機械人間かな?」

「あるいはのう。しかしああいうのはつまり出入り口じゃ、問題は何が出入りしておるのかじゃな」

 何が……。

 神が……?

「……先の話を聞いていたかい? 相手はいわゆる神かもしれないぞ……」

「ならば最高の修行相手じゃのう」

 マジかよこのじいさん、普通ならもっとなんかこう驚くとか一笑に伏すとか別の反応があるだろう……。

「あの、ローミューンさん……!」

 おっとそうだ、特派員、何かあったようだな。

「ああ、どうかした……」

「いけません……!」おおっと中尉だ、まあ聞かれていたか「ここから動かないよう、お願いします……!」

「そうはいっても、事態を把握できているのか?」

「ええ……!」

 中尉、じいさんを見つめて……俺を見つめて……どうした? 表情から察して平常ではないようだが……。

「……何があった?」

 しかし中尉は答えず、周囲をうろうろと……考え事をしている、迷っている? 先の発砲の件だろうがすぐに動かなくていいのか?

「おい?」

 中尉はぴたりと足を止め、

「我々は常に責任より前に立つ……」

 なに?

 中尉が……真剣な面持ちだ。

「少佐と彼に服属している隊員が裏切りました。他の隊員が抗戦したものの制圧された模様で、先の発砲はそのためです」

 なにぃ……?

「陸軍元帥、ヴァオール・ヴォラッフがここへとやって来ます。あなた……いったい何を知っているのです……?」

 中尉はルナを睨んでいるが……?

「パムである私との関係などあるわけがないでしょう。言霊ですよ。噂をすれば影がさす、灰吹から蛇が出る、あなたにとってこそ茶飯事だと思いましたが」

 俺にも覚えのあるような話だが、そんなことより今かなりヤバいことをいわなかったか?

「待てよ、少佐ってさっきまで一緒にいたあの少佐……?」

「そうです」

 いや……はああ?

「ちょっと理解が追いつかないが……ええっと」

 裏切ったって、なんで今……いや、それほどまでに何かが急速に進行している……? だがそれより!

「あのっ、ローミューンさん!」

 何だ、特派員だっ?

「ちょっと待ってくれっ……」

「はっ、はい!」

「おいっ、俺の仲間は大丈夫なのかよっ?」

「その点はむしろ問題ないでしょうね。すぐに開放されると思います」

「……そうなの?」

「ブラッドワーカーもです。もはや彼らにかまけている場合ではありませんから」

 どうでもいいって? やはり何かが……いや、それだとヤバくねぇ? また栄光の騎士だのあのクラウザーだのが皇帝を……。

 だがこっちはこっちで目先の問題がある……!

「あの少佐が裏切ったって、攻めてくるのか?」

「現状は様子見の段階でしょうね、ですが私の動き次第では戦闘に発展することでしょう」

 おいおい……。

「指揮系統の異なる上官の意向と本隊の趣旨が相反している状況です。それゆえ一部の隊員が制圧を試み、しかし撃退されてしまったという流れになります。ですが現状、死人などは出ていません」

 指揮系統が異なる? 中尉の出方を窺っている……。

「共同対策センター室長としてはこのような背任行為を当然、看過しません。共同者の身の安全の確保は最優先事項ですから」

 身の安全を……。

 それはもちろん、俺のことだよな……?

「だがそんなことをして大丈夫なのか?」

「命令違反をしているのは向こうです。私にはなんの指示も新たに下っていません。上ではすでに話が通っているのでしょう、これは些細なミスや誤解が生んだ不幸な対立であると」

 誤解……またそれか……。

「ただ先にもいいました通り同胞はすでに制圧、捕縛されました。よって事実上の孤軍奮闘になります。そこで私のスペシャルを説明しておきましょう」

 なんだと?

