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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
142/149

狂騒の序曲

 はい、ジェントル・コーデックスが出てきました。はい、FBが起こる可能性が高く、台風の目となるでしょう。対外監査部といたしましても、クラスAランドマークとして監視を続ける予定です。

 はい……ええ、例の傾覆活動家たちとの接触を繰り返しているようですし、なんらかの機知を得られるかもしれません。

 はい、いいえ、一味ではありません。その背景はともかく、素性はただの冒険者だと思われます。

 問題は……ええ、各勢力とのコネクションを形成しているところにありまして、ええ、対立も……。今まさにその延長にある事態に見舞われているところです。

 いっそのことこちらで対処を……はい? なぜです? はい……。

 ……了解しました。ではこれまで通り作戦を続行……いえっ、お待ちください!

 あれは……!


 湿地だが……かなり広大だな。迂回するわけにはいかない……そう、後ろから獣が迫ってくる気配があるから……。

 軽く足を踏み入れても……大丈夫そうだ、足首辺りまで沈む程度……。

「進むか……」

 慎重に、何がいるかわからない、ゆっくりといこう……。

 視界は悪い、霧が立ち込めている、数十メートル先は真っ白だ……。

「うっ……?」

 なんだ、足が冷たい? 水が入ってきているのか? ブーツに穴が空いている……?

 ……やや不快だがしょうがない、このまま進むしかない……。

 ……それにしても妙に冷たい水だな、体はかなり発汗しているのに……発汗?

 なんだ、どうしてこんなに暑いんだ? さっきまで肌寒いくらいだったのに……。

「うっ……?」

 なんだこれは、手に、体中に? 謎の発疹がっ、まさか! 毒の沼、だったのかっ……?

 ヤバい、戻らないと、しかし、体が、重い……!

 これは、これは……不味い、かなり……。

 それに何かが水面を走ってくる、小さい、何かが……無数に……。

 逃げられない、どうにかしないと、しかし体があまりに……。

 小さい、トカゲのような、二足歩行で駆けてくる、体が動かない……! 先手を取らないと、シューターはどこだ? シューターは……! くそっ、もうすぐ、そこまで……!

「うおおおっ……?」

 速いっ、食いつかれたっ!

 体がっ、動かないまま、ああっ、ああああっ……!


「……はっ!」

 あっ……ああっ……?

 かっ、体がっ……!

 体が……! 引き裂かれて……!

 ……いない? なんでもない……。

 ……大丈夫だ、これは血じゃない、汗だくなだけ……。

 ゆ、夢、か……。

 そういやそうだったな……そうだった……。そういう術がかかっているんだった……。

 ああくそ、マジで最悪だ、動悸が激しい、収まらない……。

 はあ……でも、ギャロップで寝ちまったときは悪夢を見なかったような……?

 覚えていなかっただけか、それともなんらかの条件があるのか……? 一定時間以上、眠ったからとか……。

 つーかこれ、地味にヤバくねぇ? 疲れもぜんぜん取れた気がしないし、修行以前に冒険の邪魔になるぞ……。

「うなされていたでござるなぁ」

 ……うっ? ああ、ミズハか、いわゆる坐禅ってやつを組んでいる、じいさんも同様に微動だにしていないな、寝ているのかもしれん。ピッカやコーナーは隅で丸くなっている……。

「夢幻の秘術を受けたとみられる」

 夢幻? ああ、そう……といえばそうなんだろうが、

「……わかるのか?」

「悪夢を見せ消耗させるはシノビの常套手段、主に失脚が目的で使用される」

 失脚……か。

「……俺のは修行目的だよ」

「なるほど、たしかにそのような用途もあるでござるなぁ。しかし精神的には摩耗してゆくもの、なかなかの荒修行といえるでござる」

 ……ストレスでイカレるって? このまま何日も過ぎれば……か。

「そう、かもな……。克服するにはどうすればいい?」

「明晰夢にて攻略するでござる」

 明晰夢、昔、文献で読んだことがあるな?

「ええと、夢を夢と自覚し、夢の中で自由に振る舞えるとかなんとか……」

「さよう。それは神通力を得るための修行にも使われる。自在に事を成せるいめぇじが修行への助力になるのでござるなぁ」

 魔術を覚える助けになる……。

「そいつはすごい。具体的にどうやる?」

「寝ずにして見る夢とやらが関係していると聞くが、そもそもが密教の奥義に関連する技術、拙者にもよくわからんでござる」

 奥義かぁ……ならばその知識を得るのも難しいかもな……。

「それはさておき、黒エリ殿よりことづてを預かっている」

 黒エリ、そういやいないな?

