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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
131/149

ショップゼラテア

 ブラックポイントを貯めて、よりよい力と交換しましょう。



 ややして……気持ちが落ち着いたのか黒エリは立ち上がり、何やらじっとこっちを見やってため息……ではなく、深呼吸をした。

「……少し、弱音を吐いてしまったな。だがお前のいう通りだ、辛いと嘆いているばかりでは何も変わらない」

 おっと……以前の調子に戻った感じか? まあ、あんまりしおらしくされてもあれだしな……。

 そして黒エリはひとつ咳払いをし、

「ならばこそ、一つずつ、建設的に話を進めてゆくとしよう」

「というと?」

「現状、人数も減ってしまっているからな。今一度、自陣の戦力を把握しておかねば未来はおろか目先の戦いも危ういだろう。そこでお互いの能力を再確認しておきたい」

 たしかにな。ワルドとエリが離れており、アリャも里に帰ったんだ、うちの戦力はガタガタになっている。気を引き締めないとあっさりやられちまうかもしれん。

「ニプリャが補給をしたそうなので私はかなりパワーアップしたと思う」

 ああ……確かに、そうだろうな。

「そうだお前、以前より重くなったんじゃないのか?」

 黒エリは一瞬、ぴたりと動きを止め、

「いいや……? ……加えて、耐久性も増した」

 そうだろうが、それはつまり、

「重くなったんだろう?」

「……いいや。それと、手から出せる光線や電撃の出力も上がった……」

 いや、普通に否定しているがよ、

「真面目な話、重くなったんだろ……?」

 ……って、足元に光線がっ?

「わっ、なんだよあっぶねぇな!」

 草が一瞬で丸焦げだぜ……!

「……何か、先ほどより余計な問いかけが挟まれている気がするのだが?」

「い、いや、別にからかっているわけでも興味本位で聞いているわけでもないんだよ。単純に危険な場合があるよなって話をしたいんだ」

 黒エリは……無表情だが……。

「わ、わかるだろ、例えばお前が飛んできたり落ちてきたとき危ないんじゃないかって話だ。あんまり重い場合、こっちが潰されて死んじまいかねないからな……。意識はしておかないと」

 黒エリは不穏な雰囲気のままだが……実際これは切実な問題なんだよ……! ニプリャが椅子をぶっ壊して転んだときに床もへこんでいたからな、あの椅子や床が脆かった可能性もあるが、体重そのものが原因の場合は今後の立ち回りも考えないとならなくなる。

 しかし、当の黒エリは俺の話を聞いているのかいないのか、何やらグゥーのギャロップの方へと歩いて行き……? おいおいおい、持ち上げ始めたぁあああああっ……?

「なっ、なにすんだよぉおお!」グゥーは慌てふためく「お前ばっかばっか、そういう持ち方したらバンパーがひしゃげるだろぉおお!」

「つーか何してんのお前っ……?」

 黒エリは首だけこちらに向け、

「傷ついたので謝って欲しい」と無機質に答えるが……。

「いやいや、だからさ、からかっているわけじゃないんだっての! 体重の件はマジでちゃんと話しておいた方がいいと……」

「あやまってほしい」

 ええ……この話、けっこうダメ系なのぉ……?

 俺は本当に真面目に話をしたいんだけれどな……。

「……わ、悪かったよ、俺が悪かった。だから、ギャロップを戻してあげてくれないか……?」

「……わかった」

 黒エリはゆっくりとギャロップを下ろし……グゥーは膝をついてため息をつく……。

「というか……お前でも人並みに傷つくんだなぁ……」

 ……って、黒エリがまたギャロップを掴んだぁ……!

「あああ、ごめんごめんって! かわいいところもあるんだなぁー黒エリちゃんにもさぁ!」

 黒エリは手を離してゆっくりとこちらを見やり、

「私は重くない」

 なんか言い出し始めた……。

「私は重くなどない」

 うーん、意外……かはさておき、そういうところは気にするのなお前も……。

「……いや、お前はほら、見た目的にはなんら太っていないだろう?」

 細いって感じでもないが太ってはいない。まあ、いろんな意味でいい感じだとは思うし……。

「体型が崩れているならどうにかした方がいいという話もあるのかもしれないが、お前の場合は問題ないし……少なくとも太ってなんかいないよ」

「では、私は重くないな?」

 いや重いだろうけれど……。

「太ってはいないと思う……」

「重くないな?」

 なんか別の意味でも重いなこいつ……。

「き、綺麗だとは思うよ……」

 ふと、黒エリは目を瞬き、自身の体を見回し始める……。

「……そうか?」

「あ、ああ……」

「では重くもないな?」

 いい加減しつけえな、重たいっつってんだろ……!

