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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
123/149

メディアパワー

 はいみなさんどうもいつもの豚野郎、ゴー・ハーシュだ!

 今回のゲストはすごいぞ! なんとついさっきまであの戦艦墓場でドンパチしていた謎の冒険者、レクテリオル・ローミューンの登場だ!

 あの巨大兵器に向かってから消息不明、一時は死亡説もささやかれたが突然のカムバァーック!

 さあ、あの墓場でいったい何があったのか? 知りたい奴らは見逃すな!

 それとフードファイター特集も見逃せない! こちらのゲストは若手最強と名高いド・フーだ! 宿敵ビッグジョンとの戦いも近いぞ、王座奪取となるかっ?

 超! 海賊放送デラビシャピン! はいつもの通り、ウルトラスキップの提供でやってるからそこだけはよろしく!


                  ◇


 いつもの場所に向かい、ややもするとグゥーのギャロップが姿を現した。いやはや黒エリを探すためとはいえ番組に出るなんてことになるとはな……。

「よお、準備万端だな。こっちに座れよ」

 運転席のグゥーはごきげんな様子だ。その隣の席に腰を下ろすとさっそくギャロップは飛び立ち始める。

「ボロボロのなりだぞ、いいのか?」

「ばっか、それがいいんだよ。さっきまで暴れてました感が必要なんだ、下手に身なりを整えてたらその辺に転がって泥だらけになってもらうつもりだったぜ」

 マジかよ……。番組に出るってことはよく人の目にも触れることになるんだろう? こんななりで出なきゃならないのか……。

「……で、またギマの社会に入れてくれるの?」

「いいや、ダチのとこは上にあるんだ」

「上って……空にでも浮いているとか?」

「そう」

「なんでまた?」

「なんでって……ヤバくなったとき逃げるに都合がいいからだろ」

 なんだそりゃあ……?

「お前、つまりは危険な情報を垂れ流しているってことだろ、そんなところで好き放題発言したら俺の立場はどうなるんだよ!」

「そんなもんないだろ最初から」

 た、確かにないが……!

「いや、余計に命を狙われるんじゃないのかって話だよ!」

「さっきもいったが立場の話をするなら知名度の低い現状こそがもっとも危険だぜ。身を守りたいならできるだけ面白いこといって有名人になってよ、殺されたときより大きく騒がれる人物にならなきゃならん。そういう形の抑止力もあるんだ」

 有名人……ねぇ。

「そんなもん、とどのつまりは道化みたいなもんだろ」

「もちろんそうさ。だが何もしないよりはマシだ」

「御託はいい、それで、どんなウラがあるってんだ。ようはメナス同盟? だかの連中の足を引っ張って得する奴らに手を貸せってことだろ」

「あらまあすっかり猜疑の塊になっちまって……」グゥーは苦笑いする「でも違うのさ、そういうことじゃない。俺たちの狙いはある意味、もっとタチが悪い」

「……というと?」

「俺たちはプレイメイカーだ」グゥーはふと真面目な口調になる「遊びを生み出し、その場の司令塔として動くメディアパワー。それが俺たちなんだよ」

「なに? メディア……?」

「娯楽だよ。人は衣食住足りれば余暇ができる。そして余暇がありあまって久しいギマにはそれを埋める娯楽が必要なんだ。だから、俺たちは単に面白そうだからお前を出演させたいんだよ」

「なに……? じゃあ、奴らの権威は何に担保されている?」

 暇ということは労働は機械などによって自動化が進んでいるはず、だとするなら金銭を稼ぐ必要性も薄いんじゃないか? となれば権力構造も発生しにくいはず……。

 グゥーは唐突に笑声を上げる。

「お前……やはりバカじゃないな。意外とこの地の事情に馴染むのが早い」

「からかうなよ」

「いや、マジでいってんのさ。正直驚いたよ、戦艦墓場の実態をメディアにぶちまけたことには。お前はことの本質を突いた。そう、奴らは何を根拠にそう振る舞っているのか?」

「……何をだ?」

「真実は番組で明らかになる! ……かもな」

 そういってグゥーは肩をすくめる……。

「なんだそりゃあ……?」

「だがそうだな、たぶん、お前の想像は外れるだろう。確かに奴らを疎ましく思っている人々は多数いる。だからそれにビンタするお前を賞賛するだろう。だがそれもまた表層的な話題に過ぎない。根底にあるのはもっと重要なことなのさ。ダチのゴー・ハーシュは今回、それを明白にしたがってる」

「何の、話だ……?」

 グゥーは肩をすくめてみせる……。

 ともかく、知りたい情報は俺のそれと引き換えに聞いてみろって話らしい……。しかし、根底だと? ただの権力、勢力争いじゃないのか……?

