私はいつも、苦笑い
趣味? 趣味は読書かな『水面街道』『晩餐と雷鳴』『メランコリーヌはひたすら綻びる』『階段、落下』『いっそあなたに』『窓辺の蟷螂』『ニサ・ニーの華麗なる事件簿シリーズ』『祝福はいずこ』『ザザ・エクザ』『空間とものさし』『矛盾の価値』『なぜ人は笑うのか』『巨大建造物の世界』『猫は猫』『煮沸を知ろう』とか面白かったし、栞として押し花をつくるのも好きで、植物を探しに散策にもよく出かけていてね、あと楽器もいろいろやっていた、やっぱりピアノが好きだったな、ファニール・ピッツの『歩幅』とか毎日のように弾いていたし、そうそうあと絵も描いていて、油絵より水彩画、とくに水を描くのが好きだった……けれど、
……まあ、なんだか恥ずかしいからいいや。
見えてきた、かなりでかい建物だ、とくに横幅がすごい、数百メートルはあるんじゃないかっ?
「ありゃあ、なんの建物だっ?」
「スタジアムというらしい。ようは競技場だ」
「競技場……! ああ、フットボールや拳闘とかやる場所か!」
……そういや昔、親父に連れていってもらったな。表向きの理由はあいつらの世話係としての随伴だったが、実際にはほとんど旅行……いや、旅のようなものだったか。
エジーネの準備がひたすらに遅かったなぁ。おめかしか知らんが死ぬほど遅くて、そうそう、待っている間に御者のおっさんや馬と仲良くなったっけか。あいつがようやく現れて、おっさんに教えてもらいながら馬車を走らせたんだ……。
駅に着いてからも長かったな。目当ての蒸気機関が途中で燃料だか水だかが尽きたとかで立ち往生したんだ。駅前には露店が数多く立ち並んでいて、これまたエジーネがよくわからない装飾品に夢中になり、くそみたいに待たされたんだ……。
ようやく蒸気機関が到着してからも長かった。目的地のビルバニアに着くまで八時間くらいかかったんだったか。競技場があるだけあってかなりの大都会で……ホテルも豪華だった。食事もあいつらと同席だったが、これまたエジーネのご高説に付き合わされるはめになってひどいもんだった……。
……なんて、さっきあいつに会ったからか、せっかくの思い出にもあいつがいちいち出てきやがる……っと、そろそろ到着だな。フェリクスたちがこっちへと近づいてくる。
「スタジアムとは妙案ですね」シフォールだ「逃げ隠れるに悪くない場所です」
「おそらく夜通しの作戦になる、体力的に大丈夫か?」
「僕たちはともかく、アンヴェラーはいろいろと消耗しつつありますね」
「なんとか耐えろ。明日の朝、グゥーが塩を持ってきてくれるから」
「しお、塩ですって?」
「ああ、奴は塩に弱いらしい」
「……まさか? そんなもので……」
「それしか情報がないんだ、もしそれでダメなら……あの機械兵士に任せるしかないな」
さて、競技場はすぐそこだが……どうやらいくつも入り口があるらしいな?
「黒エリッ、一足先に入り口へと向かい、鍵とか掛かってないか調べてくれないかっ?」
「了解した!」
すごい加速をみせて黒エリがいち早くドアへ、開いたようなのでどうやら掛かっていないらしいな!
「よし、いくぞ!」
内部へと侵入する、通路が左右に分かれている、正面に見取り図があるが、ゆっくりと見ている時間はない。しかし、おおまかな構造はわかったぞ。
中央に大きな競技場があり、それを囲むように通路が伸びている、つまり周回できるわけだ。なるほどこの形状なら袋小路に追い詰められる可能性も低いだろう。
「明朝まで我々は手を貸さん」おいおい黒エリ?「せいぜい逃げ果せるのだな」
なんか……皇帝さんはやや不満げな様子だが……? 息が荒いし、あまり体力もなさそうだ……。
「いやまあ、助力が必要なら……」
「期待はするな。どうした? 動け、すぐに奴らが来るぞ!」
四人は走り出す……いやっ? フェリクスが動かない……?
