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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
127/149

ワガママアタック!

 命脈を渡る万斛の水沫、無窮の旅路を経て彼岸へと至るが、天地の諧謔に綻び、穢土に零落るるも此れは善し。

 凛冽なる夜、水面は我が無謬を諾い、数多の業も眇〃たれ。

 にゃれば〆さば金塊下着はカシミヤ、いけめん以外は血祭りじゃ!



 帰る道中、むっくりと姉弟子が起き上がり、うにゃむにゃと何か呟いたのち、こちらを見やった……。

「……あら、もう済んだのですか?」

「ああ、思いのほか順調だったよ。いまはちょっと多忙のようだが、仲間はそのうち戻ってくるらしい」

「そうですか、ではようやく修行を開始できそうですね」

「それは実際、どうやると効率的なの?」

「とにかく実践することですね。必要になるであろう状況を想定し、訓練することです。特異な獣やスペシャル持ちなどと戦うことでも能力は向上しますよ」

「……ところでそのスペシャルとは?」

「個人が持つ特異な異能全般をなんとなくそう呼んでいます。単なる呼称の問題ですが、皆が皆、天法使いというわけではなく、例えばある体系の魔術を天法と呼ぶのは失礼にあたりますからね」

 なんとなくなのかい。しかしそうだな、なんでも異能を天法扱いしちゃよくないって話はわかる。

「それで、そのスペシャル持ちと戦うと向上するというのは?」

「他者のスペシャルを目の当たりにすることでも常識の幅が拡大するということです。ゆえに師を求めたレク君は正しいのですよ、スペシャル持ちと戦うにしても、いきなり実戦では殺されてしまうこともあるのですから」

 レク君って呼ばれるのも何だかこそばゆいな……。

「……そういや、魔術を覚えると骨に刻まれるとかなんとかって話があったけれど……」

 姉弟子はふと眉をひそめ、

「そういった話がさも常識のように広まっているようですが、その技術はむしろ奥義なのです。伝播を幾度も繰り返すことによりほんの僅かずつ骨に天導、魔術式、マジックコード、伝播線などなど、そう呼ばれる跡が刻まれる現象は確認されており、それによってスペシャルの発動が容易となりますが、その技術はおいそれと使うべきものではありません。そのような近道は、例えば普段どおりスペシャルを使用するコンディションにない場合や、複雑で多数の段取りを必要とするそれを使用したいなど、特殊な状況を見越して刻んでおくべきものなのです」

「……つまり、あまり重要ではないスペシャルで骨を使うのはもったいないみたいな話……?」

「そうです。よほど複雑なものか、治癒系のそれを刻んでおくといざというときに心強いですね」

 なるほど……そういう意味じゃ治癒系に長けるエリは当たりってことになるな。

「とまあ、理屈はいろいろとありますが、けっきょくは身体で覚えるとよろしいでしょうね」

 着いたら修行開始か……いや、

「あ、でもまたいったんは宿へ向かわないと。装備品が欲しい仲間がいるかもしれないし」

 姉弟子はうなり、

「……レク君はあれこれと忙しいようですが、過酷な道へ進めばこそ同志も減るものです。つまり、そう遠くない先に、お仲間のみなさんとはお別れすることになります。本気で中央を進もうと思うならば……」

 そうだな、死地に等しい場所へ誰かを誘うなんてことはできやしない。

 しかし……だからといってみんなが抱えた問題に背を向けるわけにもいくまい。最終的に道が分かれるとしても、これまでは一緒に冒険してきた仲間なんだから……。

「そして、だからこその我らが師なのです。あれほど強く若く美しい女性は極めて珍しいと思いますよ?」

 うんまあ確かにそうなのかもしれないが、分類として猛獣に近い気がしてならないんだよな……。

「そもそも師匠は本当に俺のことをそういう対象として見ているのかい……? あまりそうは感じないんだけれど……」

 すると姉弟子はゆっくりと目を逸らす……。

「まあ……これまでの傾向からすれば、好きならばもっとベタベタしているでしょうが……」

 そうだよな、話の通りならサンダーコールに煩わしいと思われる程度にはくっついてくる感じのようだし。

 というかそもそも、そんな巨獣に一目惚れするようなひとが俺のような弱っちい人間を好きになるわけがないと思う。その後、好きになった相手もいちいちデカい連中だっていうんだろう?