「すたじあむとやらに新手のぎゃろっぷぅが多数やってきたとのこと、様子をみてくるのでそなたは動くなとのことでござる」

 なにぃ……?

「またかよ、いったいなんなんだ……」

「なにやらこうこうとしているでござるなぁ。それに先ほど、ものすごい速さの何かが飛来していったでござるよ。流星のように輝いていたでござる」

 こうこうと、いわれてみれば室内がわりと明るいなっ? 月明かりにしても明るすぎるような……。

 それに謎の飛来物? もはや何が何だか……。窓から様子を……。

「うっ……!」

 ……マジか、スタジアムすげぇ光っているじゃん、めちゃくちゃ明かりが点いている!

「ゆく気でござるか?」

 おっと一瞬で音もなく、ミズハが立ち上がった。

「そうだな……」黒エリは大丈夫だろうが「フェリクスたちが心配だ、様子を見てこないと……」

 しかし、俺とてほとんど丸腰なんだよな。行っても足手まといにならないか? 黙って黒エリの帰りを待った方がいい?

 あるいはじいさんやミズハに助力を頼むか? しかし、そもそもこっちの事情とは関係がないしな、あまり巻き込むのも……。

「忠告を聞かぬ確率は九割を超えるだろう、その際は実力をもって止めるように。これもことづてに含まれている」

 なにぃ……? あいつめ、そんなことを……。

「よかろう。これも修行よ」

 おっ……じいさんだ、寝ていなかったのか。

「ゆかせてやれい」

「しかしながら、拙者は黒エリ殿に叱られたくないでござる。それとも師が身代わりとなるおつもりでござるか?」

 空気が神妙だが……。

 じいさんは……答えない?

「ゆかせてやれぃ……」

 いや、より重々しく言い放った……が?

「承知、では師の允許においてゆくがよいでござる」

「ワッシーは……ちょっと提案してみただけじゃ……」

 なんか……急に日和り始めたな……。

「あくまで師の許しにおいてゆくがよいでござる」

「いや、ワッシーは……」

 なんか責任を被せ合い始めたが……。

 いいや、無視して行くかな……。

「まあ、ちょっと見てくるよ」

「気を抜くでないぞ、デッシーよ」

「気をつけるでござる、アニデッシーよ」

 くっ、デッシー呼びが二人になりやがった……。つーか弟子じゃねーし。

 とはいえだ、こう丸腰みたいになっちまうと格闘術とかにも少し興味がでてくるんだよな、なんか簡単に覚えられる技とかないかなぁ……。

 ……さて、外に出たはいいが、やはりここは夜に出歩くもんじゃないな。闇夜に霧がかっていて見通しが悪すぎる。スタジアムの周辺だけは例外だが……。

 どうやって近づこう? あまり目立ちたくはないが、全方位に眩しいから隠れつつってのも難しいだろう。それに近づくにつれ感じるぞ、気配が多い、かなり増えている……! 軽く二十以上はいるんじゃないか……? スタジアムばかりじゃない、その周辺にも複数、なんだこの気配は? パムほどではないが、かなり薄いような……?

 ……やはり慎重に接近しないと、見つかると厄介な手合いである可能性が……って、さっそくいたわ、窓辺に立っている、すでにこっちに気がついている……?

 それにあいつ、あの女は……あのときの、ウォルの軍人……! なぜこんなところにいる? いや、目的は俺か……!

 まさか、ニプリャのいっていた懸念がさっそく顕在化したっていうのか? 軍人だからって行動力ありすぎだろ。

 どうする、接触して大丈夫か? いきなりズドンとかあるかもしれない。引き返してじいさんたちに助けを……って、いやいや! 思えばあのひと野蛮超人たちの師匠じゃねーか! 引き合わせたらかなりヤバくねぇ? もし戦いになったら……あのじいさんだ、軍人でも気にせずぶっ倒しまくるだろう、そうなると事態がえらいことに……!

 くそっ、万が一の場合には俺が仲裁しないとならない、そしてそのためには……なるべくウォル軍との関係をよくしておかないと……いや、そもそも味方である保証なんかまるでないが……。

 くそっ、疑い始めるとキリがないな……どうしたもんか……って、やはりか、向こうも気がついていたらしい、外に出てきた、下手な動きをしなくてよかったな……。

「今晩は」

 やはり以前見たウォルの女、あいかわらず……うふぅ……とため息めいた声を出しているが……装いが違うな。軍服というかポケットの多い戦闘服の類だ、腰に大型のライフルをかけている。

「どうにも……複雑な事態のようですね」

「ああ……しかしなぜあんたが? なんの用だ……?」

「複雑な事態のようですから様子を見に。あなたたちこそ、なぜこのような場所へ?」

 かいつまんで説明をするが……ウォルの女はうふぅと首を傾げるばかりだ。

「なるほど……? ですが、早々にここを立ち去った方がよろしいかもしれませんよ」

 なに……?