「……まあ、そういう解釈も不可能ではないかもな……」

「では証明してみせろ」

「……証明とは?」

「持ち上げてみせろ」

「え、何を、お前をっ……?」

 黒エリは当たり前だろう、みたいな顔しやがる……!

「なんだ、私は太っていないのだろう?」

 いや実際、お前はクソ重いんだよ……! 前はボロボロだったからまるで背負えなかったが、万全の状態ならまあいけただろう。しかし現状は補給とやらでさらに重くなっていると推察できるからな、いったいどのくらい重いのか……。

「それとも何か、お前はあまりに非力で、スマートな私すら持ち上げられないのか?」

 なんか挑発してきたし……。お前はそういうことをしていい体重じゃあないと思うんだがな……。

 ええい、面倒臭いな! いいよ、やってやるよ……!

「わかった……けれどあれだ、電撃ちょうだい?」

「いいぞ」

 そして黒エリの手から放電が……って、なんかすっごいバチバチいって光り輝いているんだけれど……! ガークルのあれよりずっとヤバそうな感じ!

「待て待て、そりゃ強すぎるだろう!」

「弱い電撃では大して腕力が上がらないかもしれんからな」

 いや、それだとお前、自分で重いと認めちゃっているじゃん……! というか、いくら俺でもそれくらったら死ぬんじゃねぇ?

「ゆくぞ!」

「おおいっ……ちょっと!」

 待て……って、輝きが、ちっ、力が……噴流するかのように湧き上がってくる! おお、お前この黒エリッ! どんだけ強烈な電撃をくれたんだよ……!

 ……って、あれ?

 白い床、雑多に並ぶ、機械? これまた白い棚、天井から明かりが、眩しい……。

 ええっ、あれっ? ここどこよ……?

「いらっしゃいませー」

 わわっびっくりした、女の声、つーか聞き覚えがって……ゼラテアじゃねーか!

 ああ、ああ、そうか、電撃で充電でゼラテアか……。

 そして見回して分かった、ここお店じゃん……! 並ぶ棚には所狭しといろんな商品? が並んでいる……。

「アイテールショップ、ゼラテアへようこそー」

 なんかゼラテアがエプロン姿だし……頭から猫みたいな耳が生えている……。

「ここでは前世データが購入できまーす。お手軽に強力な力がゲットできますよー」

 は、え、なにそれ?

「えっと、なにそれ?」

「私が頑張って仕入れてきたんですよー」

 いや、ええっと……。

「なに、力を売ってくれるっての?」

「そうですよー」

 ……ええ、マジかよ、なんか超カンタンですげぇ胡散臭いんだけれど!

「すっごい怪しいんだけれど……」

「予約も受けてつけていますよー。今のおすすめはレクテリオラセットですねー、もう少しで入荷する予定でーす」

 ……なにぃ?

 レクテリオラだとぉ……?

 いやいや、ちょっと簡単にもほどがあるだろう……。

「なんでそう、おかしいだろ、お手軽過ぎじゃないか?」

「ショップゼラテアは優良店ですので」

「というかその耳は何?」

「なにって、対抗意識ですが」

 対抗……って、何と、誰への……?

「かわいいでしょう?」

「ま、まあ……」

 かわいいっちゃ、そうだが……。ただでさえ混乱しているのに無駄に情報を増やさないで欲しい……。

 いや、それよりも……。

「……ええっと、店ってことは代金が必要なんだよな?」

「もちろんです。ブラックポイントで購入できます」

「なにそれ……」

「カオスポイントとも言い換えられます。つまりカオスなことをするとポイントが増えるのですね」

「カオス……」

「殺人はポイント高いですよー。いまのおすすめはこの子です!」

 そこに出てきたのは……。

 ピ、ピッカだ……。

「……なにっ? あいつをやれってのかっ?」

「新規かつ子供はポイント高いってだけの話ですよー。しかも残酷に殺せばさらにポイントボーナス! 中央へ行けるレベルの能力が手に入りますねー!」

 こ、これは……。

「……カオス、的な意味でか……。ブラックサンは幼い命を望んでいるのか……?」

「いいええ、これはあなたさま特有のポイント制度ですから。きっと今、絶対やらないって思っているでしょう? だからこその高額なんですよー。仮にあなたさまが子供殺しが趣味のクズなら、逆にかなり安くなっていると思いまーす」