 それに中央で出会ったらしい少女の件でも、人間に興味を持つこと自体が珍しいみたいなことをいっていたし、そもそも人間を好きになる可能性自体がかなり低そうではある。

 最初はまた女難的なあれかと懸念したが、なんてことはない、とどのつまり……。

「……師匠はマルさんの要望を汲んでいるんじゃないの?」

 結論としてはそうとしか思えない。恋愛対象としてはともかく、師匠はあれで人をよく観ている。最初は姉弟子の過大評価だと思ったが、どうにも常人には理解できない次元でものを見ている節があるんだ。そうでなければたった一言であそこまでエリの心を揺さぶれるものか。

 俺の言葉に姉弟子は目を大きくし、そして寝こけている師匠をしばらく見つめ……ふと振り返ると、俺の足をぽんぽんと叩いた。

「これこれ、マル姉さんでしょう? それに、師が弟子を慮るなど妙ではありませんか。師とは規範でもあり、超然として振る舞うべきもので……」

 ……とまあ口ではそういうが、顔が思いきりほころびている。

「……まあ、その辺りの実情がどうであれ、レク君とエリさんはもはや身内です。ですが、偉大なる我らが師の弟子になれたからといって慢心してはいけませんよ、この関係をより本当のものとするには相応に努力が必要なのですから」

 ええっと……。

「……強くならなきゃいけない?」

「違います。我らが師に恥じぬ、誇り高き生き方をすべきと申しているのです」

「ああなるほど……努力は、するよ」

「よろしい」姉弟子はにっこりと笑む「それでは……ええと、どこまで話しましたでしょうか、ああ実践ですね、レク君が宿から戻り次第、そういった修行を始めることにしましょう」

「魔術か」おっとヘキオンだ「俺のような奴にも覚えられるのかい?」

「もちろん可能です」

「ほう、俺も一応は人間だからな」

「一応もなにもありませんよ。身体的にどうあれ、人だと思えるなら間違いなくその方は人間です。そして逆もまた然り。人を捨てきったものはよく恐ろしい力を発揮します。それはもはや怪物、相手にしてはいけません」

 人を捨てきった、か……。

 蒐集者のやつはどうなのか……。

「それと、当然ながらスペシャルを使用する生物もいます。忘れないように」

 なに……?

「えっ、獣もスペシャルが使えるのっ?」

「もちろんですとも」姉弟子は大きく頷く「これは種族的に多用するものと、個体性に依存するもののふたつがあります」

「種族的に?」

「例えばネコ科のようなハンタータイプの獣は姿を隠し、また瞬発力を増大させるスペシャルを多用します。これは本能的、生態的に必要とするからですが、魔術体系と同様に、同種より学習していると思われます」

 なるほどな……親より狩り方を学ぶ獣や飛び方を教わる鳥もいる。だとするならスペシャル……種族固有の異能を扱う方法を継承していてもおかしくない、か……。

 しかも、それに加えて独自なスペシャルを発現させる個体もいると……。

「中央の獣はとても賢く、そういった個体ほど強烈なスペシャルを発現させるのでとても注意が必要です」

「……サンダーコールに殴られたらマルさんでも終わりって本当なのかい?」

「これ、これこれこれ……」

「あ、ああ、マル……姉さんにもさ」

 姉弟子はにんまりとし、

「実は誇張もあったかと思います。大まかには即死まではいかないでしょう、威力の大部分は受け流せられるはずです。しかし、そうタカを括って実際にやられてしまうのがサンダーコールの恐ろしいところです。彼らは巨大なだけあり脳も大きく、知能も極めて高い。どのようなスペシャルを持っているのか懸念は尽きません。条件は不明ですが、殴るたびに威力が倍加する凄まじい個体を見たこともあります」

 巨獣のパンチってだけでも相当ヤバいだろうに、威力がどんどん倍加するだとぉ……?