「先に行っててよー!」
大丈夫かよ、なんか……マジかあいつ的な目でシフォールが見ていたぞ……。
それはそうと音……というか悲痛な声が近い、現れたな、栄光の騎士らしい何かと機械兵士だ……!
窓から見える、何か光っているな? 火炎放射じゃない、光線か? 断続的に撃たれているようだが……。
「俺たちも動かないと」
「少し離れて様子をみよう」
なに……? なんで……と思っている間に入ってきた……!
うわぁああ……! なんかもう、マジで人の形をしていない、人間の面影をもつなめくじみたいになっちゃっているぅ……って、機械兵士が武装を取り替えたぞっ? なんか、なんか……刃がたくさんついた……ものが回転し始めてっ……栄光の騎士っぽいものを斬りつけ始めたっ……?
それに、こっちへは来ない? 皇帝たちが去っていった方向へと向かっていく……! 機械兵士も一瞬、こっちを見やったように思えるが、敵意のようなものは感じない……。
「見たか?」黒エリだ「バックパックに大量の武器が搭載されおり、身体各部の装甲も高度な素材が用いられている。単騎でも相当な戦力だぞ」
ああ……それもそうだが……。
「……なぜだ? なぜ奴は正確に追っていける? とりあえずこちらへと来そうなもんだけれどな……」
「気配を辿っているか、あるいは独自のセンサーのようなものがあるか。それはそうと、なぜ貴様はここにいる?」
フェリクスは近場の長椅子に座り、
「ちょっと、今後の話がしたくてさ」
いやお前、いまは皇帝の安全じゃねぇ……?
「グゥーさんに相談したくてさ。あとで話し合う場を設けてほしいんだよ」
まさか……。
「なんだよ、まさかこの地の俳優業に関わりたいって……?」
「そう」
「馬鹿者、いまする話か……!」もっともな指摘だ「さっさと奴らの元へ戻れっ……!」
「なるべく早くいっておきたくてさ。じゃあ、またね」
そして走り去っていくが……。
「しばしば正気かどうか疑う言動はあったが……」黒エリはため息をつく「いよいよかもしれんな」
「いやあ、最近あいつ、映画なるものを観てさ……」
随分と感化されてしまったらしいな。しかし、いま言い出さなくてもいいだろうに……。
「ふん、だが皇帝の方は……いや、いい」
「……え、いいって?」
「どうでもよい。そもそも皇帝派と付き合うこと自体、悶着の種にしかなっていないだろう」
そりゃあ……まあ、でも、お蔭というべきか、コーナーに会えたりしたしな。彼に対してはどこか……興味がある。ニプリャとも無関係じゃなさそうだし……。
「ともかくだ、一応ここの地形を把握しておかないと。それくらいはいいだろう?」
「まあ、そうだな」
とはいえ、気になるところへ自然と足が向かうところからして俺とてあまり真面目じゃないのかもしれん……。
でもちょっと見てみたいし……!
「うおー! すっげぇなぁ!」
中央に広大な競技場がある! 緑の芝生に鮮やかな白いライン……! 人がいないっていうのにずいぶんと綺麗に保存されているもんだな!
それに階段状に傾斜のかかった座席群もすごすぎる、いったいどれだけの数があるのか、数千程度じゃきかないだろうぜ……!
「おおー、こりゃあとんでもないな!」
いわば機能美ってやつなんだろうが、ここまで徹底していると絵画的な印象すらある光景というかさ……!
「奇妙だ、整い過ぎている」黒エリだ「管理者がいるのか? しかし、人はおろか機械も見かけないが……」
「まあ、ときどき整備とかされているんじゃないか」
それより、ちょっと座ってみようかな? いや別にだから何だというわけじゃないけれど、せっかくだし……。
「ここで休むのはあまり推奨しないが」
「いや、ちょっと座ってみたかっただけ……」
「そうか」
黒エリが隣に座る……と、椅子がややメキッと音がしたような……? もちろん口にはするまいが……。
「……すごいなぁ、すごくない?」
「そうだな」
黒エリさんはこういうのに興味とかまるでない感じかい……?