「そもそも何が起こっているんだ? なぜこうも明るい?」

「明るいのは電源を入れたからです。どうして入るのかは不明です。何者かが維持をしているのでしょうか? そして誰が入れたかといえばブラッドワーカーです。現在、競技場は彼らが占拠しています」

 なにっ?

「奴らがっ? おいおい」

「拘束されているのはあなたのお友達でしょうか? ですが、それをも踏まえてなお、すぐにここを離れた方がよろしいかと思います」

 まさか、黒エリがいるのにっ?

「黒エリは……」

 いや、知らないか、あのときいなかったしな。

「黒い服を着た白髪の女性でしょうか」知っているのか「おそらく、さらわれました」

 ええっ?

「まさか、あいつに限って……」

「大型の……あれはオートキラーでしょう、それと接触後、一気に連れ去られたそうです」

 オートキラー、軍隊蟻の……!

 見つかっちまったのか……! なんてこった……マジかよ、ニプリャがバレないようにしていたんじゃなかったのか? くそっ、かなり厄介な事態になりやがったな……。

 すぐにでも追いかけたいが、いかんせんどこへ連れて行かれたのかわからない、それに撤退もできない、あいつらが拘束されているんだろう? 放っておいたらどうなるか……!

 ちょっと寝こけている間にいろいろ起こり過ぎだろ、ウォル軍の手前じいさんの助力は危険、ミズハもその弟子だしあまり引き合わせたくはない、コーナーはもちろん、ピッカだって巻き込むのは……。

 とはいえ、俺ひとりで何ができる? ウォル軍に助けを求めるか、借りをつくって後々後悔しないか、そもそも後々なんてあるのか……?

 ともかく、最低限の情報は得ておかないと……!

「……ブラッドワーカーはなぜ、ここに?」

「明白ではありません。ですが、あなたが標的である可能性が高い。それでもお友達を救出したいと?」

「それはもちろん、あいつらは無事なのかっ?」

 ウォルの女はうふぅ……とうなり、

「今のところは。慎重な立ち回りが必要となるでしょう。では中へと入りましょうか」ウォルの女は口元の小さい機械を触り「フィールドへ向かうぞ。フォックスステップ・セブンツー」

 ……そうか、スタジアム周囲の薄い気配はこの女の仲間か……。いつでも動けるよう待機しているんだ。

 そして中へ入るが……おっと、どう見てもウォルの軍人、大柄な男……壮年か? いまいち年代がよくわからんな。

 そして見たことのない男女二人、ひとりは頭を油で固めた燕尾服の男、そして軍服のような白い制服? を着た若い女、こっちは髪が白いぞ……!

「初めまして、自分はメリオケット・バニーコナーです!」白髪の女だ、無闇に声量があるな!「通報を受けまして、オートキラー対策協会から馳せ参じました!」

 なにっ?

「対策協会っ……?」

「オートキラーの脅威はみなにとって同様ですからね」ウォルの女だ「その所属に関わらず、対策協会からの擁護が得られるのです。そして最近はもっぱらブラッドワーカーからの要請が多いそうです」

「多忙です!」バニーコナー嬢だ「なんでも、誤って攻撃をしてしまったそうで、延々とつけ狙われているそうなのです!」

 まさかあのとき、ジュライールの……?

「でもあんた、あんな奴らに近づいて大丈夫なのか……?」

「はあ、問題はありませんが……」

 なんかきょとんとしているが……。

「対策協会の特派員はある種、特権的なのです」ウォルの女だ「加害や対立をしてもよいことは一切ありません。それはいかなる個人、組織においても共通の認識事項です」

 なるほど……?