「危険な種族においても、さらに危険な個体がいるという例としては充分ですね、ともかく気を抜くと恐ろしいことになるという話です」

「な、なるほど……」

「そろそろ着くぞー」

 グゥーだ、いつの間にかまた宿近くまで戻ってきていたらしい。そしていつもの場所に着陸する。

「ものはひとり一個な。携帯食とかなら十個ワンセットでもいいけど、基本的にはひとつだ。モノの種類とか大方にでも決まったら俺に相談してくれ、いろいろ見せてやるから」

「ああ、じゃあちょっと行ってくるよ。エリは?」

「私は……少し、この辺りを散歩してから向かいます。……歩きながら考えたいことがあって」

「この辺りを?」グゥーだ「エリさんくらいならまるで問題ないだろうけど、一応はここいらも危険なんじゃないの?」

「では……マルミルさんもご一緒にいかがですか?」

「これ、これこれ……」

 よそよそしいのでマル姉さんとお呼びなさい、だな。どうにもそこは徹底させるつもりらしい……。

 まあエリなら大丈夫だろうし、しかも姉弟子……いやマル姉さんがいるならまったく問題などないだろう。

「わかった、じゃあ先に行っているよ」

 そうして宿に戻るが、見知った顔はラウンジにはない。ユニグルに聞いても無駄そうだしな、まあいいや、ついでだから風呂にでも入ろうか……墓場から帰ってそのまま番組出演、そして黒エリ探しときたもんだ、ちょっと休みたいしな……。

 その後、風呂に入りぬくぬくの余韻に浸りながらラウンジでぼうっとしていると……フェリクスと皇帝、そしてサラマンダーが現れた。重傷に加えて竜の血に冒されたってのにもう動けるようになったのか……とも思うが、決闘試合は数日後だしな、寝てもいられんか。

「あれ、まだ向かってなかったのかい?」

「いや行って帰ってきたんだよ、黒エリは無事に見つかった、そのうち戻るとさ」

「そのうちって?」

「さあ……? あとヘキオンらも戻っている、いつものところにいるよ」

「そうなんだ、間に合ってよかったよー」

「三勝しないとならんのだろ、実際問題やれるのか?」

「やれるさー!」

 本当かよ……。

 俺の見立てではちょっと厳しい戦いになると予想される。

 フェリクス、お前はなんとしても勝たねばならんからお前の勝利は無条件に勘定に入れるとして、あとヴォールの勝利も想定には入る。彼の戦闘力はどう見ても普通じゃないしな。

 しかし他の三人はというと、実のところかなり厳しいのではないかと思う。

 まずボイジルは相手が悪い。ゼステリンガーは聖騎士団の団長クラスだし相応に強者なはずだ。

 次にサラマンダーとガークルだがこちらも怪しい。両者とも決して弱くはないと思うが、いろんな相手を見てきたいま、強いかといわれると微妙な感じだ。

 あるいは師匠とマル姉さんに参戦を……?

「うーん……ちょっとすごい強いひとたちのアテがあるんだけれど、一応、頼んでみる……?」

「僕たちは勝たなきゃならないんだから、強ければいいわけではないよ」

 おお……すげぇ矛盾しているが、いいたいことはわかる……! そうだよな、勝とうとする気持ちってのは理由があってこそのものだからな……!

「あ、そういえばひとり足りなかった。レク出られない?」

「えっ……なんで?」

「ガークルさん出ないって。報酬出せないから」

 なぬっ?

「なんだよ、皇帝のくせに金欠か?」

 皇帝はそっぽを向き、サラマンダーには睨まれる……。

「うん、治療費でかなりお財布が寂しくなったんだって」

 治療費! ユニグルかっ……!

 まあ、あいつなればこそ慈善事業なわけもないわな……。

「というわけで出てくれない?」

「ええ……? だからアテがあるから……」

「まるで関係ない人は巻き込めないよー」

 いやそれをいうなら俺やヴォールも関係ないだろ?