 ……なるほど、そういうことか。

 つまり、受け入れ難いことをするとポイントが貰えるという話なんだな……。まさにカオスというわけだ……。

「……それにしても、お前もそういう類の輩をクズと表現するんだな……」

 そのとき、ゼラテアがなんともいえない表情を見せる……。

「たしかに答えはいうまでもなくノーだが、そういうことでポイントが貯まるとするならけっきょくこの店を利用できないだろう」

「利用できるか否か、それはあなたさま次第でしょうね」

「いずれにせよ、代金がないなら話にならんわな」

「いいええ、ありますよ。ここまで来るのにけっこうな目に遭ってきたでしょう? そういう苦難でもポイントが増加しまーす」

 ほう……?

「ですが、やっぱり積極的な行為として示した方がより高いポイントをゲットできてお得だと思いますよー」

 たしかに、子供を殺すより自分が傷ついた方がマシだとするなら、マシな分、得られるポイントは下がるということか……。

「でもそんなの気の持ちよう次第じゃないか? あるとき、悪いことばっかしたくなる瞬間があったとして、そのときにこの値段だとお得になるわけじゃん? それともその都度、値段がころころ変わるのか?」

「さあー」

「さあってお前の店だろっ?」

「私は雇われみたいなものですしー」

「いや、店の名前がお前のそれじゃん」

「……ではカオスショップあなたさまにでも変えますか?」

 なんかふてくされたし……。こっちも面倒くせえな……。

「……いや、いいよ、その辺は好きにしろ。それはともかく、値段はお前が設定しているわけじゃあないってことなのか……?」

「ええ、もちろんです。私はあくまであなたさまの親しい隣人ですから」

 そしてゼラテアはなんか……分厚い本のようなものをカウンターに置いた。表紙にはバウンティと書かれているが……。

「ブラックポイントを貯めたいなら、これを参考にして下さいー」

 ……なんだこれはっ? 個々に、値段がある……。

 みんなの姿もあるぞっ、軒並みすごい金額っぽいな、中でもエリがとんでもない、もっとも高額だ……。

 しかし……。

 しか、し……。

 なぜだ、なぜ、黒エリが妙に安いんだ……?

 他より二桁も安い……。

「……く、黒エリが、安いのはなぜだ?」

「さあー、先ほどもいいましたが私が金額を決めているわけじゃありませんので」

「誰が、決めている?」

「さあー」

「やはり、黒幕みたいなものがいるんだろうっ?」

「さあー。でも、あなたさま次第で変動するんですから、いるとするならあなたさまの何かさまなんじゃないですかー?」

 俺の、なんだというんだ……?

「で、どうします? あなたさまはわりと痛い目に遭っているので多少ポイント溜まっていますけれどー」

 十五万……ねぇ。

「これは……ここまでの苦労がこのポイントか……」

「苦労の割には少ないと思ったでしょう? セイントバードで守られたり、治癒されたりしてますからねー」

 セイントバードと、治癒……か。

 というか商品を見ていないし、高いのか低いのか分からんのだが、その言い分だとそんなにいいものとは交換できなさそうだな……。

「望まない事態に見舞われればこそ、ポイントはどんどん増える……か」

 それにしても、敵性のありそうな相手が軒並み安いな……。

 エジーネなど……極めて安い、ほぼ最安値だ……。

 仮に、あいつを殺したところでポイント的には何の足しにもならないってことか……。

 それに、ヤバいな、ホーさんが安いどころかマイナスになっている……。

 ここでのマイナスって……加算がないどころか持っているポイントが減っちまうってことだろうな……。

 黒い、聖女たち……。

「これは……この金額は正しいのか?」

「数字に意味を見出すならばそうでしょうねー」

「命に、値段があるのか?」

「値段に意味を見出すならそうでしょうねー」

「この店は、俺を惑わそうとしている……」

「強盗はいけませんよ」

 いっそ盗んでやった方がいいのかもしれないが、そんなことできるのか分からないし、できたとしても恐ろしいことになりそうな気がしてならない……。

「……お前は、他に何を知っている?」

「さあ、私はただの店番ですし、看板娘でしかありませんので」

「裏には誰がいるっ?」

 カウンターの奥へ向かおうとすると、ゼラテアが立ち阻む!