「というか、オートキラーってあの、軍隊蟻とかいう機械人間たちのことだよな?」

「そうです!」

「あれと戦うのかっ?」

「いいえっ、作戦行動の中止を要請しています! 現在は撤退した模様です!」

 まさか……いや、やはり……。

「あんた、エンパシアなのか……?」

「はい! 一応は、そうらしいです!」

「一応は?」

「いろいろと度合いに差があるようです!」

 なるほど? まあ黒エリなんかは特に力が強いらしいしな。

「だが、エンパシアがあいつらに関わったら……つきまとわれるとかなんとか……」

 黒エリもそれでさらわれたんだしな……。目的はあくまで保護らしいが……。

「大丈夫です!」バニーコナー嬢だ「自分は軽度なので!」

「軽度……?」

「ちょうどよいのですよ」うふぅとウォルの女だ「あれらと敵対されることはなく、ある程度の要望が通り、しかし過度に保護されることもない」

 ちょうどいい……裏を返せば使い勝手がいい……。

 軽度、力が弱いってことだろうが、しかし、そんな病状みたいに……。

「あなたのお仲間にも二名、いらっしゃるとか……。どうでしょう、バニーコナー特派員をご紹介してみては……」

「それは……」

 まあ同類同士、気が合うこともあるんだろうが……。

 エリと黒エリも仲がいいし……。

「でも、黒エリは連れ去られてしまった……」

「はい……! 自分もその場に居合わせましたが、残念ながら阻止は不可能でした……! なんせあっという間の出来事でしたので……!」

 それがミズハのいっていた流星のような光の正体だろうな。

「さらわれたとはいいましたが、実際には強制的な保護行為でしょうね。さぞかし強力なエンパシアとお見受けします」

「まあ、ね……」

 無事ではあるんだろうが、はたして奪還は可能なのか……?

「やはりご存知でしたか、エンパシアの特性を……」ウォルの女はうふぅうと笑む「……ところでもう一名、いらっしゃいますよね? 彼女は大丈夫ですか? 我々といたしましては、ぜひ彼女と……」

「エリは同行していないよ。ちょっとあって友人のところへ身を寄せている」

「ほう……」

 うふうぅ……とウォルの女はうなり、

「……ですが、お別れしたわけではありませんよね……?」

「それはもちろん……。そのうちに会いに行こうと思っているんだ」

「なるほど」ウォルの女は頷く「ええ、物事には順序がありますからね、今日はあなたにご紹介でき、よかったです」

 俺は単なる橋渡し役だろ、というか……。

「……そういや、あんたのお名前は?」

「ああー……」ウォルの女は頷き「これは失礼、うふぅゔっ……うぅ……」

 ええ……?

 いや、なんか大丈夫か、この人……?

 なんかみぞおちの辺りを押さえているが、病気とか……?

「おいおい、大丈夫か……?」

「ええ、大変に失礼を……。私はウォールエアフォース、共同対策センター室長であるルゥヴ・ヴォラッフ中尉です。以後、お知りおきを……」

 中尉か……小隊規模の長だとすると比較的身軽な実働部隊なんだろうが……というか、名前すげぇ発音しにくそう……。

「私はウォヴォ・ガワヴウと申します」

 大柄なウォル軍人だ、握手を求められた。灰色っぽい体毛で見た目はいかついが表情は気さくそうだな。つーかもはや名前がよくわからん。

「ヴォラッフ家の執事、といったところですかな」

 ……にしても、只者じゃないな。気配の質が普通じゃない。例えが正しいかわからないが、まるで陶磁器の名器みたいだ。洗練された上で無二の何かがあるような……。

「ですが階級は少佐です」中尉だ「その辺りは複雑ですが、お気になさらず」

 うん? 室長である中尉の……お家の執事が少佐であるこの男だって?

 まあ、気にするなっていうならしないが……。

「……ええっと、それで、共同対策とかって……なに?」

「我々はウォルに対して友好的な個人ないし小規模のグループとの作戦連携に定評があります」

 ようは助けてやるから協力しろって話だろうな。なんで俺なんかを……とは思ったが、なるほどロードゲイザーなるものだと思い込んでいるなら、なんらかの利用価値があると踏んでいるわけだ。

 これはこれで厄介だが、無下にはできないし、今となっては助力も必要か……。

「そうか……まあ、前向きにね……」

「ええ、我々はよき友人になれるはずです」

 初対面で脅してきやがったくせによぉ……!

「……で、あんたは?」

 さっきから微動だにしていないな、見たことのない男だが……なぜに燕尾服を?

「私はフランツ・マヒッシァと申します。スーパーエスコートでございます」

「エ、エスコート……?」

「ジェントル・コーデックスですよ」中尉だ「寄り添い業です」

「……なにそれ?」

「文字通り、寄り添いを行うサービス業です。天使の道しるべ、地獄の案内人、無害な隣人、不気味なつきまとい、異名は様々です。個人的な見解を申し上げますと、関わらない方がよろしいでしょう」

 中尉とは関係がないところのやつか……。

「いや、そもそもそんなサービスは頼んでいないんだが……」

「ある界隈ではある種の親睦の証というか……牽制というか、まあ理解し難いという点では同意しますね」

 中尉はうふふぅ……と笑むが、けっきょく何なんだ?

