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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
125/149

師の言葉

 マリエンフスカだ! 長いからフスカだ!

 お腹すいたな!

 お腹すいたな!

 お腹すいたな……!


                  ◇


 グゥーに起こされたらしい、いつの間にやらギャロップは宿の近くへと戻っていた。

「この辺りまで来るのはなんだか久しぶりだなぁ!」

「そうですね、我らが師よ」

 後部から二人の話し声が聞こえてくる。しかしこの辺りが久しぶりって、普通は逆だろうにな。

「おっ、起きたぞ!」

「起きましたね」

 二人はざざっとこちらへ接近してくる……って、座席の間からにょっきりと師匠の顔が!

「それで、君も私の弟子なわけだな!」

「あ、ああ……まあ、一応……」

 しかし見た目はかなり若いな。俺より歳下なのか? それともホーさんのようにあまり歳をとらない体なのか……。

「でも師匠って何をすればいいんだっ?」

 何って……それを俺に聞くのかよっ?

「我らが師よ、あなた様はご自由に振舞っておられればよいのです。細かいことはわたくしめにお任せを」

「そうか! じゃあ好きにしろ!」

 そして師匠は獣のように床に寝そべる……。

「我らが師のお言葉はあまりに深遠ゆえ、何の備えもないまま求めたとて生半には理解が及ばぬことでしょう。ゆえに、直接的な指導はこの姉弟子たるマルミルを介して行います。よろしいですね?」

「あ、ああ……」

 まあ、教えてもらえるならなんでもいいが……。

「それで、探しに行くって?」グゥーだ「目星はついてるのか?」

「それがさっぱりでな」

「おいおい、約束は約束だし足は貸してやるが、この広大なボーダーランドで人ひとり見つけるのは不可能に近い……ってそうだそうだ、いうの忘れてたわ。あの黒エリ嬢よ、変身したとき忘れもんしていったんだ」

「忘れもの?」

「ほら、首元とか硬質的な雰囲気だったろ、あれは通称、黒豹って呼ばれてる強化スーツの意匠にそっくりだったんだが、変身した際に各所の部位が外れたようだ」

 なに……?

 いや、たしかに、ニプリャに機械的な部分はなかった……。

「えっ、あれって単なる装備品だったのか?」

「そうだろ? もともとそういうものらしいし」

「しかし、融合しているってニュアンスだったような……」

 首元の機械部分を外しているところも見たことがないし、そもそも、そこが脱着可能なら現状の体をそこまで忌むものか?

 ……たしかに生身っぽい部分にも黒い文様のようなしるしが体に残っていたが……あれはあれで艶やかな印象もあるし、そこまで……というのは俺の勝手な考えか……。

 だが、あるいはニプリャと黒豹の二つが融合していたとするならどうだろう? ニプリャが黒いパムなのでなんとなく彼女が黒豹だと思っていたが、実際はまったく別のものだったとしたら?

「……その、黒豹って装備はどんなものなんだ?」

「オールドレリックらしいが詳細はわからん。黒エリ嬢のも中身が完全にぶっ飛んでて修復はおろか解析も不可能だそうだ」

「そうか……」

「話を戻すけど、そもそもどこにいるかまったくわからんって?」

「……いや、そうでもない。黒エリの仲間が探しに出ているようでな、直接通信はできないが、宿のユニグルが仲介しているらしいからちょっと聞いてくるよ。人手も集めたいしな」

