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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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カオスファクター

 ナイスカオス!



 いつもの場所に戻るとギャロップが展開しており、グゥーは運転席にてゴーグルをかけ、なにやら手元を動かしている。そしてその近くでは師匠たちが火を囲み、牛ほどの大きさもある、熊のような? 獣の丸焼きがある……。

「戻ったか! 晩ごはんは私に任せろ!」

 突貫でつくられたのだろう、焚き火には木製の丸焼き機が設置されている。

「……そういう道具って、アイテールでつくったりはしないの?」

「なんでもあれに頼るのはよくないぞ! 本当に重要な物事だけにしておくんだ!」

 そういうもの……なのかな? ということは、この木材とツタでつくられた長椅子も師匠の手作りか。座り心地も悪くない。突貫でこれはすごいな、さすがサバイバルの達人だ。

「さて、それではさっそく修行を始めましょう。レク君にいま必要なことは、なるべく多くの危機的状況を体験することです。というわけでこれよりわたくしがレク君を襲います」

 座ったばかりなのになぁ……。というかそれじゃあニューのとあまり変わらないような?

「とはいえ実際に危害は加えません。隙あらばこうして、がおーっとやるだけです」

 マル姉さんはがおーっと襲いかかってくる真似をする……。

「このがおーっというやり方は偉大なる我らが師が編み出した手法で、実際的にかなりの効果があります。それはレク君の意識の深層にて確実に糧となることでしょう」

「ええ……?」

 師匠はにっこりと笑み「間違いない! うぎゃおーっ!」

 今度は師匠も俺に向けて何やらおっ始めたが、なぜだかマル姉さんに止められる……。

「我らが偉大なる師よ、それはいけません。それはがおるにもほどがあります」

「そうか? じゃあ、がおーっ」

 なにそれ、がおーってやり過ぎとかそういうのあるの……?

「えっと、なんにも感じないけれど、それって本当に効果あるの……?」

「はい、間違いありません。それは明日の朝にでも分かるでしょう」

 本当かよ……? まあ、二人がそういうならそうなんだろうけれど……がおーってやられるだけで成長するなんてお手軽過ぎやしないか?

 そしてまたマル姉さんは様々な角度からがおーっと繰り返すが……なんにも恐ろしくないし、効果も感じない。単にかわいいだけだ。

「……ところでマル姉さん、天法的に拷問などの極めて強い刺激はスペシャルの開発に有効なのかい……?」

 マル姉さんはがおーっの手を緩め、

「……あります。危機に応じて発現するケースは稀ではありませんし、受けた被害に比例してその確率は高まることでしょう」

「へえ……」

 ということは、ユニグルの言い分は間違ってもいないということか。いや、あいつの場合は拷問する理由の補強に過ぎないと思うが……。

「俺のスペシャル的なのは、手から少し電撃が出せることと、電撃の吸収? と予知能力みたいな感じなんだけれど……」

「おやまあそうなのですか? いえ、確かにあの放送に出演していたということは相応に活躍しているはず、スペシャルなしはあり得ませんよね」

「それでどうにも……電撃で充電し、予知能力が発現するみたいなんだけれど……」

「なるほど、だからですか……」マル姉さんは何やらうんうんと頷く「……予知は生存にかなり有利なスペシャルです。ですが過信はいけませんよ、広い範囲に影響を与える攻撃や、圧倒的な機動力の前には分かっていても避けられない場合がありますので、がおーっ」

 その通り、予知ができても足りない要素は多い……。

「あと、充電した状態になるとさ、なにやら黒い影のようなものが現れるんだよ。どうにも不吉なものらしく、不要因子を殺せとかって俺をせっつくこともあるんだ」

「がおい影……ですか」混ざってる混ざってる「それはよく出てくるものですか?」

「……いいや、出たり出なかったり」

「それが何なのか、一概にはいえません。ただ、その不要因子を殺せという言葉はレク君のスペシャルに関するものなのでしょうね」

「それをすることで得心できると?」

「そうです。不要というのですから、それは具体的な何かに対してのものなはずです」

「具体的な……? ……あるいは、計画があるみたいな?」

「どうなのでしょう? もしくはルールかもしれません」

「でも、一応は猶予をくれたんだよ」

「猶予を……?」マル姉さんはうなる「わりと融通が利くのですね」

 自分でいっておいて何だが……スペシャルが俺の意など介さずに何らかの企てをしているってのもおかしな話だ。しかし、そういう懸念を覚えるならやはりゼラテアが怪しいという話になる。あいつがカムドにああいう存在にされたのは不要因子を殺せといわれる前のことだし、あいつ自身も黒い影の同類くさいしな。つまり、あいつは俺のスペシャルに憑いて何かしてやがるってことだ。