 ……でもまあ、フェリクス的には違うという話か。

 うーむ、四日で手に入るか分からないが、番組の報酬もあるしな……。

「……しょうがない、数が合わないなら出てやるよ」

「本当かい? さすがはレクだよー!」

 まったく、けっきょく厄介ごとが舞い込んでくるって寸法かよ……! それでも仲間のためなら仕方ないが、その理由も間接的だからなぁ。皇帝派には貸しはあっても借りはないんだ……って、なんだっ? すごい音を立てて正面のドアが開いたぞっ……?

「にょほほほ、ここが腐れナスビどもの巣じゃな!」

 長い……綺麗な水色の髪の……少女だ? 取り巻きなのか、二人の男が続く……。

「フェリクスとかいういけめんはどこじゃ!」

 なんか名指しだが……。

「……おい、知っている子なのか?」

 フェリクスはまるで覚えがないとばかりに首を振る……。

「青い服のいけめんと聞いた……わいって、それらしいのおるではないか!」

 少女はふわりと跳び、テーブルの上をひょいひょいと踏み越えてこっちまで来た……?

 そして眼前に着地、なにやらすごい格好の子だな……!

「ほうほう、ほーうほう! なんじゃ、ここには腐れナスビしかおらんかと思うておうたが、なかなかどうしていけめんがふたりもおるではないかえ!」

 ええ……なんなのこの子……? 小さな面積で局所を隠しているがほとんど裸体だぞ……青いローブのようなものを着ていてもほとんど透けているし……。ところどころに美麗な装飾品をまとい、なによりも翼を象ったような黄金の杖から……妙な気配を感じる……。

 見た目はちんちくりんだが、雰囲気がルクセブラを彷彿とさせるな……というかいけめんって何だ? 相応の実力者的な……?

「えっと、君は……?」

「わらわは水の真言を司るスーパー天女、カルナピッカ・リューメイルさまじゃ!」

 みっ、水の真言だと? まさか、師匠と同等クラスだってのかっ……って、なんか体を触ってくる……。

「ほうほう、ほーうほう、いい体じゃのう! 風呂上がりかえ? にょほほほほ……」

 触り方がなんかいやらしい……じゃない、これはヤバくないか? この齢で水の真言だと? しかもフェリクスを探していたって、まさか……。

「フェリクスは僕だけど……」

 少女は次にフェリクスの体を触り、

「うむうむ、話の通りのいけめんじゃな。では後ろのメス犬が件の賞品かや!」

 め、メス犬……。

 ユニグルといい、わりとひどい呼ばれようだなぁ……。

 そして案の定、サラマンダーが憤慨すると……。

「小童とて、陛下を罵るなど……」

 そして彼が前に出た瞬間、少女が杖を突き、突如として猛烈な水柱が発生っ! 持ち上げられたサラマンダーが天井にぶち当たって墜落したぞっ、なんか鈍い音がしたし……!

「誰に口きいとんのじゃああああっ! 身分もわからぬぼけナスビめがっ!」

 なんなんだこの子は……!

「おいおい、ラウンジで暴れるんじゃないよ……!」

 ギロリと睨まれ、すわ俺も攻撃される……! と思ったが、少女はふと笑顔に戻る……。

「まあ少々、大人気なかったかの」

 大人気って、どう見ても子供にしか見えないし……師匠と同等っぽい位にあるなんてちょっと信じ難い……というか、純然たるクソガキとしか思えない……!

「よくも我が忠臣を……」

 おっと今度は皇帝がお怒りだ……!

「病み上がりというのに、このままでは済まさん……!」

 そのときっ、一瞬早くフェリクスが皇帝をかばった、水のひと突きが奥の壁に穴を開けるっ!

 ……水圧か? ロッキーのように優しくない、もし直撃していたら……死んでいたかもしれんぞ……!

「いまのは危なかったよ……!」

 今度は珍しくフェリクスが怒っている……!