「そうか、あと約束の装備品もあるんだからな。欲しい奴も連れてこいよ」

「おっ、みんなの分もいいのかよ?」

「ダメっていったらケチ扱いするだろ?」

「する」

「俺はそういうのが我慢ならないんだ」

 そしていよいよ宿の近くにまでやってきた。ギャロップはいつもの場所に着陸する。

「ほら、さっさと行ってこい」

「ああ」

 そしてギャロップを降りようとすると、

「おや」姉弟子だ「どこへお行きになるのですか?」

「冒険者の宿だよ。すぐ戻るが、来るかい?」

「いえ……我々はお尋ね者なので」

「お尋ね……って、何をしたんだっ?」

「食い逃げです。我が師には金銭なるものの概念に疎いまま、それはもう大変な量の食事を済ませてしまったのです。ちなみに私にも持ち合わせなどありませんでした」

 そのとき師匠ががばりと起き上がり、

「なんだ、またあそこで食べちゃダメなのか!」

「残念ながら、我らが師よ」

「私ならいくらでもふるまってやるのに!」

「はい、外界人というものはめっぽうケチです。金銭に支配されし奴隷の帝国です。ああいやだいやだ」

「じゃあいいや!」

「はい、どうせつまらぬ食事しか出さないに決まっています」

 なんかズタボロに貶しているが……。

「そうか、じゃあここで待っていてくれ」

「……なるべく早く戻れよ」グゥーはちらりと後ろを見やる「あの二人、なんかあれだし……」

 それには同感だ。なんというか、敵意とかではなく本能に訴えかける何かが師匠にはあるんだよな……。いくら向こうが好意的でも、猛獣の接近にはなかなか馴れないみたいな感じ……。

 そして宿まで戻り、ラウンジに向かうとそこにはエリしかいなかった。

「あらレクさん、どうでしたか?」

 どうもこうも……。

「ま、まあ……ぼちぼち、ね……。それよりグゥーが礼をしてくれるらしい。装備とかくれるんだと。いるひとは一緒に来て欲しいんだけれど……ちょっと俺、プリズムロウに連絡取るから、ユニグルと会わないとならないんだ。悪いがみんなにその旨を伝えてくれないかな?」

「はい、わかりました」

「行く人はここに集合ね、それと、ちょっと……なんというか、俺の師匠的な立場にある人とその姉弟子も同行するんだ」

 エリは首をかしげ、

「……お師匠、さまですか?」

「ああ、さっき番組に出て、アイテールの伝播技術を学びたいといったそばから飛んできて教えに来たらしい……。ちょっと早過ぎる話で俺もついていけてないんだけれど、まあそういうことなんだ。わりと変わった人たちのようだが、魔術関係のことには造詣が深いらしく、いろいろと指南してくれるらしい」

「なるほど、それはありがたいことですね。わかりました、伝えておきます」

「うん、頼んだよ」

 それにしても、ニプリャって最後に見かけたのがあの巨大兵器の上だったか……。あの後、勢いのまま外界のオルメガリオス大聖堂まで行ってしまったからな、結果的に置いてけぼりにした形になってしまったが……。

 ……いや、そもそもヘキオンたちはどこを探しているんだろう? まさか、巨大兵器に向かっているのか? それともニプリャは地上へと降りたのだろうか? あの身体能力だ、飛び降りたとしても無事に着地できる可能性はある。