 そのことをも説明すると、マル姉さんはがおー……とうなる。さっきから混ざっているなぁ。

「そんなことが……あら?」

 ふと、マル姉さんが森の方を見やった。……ああ、なにやら近づいてくる気配があるな。動きが速い、それにこれは……。

「にょっほほうっ!」

 おおっと? なんか跨るタイプの小型ギャロップ? 的なものが現れた! そしてそれは横滑りしながらかっこよく停まり、二人が降りた……って、あれ? 一人はさっきのなんとかピッカに気配も容姿もそっくりだが? なんというのか頭身が違うし、大人の姿だ……。

 それにあとの一人は……ヘルメットを脱いだ、やはりシフォール!

「お前は!」ヴォールが立ち上がる!「またやられに来たのか!」

「いえ、少なくともそのために来たのではありません」

「まっこと血の気が多いのう、嫌じゃ嫌じゃ」

 二人は大げさな挙動でやれやれと首をふる……。

 それにしてもあのピッカ似の女はいったい? 姉とかそういう類である可能性もあるが、やはりあのがきんちょ本人の気がする……。

 グラマラスな体はやはり局所しか隠されていないが……まじまじと見ているとよくないことが起こりそうなので視線は外しておこう……。

「にょっほほ、ほほほ、ほほほんのほうときたもんじゃ」

 ピッカらしい女が軽やかな足取りでこちらへ、そしてなんか隣に座ってきた……。

「ああすみません、ちょっといいです?」

 ピッカ? の向こう隣にシフォールも腰かける。

「どうじゃどうじゃ? これで文句ないじゃろ、ええ?」

 いや文句があるとするならそれはもっぱらお前の態度なんだがね……。

「また無闇に背伸びをして……」マル姉さんはため息をつく「将来、そのような体になれるという保証はありませんよ」

「うるさいわい、わらわはこの体で五百年くらいスーパー天女の座に君臨するんじゃ、おんしらは世の美男子を奪い去ったわらわに歯ぎしりしまくった挙句に総入れ歯にでもなっておれ!」

「まったく……容姿にばかりこだわっても仕方ないでしょうに」

「にょほほっ聞いたかえ?」ピッカが密着してくる「見た目は前提じゃろうにのう!」

 というかこの地で活動する以上はあまりそんなことを気にしても意味がないと思うがな。獣にとっては等しく獲物だろうし、食われちまったらてんで話にならない。

 しかし、そういう話になると……師匠の感性にも一理あるという話にもなるか? でかいなら当然強いだろうし、ならば死に難い……。

「何を気取っておるのか知らんが、おんしだってぼけナスビよりいけめんの方がいいじゃろ、ええっ?」

「そもそもなんでナスビなんだ……?」

 なにやら……卑猥じゃないか?

「そんなもん、不味いからに決まっておるじゃろ!」

 ……単なる好き嫌いの話かよ。あっぶね、余計なことを口にしないでよかった。

「でもお前、そんな歳でそんな格好をして男をはべらせようって、将来ルクセブラみたいになっちゃうぞ?」

「にょほほ、あやつはなかなか筋がいいわいな。しかしまだまだひよっこじゃわい」

 お前、いったいどこから目線なんだよ……。

「そもそもの話」マル姉さんだ「あなたの好みはちょっと……」

 その言葉に、なにやらピッカの周囲から複数の水の塊が出現する!