「私は一時的に対象の体感時間を止めることができます。効果時間は個人においてまちまちで、数秒から数十秒の開きがあります。使用後は約五秒のインターバルが必要な上に、再度発動したとき止まっている対象は元の状態に戻ります」

 マジかよ? だからあのとき一瞬で近づいたように思えたのか。

「ただし標的を定めることはできません。有効範囲内にいるすべての生物が対象になります。ですが微生物などあまりに小さい生き物には適応されません」

 なるほど、強力な反面もろとも影響を与え、どの相手にどれほどの効果があるのか分からず、あまつさえ解除してしまうこともあるのか……しかし、

「さすがは軍人ですね」ルナだ「かなり強力なスペシャルです」

「いえ、使い勝手はよいとはいえません。場を制御するのが難しいですから」

 普通これほど簡単に手の内を明かすか? あり得ないだろう、ブラフじゃないとしたら俺にとってこそ危険な事態だということになる……!

「いちおう尋ねますが嘘ではないでしょうね?」

「残念ながら」

 ルナがいち早く確認してくれたな、エンパシアの特性を考えれば嘘を見抜けてもおかしくない、指摘がないところを見るに中尉は真実を語っているだろう……。

「なるほどウォルの陸軍元帥……いえ、ヴォラッフ家は特殊な思想をお持ちでしたしね」

 そういやその名前……。

「ええっと、ヴォラッフって中尉の名前と……」

「そうです。ヴァオール・ヴォラッフは私の父です」

 ……ああ、だからその家の執事の少佐が反旗を翻したと……。

 しかしまだ妙な点があるぞ……。

「中尉はその対策センターとやらのトップなんだろう? 奇襲を仕掛けるつもりがないなら事前に忠告でも入れるのが筋じゃないのか? 隊員同士のいたずらな衝突を避けられただろうし」

「それは……あてつけでしょう」

「あてつけ?」

「私は父のいうことを聞かない娘ですから」

 なにぃ?

「少しこらしめるつもりなのでしょう、今はただ孤立無援の状況を味わせて私が折れるのを待っているのです」

 ……ええ?

「じゃあ何か、あんたら俺を間に挟んで親子喧嘩をしているって?」

「いえ……! いえ、ええ……まあ……そうとも、いえますかね」

 いえますかねじゃねーよ!

「あんたら揃って俺を担いでいるんじゃねーだろうなっ?」

「いっ、いえいえっ! 決してそんなことは……!」

 本当かよ!

「まあ、あんたらがいて助かった面もあるが……!」

 皇帝がらみの件は黒エリも消極的だったからな、俺も丸腰だし、あるいはフェリクスたちの命が危うかったかもしれない。

 でも俺にとっては不都合ばかりだ! いつもあずかり知らぬことで騒ぎやがって、隣保の酒盛りか!

 だが悲しいかな、なにかとこいつらの助力は必要だ、事態がここまで進んだ以上、独力での脱出も困難だろうし……っと、

「おいっ」コーナーだ、逃げる準備は万端か「何かヤバい予感しかしねぇ、おれは行くぞ!」

「待ちなさい」今度はルナが止めた「ここから動かないようにした方がよいでしょう」

「知ったことか、これはお前たちの問題だろ」

 コーナーは出て行こうとするが……。

「お待ちなさい、カルオ・レセキ。あなたはディガー・カルオでしょう? 虎穴の単独深層探索者として有名なあなたがどうしてこんなところに?」

 カルオ? 何か……どこかで聞いたような?

「うるせぇな、マスコミこそなんだってこんな場所にいやがるんだ」

 カルオ……コーナーは露骨に嫌な顔をしている、まあルナ周りは騒がしいことばかりだしな……。

「それはこれから分かります。それにレクさんも少し落ち着いてお座りなさい。あれについてのお話はまだ終わっていませんよ」

 あれ、悪貨の神ってやつか……。

「またそれか、まだ何かあるのかよ?」

「最低限の知識を入れておかないと危険でしょうから」

 ……だが確かに、あるいは必要かもしれない? 中尉はなぜかルナに詰問した、彼女の親父にまつわる事情がルナの言動に絡んでいるとしか思えない。

「状況を鑑みるに」おっとじいさんだ「ようは全員ぶちのめせという話のようじゃが?」

 いやいや……。

「そうです」おい中尉っ?「私を含む、隊の全員を弟子にしてさしあげます。態度がなっていない若輩者どもを徹底的にこらしめてください」

「なぬう?」

 じいさんの目つきが変わる……!