「どこの子か知らないけど、サラマンさんとアンヴェラーには謝ってもらう!」

「にょほほ、ありえんことをぬかしよるのもかわいいのう!」

 こいつはよくない!

「待て、決闘試合における大事なゲストを傷つけるのか? 君はシフォール側の参加者なんだろう?」

「にょっほっほ! よくわかったのう、いかにもわらわはあのいけめん側よ! こちらが勝てば相手チームのいけめんを好きにしてよいという話でな!」

 やはり奴の陣営か……!

「こらこら君たち!」

 おっと宿の職員だ……って、いきなり水の塊? が複数現れた、そして猛烈な水弾があたり一面に飛び散りっ……ラウンジが大混乱だっ……!

 なんなんだこのがきんちょはっ、見境なさ過ぎるだろっ!

「ちょっとやめなって!」

 フェリクスが止めに入ると、水弾もピタリと止まった……。

「……なんじゃ、やめてほしいのかえ?」

「……そ、そうだよ」

「なら、その代わりわらわをどうやって愉しませてくれるんじゃ、ええ?」

 こいつは……思いのほか厄介なクソガキだな……。

 だがどうする? 見た目通りの年齢とは限らないが……もし本当に子供なら……ああくそ、こういう類がいちばん困るんだよなぁー!

 諭して聞くとは思えない、だがやってみるしか……。

「……やめないか、君がすごいことは分かったが、だからといって見境なくケンカをふっかけていいわけじゃあないだろう」

 少女はちらりとこちらを見やり、

「そなたはどうじゃ? やめてほしいのなら相応のやり方があるとは思わんかえ?」

 こいつは……いっても無駄だな! 仕方ない、お望み通りげんこつでもくらわせてやるしかない!

 そしてごつんとやろうとするが、水の塊で止められる……!

「なんじゃそれは、げんこつかえっ?」少女は目つきを鋭くする「わらわは子供じゃないわい!」

 そして突如として発生した水しぶきに襲われるっ! 勢いに倒れて気づくと体の上に少女が座っている……。

「おんし、レディに向かってげんこつはないじゃろ、ええ? もっとこう……」

「お前はどう見てもクソガキだ!」

「にょわ!」

 無理やり起き上がると少女はバランスを崩し、慌てて水の塊に抱きつき……そのまま宙にふわふわと浮かぶ……。

「ほうかほうか……どこまでもたてつくのかえ、にゃらばこそ勝利をわらわのものにし、おんしらをいけめんコレクションに加えてやろうぞ……!」

 どうにも手下か何かを集めているらしい? しかし負けたらか、実際その可能性が高そうなんだよなぁ……。だったら、

「じゃあ出ないわ、俺」

「でんのかい!」少女はなぜか水の塊につっこむ「じゃあなんじゃ、いけめんはあのメス犬の飼い主だけかえ? そんなんじゃやる気もよだれも半減じゃ!」

 水の塊が増える、また暴れるつもりかっ?

「待てって!」

「こらっ」

 えっ……おっとぉ? なんか唐突にエリが現れた……というか、珍しく怒っている……?

「あなたですね、こんな水浸しの惨状にしたのはっ……」

 少女はびっくりした顔をしている……。

 まさか、知り合いとか……?

「いけませんよ、いたずらにしても限度がありますっ、それになんですかその格好は、この頃は冷えてきたのですから、風邪をひきますよっ」

 いや、これは違う、単純においたをする子供を叱っているんだ……!

「なっ……ななっ……ななななぁーなっ、なんじゃああああああああっ……!」

 やばい、猛烈な力を感じる!

「無礼千万おくせんまん! このわらわを誰だと思うておるんじゃああああっ!」

 そして少女は片足立ちの妙なポーズを決める!

「命脈を渡る万斛の水沫、無窮の旅路を経て彼岸へと至るが、天地の諧謔に綻び、穢土に零落るるも此れは善し……!」

 なんだっ……いかにもヤバそうな呪文だが……?