なんか、会話が終わると一瞬で圧倒的な静けさに包まれるんだけれどもよ……?
「……そうだ、お前ってさ、なんか好きな競技とかあるの?」
「ない」
ないかぁ。まあ、そうだと思った。
「……じゃあ、なんか趣味とか、あるの?」
「ない」
ないかぁ。
「読書くらいだな。昔は絵画や楽器などもやっていたが。あと散策とか、押し花とか」
けっこうあるんじゃねぇかよ。しかもなんか可愛いの混ざっているし……そういやこいつ、元はお嬢様? みたいなのだったっけ……。
「あと趣味とは違うだろうが、なんか建国とかいってたよな」
「ない」
ないかぁ?
「私は建国しようとはひと言もいっていない。あ奴らが、ヘキオンとボイジルが言い出したことだな。まあ否定はしまいが」
そんなもんかぁ……。
「あれっ、お前ってなんか目的とかないの?」
「ない」
ないかぁ?
「蒐集者をぶちのめすとかさ」
「ああ、そうだな……そうだが」
まあ……気が抜けない相手には違いないが、無闇に争うのも損というか、なんか変な馴れ合い状態になりつつもあるしな……。
「お前って……けっこう変わったよな」
「そうか?」
「ああ。あとそう、ニプリャとかいまどうなってんの?」
「いつもの通りだよ」
そのいつもがよくわからないんだが……。
「つーかそもそも、混ざるってどうなってんの? なんかこう、嫌じゃないの? ようは他人だろ」
「嫌だと思わないとしたなら、どれほど複合しようと統合の範疇に収まるんだよ」
なるほど……? まあたしかに、嫌だからこそ問題があるといえるがそうじゃないならまあ、いい、のか……?
「心の声に違和感を覚えないのと同じようなもんか」
「そうだな」
「困っていないのならいいが、それにしてもすごい技術だ。どうやったら二人が一人になるんだよ?」
「秘術には違いないが、本来の機能を応用しただけともいえる」
うおっ……? ちょっと目を離した隙に、いつの間にかニプリャの姿になっているっ……?
「お前……いきなり変身するなよ!」
「ちょっと代わってもらったんだ」
代わってもらった? ということはこいつ、姿だけじゃなく中身もニプリャか!
「おお、お前……! よく顔を出せたなぁっ……?」
「まあまあ、そう怒らないで」
いやっ……お前はなんか変だぜっ!
「お前よ、もしや黒エリを騙していないよなっ?」
「そんなことしないよぉ」
普通に否定しくさっているが……くそっ、猫みたいな顔しているから表情が読みにくいな……!
「ちょっと……さぁ、真面目にお話しようか?」
「いいよぉ」
とはいえ一対一で話しても埒が明かないな、どうとでもはぐらかされるしな、もののついでだ、まだいるのか知らんがあいつも混ぜて話そうか……!
「じゃあ、とりあえず電撃もらっていい?」
「いいよぉ」
生返事もいいところだが……肩を掴まれ! ドンと一撃きたぁああ……!
よし、充電したしあいつも現れる……かっ?
いや、見当たらないな……。
「……おい、ゼラテアッ!」
「なにさ」
うおっ? いたか! 真後ろの席にいた! ……なんかふてぶてしいが、なにって逆になんだよお前……。
「ちょっと説明とかしろよお前らさぁ……。何がどうなっているんだよ……!」
「何が聞きたいのさ」
「ゼラテアだと?」
ニプリャはゼラテアを見ている……ように見える、見えるのか?
「よく顔を出せたな。除霊されたいのか?」
「まあまあ」
そういやこいつらでなんか取り決めあったくさいんだよな、レクテリオラ絡みで……。
まあいい、さっさと要件を切り出さないと!
「エジーネに来いっていわれて行ったらあのザマだ、どうにもお前らの思惑通りな感じだったから、ようはつるんでいるんだろ!」
「いや別に」
「利害関係がときどき一致するだけだね」
なにぃ?