「小娘、謀ってはおらんな?」

「……謀りはありますが、見返りは先に示した通りです」

 じいさんの声音が違う……。

 中尉、冗談では済まされないぞ……!

「ほう、正直じゃな。よかろう、その謀りに乗ってやるわい」

 おいおいおい、

「ちょっと待てよ中尉、本当にいいのかっ……?」

「明白に戦力が足りません。あなたのお話が本当ならこのご老公の助力は必要不可欠でしょう」

 本気かよ? そこまでして……俺のために?

 いや、むしろ中尉の家にまつわる理由だろうか? いずれにせよその選択は……。

「みゅふふ、だが勘違いをしてはならんぞデッシシーよ」

 いや俺は弟子じゃねぇし、デッシシーって何だよ……。

「逆じゃ、ワッシーがデッシーを選ぶのじゃ、つまり」

 うっ……!

 じいさんが、猛烈な笑みを浮かべる……!

「……よりどりみどり、せいぜい吟味させてもらおうかのう」

「弟弟子が増えるでござるなぁ!」

 おいおいおい、二人とも異様な雰囲気をまといながら部屋を後にしたぞ……!

「いいのかよっ?」

「はい、高度な連携は不可能でしょうし、自由に暴れてもらった方が有効でしょう。ですがあの少女は大丈夫なのですか?」

 ミズハか……。

 ニンジャが軍人相手にやれるのかどうかは……。

「分からないが、じいさんと組んでいるならまあ……」

「一応、忠告しとくぜ」おっとコーナーだ「外じゃジジイとババアには近寄るな。それはこの地での不文律だ」

 ……ええ?

「外とは国や里の外のことだな、そこで活動しているジジイやババアは例外なく化け物だし、その実力はもちろん頭もイカレてる奴が多い、関わってるとろくなことにならんぜ」

 まあ一理あるかもしれないが……。

「……イカレているって意味じゃ個人より組織体の方がよほどだぜ……!」

 中尉はうなり、

「耳が痛いですね」

「ま、それもそうだな」コーナーは笑む「せいぜい長生きしな、じゃあ……」

「いいから寝ていなさい」

 うっ? コーナーが……倒れたっ?

「おいっ?」

「眠らせただけです。流れ弾にでも当たれば大変なことになりかねませんからね、現状はじっとしていた方がはるかに安全です」

 あまり不用意に動かない方がいいというのはそうだろうが……今のは魔術だろうな、同じようなものを俺もくらった記憶がある、暗黒城でデヌメクに……。

 ……じゃあ、相変わらず寝こけているピッカの隣にでも寝かしておこうか……。

「彼はその辺に捨て置いて席にお座りなさい、何か予感を覚えます、急いだ方がよいかもしれない」

 とはいえ本当に座ってお話している場合かぁ? 様子見とみせかけてやっぱり強襲してくるんじゃないの?

 ……だが中尉は座ってまた小刻みに指を動かしているな、作戦でも考えているのか? それにルナが爪で机を叩きながら催促してくるし……仕方ない、座って話を聞くか。特派員もいそいそと真向かいの席に座り、

「……あの、そろそろお話、よろしいでしょうか……!」

 なんか小声で聞いてくるが……。

「ごめん、ちょっとだけ待っていてくれ……!」

「はい……!」

 あるいはカヴァサン絡みか? だが奴はじいさんに任せるしかないしな……って、さっきからルナの爪がカツカツうるせぇな……!

「それでなんだよ、また神の話だって……?」

「そうです、神の属性についてのお話があります。あなたにとって神とはどういった存在ですか?」

 どういった……? いやさっさと説明してくれよ、哲学談義をしている場合じゃないだろう……とは思うが、そういや黒エリと会って間もない頃にそういう話をしたなぁ……。

 たしか手紙の例え話になって……。

 でもあの話を持ち出してもあれだし……。

「……まあ、神にもいろいろあると思うが、世界をつくったとかなんでもできるとかそういうイメージ、かな……?」

「長い髭のご老人というイメージですね!」

 特派員は話題に積極的なようだがルナは無視する……。

「根源性、完全性、無限性については考えるだけ無駄ですね」

 ええ……そうか?