「ぬかしよるわ! いけめんの審美眼を極めようとしておるわらわの判断が唯一絶対に決まっとろうよ! おんしらはそれに準じておればええんじゃ!」

 自分の定義が完璧ってか……。マル姉さんはうなり、

「そういわれましても、あなたの取り巻きたちの深度はマイナス六程度なのでは……。我らが偉大なる師に望んで従事しておりますこの身、主な活動地域は中央部です。そのような場所においては長期間生存が可能であることは大前提となります。死んでしまっては元も子もないでしょう?」

 マル姉さんは肩をすくめ、ピッカはうなる。

 まあ、そういう話にはなるわな……というか、活動を中央の外に移すという選択肢はないのか。

「……おんしに聞いたわらわが愚かじゃったわい。何が面白くてアホみたいに危険な魔獣の領域に入るんじゃ、正気の沙汰じゃないわ!」

「そんなことも分からないのか?」

 おっと師匠だ。ピッカはびくりと肩を震わせる……。

「きっとそこにいるからだ、でっかくてかっこいい私の伴侶が!」

 うーん、ぶれないなぁ師匠は……。

 対しピッカは目をまたたき、

 そして大きなため息をついた……。

「わかった、わらわが悪かったわいな……」そしてちらりとエリの方を向く「……そこの白髪はどうじゃ?」

 炎をぼんやりと眺めていたエリはふとこちらを向いた。

「……ぬう? そういやおんしシュノヴェか、それもエンパシアくさいな。じゃあええわい」

 エリはふと首をかしげ、

「……あなたは先ほどの?」

「そうじゃそうじゃ、もうええってのよう」

 なんだそれ……?

「……おい、なんでエンパシアだといいんだよ?」

「あやつらはよう分からん感覚で人を選ぶから話しても無駄じゃ、つまらんわい」

 ……けっきょくお前は自分の感性と合わない話はしたくないってだけなんだな。まったく、見た目はどうあれ中身はがきんちょのまんまだ。そしてそうあればこそその美麗さも陰るというもの、なんだかなぁ。

「あの、そろそろいいですかね?」

 おっと忘れていた、シフォールだ。

「……で、何の用なんだよ?」

「まあ、試合はなしの方向でという提案でしてね」

 試合はなし……。

 いや、ええ……? 何かこう、提案という言い方からして引っかかるが……?

 とはいえ試合なんかやりたくないし、別にいいっちゃいいんだけれど……お前らちょっと身勝手過ぎやしないか……。

「……俺は別に構わんが、フェリクスには話を通したのか?」

「まだです」

「おいおい、まずは向こうが先だろう」

「そうでしょうかね」シフォールは鼻を鳴らす「彼はアンヴェラーを愛しているのでしょうか? いいえ、ファンだから少し特別扱いをしているだけでしょう。彼女の将来にはさして興味がない。違いますか?」

 ……違わない、と断じれない辺り困るんだよなぁ……。

「ある意味、彼はどうでもよい。むしろあなたに話をした方がことが上手くいくと思いましてね」

 はああ……? 意味が分からん、俺なんかハナから関係ねぇっての! フェリクスがそうしたいっていうから仕方なく手を貸しているだけなんだよ……!

 そのことを伝えるが、シフォールは奇妙な話を始める……。

「試合が不可能になった経緯にはおそらく……あなたが関係しているのではないかと思っているんですよ」

「……俺が? なんで」

「あなたは会うたびによく分からない連中と一緒にいますからね、何か妙なことが起こったとき、あなたを疑った方がいい」

 いや、何それまるで俺が原因かのような……。

「具体的な事情はこうです。我々の拠点に突如として来訪者が現れましてね、試合を開くなら混ぜろといい出したのですよ」

 なにぃ……?