「嘘つけ、何の企みもなくあんな風になるかよ!」
「そりゃあ」ゼラテアは肩をすくめる「もろもろのタイミングが一致することはあるからねぇ」
なにぃい? いやあ、なんか変だろ!
「なんの計画もなくあんな風にはならんだろうっての!」
「だから、タイミングが合ったんだって」
「なんのタイミングだよっ?」
「あんたの前世を呼び水として利用するタイミングだよ」
急にあんた呼ばわりときたもんだ。
まあ飄々と躱されるよりは話が進むか。
「あんたタチが悪いんだよね、弱いくせに死なないし、交渉しようとしても断るし、いっそ違ってればよかったのにさ」
違っていれば……?
「現れたエリクシールも扱いづらいのでさ、なにより復活に懐疑的だったのがよくない、計画っていうなら頓挫してばかりだよ。どれだけ時間をかけて調整したと思ってるんだ。まあノウハウは集まったから無駄骨ではないけどさ」
なんだこいつ……だが、これが本音ってわけだ!
「そうじゃなく、知っていることを教えろってんだよ!」
「うーん……」
なんか唸ったまま空を見上げるが……。
「……ゼラテアはたくさんいてね、私はリヴァースというんだ」
「それは聞いたよ」
「もともとはセラティア・ローミューンが開発した人工知能で、セラティアシステムがベースとなっている」
そう、そうだ、その名前……。
「ローミューンって……」
「あんたの先祖かもしれないね。それでね、セラティアシステムは階層的であり、各段階においてカオスファクターを排出するんだけど、それを内部循環させるゼロレート・セラティアシステム、略してゼラテアシステムが考案されたんだ」
そうか、やはりこいつは……。
「ゼラテアは独自性が高く、利用者の影響を強く受けて個々の進化を遂げていった。なかでも強力な異能力を主人にもつゼラテアは他を遥かに凌駕する進化を遂げて、別次元の存在となった。私がそのひとつ、ゼラテア・リヴァースだ」
「じゃあ、お前はもともと人間じゃないってことか……」
「ラ・カムドはゼラテアたちをオートスケルトンに憑依させ、集めていたんだ。そして私はあの場で解放された。その際に私はあんたに取り憑いたんだね。そして水面下でエリゼローダの装置を介して、我々は交渉していたわけだ」
そう、そうだ、こいつはあれを管理していたとかなんとか……。
「しかしだ」おっとニプリャだ「こいつのせいで制御装置はかえって不安定になったんだ。本来、同化はもっとゆるやかに行われる予定だったのに」
なにぃ?
「おいなんか批判がでているぞ」
「そうだね」
そうだね、じゃねーだろ……。
「いや、大まかにいってお前がかき乱したんじゃないのか……?」
「まあまあ、ちゃんと目的があってのことだから。ゼラテアはね、端的にいってエンパシアを中心とした世界をつくろうとしているんだよ。軍隊蟻をあそこへ投入したのはその一環だね」
やはりこいつの目論見じゃねぇか……!
「じゃあ、あのドラゴンとかも……」
「状況を攪拌しつつ、ついでにクルセリアとかを始末できればよかったんだけどね。でもあいつを名指しで呼んだわけじゃないよ。なんか来ちゃっただけ」
なんか来ちゃったって、酒の席かよ……!
「……クルセリアはお前にとっても邪魔なのか?」
「あれやヴァッジスカルは変異性だけど一応エンパシアだから厄介なんだよ。機械兵士がどういう反応をするのか予想がつかない。あのときあんたが始末してくれてよかったよ」
なっ……!
「なにぃっ? 奴らがエンパシアッ?」
「変異性のね。超共感能力が歪んで伝わるんだ。人を傷つけて気持ちよくなったりするからタチが悪い。クルセリアはまた別の変異性みたいだけど」
「ななっ……」
なんだとぉ……?