「凛冽なる夜、水面は我が無謬を諾い、数多の業も眇〃たれ、にゃれば〆さば金塊下着はカシミヤ、いけめん以外は血祭りじゃ! くらえぃ、奥義……」

「これ以上はいけませんっ!」

 あっ、なんかすごい数の鳥たちが出てきた……直後にマル姉さんが窓を開け、そしてすごい速さで鳥たちが少女を外へと運び出していった……!

「ちょっ、ちょっと待たんか! にょわああああああっ!」

 そして遠くでものすごい水量の爆発が起こった……! マジかよ、あんなもん屋内でかましたら宿もめちゃくちゃになっていたろう……!

 というかあの呪文はなんだ? 最後の辺りおかしなことになっていたが、あんなのでいいのか……?

「なんとまあ、こんなところであの子を見つけるとは……」マル姉さんはうなる「たまにはこういう場所にも顔を出してみるものですね」

「やはり知っているのか、水の真言を名乗っていたが……!」

「水の……? まさか」マル姉さんはころころと笑う「誇張したのでしょう、あの子は水の真言コーマ様のお孫さまですよ」

 孫、か……。おかしいと思ったんだ、師匠と並ぶような肩書きのわりにはあまりにクソガキ過ぎたからな……。

「その素質を見出されコーマ様の元へ修行に出されたそうですが、逃げ出した挙句に各地で問題を起こしているとの話です。見かけたら捕縛して連れ帰って欲しいとも」

 まああの荒れようだし、その辺りはお察しだろうな……。

「なにをしてくれとんのじゃあああああああっ……!」

 あっ、なんか水の塊に乗って戻ってきた……が、マル姉さんがビッと指先を向けると、水の塊が散って少女は地面に落ちた……。

「ええっと、あれは若づくりとかではなく本当に女の子なんだよね……?」

「そうですが、情けは無用とのお達しです」

 おっと、今度は走ってきた……と思ったら止まった。

「なっ……なんでおんしがここにおるんじゃっ……?」

 俺の肩にマル姉さんの手が乗る。

「弟弟子の様子を見にきたのですよ」

「なんじゃとっ? おんしも怪獣フスカんとこのもんだったのか!」

 怪獣って……。

 まあ、俺の認識とそう違いはないが……と、少女はにやりと笑む……。

「にゃらば勝負せんか? わらわが勝ったらおんしの弟弟子はわらわのもんじゃ。おんしが勝ったらいけめんでも宝石でもくれてやるわい!」

 姉弟子の目が鋭くなる。

「姉弟子として、レク君もエリさんもあなたなどには渡しません。ですがいいでしょう、わたくしが勝てば水の真言院に戻っていただきますよ」

「なああっ?」少女は途端にうろたえ始める「いやいや、待て待て、それはないじゃろいくらなんでも……」

「勝つ自信がないと?」

「ぐむむむむむっ……!」少女は歯ぎしりをし「よ、よよ、よいわ! ボコボコボコンのギタギタギタリンに引き伸ばして刻んで茹でてすすろうとしたところでゴミ箱に捨ててくれるわ! 覚えておれぃ……!」

 そして少女は大股で去っていき……連れらしい男ふたりはその後を追っていく……。

「あの、あの子は今度の決闘試合に……」

 事情を説明すると、マル姉さんは快諾してくれた。

「いいでしょう、その決闘試合とやらにわたくしも参戦させていただきます」

「ちょうど空きができたしね……」

 ……というよりあれはちょっと無理だな。実力はさておいても、クソガキとはいえ本当に女の子らしい、戦いたくないのは俺だけではあるまい。ということは向こうに一勝を取られてしまう可能性が極めて高いわけで、ここはマル姉さんに任せておくのが最善だろう。

 ……それにしてもラウンジは水浸しでひどい有様だ。というか職員の男や他の冒険者たちに悶着の原因を追及されるが……こちらも巻き込まれた方だし、わけわからんのは同様なんだよ……。