「いや、えっと、わざわざ来てもらって悪いんだけれど、エスコートは不要だよ」

「もちろんお邪魔はいたしません。いかようにも」

 男は丁寧にお辞儀をするが……帰る気配はないな……?

 というか、なかなか特徴のない男だな……。二日もしたら顔を忘れそうな感じ……。

「ええっと……」

「様々な異名が示すとおり」中尉だ「厄介な手合いなのですよ。追い返すことも含めて関わらないほうがよろしいかと思います」

「ええ……?」

 なにそれぇ? 普通に薄気味悪いんだが……。

「失礼……」おっと燕尾服の男だ「ローミューン様、伝言を預かっております」

 またことづてか、なんか紙を取り出したが……。

「〝拝啓、お忘れでしょうか? 私はいっときブラッドワーカーに所属していましたよね。それは依り代となる体を作り出すのに都合がよかったからです。簡単に死体が手に入りましたので〟」

 なに? 誰だよ……。

「〝私が簡単に引き下がると思ったのかなぁ? 残念! 黒エリちゃんは私が彼方に連れ去りましたぁ!〟」

 ああっ?

 なに、まさかっ、ゼラテアッ?

「〝ちゃんと謝るんならすぐ戻してあげるけど? あと私が戻った際にはこまめに充電すること! わかった? わかんないならあのバカどもとせいぜい仲良くするんだね! あーあかわいそ!〟」

 はっ……、

 はぁああああああっ? 連れ去ったって、あいつかよっ?

 おいおいおい、なにしてくれてんだよっ、あいつぅうぅ……!

「以上でございます」

 ございます、じゃねーよ!

「あっ、あんたっ、あいつと繋がりがっ?」

「いいえ、私は単なるメッセンジャーに過ぎません。メッセンジャーに私が選ばれたことにも意味はありません。私はあなた様が辿り着くべき場所へとエスコートをするのみです」

 俺の、辿り着くべき場所ぉ……?

 お前が俺の何を知っていやがるってんだ?

「お気になさらず」中尉だ「労力の無駄です。して、どうにも事情に心当たりがあるようですが、そのお手紙の差し出し人は……」

 ゼラテアだが、あいつに関しては俺もよくわからんのだよなぁ……。身勝手なタイミングで情報を投げてくるくせにこっちの質問にはろくに答えねぇーし……。

 まあ、簡単に説明はしておくか……。

「なるほど……!」

 説明を聞いた途端に中尉は得心顔だ?

「なるほど、なるほど……。そうなっていたのですね、なるほど……」

「……なにが、なるほどなの?」

「わからない理由がわかったというべきでしょうか。大変に失礼ながら、あなたは外面的にいってあまりに不審なのです。独特のコネクションを利用して何かを企てているように見える」

 はああぁ……?

「いっ、いやいや、ずっと振り回されているだけだがっ?」

「ええ、理解していますとも、我々は……。ですが、外面的にいえば、なによりカムドとの関係がよくありません。その対立構造を演出している様がとくに……」

「いやっ、マジで対立的ではあるんだがっ? 仲良しなんかじゃねーんだよっ!」

「ですが、食事を共にしていらっしゃったでしょう?」

 そっ、それはそうだがっ?

「あれはハメられたんだよ! 一方的に接触してきやがったんだ!」

「俗にいう、あの野蛮超人たちとも交流がある」

「それも一方的に絡まれてんだよ!」

 うふぅうううう……と、中尉はこっちを見つめるが……。

「ええ、理解していますとも……我々センター室は……」

 くっ……! 含みがありまくりだが……!

「僭越ながら進言させていただきますと」燕尾服の男だ「より繊細に立ち回る必要がおありと存じ上げます。ゆえに状況の整理が必須、現在必要な情報を提供させていただきます」

 いや、それより……。

「あんた、俺たちの話を聞いていたか? 俺に関わっているとマジで死ぬぞ、俺だっていつ死ぬかわからんし……」

「すべて承知の上でございます」

 男はまた丁寧にお辞儀するが……聞く気ねぇなぁこいつ……。

「では説明させていただきます。ブラッドワーカーは元老院の手を離れ独自に活動を始めました。いえ、従来より副業と称し、多方面との繋がりがあった模様ですが、最近はそのコネクションとのビジネスが本流となったようです」

 ……そういや、元老たちはハイロードがどうだとかいって、どっか行ってしまったんだよな。

「ですが現在、危機的な状況にあります。どういう理由か、首領であるジュライール様がオートキラーの標的となったためです」

 やはりか、あのときの銃撃の報復だろうな。

「そのため、なし崩しに交戦状態となり、今や組織全体が標的となった模様です。それゆえに対策協会の特派員を要請しているのですが、ゼラテア様が攻撃中止命令をさらに中止するという、イタチごっこの様相になっています」

 ちょっとしたミスから壊滅の危機っていうのは敵ながら悲惨なもんだぜ……。

 ……にしてもゼラテアが?