 そしてユニグルの診療所へ向かうと、声が聞こえてくる。

「ほら、自分のベッドまでは自分で歩いて行きなさいよ! 何よその目は! 人手がないんだからしょうがないでしょっ!」

 そしてなにやら包帯だらけの奴らがよろめきながら出てきた……。どこぞで返り討ちにでもあったか。

「あら」ユニグルはこちらを見やる「殊勝ね、ちゃんと顔見せに来るなんて」

「ああ、用事があってな。悪いがヘキオンと連絡が取りたいんだ」

「ヘキオン……?」

「名前くらい少しは覚えろよ。連絡の仲介しているんだろ、フェリクスの仲間だよ」

「ああーあれね。でも、なんでよ?」

「黒エリを探しに行くのさ。フェリクスから聞いていなかったのか?」

「知らない、興味ないし。でもいわれてみればあの女の姿がないわよね」ユニグルは肩をすくめ「まあいいわ、連絡したければ勝手にしてよ。奥にマルチデバイスあるから」

「マルチ……?」

「それよ。あんたが耳につけてるやつ」

「ええっと、お前のそれからどうやってヘキオンの連絡先を手に入れるんだ?」

「ええ? 知らないで使ってるの?」

「誰も教えてくれないんだ。一部の人と通信できるだけ」

「ちょっと貸しなさいよ」

 通信機を渡すと、ユニグルは眉をひそめる。

「……ロックがかかってるわね」

「ロック?」

「いい? これはたしかに通信機でもあるけど、実際はもっと多機能なのよ。本来は中空に画面を投影させて、いろんなことができるの。待ってて」

 ユニグルはいったん奥へ引っ込み、俺と似た感じの機械をつけて戻ってくる。

「基本的にはステルスモードで使うの。これは自分にしか画面が見えない……というより見え辛い状態のことね。でもオープンにするわ」

 すると突如として空間に画面が現れるっ……! そこには……大型のギャロップの設計図? らしきものが映っているな!

「これが私の求める救急ギャロップね。他にも数多の医療情報が詰まってたりするわ」

「へええ、すごいもんだな! こんなに小さいのに!」

「でもあんたのデバイスはほとんどの機能が使えない。画面さえ出ないんだからおそらくフラッシュロックだと思うわ」

「……なにそれ?」

「ある周波数の電磁波をあるリズムで照射することで鍵が解除される仕組みのこと」

「鍵……か。それを知る方法は……」

「うーん、解除を試みることは可能だけど……専用の装置が必要だわね」

「まあ、そもそも無理に解除しない方がいいだろうしな……」

「そうかしら。あんたの行動はすべて筒抜けになってると思っといた方がいいわよ。それを渡した人物はあんたを監視してるに違いないわ」

「監視……」

 ニューがか……。しかし、俺のことをそこまで把握している素振りはなかったように思えるが……。

「お前って、ソ・ニューという名を……」

 いや、知らないか。前に俺がその名を出したけれど反応は薄かったしな。

「ああそうそう妹を名乗るニューよ、あれって私の知り合いだったわよ」

 ……なにっ?

「当時は互いにニックネームで呼び合っていたからわからなかったの、奇縁よねー」

 とっくに知人だったと……?

「……ど、どういう繋がりだよ?」

「暗黒城よ。あの子、昔はあそこにいたらしいから、アドバイザーとして交流があったの。実際に会ったのは最近だけどね」

 暗黒城……! 確かに、昔はあそこにいたらしいが……。

「感謝してよね、私たちがあんたの力を引き出したんだから」

 なにぃ……?

「か、感謝って……お前は拷問しただけじゃねーか……! わりとなあなあになっているが、まだそんなに風化してないんだからなお前っ……!」

 ゲンコツしてやろうと構えるとユニグルは飛び退き、頭を防御する体勢になった……!

「やっ、やめなさいよぉー! やってることは同じじゃない! なんで私にばっかり怒るのよぉ!」

 同じ……。

 同じっ……?

「なんだ、ニューも拷問するってのかっ?」

「するというかしたんでしょっ? 黒い聖女の取り巻きなんだから苦痛の探求者であってもおかしくないし、本質は同じじゃないのよ!」

 同じ……とは、何が同じなんだ?

「本質って……?」

「ゲンコツするなら教えてあげなーい!」

 くっ……! だがまあ、したところでって話ではあるわな。

「……わかった、しないから教えろよ」

「なんなのよ突然……! 妹差別じゃないの!」

 ユニグルはうなり、

「アイテールは精神に感応するんだから、苦痛という激しい精神活動には当然のごとく強く反応するのよ。だから力を引き出す場合、苦しませるのがてっとり早いの!」

「いや、お前は修行のためじゃねーだろ……」

「結果的には同じでしょ!」

 こいつ……!

 しかし、なぜに不眠が修行になるのかと思ったがそういうことか、あれはつまり拷問と同じなんだ……!