「どうして?」

「あなたごときが裁定者となれるのですか? 不可能でしょう。ならば水掛け論の呼び水となるだけですよ」

 まあ……言い方があれだが、まあ……。

「家の近所の停留所にいつもいらっしゃるご老人が……」

「あなたは少し黙っていてください」

「えっ……は、はい……」

「先ほどから念波も煩いです」

「えっ、あっ……すみません……!」

 念波? 特派員は頭を押さえているが……?

「話を戻しましょう、とくにあれについてはどこか下手な印象がありますね」

 ……下手、神なのに?

 特派員が頭を押さえて唸っているが……。

「……というと?」

「その理由の一つに先ほど説明をした容姿の件があります。伝承においてはなかなかすごい見た目をしているようですが、なんだか奇妙ではありませんか? 基本的に女神とされていることも」

「まあ、どうしてとは思うな。神なのに性別とかあるんだとか、容姿なんて好きに変えればいいんじゃないかとか」

「そうです。姿を変えるなど魔術でも可能なことなのにです」

「姿を変えることはできない、もしくはその姿にこだわりでもあるのかもしれないな」

「あるいは人間のことをあまり理解していない、もしくは理解の次元が異なるのかもしれません。そんなものが本当に人を救えると思いますか?」

 それは……。

「なるほど、怪しいかもな……」

 救うといってもいろいろだろうが、少なくとも相手への充分な理解は必要だと思うしな……。

「あれも私たちも互いに大きく勘違いをしている可能性すらあります。いずれにせよ大いなる混沌を引き起こす前に対処しなくてはなりません」

 とはいえ相手は神なんだろう? どうすればいいのかなんて皆目、見当もつかない……いや?

 そうだ、願いを叶えてくれるかもっていうなら……。

「あのさ、人間の願いを聞き入れるってことなら、逆に追い払うことも打ち倒すこともできるんじゃないの?」

 うぇーあとルナは頷き、

「さすがはレクさん、よい着眼点です」

 だが織り込み済みって反応だな。

「……かえってまずくなるとか?」

「二つの意味でその通り、実は倒せるのです。正確には倒させてくれる。倒したという記録も残っています。ですが実際はご覧の通り、去ることも消えることもなく徐々に事態の混迷度合いが深化しています。つまり倒したところで依り代が犠牲になるだけなのです」

 依り代だけが……。

「この地へ来て何かおかしいなと思うことは多いでしょう? 凄まじい動物や科学文明ということ以外でも」

「ああ……それは」

 そう……そういう要素を抜きにしても、何か奇妙な符合のようなものや、不気味な障りのような事態がよく起こっているように感じるかもしれない……。

「……それで事態が悪化していると?」

「より複雑化して対処が困難になっています。あれが以前より人間を理解しているという意見もありますが、まあ楽観視もいいところでしょうね」

 うーん……。

「ここまでのお話で何か分かりましたか?」

 ええ? いや、ぜんぜん……。

「ところであなた、念波が本当に煩いですね」

「ええっ?」特派員は仰け反る「す、すみません……」

「信じられないほどに騒がしい、コレクトし過ぎです」

「はあ……」

 何の話だ……?

「……まあいいでしょう、それでレクさん、何か分かりましたか?」

 分かるも分からんも……。

「なんというか……すごいんだかすごくないんだかよく分からないって感じだし……それって本当に神なの?」

「そう、本質はそこです。神とは何なのか、何をもってそれを神と呼ぶのか」

 神とはいったい何なのか……。

 ……というか特派員がお菓子を勝手に食っているがいいのか? あのとき俺がちょっと皿を引っ張っただけで骨折するくらい激しくぶん殴ってきたのに……。

「神話や伝承で語られることは本質ではありません。重要なのはまさにレクさんが語った部分、よく分からないところです」

 分からないところ?

「さらにいえば普段よりまるで意識していない心のもっとも無防備な部分、そこを刺されて思いもよらないほど畏怖する部分に関することです」

 ……なにそれ?