「……あんたたちには恩義もあるから今回は大目にみるけども! 繰り返すようなら相応の態度をとらないとならなくなるからな!」

「はあ……すみません」

 なんで俺たちが謝らんとならんのじゃ……! 皇帝は素知らぬふりを決め込んでいやがるし……と、職員の視線はマル姉さんに向けられる。

「それにしてもあんたのその黄金の髪……見覚えがあるような?」

「さっ、さああ、わたくしにはなんのことやら……」

 マル姉さんはそそくさと逃げ出し、そして意味もなく様子を見にくる猫のようにユニグルがふらりと姿を現す……。

「なにしたのよいったい」

「いや、わけのわからんがきんちょに絡まれてこのザマだよ……」

「というかあそこで倒れてる……のはまたあいつなの?」

 ああ、さっきぶっ飛ばされたからな……と、よろめきながら立ち上がった。一応は無事っぽいらしい。

「それで、帰ってきたってことは例のあれは見つかった……って、あんたっ! いい加減、それ返しなさいよっ!」

 おっと、ユニグルがエリに詰め寄る……!

「知りませんもんっ」

 対し、エリもプリプリした感じでそっぽを向いたっ……?

「その電撃棒、私のものだって何度もいってんでしょ!」

「これは拾ったものですもんっ」

「かーえーしーなーさーいーよー!」

「必要なものなのですもんーっ……」

 おおっと珍しい、エリがこれほど頑なになるとは……。

 というかなんか子供のケンカみたいに電撃棒の取り合いが始まっているんだけれど……。

「待てまて、いいじゃないか貸してくれても……」

「いいけどこの女はイヤ!」

「いじわるするなら返しませんもん!」

「あんたがしたんでしょ!」

「その前にあなたが……」

 おいおい、エリが口論するなんてどういうこっちゃ?

「ちょっとあんた黙ってないでなんかいってやんなさいよ、この女ってば性格悪いわよ!」

 いやあ、お前がいうのそれ?

「だからいいだろって、貸してあげろよ……」

「この連れ去り女にはイヤなのーっ!」

「その件は先に謝りましたでしょおー!」

「悪いと思うなら返しなさいよぉおおおお……!」

 周囲から刺さる、なんかまたやってるよ的な視線が痛い……。職員らもまた動こうかという雰囲気だ……。

 でもこういう状況ってどうすりゃいいんだよ? 下手に口を出していい方向に動いたためしがないんだけれど……。

 しかし、そんなにこのふたりの相性は悪いのか……? まあ性格はまるで違うからな……と、急にエリが電撃棒から手を離したっ? ユニグルはよろけた拍子に尻餅をつく。

「ちょっと! いきなり離すんじゃないわよ!」

「……そんなにおっしゃるなら分かりました、返しますけれどっ……いいですもん、グゥーさんから装備をいただけるってお話ですし、もっとすごいものをもらいますからっ」

「なっ、なによそれっ?」

「となれば、冒険に同行しないあなたがそれを持っていても仕方ないと思いますけれどっ?」

「そっ、そんなことないわよ! あんたには貸さないだけでレクに渡しとくわよ!」

 そうしてこっちに突き出されるが……。

「俺はシューターとかあるし、その長さのものを自分用に持ち歩くのはちょっとな……」

「というより、私がこっそりお借りしますもん」

「むぐぐぐぐぐ……!」

 ユニグルはエリと電撃棒を睨みながら考え込むが……おっとぉ、エリに差し出した!

「……わ、わかったわよっ、使いたきゃ使えばっ?」

 おお……ここに電撃棒が正式な形で授与されたぞ!

「あっ、ありがとうございます! 大切に使いますね!」

「壊したらべんしょーしなさいよ、一億オンリーだからね!」

 んなアホな。子供か。

「では代わりに私の鳥をお貸しします」

 おっと、エリの鳥がユニグルの肩に乗った。

「いっ、いらないわよこんなの、しっし!」

「お役に立ちますよ」

「なによいらないわよぉおおおおおお……!」

 ユニグルは逃げ出し、鳥は追いかけていく……。

 うーん、これは一周回って仲がいいの……かな?