 ユニグルはまた意地の悪い猫みたいな顔をし、

「アイテールの修行は生まれた瞬間から始まってるわ。可能性は無限大なのに常識という枠組みよって私たちは才能を制限されてしまう。それを破壊するには信じられないほど強烈なショックが必要って意味でも、拷問は素晴らしいものでもあるのよ!」

 常識ねぇ……。しかし、あの師匠もちょっと人間社会の常識が通じなさそうな感じだしな……。

「あの子のように幼少から野生の世界でサバイバルをしても強力な能力を発現するだろうけど、そういうやり方をしてたら身につける前に多くが死んじゃうでしょ? 獣に襲われたり、未知の毒や病原菌にも冒されるし。でも拷問は安全なのよ! そこには究極の信頼関係があるわけ!」

 いやあ、ないだろ……と、こいつにはいいたいが、確かにニューに対してはそれなりに信頼をした上であの修行をしたしな……。

 そう、似ているといえば、似ている……。少なくとも一笑に伏す気にはなれない……。

 とはいえ……この話はいろいろと複雑かつ長引きそうなのでいまはいい、時間は有限だしな。

「……その話はまた今度だ。いまはヘキオンと連絡を取りたい」

「なによぉ、せっかくいろいろ説明してあげようと思ったのに」

 ユニグルは自身のマルチデバイスとやらを操作する。

「連絡先を転送できるんだから通信以外の機能も生きてると思うのよねー。監視もそうだけど、他にもあるのかも」

 タダより……ってやつは本当だな。なんだか不安なので用を足している際には外しておいて正解だったか。

 そして作業は完了したらしい、さっそくヘキオンに通信だ!

「ヘキオン、聞こえるか? レクテリオル・ローミューンだ」

『誰かと思えばお前さんか! あの嬢ちゃんに聞いたな?』

「ああ、黒エリ探しを手伝おうと思う。あんたたちはすでに行動を開始しているようだが、どこにいるのか大方でも目星がついているのか?」

『俺たちは各々、発信機を持っていてな、かなり遠くにいても位置がわかるんだ。しかしその分、厳密な位置はわからんから後は人力だな』

「なるほど。それで、その場所とは?」

『眩耀の花園と呼ばれるところだ』

「花園……」

『広大な花畑だよ。姐御にしちゃ可愛らしいところにいるもんだ』

 花畑ねぇ……。まあ、ニプリャの趣味なのかもしれないが……。

「わかった、ありがとう。ギャロップで運んでもらえるから、そう時間もかからないと思う」

『そうか、人手は多いに越したことはない、ありがたいぜ』

「それでは後で」

 そして通信を切る。

 花畑か、花ってことは虫も多いだろうな……。昆虫系はかなり恐ろしいものが多い、危険な冒険になることが想定されるな。

「よし、じゃあ行ってくるぜ」

「もう死んでんじゃないの?」ユニグルは不吉なことをいう「姿が見えなくなってから相応に経つんでしょ?」

 その可能性は皆無じゃないが……それよりむしろ黒エリに戻せない可能性の方がよほど懸念される。ニプリャに嫌がられて抵抗されるとかなり厄介だ。

 ……そうなんだよな、そこが本当に問題だ。まあ、とにかく会って話してみるか……。

「ともかく向かうさ。助かったよ」

「せいぜい気をつけるのね」

 そしてラウンジへ戻るとみんなの姿がある……いや、ロッキーがいないな?