「気持ちのよい爽やかな朝に釘を踏み抜く恐ろしさと言い換えてもよいでしょう」

「それは……」

 確かに怖いが……。

「願いは想像の範囲においては確かに実現されるかもしれません。ですがその範囲外の彼方ともなればどうでしょう? そこから想像を絶する恐怖がこちらを窺っているとしたら?」

 想像外の彼方、か……。

 まあ、この地へ来てからはそんなのばっかりだが……。

「神性とは知性における未知を司る、あるいはふとした空白を占領する属性のことを指します。そしてそれゆえに攻略が不可能なのです。私たちが例のあれを悪貨としつつ、下手だとみなしながらも神と呼ぶのはそれが理由となります」

 未知を司り、空白を占領する……。

 ……以前、ゼラテアがいっていたな、思い浮かべた円の外側がなんだとか……。

 そしてなにより空白といえば……。

「虚空への、祈り……」

「……ああ、知っているのでしたね……」

 ルナはなにやら面倒臭そうに目を細める……。

「話が錯綜しかねませんがよいでしょう、理解の一助とするため説明をしてあげましょうか」

「以前、黒エリ……」じゃないな、あれは間違いなくニプリャだろう「いや、ニプリャと議論めいたことをしたんだ、なにやら祈りは神の不在を承認する行為だとか……」

 ルナは頷き、

「神へと祈り、その不在を承認することで空白を占領させる余地をつくるのです。それで善しとするのが虚空祈念、あるいはニルプレイと呼ばれる信仰ですね」

 あいつはそのニルプレイを名前に冠するほどだしな……。

「ええっと、そうして何かいいことでもあるの……?」

「意味や利益、善悪を説くことそのものが筋違いでしょうね。神の不在を祈りによって承認し、その虚空を占有する余地をつくることそのものが目的なのでしょう」

「……そこに何かが入り込むかもって?」

「入るもの、入るかもしれないもの、すでに入っているものには言及しないそうです。なぜならとっくに不承認しているのですから」

 なにぃ?

「じゃあ何のために……」

「ですから意味などないのです。究極の茶器をつくるために粘土をこねる作業を完成と呼ぶほどに意味のないことです」

 ええ……?

「意味を限定しないと表現した方がよいでしょうか。祈りの純粋性を追求すればこそ意味は不純物でしかなく、あるいは神という概念すらも同様なのかもしれません」

 はああ……?

「意味が分からん……。あいつはいったい何なんだ……」

「歴史上あらゆる場所に顔を出し、場を掻き乱し、さりとて何を目的としているのかよく分からないあの漆黒たる毛並みの淑女さまが何者なのか、あえて問うとしたなら……」

「したなら……?」

「……芸術家なのでしょう」

 芸術……家……。

「ニプリャが……?」

「様々な肩書きを持つ彼女ですが、現状は不可思議な陶芸家とでも認識しておけばよいと思います。もともと叡智を司る一人として崇められていたほどの人物だったようですが、考えすぎて頭がおかしくなったのでしょう、あるときから器に固執するようになり、ついには自ら器となってご満悦だそうで……」

 ニプリャ……が?

 た、確かに、あいつは黒エリの器……といえるのかも?

「彼女の伝記は狂気を超えて抱腹絶倒の内容ですので機会があれば一読するとよろしいでしょう。運が悪いと発狂するそうですが」

 運が悪いと……。

 いや、お前……その言い草だと読んだんだろうが……。

 まさか……な。

「最初は読めませんが、読もうとしているうちに読めるようになるかもしれません」

 いやそんなもん読みたくないんだが……。

 ……にしても、あいつに関してはレクテリオラに執着していること以外さっぱりだな、聞けば聞くほど分からない……。

 深入りはよして少し話題を変えてみるか……。

「ところで……ルナの信仰は?」

「それを語るわけにはいきません。ですが主張はあります、ごく単純なものが」

「それは?」

「信仰は完全にパーソナルなことである、という主張です」

 ごく個人的なこと……。

「また人類の大いなる誤謬、その一つが信仰の共有にあるとも主張しています。個々が固有の信仰をもつに過ぎないと自覚し、互いに敬意を払えばすべて丸く収まるという考え方ですね」

 これまた独特な考え方だな……。

「じゃあえっと、一人につき一つの神、とか……?」

「それでもよいですが、一柱に限定する必要はありませんよ。百柱でも無量大数柱でもよいでしょう」

 マジかよ、そんな自由っていいのか……?