「相手は見知らぬウォル数人でして、突然な上に不可解ですし意味不明でもあります。そうして一笑に付したわけですが……」

「……やられたと?」

「うちのメンツってのう」ピッカだ「わらわも含めてまっこと強い使い手揃いだったんじゃが、本当にボコボコボコンのギタギタギタリンに叩きのめされたのよ。シフォールはたまたま外に出ていてのう、にょほほんとこっそり脱出したわらわと逃げてきたんじゃ」

 ピッカはうなり、

「スーパー天女がそんなことでええんかといいたいんじゃろっ? あれは例外じゃ、本当にマジヤバな奴らなんじゃ、地法使い、カオスファクターじゃったもん!」

「地法使い……!」マル姉さんは眉をひそめる「上級の使い手でも通じないと?」

「光陣五重壁に相当する魔術がただの拳でぶち抜かれていたからのう、普通じゃあり得んわい!」

「……カオスって、なんだそれは?」

「待て!」おおっとボイジルだ「ベリウスは生きているのかっ?」

 シフォールは肩をすくめ「さあ」

 まあ、横槍で宿敵に死なれちゃ困るわな……と、そのときマル姉さんが急に立ち上がったっ……? 樹々の奥をじっと見つめ始める……!

 なんだ、いったい何が……ってこいつはマジで何だっ? 異質な気配、でかいとかドス黒いとか獣のようだってことじゃない、これまで感じたことのない……ぼんやりとしつつも奇怪なそれが近づいてくるっ……?

「おっ……ラッキー」

 森から現れた三人、どれもウォルだ、それにしても中央の男……かなりでかいぞ! 青黒い体毛、背丈は二メートル半をもゆうに超えているだろう、それになによりすんげぇ体だ……! 筋肉の隆起がとんでもない、ロボットのように角ばっている、おまけにパンツ一丁だし、なにより目つきが……まるで普通じゃない。控えめにいって狂人のそれと断じていいものだ……!

『おいっ、聞こえるかっ?』グゥーからの、通信だ!『そいつらはダメだ、野蛮超人と呼ばれてるとんでもない危険人物たちだっ……! いいか、絶対に刺激するなよ……!』

 運転席で慌てふためいてる姿が見える……。

 ……ああ、分かるよ、こいつらはとんでもなくヤバい……!

「わかった、お前はそこから動くなよ……」

『ああくそ、なんでいきなり、こんなところに……! あれはまだ完成してないしな……』

 野蛮超人、か……。いかにもな名前だ、形相だってまともじゃない、まるで、静かに怒り狂っているような……。

 巨漢のウォルは俺を指差し、

「お前、レクテリオル・ローミューンだろ」

 俺のことを知っている? なぜだ、いや、タイミングからして原因はあの番組か?

「……ナイスカオス!」

 ふと、巨漢は親指を立てた……?

「ナイスカオス!」

 すると横の二人も同様にする……。

「かなりイイ線いってたんだけどな、ボスが止めちまったんだからしょうがない」

 ……いったい、

「何の、話をしている?」

 すると三人は一斉に笑い出し、

「やっぱり天然かよ!」

「逸材ってのはやっぱこういう奴だよな!」

 なにぃ? いったいどういうことだよ?

 巨漢は笑み、巨大な犬歯を見せる……!

 プリズムロウの面々が動きだろうとしているが、ダメだ、動くなと小さくジェスチャーをする……。

「……お前、ボスに喧嘩を売ったろ、だからうちのもんがおっぱじめようと騒いで……いや、褒めてるんだぜ? みんなお前のお陰で暴れられるって、動機がよ、できちまってうれしーみたいな。まあ他ならぬボスの制止で収まっちゃったけどさ」

 ボス、カムドかっ? ということはこいつら、ゼロ・コマンドメンツ……!

 ……しかし、一歩間違えれば奴らが一斉に暴れ狂っていただと? カムド名を出したときに見せたハーシュの反応は当然だったということか……。

「なぜ、カムドが止める……?」

「アア、お前さんが仲間だからだよ、俺らの」

「なにぃ?」

「そういう宿命っつーの? まあそういうあれで……なにこれ?」

 エリの鳥が飛んでいる……!

「ああ、へえ……! 俺らの前で出せるとか、やるじゃんなあ!」

「やるじゃん!」

「グッジョブ!」

 なんだっ? 一瞬で鳥が砕け散った!

「でも、俺らにそういうの通じないから……」

 巨漢は近づいてくる……!

「アイテールとかいうのは勝手に精神に感応しやがるって話だが、ならばその存在そのものを否定したらどうなる? 答えはチョー簡単、否定者を中心に濃度が極端に下がって術の威力は下がり、また標的にもなり難くなるんだなこれが……」

 なにっ?