 そしてしばしたわいない話をしていると、なんか眼前に巨大な船らしき形が見えてきたっ……?

「あれは?」

「あれがダチんとこのスカイホエールだな」

 クジラか……確かにそれらしい形だな……。

「しかし、あんなもんが浮いているとはな。他にもあるのか?」

「もちろんたくさんあるぜ、目には見えないだけでな。特にダチのは装置を通しても認識しづらい」

「……それだけ真っ当じゃないってことだろ」

「まあ、海賊放送だしな」

 そして近づいていくとゆっくりと入口が開いた、ギャロップが内部へと入っていく……。

「よっしゃ、すぐ降りて案内に従えよ。俺はこれを停めてくるから」

「降りろって……ひとりで行くの?」

「お前、あんだけのことしてきたってのに、なにいまさらビビッてんだよ」

「ビッ、ビビってねぇよ……! でも、どこに敵がいるかわからないし……」

「わかったわかった、おら行けさっさと! 武器は置いてけ!」

 シューターを奪われ、無理やり降ろされた先にはセーターを着たギマの女……。

「はいレクさんね? 急いで、お客さん待ってますから! 私の言葉わかる?」

「あ、ああ……」

「じゃあこっちこっち!」

 小走りで進む彼女についていくと殺風景な通路に入り、これまた小走りで忙しそうにしているウォルの男とすれ違い、やがて飾りなのかガラクタなのか有用な機械なのかよくわからないがとにかく様々なものが積まれている通路に差し掛かり、その先は多数の映像が浮かんでいる部屋、そこには俺たちフィン以外の人種が勢ぞろい、揃ってこっちを見やる。

「来たかっ! そろそろ引き伸ばしも限界だ、すぐに本番だぞ!」

「わかってます! さあ、急いで急いで!」

 また部屋を横切った先は謎の椅子が並ぶ部屋、

「ちょっとボロボロじゃないのぉ!」パムの女が目を丸くする「メイクはぁ?」

「彼はいいんです、さあ急いで!」

 そして……なんかそう遠くないところから歓声らしきものが聞こえてくる……。ああ、会場がもうすぐなんだろう……! いやあ、なんかいきなり緊張してきちゃったなぁ! 戦いや危機とはまた別な感じ……! そして司会者のものだろう、よく通る声が聞こえてくる。

「はーいありがとー! さあ、さあさあどうにも、今回最大のゲストが到着したようです!」

 わっと歓声が上がる。そのゲストって……やはり俺のことなんだよな……!

 しかし、それほど首を長くして待つほど面白い話なのか、あの件は? 話すだけ話して、なんだぜんぜん大したことないじゃーん……なんてお寒いことになったら最悪だぞ……!

 いや、あり得る、そうだよ、なんでそんな当然の懸念に気づかなかったんだ、俺だけ危険視されて観客のウケは最低、最悪、貰えるものも貰えないとかあるよ……!

「おっ、レックだぅ!」

 おおっと聞いたことのある口調だな……ってなんだっけ、そうそうド・フーか、大食いの! 彼はいつものように腹をパァン! と叩いて鳴らした。相変わらずいい音しやがる……。

「なんだぅ、おいらレックの前座かぅ!」

「もしや、いま番組に出てたの?」

「そうだぅ! ビッグ・ジョンとの戦いが迫ってるんだぅ……!」

 ああ、なんかそんな話あったねぇ……!

「どう、勝てる見込みあるの?」

「奴は強敵だぅ……! 正直、厳しい戦いだぅうう……!」

 ド・フーは難しい顔をする。

「まあ、勝てればいいな」

「勝ってギマこそ最強だと証明するんだぅ! レックには残念なことだろうけど、勝負の世界は厳しいんだぅ!」

 いや、まるで残念じゃないし、むしろどうでもいい……。

「あーおぅ! よく来てくれちゃったのねぇーん!」

 なんか真っ赤なスーツを着たギマの男が近づいてくる……。

「身なりは……うーんサイッコー! ついさっきまで戦ってたって感じぃっすぅー?」

 そりゃあ、マジでそうだからな!

