しきたり
なぜそうしたのか? しきたりのためだ。
なぜそうしなければならなかったのか? しきたりのためだ。
そうして何が残ったのか? 深い痛みばかりが……。
……痛みは別の痛みで相殺できる。だから俺は日々、自身を痛めつけ続けた。
そうして得た称号は名誉ではなく、俺にとっては痛みの証だった。
その証を背負い、いつか戦いの中で無様に朽ちることが俺の生甲斐だった。しかし、その暗澹とした日々は唐突に終わることになる。
赦しとは大いなる輝きだ、世界の再生だ。
だが、その歓喜に甘んじてはならない。
俺は己の罪を生涯一日たりとも忘れることはないだろう。
しかし死に急ぐような真似は、もうしない。
◇
ギャロップがいつもの場所、広場の近くに着陸する。降車すると搭乗口だけが空間に浮かんでいる妙な光景が目に入った。
「じゃあな、次は敵かもしれんが」軽口な隊員が声をかけてきた「そのときは、なるべく苦しまんように殺してやるよ」
どうにも悪意はないらしい。彼ら流の挨拶か。
「ああ、またな」
「与するなら我々に」ふとシィー隊員が顔を出す「ギマはもっともバランスのよい社会を実現しています。貢献度次第では、あなたへの利益もお約束できることでしょう」
軽口な隊員は笑い「気に入ったとさ」
「……変な質問かもしれないが、君はソ・ニュー伍長を知っているかい? ギマ軍に所属している」
「いいえ、ですが私の名はソ・シィーです」
なに、似ているな……と、搭乗口が上がっていき、やがて消えた。飛び立ったのだろう。
ギマは普段、略名で呼び合っているらしいので、偶然の一致もかなり頻繁に起こることだろう。しかし、なんというか顔がとても似ていると思うんだよな、特に目元が……。
「……レク」おっと、アリャが袖を引っ張る「クラタムがね、話したいって、ふたりだけで」
クラタムが……。
「わかった」
「向こうにいるから」
アリャが指した方へと向かうと、彼が待っていた。エリの鳥がくっついていないので少なくとも大怪我はしていないようだ。
……本当に、無事に終わってよかった。彼らとの戦いはとても難しかったからな。よく切り抜けられたと自分以外の誰かや何かに感謝せずにはいられないほどだ。
「……それで、話とは?」
「すまなかった」クラタムは俯いていった「そして、感謝もしている。俺はあそこで死んでもよかったと思っていたが……あの子の言葉を聞き、そしてアリャの顔を見て……もっと生きてみようと思い直しているところだよ」
「そうか……。もちろん、すぐに里に帰るんだろう?」
「ああ……」
「その、戦士としての名誉とか、そういう点においては心残りなどがあるのかもしれないが……」
「いや、使命は果たした。パムの元へあれは返ったし、奴らの顔に泥をぬることもできた」
パム、か……。
「パムはいったい何をしようとしている……?」
「なにも。奪われたものを取り返しただけだ。これまではことを荒立てんと静観していたようだが、ハイ・ロードの復活を前に行動を起こしたのだろう」
パムとハイ・ロードか……。
パムは気質的にか戦争をしないという。そういう面から、何らかの信頼を得たのかもしれない。
「……あんな気配断ちの能力があるなら彼らだけでも取り返せたろう、なぜパムはお前たちを巻き込んだ?」
「いいや、こちらから協力をかって出たんだ。彼らは秘密裏に動き、旧元老の息がかかった国よりの侵攻を防いでくれていた。今日まで俺たちの里が安全なのは彼らのお陰なんだよ」
そんな背景が……。
「クルセリアと同行していたのは?」
「ハイ・ロード復活の確たる情報を得られればセルフィンへの攻撃を中止するように進言できるとあの女はいった」
「よく信じたな?」
「あの女は里の恩人でもあったらしい。かつての侵略より守ってくれたことがあったと。だから今回もその言い分を信じたが……」
「まあ、嘘ではなかったようだがな」
「……そうなのか? 旧元老が実権の場より離れたいまとなってはどちらでもいいが……」
しかし、あの魔女は元老側なのかそうじゃないのかよくわからんな……。
「……つまり、パムの奪還作戦が行われ、あの装置が奪取されると元老たちはハイ・ロード復活の情報を知る術がなくなる、その前にどうにかセルフィンに圧力をかけ、その情報だけでも入手しようとしたってわけか……?」
「イーガフィンの一族にあの装置を扱う知識と技術があるとバレてしまったことがそもそもの発端だったらしい。それで旧元老が強硬策をとり、装置の乱用を懸念したパムが実力行使にでた、これが大まかな真相だと聞いている」
なるほど……。
「それでセルフィンはパムへの恩義から実行部隊を差し出したと。しかし、あの場を見る限りでは純粋な戦力というより、矢面に立たせるためにお前たちを使ったように見えるが……」
「そうさ、俺たちは捨て駒だったんだよ。若者が選ばれたのはいざというときに言い訳を残す余地をつくるためだ」