「お客さまー、困りますよー」

 一瞬だけ見えた! 奥は夜空のように星が瞬き、その中心に猛烈な光がある……!

 あの、光源には見覚えがあるぞ……!

「あれは何者なんだっ……?」

 すべてを支配している存在なのかっ?

「さあー」

「何者なんだっ!」

 神か、あるいは俺の運命を握っている何かなのかっ?

「はいはーい、興奮されているようなので今回はいったん、店仕舞いでーす」

 うおおっ、なんかすごい力で引っ張られる、そして店から放り投げられて……!

「レクッ?」

 はっ……!

「どうしたのだ、ほら、早く持ち上げてみろ!」

 ああ……ええ?

 ここは、あの森、そして黒エリ……。

「ほらっ!」

 戻ってきた、か……。

「ほらほらほら!」

「ああ……」

 そういや、そういう話だったな……。

 しかし、あの店は……。

「ほらーっ!」

 なんだようるさいな、持ち上げろといわれても……まあ、活性化できているし、やってみるか……って、どう持ち上げればいいんだ?

 ええっと、たかいたかーい的な感じで抱えようとすると、なんか手をはたかれる……。

「どこを触ろうとしている?」

「いや、こう、子供を持ち上げるような感じで……」

「そういって、胸を触ろうとしていただろう」

「はあっ? なんでだよ!」

「……どうだか。お前は以前より私の胸が硬いのかどうか気にしていたからな」

 いや、だからそれは単純な好奇心ってやつで……って、これじゃあ黒エリの主張をなんら否定できていないな……。

「じゃ、じゃあどうやって持ち上げるんだよ。おんぶはダメだぞ、お前が信じられんほど重い場合、一気に腰をやっちまう可能性が……」

 ……あるなって、いい、今のはヤバいかも……。

「うふふふふ……」

 黒エリは、なんか変な含み笑いを始める……。

「わかったわかった……。ええっとじゃあ、あれだ、こう、こんな風に、担ぐような感じでやってみるから……」

「……ふざけているのか?」

 ええ……?

「じゃーどーすりゃいいんだよ!」

「こう、こんな感じだろう……」

 お姫様だっこかよ……。

 それってほぼ腕だけで担ぐ形だろ、無理じゃねぇ?

「ほら、やってみろ!」

 ええい、なんとわがまま……。

「……じゃあ、やってみるが、急に体重をかけるなよ、そして落としても怒るな、今はエリがいないんだからな、変なことで怪我はできん」

「なにをそんなに怯えているのだ」

 お前は大男を片手で振り回してたことにもっと疑問を持つべきだな……。

 よし、よし、やるか……! 今は活性しているんだ、やれるはずだ……!

「それほど意気込むことか?」

 ことなんだよっ!

 そして黒エリの背中と足に手をやり、ゆっくりと……そうそう……って、うおおっ、おおおおオオオオオッ……?

「おお、そうそう」

 ふっ、ふざけんなっ、めっちゃくちゃ、重てぇじゃねーかよ……!

 だっ、だがっ、よし、胸まで持ってきた、きっ、筋肉を、全身を硬化しろ! すべての力を振り絞れっ……!

「なんだ、やれるではないか」

 当たり前だろ、俺を誰だと思って……って、ダメだわ、そろそろだめ……!

「おっ、おっ、ろ、す……」

「なんだ、もうか?」

 腕が、もうダメだぁあああ……!

 だが、ゆっくり下ろすなんてこともできん……!

 落とすか、もう投げ落としちまうか……!

「むっ? これはっ……?」

 なっ、なんだっ? 急に軽く……って、なんか腕の辺りが、いや、体もか、変化しているぅうううっ……? 黒くて硬質的な、かっこいい感じになっているっ……!