「えっと言葉わかる? ああ、翻訳機あるのね、わかるでしょ?」

「え、ええ……」

「じゃあこれつけてね、これであなたの言葉も翻訳されるから。でも英語はダメよ? あなた使う?」

「英語……? なんで?」

「正確にはEnglishがダメ! 話せる?」

「あー、まあ、多少わかるかな」

「わかるのっ? 発音は?」

「多少だよ、ちゃんとはわからないし、発音もできない」

「じゃあ、あなたが着ている上着は?」

「……これ? ジャケット」

「履いてるのは?」

「ブーツ……」

「ああいいわ、その発音なら大丈夫ね!」

「そ、そう……。でもなんで?」

「フィン系の部隊がよく使用してて、ちょっと過敏なのよぉー! まあウチッてようは海賊放送的な立ち位置なんだけどぉ、ネタに絡まないところで面倒起こしたくないし、翻訳機にも採用されてない場合が多いし……」

「でも外界じゃわりと単語構成比率多めだよ?」

「そうらしいから……とにかく面倒なの! まあ変形的発声系統なら大丈夫よ!」

 そういやロイジャーがクラタムらに両膝ついて情けを乞えみたいなことをいっていたな……。確かにあのとき、翻訳されていなかった気がする……。

「じゃあこれ、あなたの言葉を多言語的に翻訳してくれるから」

 そしてもう片方の耳に別の機械を装着される……。

「ほらほら」いきなり現れたグゥーが肩を叩いてくる「そろそろ出番だぜ!」

「はいはいいってらっしゃーい! あ、あとちょっとしたサプライズもあるから期待してねー!」

 そして押される押される、マジかよ、他になんか段取りとかの説明とかないのっ? というかサプライズって……まさか観衆全員が突如として銃を向けるとか、そんな話じゃあないよなっ……?

「レックまたなだぅー!」

 そして会場へ……って、うおお、観客席にはざっと数百人はいるぞ、やはりいろんな人種が集まっている……!

「さあああああああああっ、来ましたきたきた、謎の冒険者、レクテリオル・ローミュウウウウウッウウウウゥン……!」

 なんか黄金のスーツを着て、まっすぐにとんがった金髪のギマが明るすぎる口調で迎えてくれた!

「超! 海賊放送デラビシャピンへようこそっ! 我々は情報という海を突き進むパイレーツだっ! ささ、そこに座って! 随分とボロボロだけど、さっきまで戦ってたんだよねっ?」

 俺は椅子に座り「ええ、それはもう……」

 すると、どっと歓声が上がるっ……!

「もうみんな待ちくたびれてるからさぁ! さっさと本題に入るけど戦艦墓場での一件! あれはいったいどういうことなのっ?」

「ど、どうとはっ?」

「君はただの冒険者なんだよねっ? どうしてあんなところで奮闘してたわけっ?」

「ああいえ、発端としては、知り合いに話があると呼ばれたんですよ」

「知り合いとはっ、どこの所属の?」

「所属は……よくわかりませんが、ミネルウァと呼ばれている巨人の搭乗者です」

 場内にどよめきが響く……!

「そうそうそう! ミネルウァ、ヘカテー、ヘスティアーが確認されているんだよね! 彼女たちは何者なのっ?」

「一人は元傭兵で、もう一人はただの外界人です。あとの一人は外界の元老と繋がりがある人物ですね」

「そのひとりはアテマタトレマーのシルヴェル・エスカキアとされているけども!」なんだ、知っているんじゃないか「それと外界元老のヘスティア・ラーミット! でもあとひとりがわからなくてねー!」

「え、ええ……まあ、さっきもいったとおり、外界の一般人ですよ。冒険者のようなものです」

「彼女らの関係はっ?」

「ああ……おそらくは友人関係だと思います」

「友人? 友達付き合いで巨人を手に入れた?」

「そのようなので、新しい外界元老のレオニス・ディーヴァインは怪訝に思っているようですね」

「で、最後のひとりの名前はっ?」

 うう……俺から教えてしまうのもな……。まあ、異名なら別にいいか……ね?

「そうですね……とある者にアルテミス、と呼ばれていましたね」

「ほおーなるほどぉ! オリュンポス十二神だもんねぇ!」

 オ、オリュンポス……?