 いや、しかし……理屈ではあり得そうではあるが……。

「まあそん代わりそういう手品とかまったく使えなくなっちゃうけどね」

「……なるほど、確かにカオスファクターのようですね」マル姉さんだ「いったい、何のご用でしょう……?」

「いや……用があるのはそこのレクテリオルなんだけど……」

 マル姉さんの気配が変わる……が、

「やめとけ」師匠だ「あれは獣ではない」

「ですが、この者たちは……!」

「業深き人間だといっている。マルが戦うべき相手ではない。座れ」

「フスカ様……」

 マル姉さんはしぶしぶ腰を下ろし、巨漢はゆらりと体を動かす……!

「あれ……いいんだよ? いつでもかかってきて……」

 こいつマジでヤバいな、これまでなんとなく感じとれた敵意とかそういうものが……気配がぐちゃぐちゃでまったく分からない……。しかし単純な本能的危機感として、いつマル姉さんに飛びかかってもおかしくないってことだけは分かる……!

「ええっと、それで何の話だ……?」俺がこの場を離れるのが最善か「向こうで話そうぜ……」

「……うん? いいけど」

 焚き火より離れると巨漢はすんなりついてくる。

「ああいう女って分かってねーんだよなぁ」

 巨漢の仲間が馴れ馴れしく話しかけてくる……。

「けっきょくのとこ、男っていつでもぶっ殺していい感あんじゃん? そういう次元で物申して欲しいよね」

 ……これは、強迫か? それともただの世間話か……?

 ダメだ、分からない……。こいつらの気配はあまりにめちゃくちゃ過ぎる……。

「……どうかな」

 落ち着け、獣より読めないということは考えても無駄だし、ビビッたところで事態は好転しない。

 とはいえ戦闘はできないな、この体、身のこなし……。絶大なる戦闘力を秘めていることは疑い得ない。こいつらの話が本当ならシューターは撃てないし、予知が発動しない可能性も高い。そんな状態で戦えば確実に瞬殺されるだろう。ともかくいまは話を合わせるしかないか……。

「それで、話って……?」

「そうそう、レクテリオル、ウチに入らねぇ……?」

 入る、コマンドメンツにか……?

「断る」

「アア、だよな。まあ声かけんのも一応なんだ、別にお友達ゴッコしたいわけじゃないし……ほら俺らって好きにやってこそ光るというかさ、ゼロコマも別に組織ってわけじゃないから」

「……用件はそれだけか?」

「なんか試合やるんでしょ? 混ぜてもらいたかったんだけど、なりゆきでぶっ殺しちゃったから……なんか悪いことしたね?」

 心にもないことを……。巨漢の仲間がみんなを見回し、

「で、二人くらいここに逃げ込んだくさいんだがどれよ?」

「どれって……なぜそんなことを聞く?」

「かばうの?」

「そんな気はないが、告げ口は断る……」

「わかるぅー」

 別の仲間が腕を肩にかけてくる。ずしりと重い腕だ……。

「ヒントちょうだいよ、そいつ強いの?」

 強いかどうかって……?

「……あんたたちの相手としては不足だろうな」

「マジ? なんか魔術師とかってめちゃくちゃ強えって聞くけど、魔術が通じないとなるとただの雑魚ばっかでホント萎えるわー……」

「けっきょく獣や軍人が一番面白ぇよな」

「つーか、あのサイボーグらはどうよ? まだ強そうじゃん」

「どうかな、あんたたちの相手としては厳しいと思うよ……」

「まーなぁ、自慢するわけじゃないけど」巨漢の仲間はうめく「単体で俺ら以上に強え奴なんてそうそういなくてね……」

「できればディモりたいけどなぁ。あいつらぜんぜん見かけねぇから困っちゃう」

「真面目な話よ」巨漢だ「すぐにクソ強ぇ奴と戦いたいんだ。ウゼー奴らを見つけたくてね」

「私は強いぞ」

 おっと、師匠だ……。

「偉いぞ、マルをかばったのだな」

 巨漢はゆらりと師匠に向き直り、

「あんたぁ……本当に?」

「ああ、こい」

 黒い爆風が起こりっ! 師匠への蹴りかっ? しかし両手で防御している!