「あれ、ロッキーは?」

「それが、探しても見つからないのです」

 うーん、あいつも冒険者だしな、あまり連れて行かなかったからヘソ曲げて単独行動し始めたのかもしれない。

 とはいえ、そうであったとしても彼女の自由だろう。冒険者はみんな根無し草みたいなもの、誰にも強制されるいわれもあるまい。

「そうか……まあ、個人の行動は尊重しよう。それでフェリクス、お前は行くのか? 決闘の約束があるからといって奇襲をかけてこないという保証はないが」

「うーん、さっきアンヴェラーに聞いてみたんだけど、いろいろと話があるらしいし……」

「そうか、ならまあ残ってもいいさ。他に残りたい人はいるかい?」

「俺は行かねぇ。貰うのも探すのも俺とは関係ねぇ話だからな」

 まあたしかにそうではある。

「わたくしは用事がありますし、残念ながら今回は見送ろうと思います」

「用事って?」

「わたくしごとですし」

 つまりいいたくないとな。まあいまいち不信感はあるが……無闇に追及はすまい。

 そしてアリャはもちろんいないしな。となるとけっきょく俺とエリだけか。まあ手伝ってくれるのかはわからないが、師匠と姉弟子、それにグゥーもいるしな。

「よし、じゃあエリ、行こうか」

「はい」

「がんばってねー」

 フェリクスのやつはいつも暢気だなあ……。お前、数日後には敵チームの大将と真剣勝負するんだぜ……?

 最悪の状況を想定して師匠に頼んでみようかな。超強いらしいし、その辺の奴らなんか一撃でなぎ払ってくれそうだ。

 それにしてもエリと二人だけで行動するのはちょっと珍しい感じだな。……気になることもあるっちゃあるんだが……いやまあ、それはいま聞くことでもないだろう……。

「見つけたとして、リゼは戻ってくれるのでしょうか?」

 ……え、リゼって誰だと思ったがエリゼローダのリゼか。最近じゃそういう呼び方をしているんだな。

「……実際、そこが問題なんだ。まあ、出たとこ勝負だな」

「そう、ですか……」

 そうだ、あのことを聞いておこう。

「なあエリ、黒エリってさ、首元が機械っぽかったろ?」

「はい? ええ……」

「風呂に入ったとき、あの部分を外していたかい?」

「あの、ええと……」まあ、口にし難いのはわかる「あの、なぜですか……?」

「黒エリが変身したとき機械部分が残されていたというんだ。そしてニプリャも一見して普通のパムに見えた。つまり……」

「二つ、融合していたと?」

「……ああ」

 その言い方からして、どうにも風呂でも外していなかったらしい。つまり変身の際に排除されたんだ。

「……役目を終えたので外した?」エリがそう呟いた「あるいは一種の制御装置だった……」

 どうなのだろうか……? そう思い耽りながらいつもの場所に戻ると、なにやら姉弟子が宙に浮いている……。

「このように、天法はありとあらゆる行為を可能にします。それも想いの力のみで」

「はあ……」グゥーはうなり「でも、俺はそういうの得意じゃないんで……」

「いいえ、才能にさしたる違いなどありません」

「ないの?」

「そんなものなど関係ないのです。いってしまえば選ばれし者などいはしない」

「俺でも最強になれるって?」

「可能性としていうなれば、もちろんなれますとも。ですが最強とは具体的にどういうことでしょうか?」

「さあ、なんとなくいってみただけ」

「そうでしょうね。あなたはギマであり、天法を扱うに容易な環境にあったはず。それでもまるで使えないというのは、そうする必要がない、むしろ邪魔であるとすら思っているからです。つまり最強になど興味がない」

「まあな」

「しかしあなたはとても強い方です。弱者たる側面を持つ己を認めている。自信があり、怯えもない」

 グゥーは肩をすくめ、

「いやいや、さすがにビビるときはしょっちゅうあるよ」

「しかし、そんな自分でよいと思っている。それはあなたが強いからです」

 たしかに、ほとんど生身であちこち動いているんだから大したもんだ。

「最強を自負し、またそれを目指さんとする天法使いは多い。しかし彼らの多くは弱者のまま道半ばで潰えます。なぜなら、最強願望などというものは、とどのつまり怯えよりもたらされるものだからです」

 怯え……か。

「怖いから、不安だからこそより完璧に近づきたいのです。ですがそう願えばこそ、克服できない致命的な弱さが色濃く残ることでしょう。そのような弱き心は伝播の力もまた弱く、結果的にその願望は成就しないのです」

「そんな奴らはたくさん見てきたよ。人は比較し合って生きているからかな。でも、そういう人生は大概が不幸な結末に終わっている。けっきょくは、他者に依存してるからなんだろう。自己完結できない不甲斐なさ、未熟さというか……ともかく、そういうのがよくないらしい」