 ああ、巨人が名乗っている神話関係、か……?

「他にもいなかったの、いたよねぇパム系の巨人! 彼女はなに、ヘーラー、ユーノー、アフロディーテー、イシュタル、デーメーテール、聞き覚えのあるやつないっ?」

「いえ……彼女はメオトラです、いや、そういえばヘラという名には覚えが……?」

「ヘラ、ヘーラーね! なるほどなるほどっ!」

 しかし、アフロディーテだと? あれも巨人のひとつなのか? 超巨大な円盤だったが……。

「そういえば、先日現れたあの巨大兵器が……たしかアフロディーテと呼ばれていたような……?」

「あれが……?」急に司会者が静かになる「まさか……?」

 なんだ? 何か問題でもあるのか……? 観客席もかなりざわざわしているが……。

「……なるほどぉ! それでは次の質問だよ、ええっと、エスカキアさんに呼ばれて何を話したのっ?」

 これは……むしろ教えた方がいいかもしれないな? 彼女が何をしようとしているのかみんな知りたいだろうし、彼女もあのままでは不穏な巨人としか認識されないだろう。

「あそこに都市をつくるらしいです」

「都市を……?」

「ええ、いわく、とてもよい場所にしたいと。あの壊れた戦艦を材料に」

「なるほど……? それで……?」

「ええ、どういうわけか自分に手伝ってほしいと。なにやら間……空間的な要素が大事らしく、自分の……能力? 的なものと関係があるらしいのです」

「ええっと……それでお手伝いを?」

「いえ、自分は中央へ向かいたいのでいまは手伝えないと……」

「ほおう……」

「それで、話をしに行ったのですが、なにやらそこで揉め事が起こっているらしく、どこの勢力なのかよくわかりませんが、どうにも相応に地位のありそうな方々が集まっていまして、なぜか侵入者を排除せよと命じられたんですね、自分は各勢力と直接的には関係ないのですが……」

「ほう、侵入者を排除せよ、でいいのかなっ?」

「そうです。しっかりと抹殺のニュアンスを含んでいました。しかしその目標の人物はなんと同行していた仲間の血縁でしてね、自分としては断じてそんなことはしたくない。ゆえにあくまで追い出す、というニュアンスと強く解釈をし、作戦に参加した次第です」

「つまり、もっぱら救出が目的だったと! なるほど、だからストームメンのロイジャー・メック氏と衝突していたんだね!」

「そうです。彼は殺傷を目的として攻撃していました」

「それで、あそこには俗にいうシンの意思の制御装置があるという話だったけど?」

「ええ、そのようですね。戦いのどさくさで消えてしまいましたが……」

「消えた!」

「ええ、いつの間にか装置の核らしき部分がなくなってましたね。発光が止まっていたので、何らかの機能が停止したと思われます」

 会場がさらにざわつきに満ちる……。

「そしてコマンドメンツがやってきて、ケルベロスという巨人を……」

 そのとき、司会者の表情が変わった。

「まっ、まあまあ、あそこはね! 以前より話題にはなってたんだ、危険勢力があの装置を使用することを防ぐ、という名目でメナス同盟が締結されたものの、けっきょく同盟勢力が私物化しているという懸念があってね!」

 なんだ、慌てて……?

「……まあ、そもそもあの装置を任されたのはパムだとか」

「その節は根強いね!」

「同盟側は、あの巨大兵器の出現をパムの威嚇ではないかと懸念しているようでしたが……」

「なんだって……?」司会者は目を丸くする「いや……しかし、うん、たしかに……」

「ということは同盟勢力が主張していた不可侵領域は、強いていうならばパムが管理すべき場所ということになるのでは?」

「そうだ!」

 そのとき、観客席のパムが立ち上がって叫んだ!