 ……地面が揺れたような感覚があった、なんという膂力だっ! そして師匠、それを止めたがっ……威力を逃したのか、足元の地面が派手に吹っ飛んでいる……。

「オオッ、砕けろォオオオオオオッ!」

 爆発したかのような連撃だっ! マジかよ、あんな巨体なのに何をしているのかほとんど見えないっ……?

 師匠は後退しつつかわしているらしい? が、まずいっ、樹木を背にしつつある!

「ゞえぃイイッ!」

 蹴りっ? がっ! じゅ、樹木をへし折ったっ? そして宙に舞うそれが続いての連撃に巻き込まれ、軽やかに吹っ飛ぶ……!

 しっ、信じられん! 奴はスペシャルが使えないんだろっ? ということはあれは正真正銘、奴自身の力だがっ、巨漢かつウォルとはいえ、立派な樹木を蹴り一発で折れるものかっ?

 れ、連打は止まらない! 嘘だろ、師匠が防戦一方かっ……と! 師匠が派手に飛んだ、くらったかっ! しかし飛んだ先の樹木で受け身を取りっ、反撃のあびせ蹴りが巨漢に衝突している……! が、奴は師匠を掴んだ……!

「伏せろお前たち!」

 師匠だっ……奇怪な音、周囲の樹々が揺れた、抉れている、銃撃音っ?

「ビンゴ!」

 なにっ? 師匠を放り投げ、巨漢たちが一瞬で姿を消した……が、遠くから多数の銃撃音が聞こえてくる……!

「なんだ、いったいっ?」

「お前たち、端に寄っていろ! 奴らは戻ってくるぞ!」

 戻ってくるだって……? 何ださっきの銃撃音は、俺たちへのものとは思えない、やはり奴らへの攻撃か……。

「師匠、奴に勝てるのかっ?」

「この姿では無理だな」

 無理、この姿ではっ? そして本当に奴らが戻ってきた……! が、全身血まみれだ……。返り血、か……。

「ごめんごめん、俺たちお尋ね者だからさ、特殊部隊っぽいのに狙われてたんだけど……あいつらプロだし不自然な隙じゃ釣れねーから相応に強ぇのと戦ってわざと、ね……」

 そして巨漢の強靱極まる体躯が隆起する!

「じゃあ、続きやろうかいっ!」

「愚か者め、それほど叩きのめされたいか!」

 うっ、空間が歪んだ……って、うおおおっ、マジかよっ! 灼熱のように輝く体毛! の巨大な獣が歪みから現れたっ……! へ、変身したってのかっ……?

 巨漢は目を丸くし……両手を掲げる!

「やっ……たぁああアアアアッ! こいつは強ぇに決まってらぁ!」

 灼熱の獣が腕を上げ……振り下ろしたところで地面が揺れるっ……! 巨漢は跳んでかわしている……が、すぐに横払いの一撃が入った! 奴は樹木に衝突……いやっ、巨獣へ向けて弾み、反撃の飛び蹴りが入るっ……! 足場に使った樹木が根っこから倒れた……! 奴の仲間が歓声を上げる!

「ゞオオオオオオヲヲヲヲヲッ!」

 そのまま巨獣の顔に激烈なる猛撃が繰り出されるがっ、

「やべぇ、効いてねぇええええっ!」

 しかし巨漢は笑っている、そこに反撃をくらいボールのように跳んで森へと消えたっ……が、すぐに走りながら戻ってくる、あの巨獣の一撃が効いていないのかっ? いや、さすがにダメージはあるようだが……!

 奴もまた、打撃の威力を他へと逃がすことでなんとか耐えられる程度に済ませているのかっ……? 膂力だけではない、技術においても超一流かっ……!

 そして何より、精神力が並外れている! 自身より遥かにデカい巨獣に一切、臆することなく立ち向かえるかっ? 受け流しができるとはいえ、しくじればおそらく重傷以上! しかもこちらの攻撃はさして通じていない! そんな相手に拳を打ち込み続ける根性、こいつはマジで男の中の男だぜ……!