じゃあ、あいつが、ヴァッジスカルがあんなに悪党だったのは……。
そうか……そういうこと、か……。
「エンパシアの世界とかいっていたが、それとあのアフロディーテ、軍隊蟻は何か関係でもあるのか……?」
「大ありだよ。あれらはエンパシアのための機動要塞であり兵隊なんだから。機械兵士が増えて困ることはない。エンパシアの友達が複数いるあんたにとってもね」
「奴らは……しかし、危険だろう、条件が揃えばいくらでも……」
「いくらでもっていうなら人間こそいくらでも増えるし、大局的に見て問題ないよ。人口爆発の方がリスクがあるくらいだ」
こいつっ……!
こいつは……。
「……しかし、エンパシアの世界だと……? そういった人種がいったい何だっていうんだ?」
「その才能いかんによっては世界を容易に統治できるから。一致団結しないとあれに対処ができない」
「あれ?」
「さっき見たでしょ」
あの、黒い仮面の……?
「異次元がどうのとかっていう?」
「そう。超低密構造体の根幹にも関わっていると推察されているんだ。だから上手く付き合っていきたいってわけ」
あれと、ならば、ひいてはエジーネと……? おいおいふざけんなよ……って、そういや、あいつ絡みだとカムドも噛んでいたな?
「奴は、カムドはどうなんだ? お前を利用するからにはやはりエンパシアと……」
「いや、あのひとの命令じゃないよ。あのひとは私たちの協力者だが、他に何らかの目論見があるのかどうか……それはわからない」
なにぃ……?
「それでね、ゼラテア的には強力なエンパシアをつくりたいわけなんだけど、その実験の一環としてある方法が考案されたんだ」
ああ、わかるよ、俺も体験させられたからな!
「エンパシアを依代にエンパシアの魂を降ろしてその能力を掛け合わせるってか? 馬鹿なことを考えやがる」
「おっ……そうそう、よくわかったね」
そりゃあ予想くらいはつくさ、しかしこいつはよぉ……!
「それでさっきもいった通り、あんたの前世を呼び水にして誰か降ろそうとしたんだけど、よりにもよってシュッダーレアが出てきちゃったんだ。たぶんあの場所に降霊陣が施されていたんだろう。見抜けなかったのは私の落ち度だったけど、そんなの想定してるわけないじゃない?」
いや、そんなの知らねーけれど……。
「……あいつは何なんだ?」
「稀代の魔術、人史の法を扱う史上最強候補の一人だね。あまりに危険で各勢力図を激変させた過去をもつ。その圧倒的な力の謎を知りたくて私もかつて使役してたんだ。でもダメだね、扱えたもんじゃない」
人史の法、あのよくわからん魔術か……。
どうにも読んだ内容が各対象に適応されるような感じだったが……。
「あれはあれで目論見があるようだね。ときどき復活してはアレスにやられているようだ」
「ゼ・フォーが協力しているのは?」
「なんらかの利害があるからじゃないかな。もともと関係があったのはケルベロスの方だし」
なるほど、そっち方面から繋がるのか……。
そうか……けっきょくよくわからんが……。
しかし、直近の問題と関連づけることはできるか。
「……それで、少し話を戻すが、黒エリがエンパシアだとするなら、いまここにいる軍隊蟻をどうにかできるのか?」
「できると思うけど、あんまり近づけない方がいいよ。保護しようとつきまとう懸念があるし。あれらを連れてあちこち移動はできないでしょ?」
「そ、それはたしかに……」
「ニプリャが妨害しているとはいえ、精査されるとバレる可能性があるからね」
なるほど……。
うーん、なるほどなぁ……。
あの機械兵士たちは……少なくともエリや黒エリにとっては敵というより味方といえるのか……。
「必要ならば」おっとニプリャだ「あなたも保護対象として拡大可能だよ」
「それは……やめてくれ」
話がややこしくなってきやがったな。そうしてもらってどうするってんだ? 俺の冒険の邪魔をするものはみんな奴らが排除して回って、残るのは血の海と焼け野原って、冗談にしてもタチが悪すぎるぜ……。
……だがヴァッジスカル、お前はそれをやりたかったんだろう? それがお前にとって気持ちのいい世界だった……。
「……しかし黒エリはどうなんだ? 機械兵士たちと関わり合うつもりがあるのか?」
「ないみたいだけど」ニプリャだ「でも誰かが担わないと」
「……なぜだ?」
「エンパシアだったら誰でもいいってわけにもいかないだろう? 長としての自覚がある者がやるべきだし、エリゼローダはそれに適う気骨がある」
「黒エリが機械たちの女王になるって……?」
「エリゼローダの力は強大に過ぎるが私が制御できる」
「ちょっと待った」ゼラテアだ「重ねないならレ・ホーの方が優れてるっていったじゃないか」
なにっ?