「若気の至りで勝手に暴れたと? そんな扱いが……戦士としての誉れだとでもいうのか」
「そうさ、里を守ることには変わりないだろう?」
……あまり悪くいいたくはないが、セルフィンの長老陣もかなり老獪だな……。
「しかし、俺はもっぱら自分のためにやっていたよ。死に場所をいつも探していたから……」
クラタムはふと、頭上を見やる。樹々の隙間より窺える空はいつしか曇っていた。
すぐにでも雨が降りそうだ。どこか濡れた風が頬を撫でる……。
「……そう、あの子を殺したのは俺だ」
ぽつりと、クラタムはそういった。
……そうかもしれないとは思っていた。しかし、いざ耳にすると、なんとも虚無的な気持ちになるものだな……。
「……ソルスファーから少し、聞いたよ。禁忌の血筋だとか……」
「いってしまえば、ミコラフィンにはアテマタの血が流れている。アテマタそのものというよりはアテマタトレマーという、融合体の血だな。ゆえに我らが血筋は天才の家系だが、その力は決して自然発生的なものとはいえない」
……つまり黒エリやシルヴェなどのことか。そういえばアリャも結構なパワーがあった。殴られたデンラ君なんか弧を描いてぶっ飛んでいったからなぁ……。
「それゆえに、俺たちはその秘密を決死の覚悟で守らねばならなかった……」
「……なぜだ? 俺にはその辺りの事情が飲み込めない。アテマタトレマーの血が何だというんだ?」
「オルフィンは最古の純血種といわれ、その血に誇りを抱いている。そして彼らとパムの混血がセルフィンなんだ。つまり、古き純血種ではないということさ」
「……オルフィンの価値観は聞いたよ」
そう、だからこそ彼らはその体を存分に鍛え、互いに張り合っていたんだろう……。
「しかし、パムとの混血であることはむしろ名誉と聞いたが?」
「パムの血が色濃く発現すればまた評価も変わると聞く。オルフィンもまた、パムに多大な敬意を払っているからな。だからこそ半端は嫌うんだよ」
半端だと、かなり厳しい表現だな……。
「しかし、ニリャは……」
「両方が発現した。これは極めて稀なことだった。しかし、アテマタの血はパムが嫌がる」
「パムが?」
「パムは虎穴と呼ばれる場所で未知の遺産を探っている。だからこそ恐るべき機械の力と、それに支配される愚かさをどこよりもよく知っているんだ」
……なるほど、パムから忌避されてはオルフィンからの敬意もまたないってわけか。
「……しかし、どこでアテマタだと見分ける?」
「アテマタはよくよく見ると微細な縦線が入っているんだ。眼球は比較的わかりやすいか」
目……? へえ、そうだったのか。ニプリャは黒いせいかよくわからなかったな。
しかしなんてことだ、パムへの負い目からパムの姿のニリャを殺めるに至ったということか……。
でもわからない、例えば黒エリが……いや、性的趣向からそうなるとは考え難いが、仮に子を成したとして……そこに禁忌、いってしまえば穢れだ、そんな感情を抱くかという話だ。
少なくとも俺に限ってはそんなことは一切ない。
だから……俺にはわからない。
……しかし、文化的な価値観は無下には否定できない。歴史と慣習は尊重しなければならないからだ。それを安易に踏み躙ってはいつか自身の大切なものもまた、簡単に踏み躙られる結果を招くことになるだろう。
「わかったろう、俺たちはしきたりに縛られているんだ。特に長老一族はオルフィンの血だからな、デンラもそうだ。その事実からしても、オルフィンとセルフィンの力関係がわかるだろう?」
でも、デンラ君はアリャのことが好きなんだろう?
彼はほとんどその一点で動いているといっていい……。
しかしこれは……。
「そう、なのか……」
「アテマタとの混血だと知られればミコラフィンは迫害されてしまうことだろう。だからあの子は危険だった。いいや、いまさらそんなことは百も承知なんだ、混血の話をすれば誰にどんな血が混ざっているかなんてわかったものじゃない、しかし……! 違うと示すことが重要なんだ、それがセルフィンでのしきたりなんだ、だから……!」
そして、クラタムは唇を噛んで黙す……。
つまりミコラフィンだけの問題ではないのか。
しかし他の家がそうした以上、ミコラフィンもそうせざるを得なかった、そういうことなのだろう……。
「……だがミコラフィンは赤子を隠れ里に逃した」
「そうだ……」
「そして時が過ぎ、その子は里へと戻ってきた……」
「そう、そうだ……」クラタムは樹木の幹に触れる「その日、父上がそうすると決めた。恐ろしい決断だったが、ミコラフィンを守るためには仕方がなかった。そして同行していたビル・ゴッドスピードは父上が暗殺した。あの子を守ってきた彼の隙を突き、そして同時に俺が……あの子を……」
アリャのいっていたジジー、だな……。
そしてその名はゴッドスピード……!