『まあ、お試しということで』

 ゼッ、ゼラテア!

『どうですかー? ポイントを集めればもっといいものだって手に入りますよー』

 これが、ポイントで交換できる商品か……。

 これほど楽になるとは……!

 この力があれば……。

「なんだ、そんな力があったのか?」黒エリは微笑む「だったら余裕ではないか、やっぱり私は重くない!」

 黒エリははしゃいで揺らすが、それでも重くなどない……。

 むしろ少女のように軽い……。

 なるほど、この次元の力があれば中央攻略だってかなり難度が下がることだろう……。

 しかし……。

「降ろすぞ……」

「え、ああ……」

 黒エリが着地すると、ドスンと音がする。

 こいつ、おそらく二百キロすら超えていやがるんじゃないか……?

 それを軽々と……。

 だがダメだ、この力は……安易に使えない。

 さっさと消えろ……!

『あーあ、もともとあなたさまのものなのに』

 力は、消えて元の通りに……。

「すごいではないか」黒エリだ「ちょっと見ない間にずいぶんと強くなったのだな!」

「いいや……あれは俺の力ではない……」

「……なんだと?」

 事情を説明すると、黒エリは眉をひそめる。

「ゼラテア、カタヴァンクラーのところで見たあの女か……。それとお前にどんな関係があるというのだ?」

「さあな……」

「しかしそうだな、アイテールによる力は常闇への貢物になるだろう」

「……知っているのか。カムドの話を聞いていたのか?」

「いいや、ニプリャから、少し」

「それは……カムドの話と違いが?」

 ……黒エリは答えない。

 そう、か……。

「例えそうだとして」黒エリは神妙にいう「この地を進む以上、魔術的な力を使わんという話もあるまい。優先すべきは自身の命なのだから」

 そう、その通りだ。

 それ以外の選択はない……。

 あると強く思ってしまったならば、エリと同様に力がまるでなくなってしまうことだろう。

「とはいえ、お前はどうしたいのだ?」

 俺は、か……。

「……俺は、中央へと向かう」

「どうして?」

「いきたいからだよ」

 黒エリはうなり、

「中央には、何がある?」

「わからないから行くのさ」

 俺たちは視線を合わせる。

 ふと、黒エリは微笑み、

「……面白いものを見せてやろうか?」

 なに? ……と黒エリは両手で顔を覆い「ふふふーん」とか鼻歌を歌いながらこねるように動かす……。

「なにしてんの……」

「ばあっ!」

 そして現れたのはパムの顔!

「うおおっ……?」思わず飛び退いてしまう……が「ニ、ニプリャ……」

「いや、中身は私だ。姿だけ借りたんだよ」

 なにぃ?

「黒エリなのか?」

「そうだよ」

 姿だけを変えた……。

 いや、なんというか、うわぁ……なんかこわー……。

「なんだ、反応が悪いな?」

「悪いっていうか、いきなり顔変わったら怖いわ……!」

「なんだ、かわいいだろう?」

 黒猫みたいな顔の黒エリがニェエとおどけてみせる……。

 いやまあそりゃあ……。

「かわいいのはそうだが……」

「見ろ、猫みたいに爪が出るんだ」

 手も変わっている。

 パムの手は指が短めで太いのが特徴だ。

 その代わり猫のような爪を出し入れできるらしい。

「爪とぎしてみせてやろうか?」

「え、ああ……」

 そして黒猫みたいな黒エリはバリバリと樹を引っかき始める。

「おお、すごいすごい!」

 いやいやいや、瞬く間に樹木が抉れているから! つうか、バキバキと音を立てて倒れたし!

「なんだ、思いのほか柔らかいな」

「お前の爪と腕力がヤバいんだよ……! 無闇に樹を倒すんじゃないよまったく……ほら元に戻れよ」

「こっちの方がよくないか?」黒エリはルナのように跳ねる「パムの姿はなんだか楽しいな。可愛いし身軽だ」

 ……そうかもしれないが、それは主にルナから得た印象であり、お前から見たパム像に過ぎないだろうな。

 ターンコーナーを、戦艦墓場での立ち回りを見れば、決してお気楽なだけの種族とはいえないだろう。

「……まあ、戦闘時にはその爪もいいかもな。でも普段は元のままがいいよ」

「そう……?」

 そしてまた黒エリは顔をこねて元に戻る……。お前は粘土か?