「今日は最強にラッキーだぜっ! こんな強ぇのそうそうお目に……」

 そのときっ、巨漢はまた弾かれ一直線に森へと消えたが! またすぐに走り戻ってくる……!

「へへっ、じゃあそろそろ、俺もいっちゃおうかぁあああっ! いくぜ、カオスパワー……」

「うわわっ、待てまて……!」

 なにっ、巨漢の仲間が奴に組みついたっ?

「ここで終わる気かっ……?」

「そうだぜ、いまお前を欠くわけにゃいかねぇ!」

「え、ちょっと、いまいいところなんだからさ……!」

「わかるけど! 俺たちにゃ、やることあんだろっ……?」

 その言葉に、突如として巨漢は消沈し……うなだれた。

「こ、こんなチャンス、めったにないのに……」

「いやほんと、分かるんだけどさぁ……」

 巨漢はうなり、

「……じゃあ、今日このままやっちゃわない?」

「でも、それなりに準備もあるし……いや、ちょっと待てよ、確か……」

 巨漢の仲間はパンツをまさぐり……端末を取り出してなにやら調べ始め、巨獣……もとい師匠はといえば襲いかかるでもなく、その様子をじっと見守っている……。

「……あ、やっぱダメだわ、今日は大クンいねーもん。ギマの首相と会談してるんだって」

「じゃあギマんとこいこーよ」

「大クンだけのためにぃ? あっちからこっちへ移動して、そこまで保つの?」

「うーん……」

「ウゼーの殺せたしひとまずの目的は果たしたろ? その上、短時間でもマジ強いのとやれたんだし充分じゃんか」

「まぁーなー……。でも……」

「目的を忘れんなよ、ということでまたなぁ!」

「ええー……」

 そうして巨漢は背を押され、三人はあっさりと去っていく……が、ふと仲間の内の一人が振り返った。

「あ、俺ら、近いうちにウォルの首都へ襲撃かけるからよろしく! その気あんなら来いよ、そんときはうちら総出かつ全力だから、メチャクチャ楽しいぜっ!」

 し、首都へ襲撃だと……? いちいち話がぶっ飛んでいて意味が分からない……。

 いや、先の銃撃はその関連か、特殊部隊、軍人、つまり奴らは自国と敵対する存在らしい? それゆえにつけ狙われていたと、相手はよほど隙を見せないと攻撃してこず、居場所が分からないから……強敵と戦い、自然な隙をつくることで攻撃の誘発を狙っていた……ついでに仲間になるかもしれない俺を探しつつ、その際にシフォールの仲間をも巻き込んだ、みたいな感じか……?

「フスカ様、ご無事ですか……?」

「うーん、さすがに痛い……」

 いつの間にか師匠は元の姿に戻っている……。

 しかし獣じみた雰囲気もなにも、獣そのものに変身してしまうとは……。いや、あるいは……。

「まるで嵐のようでしたね」マル姉さんはため息をつく「しかし、まさかあれほどとは……」

「何も不思議なことはない……」師匠は頭を押さえている「あの体、見たろう? 体躯に恵まれたウォルが極限まで修練したんだ、その上アイテール術が通じ難いとなれば、ほとんどの者が相手にならんことは道理だよ」

 確かに、圧倒的な戦闘力があるのは分かる……。

 しかし……。

「奴らは遠方からの狙撃を厄介だと考えていた。つまり兵器は通じるんだ」

「そうだ」師匠は頷く「しかし、奴らの力はアイテールの影響下にある兵器にも干渉する。だからオールドレリックに属するものしか充分な性能を発揮できないはずだ」

「影響下とは……?」

「スミスシリーズがつくったもののことだ。スミスの根幹は具象された頭脳だから、それが生み出したものも連鎖的にアイテールの影響が強くなる傾向にあるんだ」

「……だから狙撃が外れた?」

「その通り。しかし、奴らは周囲の樹木の配置より、弾丸の経路をあらかじめ絞っていた節もある。なるほど、人格はともかく、こと戦いに関しては超人の名に恥じない徹底ぶりだな」

 強力なスペシャルの前では兵器など通じないと思っていたが、奴らに対してはアイテール術が通じず、むしろそれとは関わりのない……つまりは遺物や、人がきちんと製造した? 兵器が効果的らしい。生身の相手に兵器ってのもおかしな話だが……。