「そ、それは……それっていいの?」

「言い出したのはあなたですよ。ですが答えましょう、結論として善いも悪いもありません。信仰はごく個人的なものなので、どのような形でも自由です。ただし共有はその一切を行なってはいけません。己の神を知られてはならないと言い換えることもできます」

 自分だけの神を知られてはならない……。

 なるほど、だから宗教者であることを否定したのか。

「実在するような神性をもつそれを否定しているのはそのためか」

 顕現したら否が応でも共有されてしまうしな。

「そうです。そんな私たちにこそ極めて強力なスペシャルが発現しているというのは……いささか作為を覚えてしまいますが」

 作為……。

「例のあれに企みがあるって?」

「鞍替えを誘っているのかもしれませんね。とはいえそう仮定したとしてもその行動に一貫性がありません。やはりいろいろと区別がついていないのかもしれませんね」

 でも、そんなことあるかぁ……? いくら万能性とかの話は無駄っていっても……。

「……神なのにぃ?」

「自分の庭に蟻の楽園をつくることと自身の生活を豊かにすることはまるで次元の違う話でしょう?」

 まあ……。

「蟻の生態に興味があるとしても、その個体の区別にも興味があるとは限らない。あれにも同様のことがいえるのかもしれません」

 それはまあ、そうかもしれないが……?

「……じゃあなにか、蟻のために庭に菓子でも撒いていたが、ちょっと変わった……例えばルナのような蟻がいたから、そのときの気分でよりよい菓子を与えてみましたみたいな……?」

「ああ、よい表現ですね。そういうことなのかもしれません」

 はああ……? 自分で例えておいて何だが、異能の力が……神がばら撒いたお菓子だって……?

「意図して魔術をばら撒いている? 何のために?」

「だとしても、それが分からない以上は不気味だ、ましてや崇めるべきではないという話を最初からしています」

 あくまで仮説、いや妄想的だが……。

「あれの影響を突破するには神をもたないようにするしかありませんが、それはすでに不可能となっています。無神論者でも神という概念自体は理解できますし、未知の擬人化を神と定義する……などという表現に変えればより理解は深化していくでしょう」

 擬人化……って、

「お前、その説明がなおのことよくないんじゃないか……?」

 むしろその神を受け入れる下地をつくっているような……。

「ですから説明したくなかったのです。ですが説明をしないと対処のスタートラインにも立てませんでしょう?」

 まあ、そうなんだろうが……。

「リスクを承知で賭けに出ることにした次第です。あなたが無知なままだと私たちも困りますし、状況が急速に変化しつつもありますから。ただし、この話は私たち以外と共有してはいけません。何が起こるか保証はできかねますので」

 リスク、か……。

 しかし……もし魔術がその神と関係があるとしたなら、つまりはあのカムドの話とも関係があるということにならないか?

「もしかして……例のあれっていわゆる超低密構造体と関係があったりする……?」

「諸説ありますね」またそれか「超低密構造体が出入り口となって異次元からあれを呼び込んでいるのかもしれませんし、あれが超低密構造体を創造したのかもしれませんし、双方が同一の存在なのかもしれませんし、まるで別の現象が噛み合って我々に影響を与えているのかもしれません」

 だがまるで無関係とはかえって思えないな……そしてカムドとくればあいつの動向も気になってくる……。

「……というか例のあれって、魔物憑きってやつとも関係ある?」

「ええ、あります」

 やはりあるのか……。

「一部の人々は依り代がらみで天の使いとか魔物憑きとかいろいろ呼びますね」

 ……しかし、天の使い? そういや最初の蒐集者やエオがそんなことをいっていたな……?

「……例のあれはハイ・ロードと関係あるのか?」

「まあ、ありますが、聞かない方がよいでしょう」

「どうして?」

「あなたの場合『こういうことを聞いたんだけど、本当かな?』などといって周囲に確認行動を取るでしょうし、そうなるといろいろ面倒が起こりますから」

 いや、そりゃあ……。

「聞くだろう、だって何が本当なのか分からないんだし……」

「だから皆あなたに情報を渡すことを渋るのですよ」

 はああ……?