「……ええっと、ニプリャは普段、何をしているんだ?」

「寝ている」

「寝ている?」

「起こさないと、もしくは緊急事態にならない限りはしばらく寝て過ごすといっていた」

「へえ……。ところでその服は?」

 黒エリは革ツナギのような黒い服を身につけている。

「わからない、いつの間にか着ていたんだ。様々な機能があるらしい」

「ほう……」

 たしかに腰のあたりはスカート状になっていて、何か装備でも隠されていそうだな。

「そうだ、あの二人は?」

「あの二人って?」

「あの、赤いのと金髪の」

「ああ、俺……とエリの師匠だよ」

「師匠?」

「師匠だ。なんかさ……」

 事情を説明すると、黒エリはうなる。

「それで、その、がおーっとやらの影響で悪夢を見る宿命を背負わされたと……」

「そ、そこまで壮大じゃねぇよ!」

 たぶん……!

「それに、すまなかったな。あの謎のウォルたちがやってきたとき、助けてやれなくて……」

「ああ、あれも見ていたのか。だがいいさ、お前が現れたら奴らをよりいっそう、刺激してしまったろうからな」

「そう、ニプリャに無理やり止められてな……」

「そもそも極まった格闘家を相手にするべきではない……。どんな殺人技能を持っているか分からんからな」

 俺たちは同時にうなり……黒エリは話題を元に戻した。

「……そういえば、そもそもどんな魔術を習得したいのだ?」

 どんな、か……。

「……そうだな、幾つか候補はあるんだが……まあ、けっきょく求めているのはスーツタイプかな。最悪、攻撃能力はなくてもいい」

「敵ともいえる存在に遭遇した場合、後手に回るぞ」

「回るもんは勝手に回らしときゃいいのさ。俺はさっさと逃げるよ」

 強大な力は必要ない。なぜなら向こうじゃいちいち戦っていられないからだ。獣やあるいは人間と衝突したとして、その後にまた別の獣に狙われないとは限らないしな。弱った相手を狩るなんて自然界では定石中の定石だろう。

 重要なのは生存能力の一点に尽きる。俺はとどのつまり、中央を含め、このボーダーランドを自由に徘徊できる存在になりたいのだから……。

「……まあ、倒すよりは逃げる方が効率はいいのかもしれないが」黒エリはふと横を見やり「なにを笑んでいる?」

 見るとフェリクスだ、にんまりしている……。

「いやー、仲がいいなと思ってさー」

 黒エリはうなり、

「お前はお前でちゃんとやっているのか?」

「ばっちりだよー」

 本当かよ……。

「そうそう、忘れてた、そういえばレクに会いに人が訪ねて来たんだよ、宿にさ。パムのおじいさん」

 パム、ええ……?

「なにそれ?」

「魔物と勘違いされたのか大騒ぎになったんだけどさ、なんかみんな倒されちゃった」

「はあっ?」

「ああ、怪我人はいないよ。気絶させられただけ。とんでもなく強いんだ。うんちしたら来るってさ」

 お前、そういう話は最初にしろよ……! なんにもばっちりじゃねーじゃねーか……!

 というか何だ、そんな強いパムのじいさんがなぜ俺に……って、あれか、またあの番組なのか……?

 それで、うんちって……いや、現れたな、渋い色の体毛、短パンと袖のないシャツを着た、わりと小柄なパムだ……。

 パムのじいさんは俺たちに近づくなり、

「ヤバいか?」

 なんか唐突に聞いてきた……が?

「ヤバいのかと聞いておるだろう」

 ヤバいもヤバくないも……。

「ヤ、ヤバい……」

「ヤバいだろうよ、クソヤバか?」

「ク、クソヤバ……だよ」

「クソヤバだろうよなぁ」

 パムのじいさんはさらにこちらへ……そして俺の隣に立つや否や、くわっ! と俺を見やり、

「あやつらはワッシーのデッシーじゃ!」

 なんか唐突に詰め寄ってきたぁっ?

 つうかワッシーのデッシーってなにっ? 儂の弟子ってこと……?