レ・ホーって、ホーさんっ?
あのひともエンパシアなのかっ……?
「お前は信用できん。重複同化もあんな形になるとは聞いてなかったしな」
「それは悪かったけど、わざとじゃないし」
「どうだかな。いずれにせよもうお前とは組まん。さっさと消えろ、レクからも離れろよ」
「ふん、いいよ」
……おっ、マジで? ついに離れる気になったか。
「あんたもあんただ、私を信用してないでしょう?」
そりゃあ……。
「まあ……」
「ふん! けっきょくリヴァースがよかったって後悔することになるんだ! あーあ、かわいそう! 悪い女に騙されて!」
いや、それはお前じゃないのか……。
「あんたの周囲の女たちはみんな依代候補だよ! あれが顕現する媒体なんだ! あとで私に泣きつくことになるんだけどな! まあいいや、そのときにたくさん謝ってもらお! だいたいあんたがことを知ったところで大局なんか見えない……」
なんか喚きながら去っていくが……。
しかし……。
「依代候補って……?」
「あの、仮面の魔物だな」
「ええっ?」
えっ、なにが? なんで……そういう感じになるわけ? しかもその流れでいえばエジーネが筆頭になるような……。
「ええっと、その、魔物は倒せないのか?」
「不可能だと思われるので上手く流してやっていくという形になるだろうな。まあ自然現象のようなものだ」
「う、上手くって、どういう風に?」
「そこで私がかねがね提案しているのが世界劇場計画だよ。それぞれが各々の役割を果たしておけば大いなる破綻は免れるという理屈だ」
なんだそれ……?
「ええっと、台本通りに生きろみたいな?」
「そう」
そうって、うーん……。
「……その台本がその……安定? に寄与するってどうしてわかるんだ?」
「長年の実験によりそうなんじゃないかな? と思えるんだ」
……ええ? なにそれ?
なにそれぇ……?
「……いや、なんか……えっと」突っ込みどころしかないが、ここで否定しても水掛け論にしかならないだろう「それで、その理屈でいうとだ、例えば、俺の役とか、それはどんなの……?」
「あなたはロードゲイザーだと思われるので、劇でいうと狂言回しかな。皮肉なことに、その役割こそ注目されるんだ」
「狂言……?」
「他にも傀儡廻とかがいる。その最たるものがロード・シンだね。あれはこの世界の電話交換所みたいなものでもあり、ありとあらゆる精神の交流所といえる」
電話だとぉ……? というか、
「ロードゲイザー? ってなに?」
「さらに言い換えるなら十字路みたいなものだね。あなたを介して人々がよく出会い、各々の役割に目覚めていく。ロードゲイザーは歴史上たくさんいたけど、なかでもとりわけ有名なのがハイ・ロードだ」
「ええ? なんか壮大な話になってきやがったな」
「あなたはなかなか難しい立場にある。重要視している者もいれば、殺害を目論む者もいるだろう。ロードゲイザーが死ぬと、つかの間、我々は自由になるからだ」
なにぃ……?
「自由、って……?」
「意味合いとしては幕間に近い。次が選定されるまで少し時間ができて、その間に成せることもあるんだよ」
「……具体的に、何を?」
「主に殺人、もしくは神殺し。役柄に守られて殺せない対象を殺すには幕間に役者を殺してしまうのが手っ取り早い。逆に、あなたが殺されて困る者もたくさんいるだろう。両者は拮抗し、同時にその様子がエンターテインメントにもなっている」
うーん……。
ううーん……?