「しかし、なぜゼラテアが……?」

「そこまでは存じ上げません」

 あいつがブラッドワーカーを始末しようとしている? それはそれで文句はないが、いったいどうして?

「それで、この先に奴らがいるって?」

「はい」

「人質たちもいる?」

「はい、今のところはご無事です。あなた様をお待ちになられていると思われます」

「そうか……」

 まあ、行くしかなかろうな……という意気込みが伝わったわけではないだろうが、中尉がうふふぅうう……とみぞおちを抑える。

「……行くのですか?」

「ああ……というか、あんた本当に大丈夫? 具合悪いんじゃないの……?」

「いいえぇ……」中尉はうふぅとうなる「なんら問題ありません。では行きましょうか……」

 本当かよ……? いち早く歩き出したが……。

 はあ、一難去ってなんとやら、厄介ごとに関しては出入り自由だな俺の周辺はよぉ……。

「……お嬢さまはご心労が絶えないのです」

 うんっ? 少佐が囁きかけてきた。

「ウォルでは立場に応じた名誉があり、そして責任もあります。その重圧が日々、のしかかっているのです」

「そう、か……」

 つまりストレスで胃が痛いってわけだ……。

 ……って、もしかしてその原因の一端は俺にもある? だとしても責任は取れんよ、俺だって好きでこんな状況になっているわけじゃないんだしさぁ……!

「……うっ?」

 階段を上った先は競技場だが……その中央、なんかいろいろいるなぁ、フェリクスたちもいる、やはり拘束されているらしい……って、あれっ? つーか観客席にいる、栄光の騎士がいる! 静かに座っている……。

「おっ、おい、あんた……?」

 栄光の騎士は、こっちを見るが……。

「何してんの……?」

 なんかため息をついているが……。

 いや、俺がいう台詞じゃないが、お前の獲物たる皇帝があいつらにとっ捕まっているんだぞ……? なんかこう、いいのか……?

「それよりあれを」

 中尉だ、それよりって、こっちとしてはこいつの出方とか、わりと問題なんだが……って、おいおいっ? 中央の集団に機械人間らしきものがいるぞっ? 全部いなくなったんじゃないのかっ?

「おいっ、あんた、軍隊蟻はみな撤収したんだろっ?」

「そのはずですが……」

 きょとんとしているんじゃねーよ!

『おーっす、らっしゃい!』

 おっと何だ、声が辺りに響く……。誰だあいつは?

『ルーザーのダンナをヤッたってのはアンタだな、さあ、こっちにキちゃいなよぉっホゥー! あっ、でも、グンプクキてるヤツらはオコトワリー! ダセェから!』

 金髪の若そうな男だ、背広を着ているが胸元がはだけている……。

『ヘイヘイどうした、びびってるぅー? はよしな!』

「……あんたたちは駄目だってさ」

「これを」なんか小さな機械だ?「カバーを開いてスイッチを押してください。すぐに駆けつけます」

「ああ……ありがとう」

『なにしてんのっ? ハヤくコイってよー!』

 それにしてもジュライールの姿はないな? まあ、軍隊蟻に狙われているらしいからな、あまりうろつきはしないか。

 他にもいるな、奇抜な装いの変な奴らが五人、まあ、ご希望に沿って行ってやるか……。

『はーいヨロ! オレちゃんはラヴシール・クラウザーっての! ナカヨクしようねー!』

 誰がするかよ……。

『さて、ミてのとーり、アンタのナカマはオレちゃんのドレーになってます! タスケたいならオネガイキいてヨロー』

「軍隊蟻の件か」

『そう! めちゃくそヤバくってさ、ダチのほとんどブッコロされちゃったんよ! ま、オカゲでオレちゃんがニギっちゃったんだけどジッケンってやつをさ、でも、ヤバいのはカワらんじゃん? だからタチケテほしいんよー!』

「嫌だといったら?」

『もちコロス……あ、このコはベツね』

 なにやら皇帝の肩に手を回すが……このコっていうか、そいつ男だぞ? いや、わかっているならいいんだが……。

『つかこのコはオレちゃんのモンになったんよ!』

 あっ、そういうことをいうと!