 そして、あやつらってまさか……。

「我が破壊流ブチコロ拳の継承者たちなんじゃ!」

 そっ……!

「そうなのっ……?」

「嘘じゃ」

 うっ……。

「……嘘なの?」

「本当は殺戮流ミナゴロ拳じゃ」

 ……呼び方の話かよ。というかニュアンスは大して変わらんだろ。

「えっと、それってあのウォルたち、野蛮超人ってやつ?」

「そうじゃ」

 やはりか、しかし奴らの師匠がなんで俺のところへ……?

「……ええっと、それで、何か用……?」

「おーう、キサマあれじゃろ、師匠を求めてるんじゃろ?」

 やっぱりかよ……。

「いや……もう弟子入りしているんだ」

「なぬ? 誰に」

「誰って、マリエンフスカ師匠に……」

「マントリアルなんぞやめとけやめとけ、時代は絶滅流コンゼツ拳だわい」

 なんか名前がころころ変わってんだけれど……。

「いや、遠慮するよ……というかじいさん、あのウォルたちの師匠なの? なんで俺に……?」

「あやつら目的があるとかでキワマラズを習得する前にいなくなりおった! ワッシーは都合のいいジジイなんじゃ! きぃいい!」

 ええ……?

「キワ……って、なにそれ?」

 じいさんはにゅふふふふう……と笑み、

「よいか、ものごとには境目などない。お前という存在は独立して存在できん。無に落ちれば時間もない。死は暗闇ですらない。闇は生者の概念じゃからな。分かるか?」

 いや、わかんねぇ……。

「超わかんない」

「そうか。しかしどうしても境目は存在するように思えてしまう。ワッシーとディープキスしたいか? したくないじゃろ、ワッシーだって嫌じゃ! ブチコロスぞ!」じいさんは地団駄を踏み始める「このように、どうしても覚えてしまう境目はあるもんなんじゃな」

「ふーん……」

「しかし最初にいったように、本来は境目などない。あるわけないじゃろ人間の分際で勝手に決めつけるな! つまりすべてのナニソレは万物に届きうるんじゃ! これをキワマラズという!」

「へえ……?」

「それが分かればもはや戦う必要すらない」

「ほう……」

 そして老人はそのままどうだといわんばかりに踏ん反り返るが……。

「えっ、それで?」

「だからお前はもう無敵じゃといっておる」

「ええ? 精神論?」

 といったらなんかぶっ叩かれた!

「ドアッフォーウ! 精神は極みじゃろうが! キワマラズではそんなもんどうでもええわい! そしてワッシーのゲンコツもお前の痛みも極みじゃ! そういう極みを追求した結果の話をしておーるンジャ!」

「いや、なんかこう、敵を簡単に倒したいとはいわんけど、せめて敵の攻撃を手軽にかわしたいんだよね。そういう技術とかないの?」

「ならキワマラズの域に達すればええじゃろ」

 やべえ、話がまったく分からん。

「ふん、あやつらは習得を放棄したがワッシーのいいたいことは理解しておったぞ。あえて受け入れなかったんじゃ! 例えるなら仏性より魔境を選んだ外道よ! 人界のもつれが生み落とした魔人じゃ! これは達せられん者よりはるかに厄介なんじゃ!」

「ええっと、つまり、奴らの拳はそのキワマラズに至るための手段でしかなかったのに、奴らはそれをこそ目的としたって……?」

「叩いて理解とは古いテレビかお前は? まあよい、ようはワッシーの代わりにお前がキワマラズを奴らに見せつけるのじゃ! そしたらあやつら、羨ましがってワッシーにまた教えを乞いにくるわいわい」

「……あんたが自分でやれば?」

「新参のお前がそれを見せつけるからこそ、あやつらが妬むんじゃろうが!」

「ええっと、つまりは、奴らを止めたいって話でいいの?」

「ぬう? いや別に?」

「違うの?」

「それはウォルへの襲撃の話じゃろ? あんなところが壊滅しようとワッシーには関係ないわい」

「む、無責任だなぁ……」

「あやつらは野蛮などと呼ばれておるが卑怯者ではない。最下層民として生を受け、理不尽に虐げられてきた者たちが自身の肉体のみを頼りに生き抜いた結果に過ぎんのじゃ。それゆえにその力もまた純粋、純粋なる力の矛先がどこへ向こうと善も悪もないわい」