「我々がハイ・ロードより託されたんだ! それを奪って戦争に利用したのはメナスの上層部だ!」

「ドニ戦役のことをいってるならそいつは早合点じゃないかっ?」

 別のところから声があがる……。

「交戦の状況も圧倒的勝利も不自然だろ!」

「アナリストの見解からして正当性はある!」

「はあっ? あれはウォル軍の飼い犬だろうが!」

「なんつったいま! それはひどい侮蔑だぞっ……!」

 そして両者は激しい言い争いになる……。

「まーったまった、そこでの論争はダメダメ! ルール違反!」司会の男だ「続けるようなら退場してもらうからなっ!」

 両者はしぶしぶ、大人しくなった……。

「まあ、意見は様々だろうけど、君の証言でかなり同盟側は劣勢に立たされるだろうね。もっとも、そのお偉い方が生死不明だが……」

 やはり、コマンドメンツの襲撃を前に無事では済まなかったか……。

「そしてだ……それにあの巨大兵器の出現に対する不穏、他のメディアは各勢力を援護し、正当性を擁護し、またそれに対する反発も日々激しくなり……いま起こったように、観客席での小競り合いなんかしょっちゅうでね……いや、それはいいんだけど、羽目を外し過ぎないように初心に戻るというか、そういう話を今日はしたいんだ」

 急に場内が静かになる。そして司会の男は俺を見つめる。

「失礼、自己紹介が遅れたね。僕はゴー・ハーシュ」

 そして手を差し伸べてきたので握手をする……。

「……レクテリオル・ローミューンです」

 そしてゴー・ハーシュはスーツを正し、神妙に座った。

「君も不思議に思っているだろう、つまりはどういうことなのかって」

「ええ……基本的にわからないことだらけです」

「君にわざわざ来てもらったのは、事情を聞き出し権力や権威とか、そういうものを引っ叩いて笑おうって企画があってのことなんだけど、実は僕個人はもっと根源的な話がしたかったんだ」

「根源、とは……?」

「物事の真実とて表層的な話題に過ぎない。より重要なのは、この地の人間についてなんだよ」

「この地の、人間……」

 彼はひとつ、神妙に頷く……。

「例えるならそう、貨幣と同じようなものなのかもしれない」

「貨幣……」

「うん、それはみんなが欲しがるものだけど……外界じゃ特に、それは物体としてはただの金属の塊や紙切れだろう?」

「ええ……」

「なのにそれには信用と価値が内包されている。この矛盾を解消するにはある条件が必要となるんだ」

 条件、か……。

「共有すべき、フィクション……」

「その通り! そしてそれは集団、組織、国家にもいえる。民族、主義思想、本質は同じだよ。すべては君のいう共有すべきフィクションのせめぎ合いで均衡が保たれている」

 それに従わないからこそ、ロイジャーは本気で俺を殺しにきた……。

「人間という概念にも多分にフィクションが内包されている。機械が人間より人間らしく振舞ういま、また生物学的分類としての人間を機械で大量生産が可能ないま、人間であることだけでは何の特別性もなく、また文化的慣習や芸術的創造に注力しようとしたところでそれが機械たちの生み出すそれより優れているという明白な線引きも見当たらず……単に消費ばかりを目的とする、社会の部品として割り切ることもできない」

 ゴー・ハーシュはふと、優しい瞳を見せた。

「だからこそ人は夢を見るんだ。みんなね。何が起こっているのかというなら、それは誰かが夢見た残照なのだろう」

 夢……。まどろみの世界……。

「ボーダーランド……」

「そう、この地がそう呼ばれている理由がそれなんだよ。フィクションや夢なんてとても抽象的な表現に思えるかもしれないが、これは本当にこの地の人間に根ざす問題なんだ。機械の便利さ、有能さに人間のアイデンティティーは脅かされて久しく、いってしまえば賢明な、妥当な、合理的な生き方は難しい。その領分では機械の方が優れていて、張り合っても忸怩たる思いをさせられるからだ。だからある種、野蛮でも唐突でも、不条理でもそうしたくてそうするなどという行為が横行するのは何も不自然なことじゃないんだよ」

 そう、なのか……。

「しかし、それは獣の理屈ではないですか」

 本当に獣であろうとするならばそれはむしろ尊いものだろう。しかし、残念ながら俺たちは獣になり切れはしない。

「……そう、好き勝手にも限度があり、節度を守る必要を覚えてこその人間だ。それゆえに我々は理性ある獣という大雑把な支点を突き刺して、そこから人間とはどうあるものかを再定義し、いわば詰めていこうとしているんだ。それがこのデラビシャピンの存在理由なんだよ」