「貴様ぁあっ!」

 サラマンダーがすぐキレる! だが後ろ手に拘束されているんだぞ、圧倒的に不利だろ……!

「待てっ! 堪えっ……」

 クラウザーがっ、サラマンダーの腹に一撃を……って! 一直線にぶっ飛んでいって……遠くの壁に激突したぞっ?

『ダレがウゴいてイイっていったよ?』

 風が巻き起こっている、ただの腕力じゃないな、魔術かなんかだろう。派手だが威力はさほどでもなさそうか? 遠くでサラマンダーが動いている。

 ……それにしても、みなどうして捕まったんだ? 気配からの予測に過ぎないが、どいつもシフォールよりは弱そうだぞ……?

 いや、皇帝の首に見慣れない首輪、装置? がついているな? なるほどあれのせいか……。

『おっとそうだ、アンタにメッセージがあるんだった。ダンナからね』

 なに……?

『ちょっとミテやってよ』

 なにか装置を操作したようだが……?

『やあ!』

 うおっ、おおおっ……? 中央の画面、あそこに映っているのはっ……!

『驚いたかい、レクテリオル・ローミューン! 俺さまだよ!』

 ヴァッジ、スカルッ?

『これを観ているってことはお前が勝ったってことだね! やるぅ! まったく、戦闘なんて慣れないことはするもんじゃないね、ガックリちゃんよ! だが俺さまの座右の銘を覚えているかい? そう、負けるが勝ちってやつさ!』

 そんなの知らねぇがっ……?

『俺さまの死をトリガーに発動する計画があるのさ。いったろ? 俺さまにはあの船を動かす権利があったと! だが残念ながら等級はあまり高くなくてな、お前をエリミネイト対象に指定するためにはいくつかの条件が必要だったんだ」

 なにぃ?

「一つ、キラーへの加害! 二つ、エンパシアへの加害! お前は両方の条件を半分くらい満たしたので、合わせ技でイッポンてな具合さ!」

 なにぃいい……?

「しかしまだ問題があってな、お前が加害者であると伝達する必要があったんだ。キラーはスタンドアロンな上に特定の相手からの情報しか受け取らないからねぇ!」

 伝達だと……?

「そこに対策協会の特派員がいるだろう? いるよな? いるとしてだ、そいつらはエリミネイト対象から外すという任務の他に破壊されたキラーの回収を任されているんだ。パンピーが下手に残骸に手を出すとやはり対象に指定されちゃうからな。だから俺さまの残骸も奴らが回収し、キラーどもに返却するため特定の場所へと運んだろうさ!」

 バニーコナー嬢は……やはりきょとんとしている……。

「残骸から戦闘データも回収されたはずだから、その時点でお前は対象に指定されたはずだ! と思うんだが、そう一筋縄にはいかないだろう。さっきもいった通り、情報の伝播速度はそう早くないからねぇ、時限爆弾がいつ起爆するのか、俺さまにも予測がつかないわけだ。だがそれだと不味いわけだ、なぜならお前って奴にはエンパシアの仲間がいるからだ。そいつらにちゃぶ台返しされちゃあガックリちゃん! なんだな」

 エリや黒エリか、しかし……。

「殺すのが最善だったがそいつは難しいと踏んだ。片方にはいわくつきの厄介者が取り憑いてるようだし、もう片方も……相当にヤバい奴な可能性があったからな」

 なんだと……? 黒エリのニプリャにはまあ、そういう雰囲気があるが、エリもというのは……?

「だったらひき離そうって算段さ、上手くいってるかなぁ? もちろん俺さま主導の計画ではない。俺さまは黒幕ってガラでもないからな。思惑という波を乗りこなすサーファーってところさぁ!」

 ……なんだと? 奴以外の、作意がある?

「さあ、ここからが本番だ、第二ラウンド開始といこうか! スイッチポン!」

 うっ? なんだっ?

 なんだっ? あの映像はっ?

 子供たち? いろんな種族の? 裸の子供たち、血まみれだ、そして映っているのは……老齢の男、厭な笑顔だ……どこかで見たような……。

 映像は、消えた……。

『おおっと、さすがはダンナぁ……』クラウザーだ『ちょっと驚きだぜ、今のはヴァメール・サガサだよな? 噂はあったがマジだったとは、クソ聖人ぶりやがって、オレらよりよほどクズじゃねーか!』

 そうだ、戦艦墓場で見たどこかのお偉いさんだ……。

『つかマージやっばーいじゃんっ? オマワリサンにオシえてあげなきゃ!』

 しかし今のは何だったんだ、いったい何が起こっている?