 純粋……か。

「そしてウォル軍が負けたのなら所詮はその程度ということ。軍隊なんてのは弱いだけで悪じゃろ! ワッシーはそんな弱さの責任はとれんわい、にゅふふふふぅ……!」

 そういってじいさんは笑うが……。

「卑怯な手段は使わないって……?」

「使わん」じいさんは断言する「真っ向からしかやらん。襲撃だって事前に予告して回っておるくらいじゃからな。そういった信念があるからこそ、ワッシーもあやつらに破壊拳を授けたのじゃ」

「破壊拳……か」

「しかし、それとて入り口でしかない。拳をどれだけ極めたとて人は老齢になれば弱くなる。ワッシーとていまじゃ弱い。人間なんぞはいまだほとんどが相手にならんがな!」

 そういってまた笑うが……。

「疑るか?」

 ……うん、あれっ? 気がつくと、なんか、いつの間にか寝ていた?

「起きたか!」グゥーだ「あのジジイやばいな、達人というのは本当らしい」

「あれ、いままでのは夢だった?」

「違うよ、一撃でお前を昏倒させやがったんだ」

 昏倒? 俺が……?

 あれ、さっきまであのじいさんと……。

「人体など紙切れ同然よ」

 おおっと、じいさん……っていうか、なんか黒エリに頭を鷲掴みにされて足が宙に浮いているけれど……。

「このように無敵に近しいワッシーじゃが、これでも全盛期と比べればただのジジイじゃ。そしてあやつらは未熟なりにワッシーの全盛期にほんの少しずつ近づいておる。破壊拳ではあやつらには勝てん。キワマラズにて奴らに思い直させるのじゃ」

 そして宙返りをし、黒エリの手から逃れるじいさんだが……何とかじゃ! とかいうのに限ってタチが悪いのはなぜなんだ……?

「にょほほほほほ……」

 うわ、いってる側からピッカがやって来たし……しかも大人バージョンだ。

「格闘術かえ? 無駄な努力じゃわいなぁ」

 ピッカは最近いちいち絡んでくるな。暇なのか?

 そしてまたこっちにすり寄ってくるが、黒エリのゲンコツをくらってその場に崩れ落ちた……。

 なにやらボグン! とエグい音がしたが……。

「おいおい黒エリ、いきなり殴るこたないだろう……」

「遠目に見ていたが、こやつは苛つくのだ」

「なんかワッシーにも襲いかかってきたし、野蛮というならこのおなごの方が……」

 じいさんは鼻くそをほじっていたが、不意に頭を叩かれ、静かに転げ回る……。ありゃ奥まで指が入ったな……。

 というかピッカが動かないが……?

「おいおい、死んだんじゃあるまいな?」

 いや、おおっと、水の塊が頭を包んで……?

 これは……治癒系の魔術か?

「ううーん……」

 ややして起き上がり、そのついでに縮んで子供の姿に戻った。

「おい、大丈夫か?」

「はえ、ええ、はあ……」

 ピッカはきょろきょろと辺りを見回し、

「……なんじゃ? あれ、転んだんじゃったか? にょほほ、わらわもちょいとドジなところがあるからのう……って、そんなわけあるかいなぁああああああああああっアアアアーアアッアアアアー!」

 ピッカはすっごい勢いで飛び跳ね、水の塊に乗っかる。

「おん、おんし、いま殺す気で殴ったじゃろっ? なんじゃ、なんでじゃ、初対面じゃろっ、いきなり……」

 そりゃあ突然のゴツンだしビビるわな……。黒エリは肩をすくめ、

「少し小突いただけだろう」

「きっ、緊急治癒が発動したんじゃ、いまのは絶対にいかんやつじゃったもん!」

 マジかよ、そういや倒れ方も変だったしな……。

「うるさい。それより何だその格好は、はしたないぞ」

 ピッカは押し黙ってしまい……じいさんも鼻血を出している……。

「ええっと……」

 なんか変な空気になったな……って、ゼラテアが肩をすくめているが、お前まだいたんだな。しかもエプロン姿のままだし……。

「えっと、それで、何の話だっけ……?」

 しかし、誰も何も答えない……。

 ええっと……?

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