「さて、戻ってきたようですね」

 グゥーは振り返り、驚いて飛び退く。

「おわっ、なんだよ、戻ってきてたならそういえ!」

「お前が魔術を使えないのって、使う必要がないからなんだな」

「……さあな、そもそも努力は嫌いなんでね」

 グゥーはそういって笑うが……そう考えるとマジですげぇなこいつ……。懸命に力を欲している自分が小さく思えるぜ。

「とはいえ、目的いかんにおいては天法の力を必須とする生き方もある。さて、さっそく修行を始めましょうか」

「いや……あれだ、いま優先すべきは仲間探しでね。修行はその後でもいいかな?」

「後回しにする必要などありません。必要なことならば同時進行もよいでしょう」

「そう、か……。まあ、それならそうしてみるよ」

 そしてギャロップは空へ飛び立つ。俺は修行もしないとならないので今度は後ろ側だ。グゥーが振り返り、

「それで、どこへ行くんだ?」

「眩耀の花園とかいうところだ」

「あそこか!」グゥーはうなる「見た目はすごく綺麗だが、危険かつ奇妙な場所だと聞く。多分、いろんな虫がいるんだろう」

 だろうな……。でっかい虫とか超怖いんだけれど……。

「ところで、お隣りの方も弟子希望なのですか?」

「は、はい」

 おっと、なんかあっさりと肯定したけれどいいのか……?

「どうでしょうか、我らが師よ」

「うん! いいんじゃないか!」

 あっさりと容認したが、けっきょくなんでもいいんじゃないのか……?

「というわけであなたも我らが師の弟子となりました。さて修行を始めます。そもそも天法とは……」

 なんか姉弟子の講義が始まったが……。

「……あの、師匠が教えるんじゃないの?」

「我らが師は仰ることが難解なので、弟子になったばかりのあなたたちには到底理解に及ばぬことでしょう。ですがよろしい、どうぞ偉大なる我らが師よ、未熟なる弟子たちにご助言をお与えください」

 師匠はにっこり笑い、

「お腹すいたな!」

「わかりますか? この深遠なるお言葉が」

 深遠……って、いや、そのまんま腹が減っているだけなんじゃないのか……? エリは頷き、

「食べ物ならば最近、いくらか豆を……」

 おっと師匠の目が光ったぞ……。

「そうではありません」姉弟子はエリが出した豆の袋を取り上げる「よろしいですか、偉大なる我らが師が、空腹であるのにどうして食べ物を天法にて生み出さないのか? この疑問を得よとおっしゃっているのです」

 姉弟子が身振り手振りを加えて説教をしつつ豆の袋をあちこちにやるので、それに手を伸ばす師匠が翻弄されている……。

「あの……よろしければ、まずはその袋をお師匠さまに……」

「これ、これこれ」姉弟子はエリの膝をぽんぽんと叩く「わたくしは姉弟子でございますよ、この偉大なるマリエンフスカ様に仕えて久しい者です、少しは聞く耳を持ちなさいな」

「はっ……はいっ……」

 ああ、豆の袋をあげないから師匠がヘソを曲げて丸くなっちゃった……。まあそれはともかく、

「ええっと、そもそもの話、天法ってなに?」

「魔術や魔法、アイテール術などなど呼び名はありますが、我々はそれを天法と呼びます」

 ああなるほど、単に呼び方の問題か。

「それで、食べ物もつくれると?」

「もちろんです。生きるためには他の生き物を殺めなければならない。これは生物たる我々のさだめでしたが、天法はその理より逸脱し、完全なる非殺傷をも可能にします」

「しかし、師匠はそうしない」

「生命の環から外れつつ生命であろうとすることは不健全なこと、ならばいっそ何も口にせず餓死すべきとおっしゃっているのです」

 その考えは……わからないでもないが、それって師匠じゃなくてあんたの言葉なんじゃ……?