 だから行き過ぎた力を番組といういわば吹聴の力で抑え込もうとしているのか……。

 しかし、彼は抽象的といったが、俺にはわかる。その言葉にはとても共感を覚えるんだ……。

「……ええ、わかります、本当に。実は自分は……当初、ここに遺物を探しに来たのです。主に金儲けのためにね。そしてそれを資金として道具屋でも開いて……まあ、細々とでもやるつもりでした。しかし、奇縁にてギマの社会を伺う機会に恵まれて知ったのは外より遥かに進んだ技術力……そして自分がただの田舎者に過ぎないという現実でした。自分の道具屋なんか児戯に等しい、まるで無価値なものだったと」

 ゴー・ハーシュは深く頷く。

「そうか……。だがその想いがあってこそ、君は真にこの地の住人になれたといえるだろう」

 その言葉は……なんだかとてもありがたい。観客席からも小さく拍手の音が聞こえてくる……。

 しかし、そういう話になってくると、どうしても聞いておきたい衝動に駆られてしまう。おそらく彼は嬉しくないのだろうが……。

「……だからこそ聞いておきたいのです。テン・コマンドメンツがああやって好き放題、暴れている理由がつまりはそれなのですか……?」

 そのとき、会場から「おおー……」と、なんともいえない声が上がった……。観客の集中力が高まっているのがはっきりとわかる。

 司会の男も驚いた顔をし、髪を整え、椅子に座りなおした。

「うん……正直、その話題は避けたいんだけど……超海賊放送を名乗っている以上、そうし続けるのは沽券に関わるね。しかし彼らの話題は私でも臆してしまう。いや、本質的ではあるのだがね、確かに関係していると思う、先の話とは……しかし」

「いえ、そこまで危険なら言及は避けますが……」

 しかし彼は話を続ける。

「……それだけではないんだ。彼らの行動理念には危険極まりない思想が根付いている。俗に裏教典と呼ばれる、非常に扱いの困難な考えを基軸にしているとされているんだ」

「裏教典……!」

「知っているのかい? 正教典はかの有名なハイ・ロード、原初なる大イオスの生き様を書き記したものだが、裏教典は悪夢の狂信者ヴァロニカルという男が広めたものとされている。神の実在を絶対的に否定しつつもそれを信仰するという内容は虚空への祈りとして有名だが、理解を違えると……いや、ヴァロニカル自身がそうしていたので……うーむ……」

 ハイ・ロード、原初なる大イオス……。これは旧元老たちがいっていたことだな。

 しかし、狂信者ヴァロニカルは初耳だな……?

「ええ、その教典の理解を……あえてかわかりませんが、ともかく殺人の理由にしている者たちとは戦いました」

「そうなのか……! そうか……」彼はうなり「ヴァロニカルの悪夢は変質しつつも、いまも確実に世界を蝕んでいる……」

「どのような思想があれども、他者を平気で害していいわけがありません。しかし、あれらは……特にコマンドメンツの頭領とされるラ・カムドは極めて強大な力を保有しています。はっきりいって、まるで歯が立たない。なので、アイテール伝播の技術を習得したいのですが……」

 ゴー・ハーシュの顔から、どっと汗が吹き出した。観客席も一気に静まり返る……。

 やはりみなも恐れているのか、あの男を……。

「さ、さすがに、これ以上は……ね!」彼は立ち上がる「そうそう、各勢力の紹介でもしようか!」

 そのとき観客席から「話をそらすな!」「最後まで続けろ!」「奴とやりあうのかっ?」などと声が上がった。俺は観客席の方を見やり、

「奴は……どうにも俺に興味があるらしい。おそらく衝突することになるだろう」

 そのとき、猛烈な歓声が上がった! みんな立ち上がり、叫んでいる……!

「ままま、待った待った! ちょっと……」

 ゴー・ハーシュは大慌てだ、しかしここで言葉を濁しても仕方がない。

 奴は……あいつと俺をくっつけるなどとぬかしやがった。

 本当にそのつもりなら、俺は徹底抗戦を迷わない……!

「えええええっと……各勢力……いやいや、次のコーナーにいっちゃおうか! サ、サプライズイベーント!」

 ええ……? ああ……なんかそんなのあるらしいな……。

 でも、ここにきて何を驚くというのか……。

「じ、実はですね! ローミューン氏の最愛の方がこの会場に来ておりまーす!」

 なにぃ……?

 なんだそれは……?

「ええっと、紹介いたします!」

 まさかみんなの内の誰かが別口で連れてこられているのか? 俺に相談もなく、グゥーのやつめ……!

「どうぞ! エジルフォーネ・ダイナメルハ・リンカフフレス嬢です!」

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