「ともかく周囲の視線が痛い、ちょっと外に出ようか……」

 まったく……あれこれと悶着を起こし過ぎだよ、宿は公共の場所みたいなもんなんだし、あんまり騒ぐと最悪、利用禁止になるかもしれないんだから……。

 さて、ひと気のないところに出たついでに、そろそろ聞いておかなくちゃならないことがある。

「……で、決闘試合は目前なわけで、そろそろ皇帝さんの意向も聞いておきたいんだが……」

 皇帝はちらりとこちらを見やり「……なんだ?」

「シフォールは倒していいんだな? その、そうすると女になる術はほぼなくなると思うが……」

 皇帝は答えない……。

 女になる気はない、という言葉が出てこない……。

「……まあ、向こうはどのみちフェリクスを敵視しているし、ならば撃退もしないとならないが、その結果があんたにとってすっかり望まれるものになるかは分からないっていう話でな、ええと……」

 ああ、面倒くさいな……! でもかなりデリケートな話題だろうし、ズケズケとは聞けない感じもある……。

「ともかく何か思うことがあるなら、このフェリクスにハッキリいっといてくれよな」

 なんだかんだフェリクスに丸投げした勢いでいつもの場所へ足を向ける。するとどこからかマル姉さんが現れ、エリとともに横に並んだ。

「まったく、肝心の皇帝があれでは……試合う意義も曖昧だよ」

 エリはうなり「そう、ですね……」

 というかサラマンダーはああもボロボロになりながらもよく仕えるよなぁ。忠義か好意か、ともかくかなり強い意思がないとあそこまで一緒に居たりはしないだろう。

 しかし……皇帝の視線はフェリクスに向けられ、試合に負ければシフォールのもの。

 ……普通に考えて面白くないんじゃないか? それともそういうことじゃないのだろうか?

 まあいいさ、なんだかんだ俺は出なくてよさそうだからな。懸念といえば死人が出ることくらいだ……と、気づくと何羽ものエリの鳥たちが辺りを飛んでいる……。

「最近、消耗がほとんどないのです」エリは呟くようにいった「急に力が強くなったような……」

 へえ……?

「日頃の鍛錬の成果が出たんじゃないかい?」

「そうならばよいのですが……」

 強くなっているのに不安がるのはエリらしいとはいえる。

「ところで、いけめんって何か知っているかい?」

「いけめん……ですか?」エリは首を傾げる「さあ、聞いたことがありません」

「おそらく」マル姉さんだ「顔のいい男性のことでしょう」

 顔だって……?

 それじゃあ……あれはそういう話だったのか。

 なんだ、実力者を集めているってことじゃないのか……。

「あの子は好みの男性をはべらせて愉悦を覚えるというよろしくない遊びに夢中なのです。どうやら標的になってしまったようですね」

「な、なるほど……。しかし、自分ではよく分からないな」

 ふとマル姉さんはじっと俺を見つめて……微笑む。

「凛々しさと優しさが調和した素敵な顔だと思いますよ」

「あ、ありがとう……」

 褒めてくれるのは嬉しいが……実感はわかない。あまり鏡を見ることがないからだろうか?

 ……そう、鏡は好きではない。

 その原因は分かっている、エジーネだ。

 あいつは鏡の中の世界を本気で信じていたし、幼少の頃、俺はそれに感化されていた……。


 優しい鏡、鏡は嘘つき

 あなたの前では鏡はね

 とりつくろってくれてるの

 しばらく見ないと鏡はね

 お休みしちゃうのそんなとき

 いきなり覗いちゃいけないよ

 ほんとのものが映っちゃう

 そうよあなたの姿は嘘だらけ

 あなたの知ってるあなたはね

 どこにもいない

 どこにもいない

 どこにもいない


 ……馬鹿げた話だ。確かに鏡に映った姿は実在しない。

 逆に映っているからだ。

 それだけの話、くだらない子供騙し……。

 そんなことは分かっている。

 しかし……それでも俺は鏡があまり好きではないし、自分の顔もよく知らない。

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