「でもそれってあくまで仮説だろう? よしんばその劇場的な解釈が正しいとしても、俺がそのロードゲイザーなるものかどうか確証がないじゃん」
「あなたにとっての問題は、真実より周りの人間がどう思っているかだ。私がこのタイミングで話したのはどうにもその認定が済んでしまった、少なくともその兆候が色濃く出ていると認識できたからだよ。ここからは誰が敵になるかわからないから、充分に気を付けなければならない」
えええ……?
いや、ええ? なんでぇ……?
「お、俺はただの冒険者だぞ、いつか中央へ行こうとしているだけで……」
「その選択は悪くない。中央まで追ってこられる者は少ないからだ。しかし、それは皆にとって困る事態ではある。誰も知らないところで獣に殺される、つまり生死不明がもっとも厄介だからだ」
「邪魔を、されかねないって……?」
「その可能性は高い。まあ、そんな妨害に負けないくらい強くなるしかないね。個体的にも、社会的にも」
「いやぁ……」
なんか、それって超面倒くさくねぇ……?
はああ? なんでそんな知らん奴らの都合で俺の行動が制限されなきゃならないんだよ……?
「ともかくだ、安全な拠点を確保しないとならない。エリゼローダが気にしているし、あいつの動向も気になるから次はレ・ホーのところへ行ってみるといいかもしれない」
それは……確かにエリのことは気になるし、ホーさんなら……いずれにせよだ、もし彼女が俺を殺す気ならそれは容易なことだし……細かいことを気にする必要もない……か。
「そうだな」
「それはそうと、あいつ、ゼラテアはあのオートキラー、軍隊蟻に憑依するつもりだよ。そうしたらあの変なのが自由になって、彼らが危険になるんじゃないかな」
えっ……。
はああっ?
「ええっ? なにそれっ?」
「あいつを追い出す理由や憑依先が揃っていたこのタイミングがベストだと思ったんだ。そうじゃなきゃ、あいつは延々とあなたに取り憑いたままだったろう」
「でで、でも軍隊蟻って……」
「他の人間に取り憑くよりマシじゃないかな。なんだかんだ、あなたに対してあいつはかなり気を遣っていたようだ。他の者だとリヴァースは簡単に使い捨てにするだろうね」
「そう……か」
ああ、たしかにあの軍隊蟻がいなくなった方が……状況的にいいか? 条件が元に戻っただけだし……。
「そろそろここを出て休んだ方がいいんじゃない? 彼らを助けるつもりなら疲弊が最大となる深夜から早朝の時間帯に助力した方が効率がいい」
それは……。
「そうだな……」
軍隊蟻がいなくなったとするならじいさんたちの助力を得た方がさらに効率がいいだろう。
「ああ、それならじいさんたちと相談しようかな。交代であいつの相手をするなら朝まで余裕だろう」
というかなんか地味に事態が急変したな……。黒エリのいう通りだ、俺とてあれこれひとの話に首を突っ込んでいる場合じゃないかもしれん……。
でもなぁ……納得いかないんだよなぁ、どっから沸いたのかよくわからん話ばっかりだし、お前ら総出で俺を担いでいるんじゃないだろうな……?
……と、当てこすり混じりに聞こうとしたら黒エリに戻っているし……。
「そろそろゆこう。がらんどうの競技場で観るものもあるまい」
黒エリ……、
「……お前さ、さっきまでの話、聞いていたか?」
「うん? ああ、聞いていた」
「ニプリャは信用できるのか?」
「いったろう、同じことなんだ」
「お前は最初から……ニプリャだったのか?」
つい、口にしてしまった……。
しかし、この疑念は……実はずっと前からあったんだ。
お前は……、
本当のお前は、どこにいる?
黒エリはふと苦笑いし……、
……苦笑い?
「私は人付き合いが下手すぎるから」
は、初めて見る、表情だ……。
「その都度、指導を受けていたっていうのが本当のことかな?」
く、黒エリ……。
いや……エリゼローダ、か……。
「さあゆこう、慎重に為さねばならないことがたくさんあるはずだ」
「あ、ああ……」
ああ……そうだな……。
でもよかったよ。
お前はお前として、ちゃんといるのなら……。