「お、俺が悪いっていうのかよっ?」

「扱いづらいなぁ、とは思っていますよ、ねぇ?」

「えっ?」中尉に話を振るんじゃねーよ「ええ、まあ……」

 肯定してんじゃねーよ! つーかあんたはこっちの話に耳を傾けている場合じゃねーだろ……!

「ところで魔物憑きに関してですが」普通に話を続けるなよ!「一説には例のあれが憑くための前段階であるとされています」

「なにっ?」

「魔物は依り代を保護しつつ強化していきます。そして充分に成長できた者があれの器として完成をみる……ということらしいのですが、成功例は今のところないようです」

「ない……」

「依り代を使い潰すとはそういう意味でのことでもあります」

 ということはエジーネはその一歩を歩み始めた……のか?

 くそっ、面倒なことになってきやがったな……!

「さて、ここまで聞いてどうですか? 何か思い至るようなこと、何でも構いません、非科学的、非常識的なことでもよいです、何か意見はありませんか?」

 意見は……ある。

 ルナは否定するだろうが……そもそもその神にまつわる懸念に合意するべきかという最初の問題が棚上げになっていることそのものだ。

 悪貨と呼ばれる神がきちんと善い存在だったらどうする? 世の中を良くする機会をみすみす逃すことにならないか?

「……それはそうと、食べ過ぎではありませんか?」

 特派員はお菓子に伸ばした手を引っ込め、

「あっ、すみません、食べたことのないものでしたので……」

「新発売ですからね」

「どおりで!」

 お前ら暢気だな……。

「ですがこうしていていいのでしょうか? コンポーネント・ゲームの対策はお済みですか? そろそろ到着するようですが」

 ……なに?

「なにゲーム……?」

「あれっ?」特派員は目を丸くする「コ、コンポーネント・ゲームです……」

「それは……?」

「ええっと……不定期開催の危険なエンターテインメントショウです。観客はオートワーカー、出場者は人間、クライマックスでは出場者が殺害されることもあります……」

 なにぃ……?

 おいおい、てっきり機械人間のあれこれかと思ったが……いや、そうではあるようだが……ああくそ、ちゃんと話を聞いておくべきだったか……!

「……ああもう」ルナはため息をつく「そういう話は先にしてください」

「ですが……」まあ黙っていろといわれていたしな「ええと、ご同胞のようですし、自然と伝わるかと思いまして……」

「あなたの念波はあれこれ喧し過ぎて何も伝わってきません」ルナはうなる「お菓子を食べ始めたらお菓子のことばかりですし」

「はあ、えへへ、仲間内からよくいわれます」

「褒めてなどいませんからね」

 ……というか、

 待て、まさか……!

「……おい! まさかそのヤバいショウに出るのは……!」

 ルナは黙って頷く、マジかよ……!

「ル、ルナ、さっきの写真、映像のこと知っているだろうっ?」

「ええ、サガサの件でしょう」

「あれはいったい何だと思うっ?」

「サガサがエンパシアである可能性がありますね」

 おお……。

 そうきたか……。

「思えば私は彼と対面したことがありません。政治家は誰しも私を避けたがりますが、それでも職業柄、会うことは多い。ですが彼と対面したことはないのです、徹底して避けられていたと考えるべきでしょう。戦艦墓場が最接近でしたね」

「そいつは……ヴァッジスカルと交流があったのかっ?」

「だとしたらあの映像を撮れたことの説明がつきますね」

「奴と……どこぞのお偉いさんが?」

「そう仮定するといろいろ推測できるかもしれません。まず、エンパシアは政界にいないとされていますが……」

「いきなり前提をひっくり返すなよ……!」

「お聞きなさい。なぜかというとエンパシアはその能力と話術いかんによっては容易に信用を勝ち取ることができるからです。そのため政敵はもちろん、味方からも危険視されることが多く、排斥されてしまうのです」

 なるほど、超共感能力とやらが読心術以上の効果を発揮するならそうなることもありそうだな。

「まあ、そもそもなりたがらないケースがほとんどですけれどね。エンパシアは同胞やごく一部の人間としか関わりたがらないものです。私などは珍しいタイプでしょうね」

「だとしたらサガサはどうやって地位を築いたんだ?」

「発覚しない程度であるのでしょう。儀式を通り抜けられたとするとクラス2以下である可能性が高い。その上で加虐趣味だと窺えるとしたら、本来の性質は被虐趣味なのかもしれません」

 えっと……?