「……アリャは、生まれたそのときからあの子と別れ、その後も何も知らされていなかった。しかし、あの日、大泣きしていたんだ、高熱を出して……。俺は、俺は身悶えたよ……。あまりの恐怖に、苦しみに転げ回った、あの泣き声だけはいまでも忘れられない……」
……想像を絶するとはこのことか。誰が好き好んで妹を手にかけるだろう……。
しかしむごい話だ、実の子に、実の兄にやらせるか普通……? いくら文化の違いがあるといっても、殺したこと、殺させたことについては納得がいかない……。
「忘れてよ」
ふと、そんな声がした。振り返るとアリャがいる……。
「……ニリャがそういってるんだ。私も同じ気持ちだから……」
「アリャ……」
「でも、ジジーも殺めていたなんて……。どうりでずっと姿を現さないわけだよ……」
「すまない……。言葉だけではもはや……」
「本当にひどいことだよ……! あのひとはとてもいい人だった、私も大好きだった、私たちのために親身になって……!」
アリャは……涙を流している……。
「……でもね、ジジーだってきっと望んでないんだ、怒りや憎しみなんて……。そういう人だったから……」
ビル、ゴッドスピード……か。
まさか、俺の前世の子孫とかだったりするのか……? それとも同姓の赤の他人……?
気にはなるが、ここで俺の話を絡めてもいい方向には傾かんだろうな……。
「兄さまの苦しみはわかる、だから、忘れてなんていっても、そんなことできないというのも……。でも、せめて自分の命を軽んじるのはもうやめて……。そんなこと、誰も望んでないんだから……」
しばし、クラタムは樹木の幹を見つめ佇み……やがて、静かに口を開いた……。
「ああ……」
「……さあ兄さま、家に帰ろう。よくわかんないけど、怖い連中の誇りを傷つけたと思うし、しばらくは大人しくしてなきゃ」
「そうだな……」
ふとアリャは俺を見やって、目元を拭う。
「……ごめんね、私も帰らないと」
「ああ……ああ、そうだな……」
そうだ、もう危険な冒険をする必要はないんだよな……。
「そうか、寂しくなるな。お前は本当に頼りになったし、一緒にいてとても楽しかったよ」
アリャが両手を広げた……ので、俺たちは抱擁をする。
「レク、あなたは本当に大好きな人だよ。私でよければ、お嫁さんになる準備はいつでもあるんだからね」
なんだって……って、返答に窮していると、いつの間にかクラタムが側に、そして小さく咳払いした。
「……いや……それは、な? たしかに彼は恩人だが、まだまだお前は子供だろうし……」
「今年で十二歳にもなったよ」
なっ……!
なにぃいいいいいっ……?
「うっそお前そんな若いのっ?」
「うん、発育いいってよくいわれる」
マジかよ、十五、六くらいだと思っていたっ……!
俺たちはそんな子供をあちこち引っ張り回していたのかっ……!
「だからいっているだろう、アリャはまだまだ子供なんだ、確かに若くして嫁いでいる子もいるが、やはりいろいろと問題が……」
「もー! 関係ないって!」
「そもそもセルフィンじゃないだろう彼はっ?」
「それも関係ないって!」
いやっ……! 結婚しないけれどね、少なくとも十二歳相手とは……!
そんな衝撃に揺さぶられている俺をよそにふたりは少しずつヒートアップしていき……そのうちえらい速さの言い合いにまでなっていく……!
しかし、なんだか微笑ましいな。よくある兄妹喧嘩って感じで……。
「あーほらレク笑ってるし冗談的な空気になってお流れみたいなことになったじゃない! これだから空気読めないっていうかお兄さまそういうとこあるよね昔っから!」
「そ、そんなことはない、俺はいつも……!」
……よし、わだかまりは急速に溶けていっているようだな。というかそういう意味じゃ地味に俺がもやもやしているんだけれど……。
「と、とにかく、まあなんだ、早く里に帰ったらどうだ……」
そういうと、アリャが目を大きくひん剥く!
「えっ、なに、用済みだからってあっさり捨てるのっ?」
えっ! なにそれ!
「なにぃ! ちょっと待てどういうことだそれは……!」
いやいや、ええええっ?