「……レク君」おっとマル姉さんだ「かばってくれたのですね。ありがとう。ですが、姉弟子としては形なしですね」

「いや、そんなことはないよ。そもそもマル姉さんが俺をかばってくれたんだろ?」

 マル姉さんはにっこりと微笑むが、どちらにしても殺されなかったのは運がよかっただけかもな……。

 俺もそこそこ修羅場をくぐって成長できていると思っていたが、それでも奴らのヤバさはあまりに実際的で、尋常ではなかった。気配ではなく、本能でびびらざるを得ないほどに……。

 ……ため息まじりにまた焚き火をみんな囲む。師匠はまた丸焼き機を回し始めた。

「奴らは強い……」

 ふと、ヴォールが呟いた。

「……残念だが、この俺でもあの巨漢には歯が立たんだろう。取り巻きでも勝てるかどうか……」

 そして拳を握るが……いや、取り巻きと戦えそうってだけでもかなり強いと思うぜ。奴らもまた、異常な戦闘力を秘めているに違いないんだからな。

 それにしても、ウォルの中でもとりわけガタイがいいとはいえ……生身の人間でもあそこまでやれるんだな。そういう意味では男として本当に尊敬できる……って、通信だ?

『やあ、生きているかね?』

 この声は……カムド!

「なぜ、俺の連絡先を……?」

 いや、聞いても無駄か、このデバイスの裏では何がどうなっているのか分かったもんじゃないってのは承知の上だ。

『よしよし、生きていたか。うちの荒くれ者がお邪魔しそうだと聞いてな』

「……来たよ」

『まったく、好奇心旺盛なのはよいことだが、あの子らは手加減を知らん。悪気はないのだが』

「……ない方がよほど危険ってのがよく分かる連中だったよ」

 カムドは笑い、

『ああ、すぐに着くからこれで』

 着く……って、うおおっ……? 今度はカムドが森から現れやがったっ……? しかし、気配が……しなかったような?

「うちの子たちはどうにもお祭り好きでね、君があんなことをいうものだから、はしゃいでしまって大変だ」

「何の用だっ……?」

「なにって、少しばかり話をしにね」

「コマンドメンツへの勧誘か?」

「私が? 私は組織であることを否定する。ゆえにそんなことはあり得ない」

 そう、だったな……って、おいっ? あの二人、小型ギャロップにまたがっているし、さっさと走り去っていった……。

 ああくそ、そもそもあの超人どもはラッキーといっていた、つまり俺を探してはいたが、居場所は分からなかったんだ。でもあいつらがこっちへ逃げ込むから……。

 そして今度はカムドが現れたしさっさと逃げるのは分かるが、それにしたってよう……!

「それはそうと夕食かね? ではではご馳走になろうか」

 そして当然のようにカムドが輪に加わってきやがった……。

 コマンドメンツの頭目たるこの男だが、なんだろう、さっきの奴らと比べて遥かにまともだと思えてしまう辺り……感覚が麻痺しているな。

 カムドは大局的に見てかなりの危険人物なんだろうが、野蛮超人とやらはまさに眼前にある危機だったからな……。

 そして箱を持ったグゥーが姿を現し、マジで? という顔でこっちを見つつ、やや遠くに座った……。

「ああいいね、いい焼き加減だ」

「そうだろう?」

 師匠が動かないってことは、少なくともこの場では危険性はないってことか……? またマル姉さんが何かいいたげにしているが……。

 ……まあ、それならいいか。緊張の反動なのか、なんだか和やかな気分になってきたし……。

「まさか……に、肉だけかね?」ふとカムドが周囲を見回す「肉だけでは体に悪いぞ?」

 なんかその辺の爺さんみたいなことを言い出し始めた……。するとグゥーが箱をこっちへ持ってきて、

「あの、ここに色々ありますけど……」

「おっほほ、びっくりしたよ」

 多分、いろんな食べ物のパッケージでも入っているんだろう。カムドはそれを喜んで受け取る。

 なんだこれとは思うが、まあいいわな……。

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