「つまり被虐体験をするために加虐するのです。だからこそ行為がエスカレートする」

 ええっと、超共感能力で被害者の痛みを感じるために加虐するって……?

「そういう趣味があるなら一人で勝手にやってりゃいいじゃないか……」

「自分の身は大事ですからね。下手に傷だらけでも怪しまれますし、なにより自身の体で死の体感をするわけにはいかないでしょう?」

 死の、体感を……!

 イカレていやがるな……!

「……じゃあこういうことか? 変異性のクソ野郎と被虐趣味の変態がタッグを組んで悪さをしていた、だがそれが暴露されてサガサは俺を標的に……」

「いいえ、彼にコンポーネント・ゲームを発動させるほどの力はありません。黒幕は別にいるでしょう」

「なにぃ?」

「少なくともウォルの陸軍元帥は関係しているようですね」

 やはり、そういうことになるか……!

 繋がってきやがったな、いちいち悪い方へと……!

「そういうことならば」中尉だ「ヴォラッフの忌まわしい思想を……そこを動くな!」

 何だっ? 中尉が指差した! 先、入り口付近にあの燕尾服の男がいるっ?

「不審な動きを見せ次第ただちに制圧する!」

「私めは何も」

 男は飄々としているが……。

「ローミューンさん……」

「レクでいいよ、長いし」

「レクさん、父はあなたをロードゲイザーと認定するための試験にコンポーネント・ゲームを利用するつもりです」

 ああ……!

 ようはそういうことらしいな……!

「試験は史上幾度も行われてきた悪習です。身勝手に試練を与え評価するのです。我々は、私はこのような無法をまったく許容していません」

「それに中尉の家の思想が関わっているって話だったな」

「法律家、裁判官であった曽祖父からの思想が関係しています。それは突飛な内容ですが、あるいは神が顕現しかねない……例え噂でもそういう話が広まるとしたら話は変わってきますね……」

 やはり神がらみか……!

「……それで、そのよく分からんショウに俺が出場するのは確定的なのか……?」

「ええ、勝つしかありませんね」

 くそっ、やっぱりかよ……!

「仮に逃亡できたとしても、すぐに別の形で危機が訪れることでしょう」ルナだ「標的になってしまったからにはやるしかありません」

「具体的にどういうショウなんだ?」

「内容は様々ですが、オートワーカーが判断を下すという点は変わりありません。それに出場者が一人以上、殺害される可能性があります」

「それは聞いたよ……」

「古くはパーツ・ショウと呼ばれ、その実行者はエンパシアです」

 ああ……話の流れからしてそういう感じだろうな。

「史上においてそれは幾度となく繰り返されてきましたが、その実行は信用を著しく傷つける行為と見なされています。言い換えるなら個人レベルでは開催できない。つまり」

「バックはデカいって? 俺を試すために動いた?」

「はい」

「いや……マジで意味が分からん、狂気の沙汰だろ!」

 中尉は頷き、

「そうです、身勝手に試練を与えることもそうですが、突破したからといって権威化に繋げてしまうその極端さは正直、どのような社会においても不利益が大きいといわざるを得ません。まさに愚行、最悪の悪習といってもいいでしょう」

「ですが見返りは多大です。生き残れば多くがあなたの味方になり、また敵になる。その戦いにも勝てばあなたは……」

 いやいやいや……!

「……俺はただ冒険がしたいだけなんだよ! ロードゲイザーとやらがそれほど大事かっ?」

「ええ、大事な器です。あなたという中身に関してはその限りではないでしょうが」

 なんだとぉ……?

「では、よろしいでしょうか」何だ? 燕尾服の男か!「レクテリオル・ローミューン様、会場へとどうぞ」

 あの男……!

「お前はけっきょく地獄への案内人だったな……!」

 男は無機質に微笑むが……悪魔もきっと、そういう顔をしていることだろうぜ……!

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