 軍隊蟻の話だったろ、いきなりなぜっ?

「おおおお待ちください!」おおっ? バニーコナー嬢だ?「まずは映像の真偽を確認しませんとっ?」

 なんだかすごく焦っているが、組織的な繋がりでもあるのか? 端末でどこかに連絡し始めたが……って、通信だっ?

『よおおおおおおい、いつものブタ野郎、ゴー・ハーシュさ! いつかのレクテリオルさんで間違ってないよね?』

 ああっ? なんだいきなり、あいつからっ?

『なんかさっきさ、超絶エグい映像送られてきたんだけど、これレクさんの仕業ってほんとっ?』

 はあ……?

「えっ? なにが?」

『そういう指示だって、リークがあったのよリークが』

 なにがあっ?

「俺っ?」

『そう』

「俺がぁ? 指示した?」

『そうだって』

 はあぁああああ……?

「いっ、いやいや、違う違う、まったく関係ねぇーよ!」

『でさ、また出演依頼したいんだけど……すぐイケるクチ? なんか朝方にグゥーと合流するんでしょ? そのまま来てくれない?』

 いや、聞けよ!

「いやいやいや、だから……」

『ごめん! すみません! 申し訳ない! 前のはほら、ウケがいいからああいうのさ、演出なのよ、そこは正式に非を認めてね、訂正するからさ、お願い!』

「いや、だからマジで俺は関係ねーってのよ! あるわけねぇーだろ、俺は一介の冒険者だぞっ?」

『うーん、でも、その言い分ってリアリティないんだよね』

 はあ?

「なんで? ただの事実だろ」

『一介の冒険者ごときがあちこち顔きくわけないじゃん』

 ええ?

「その言い分こそわかんねーよ! きく顔がどこにあんだよ! ずっと振り回されっぱなし、利用されっぱなしだっての!」

『そのことをいってるのさ』

 なにぃ……?

『あと昨日ストームメンやシンガードと戦ったらしいじゃん。そっちもエグい反響あってさぁ……』

 なんだと? もうそんな話まで出回っているのか! つーか後者は俺じゃないんだがっ?

『こっちから出向いてもいいけど……そういうの許すと突撃取材がひっきりなしになっちゃうよ? 下手に前例つくるより、会場でさぁ……』

「とっ、ともかくだ! 少し、あちこちに相談したい! 後でな!」

『あっ、ちょっと……』

 何だっ? 何がどうなっている?

 俺が指示した? なんでそんな話になるんだよっ?

 意味不明だが対処しないと、ヤバいぞ、なんかめちゃくちゃヤバい気がする……!

「おい、グゥー!」

『うーん……』

 なんか眠そうな声だな! そういやいま深夜だもんね!

「おい起きろ、ヤバいんだって!」

『……さっきハーシュからわけわからんメッセージきてたが……お前をまた出したいとか……』

「ハメられたんだって!」

『そうか……で、出るの……? 塩作戦はどうすんの……?』

 あー……それあったわなぁ……。

 でも実行できそうな状況にないし……なにより、栄光の騎士の奴がなんかしょんぼりしていたし、そこに致死量の塩をぶっかけるのも……。

「……ま、まあそれは後かな、今はあれだ、なんかサガサ? とかいうお偉いさんがええっと……とにかくひどい変態らしくてな、そのことを暴いた写真? っぽいものが暴露されたらしいんだ」

『はぁ? サガサァ?』おっと少しは目が覚めたか?『そいつは倫理協定監査委員会の副委員長だ、五、六年くらい前にな、妙な噂があったんだが、政敵が流したデマだってことで決着したはず、またなんか出てきたのか』

「でだ、その写真? を撮るように指示したのが俺だっていう、わけのわからん話になっているんだよ!」

『はあ? ……なんで?』

「俺が知るかよ! ヴァッジスカルの罠だよ!」

『ヴァッジ……?』

「ルーザーウィナーだよ!」

『ああー、ブラッドワーカーの? なんで? あいつ死んだんだろ?』

「なんか生前に仕込んでいた計画みたいでな!」

『ええ……? 死んでなお、お前を追い込もうとしてるって? んな馬鹿な』

「その馬鹿なことが起こっているんだよ!」

『あんなところに突っ込んでいくからおかしなことになんだよ』

「説教よりアドバイスくれよ!」

『いやぁ、大々的に否定した方がいいんじゃね?』

「まさか、またあの番組に出ろって?」

『まあ……』

「嫌なんだがっ?」

『そう……』

「他になんかないかっ?」

『うーん……』

 おい、わりとマジで嫌なんだがっ……?

 聞いているのかおいっ……?

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