「健全さは己のありようにも通じる重要な問題、あなた方は何者ですか? 修行はそこから始まると、偉大なる我らが師はおっしゃっているのです」

 ……なんかすごい次元の話に飛んだが……このひと、師匠を崇拝するあまりか、とてつもない深読みをしているような気がする……。

 しかし、いわんとしていることは間違っていないと思う。俺は何者で、どうするために、どんな力が欲しいのか?

 これは実際、かなりの難問だ。俺は本当は……何を求めている?

 エリも……難しい顔をして考え込んでいる。

「もちろん、答えは容易に出ないでしょう。しかし、想いの力を形にしたいのならばどうしても通らねばならない道……」

 そこで丸くなっていた師匠が元に戻り、今度は猫のように音もなく姉弟子の背後より接近、持っている豆の袋を……掴もうとしたときに不意に発見されてしまった。

「どうしましたか? 偉大なる我らが師よ」

「豆、豆……!」

「聞きましたかお二方、あなた方はいわばまだ豆のごとく幼き種であり……」

 そしてまた説教が始まるが……いまだに豆がもらえない師匠がウギャウェーと獣のような声を上げて転がり始め……やがてばったりと動かなくなった。

 というかあれだな、ある意味師匠よりこの姉弟子の方が曲者だな……! この修行、習得の困難さとはまた別のことで難儀しそうだぜ……!

「それでは修行を開始します」あーあ、豆の袋をエリに返しちゃったよ「アイテールが精神に感応する力だということは承知の通りですね、しかしその力は多くの者が発揮できていません。これがなぜかといえば、常識が意識に蓋をしているからです」

 常識……。

「たかが常識、されど常識……。外界の人間よりこの地のそれが圧倒的な才能を見せるのも彼らが常識の世界の人間ではないからです」

 ……似たような話を先ほどユニグルから聞いたな。

「……しかし、この地で出会った人々の多くは常識がないようには見えなかったけれど……?」

「彼らは高度な科学力に慣れ親しんだ生活を幼少の頃から体験しています。ゆえに常識の範囲が外界人より大きいのです。また、パムやディモのように、この地の自然という驚異的な世界に慣れている者たちも同様に常識の幅が広い。ゆえにできることは限られるという枠組みもまた広く、あたかも外界人より特別秀でているように見えるのです」

 なるほど……たしかにギマの社会は極めて高度だったしな。

「といっても彼らが知能、知覚、体力ともにフィンたる我々より優秀な傾向にあるとはされていますが」

「常識……」エリだ「魔術……いえ、天法に圧倒的な破壊の力があるのなら、再生のそれもあり得るということですね」

「もちろんです」

「人を蘇らせることも……」

「可能です」姉弟子ははっきりといった「ですが、そんなことにどのような意味がありますか?」

「意味……ですか」

「我らが師よ、死した者を蘇らさんとするこの弟子にどうか偉大なるお言葉を」

 寝そべっていた師匠がふと顔を上げ、

「復活できると知って嬉しかったか?」

 その言葉を聞いたエリは目を大きくし……。

 そのまま……体を強く、強張らせるままとなった……。

「さすがは偉大なる我らが師……」姉弟子は大きく幾度も頷く「あとはあなたが思慮の海を潜りなさい。そしてどうしても苦しくなったら、また我らが師にご助言を仰ぐのです」

 エリは小さく頷き、そしてそのまま目を伏せて考え始めた……。

「そして今度はあなたです。あなたの望みはこの地の中央へ向かうことでしたね」

「あ、ああ……」

「それは好奇心、冒険心ゆえに?」

 俺は……その答えはすでにあった。

「俺は、帰ろうとしているんだ、この地の奥へ……」

「いいんじゃないか」おっと師匠だ「小さな家を出て、大きな家に帰るんだ。君の家が深奥にあるというなら、帰れるように力をつけるんだな!」

 ……そう、その通りだ。

 俺は力をつけて、帰るんだ。

 より奥へ……。

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