「違う違う、親御さんとか……心配しているだろうってよ、いや別に今生の別れってわけでもなし、会おうと思えば会えるよ、たぶんたまには宿にいるだろうし……!」
懸命に言い訳するが、当のアリャはクスクス笑う……。
「そうだね、わかってるよ」
そしてアリャが抱きついて、その唇が頬に……。
「ああああっ! お前っ、そういうのは俺が認めた義弟にだな……!」
「うるっさいなぁー! 古いんだよ古い古い古い! だいたい俺が認めた義弟ってなにっ? キモッチワルイ!」
「キッ……キモ……」
……クラタムは相当なダメージを負ったらしい、なんか急にしゅんとして静かになった……。
……そして、アリャはとても優しい表情で抱きついてくる……。
「本当にありがとう……肝心なところで私って役に立てなかったから……」
「そんなわけあるか、ずっと大助かりだったよ……」
「あっ、でもまだやることあるよね、黒エリとワルドさん行方不明だし……。やっぱり残ろうか?」
「せっかくの機会だろ、しばらく家族とゆっくり過ごせよ。ふたりはすぐに見つけるから心配いらないさ」
アリャは上目遣いに俺を見やり、
「……そうしたら、中央へ向かうの?」
「そう、だな……」
「……レク、死なないでね?」
「そりゃあ、もちろんだ」
「レク死んだら私、毎日悲しむからね? すっごい不幸な女がひとり、確実に現れるってことを忘れないでね?」
「あ、ああ……」
アリャは俺の体に顔を強く埋める……。
しばらくそのままでいて、急に離れたアリャの目は赤かった……。
「……じゃあね」
「ああ、またな」
そして俺たちは離れる……。
「よし、戻るか……」
そして……みんなの元へと戻ると、今度はレキサルとゾシアムがやってきた。
「二人も、戻るんだよな?」
「ああ」レキサルと握手をする「とても世話になった、ありがとう、友よ」
「こちらこそ君に助けられてばかりだった、ありがとう」
「あー……まあ、なにかとあれだが……」ゾシアムとも握手をする「その、すまなかったな……」
「いいさ。でもお前はひたむきに過ぎる。少しは立ち止まることも覚えろよ」
「なっ……!」ゾシアムはうなり「ま、まあ、肝に命じておく……!」
「そういや、アロダルとデンラ君は大丈夫なのか?」
「ああ」レキサルは頷く「パムに保護されているし、そのうちに里へと戻ってくるだろう」
「そうか。じゃあ、達者でな。何かあったら宿のユニグルにでも連絡してくれ、たぶん俺へと繋げてくれると思うから」
「ああ、その逆もまた然り、私たちの力が必要なら全力で駆けつけるよ」
「レクッ! またね!」
そうしてセルフィンの面々は去っていくが……アリャは幾度も立ち止まっては手を振っている。
じゃあな、アリャ……。
「なんだか、寂しくなりますね……」
エリが呟くようにいう。
「そうだな……」
しかし、ひとまず事態は収束したんだ。
引きずった大きな問題がひとつ、これで終わった。
あとはふたりを探して……そして、あれ、なんか忘れているような?
「宿の方はどうなのでしょう?」
あっ、そうさな、フェリクスと皇帝のアレか!
まあ、なんにも連絡ないからな……あっても面倒臭いけれど。
「とりあえず宿に向かおうか」
そして宿へと徒歩で戻る途中、アリャにならってジニーに軽く体当たりをしてやる。
「なっ、なんでしょうか……?」
何もクソもあるかよ……!
「お前、なんか俺にいうことあるだろ?」
「ええっと……?」
「お前、カムドのご息女らしいじゃん?」
「ま、まあ……。そ、そうだとして、なにかっ?」
「おっとぉ? 開き直るんですかぁ?」
「ジニーの私はその辺、関係がないので……」
「ゼラテアでもあるだろ、なんか企みがあるならいますぐ吐けよ」
「いえ、少なくとも私は知りませんし」
「ジュライールは兄弟ってオチじゃああるまいな?」
「まさか! あんなのと一緒にされては心外です。私は娘、あれはいわば生徒です」
「で、カムド父さんはお前になにを命じているわけ?」
「いえ、特には……」
「本当かよ?」
「ほんとう……」
うっ! なんか突然、ジニーの瞳に涙が!
「エリさぁーん!」
そして……! エリに助けを求めやがったっ……!
「まあ、どうしたのですか?」
「レクさまが私を疑うのです……!」
うおおおおおいっ! そいつはお前、反則だろ!
「いやいやいや、だってそいつカムドの娘だし!」
「誰の何であろうと、そのことだけで追及することは公平ではないと思います」
うっ! なんかエリの目つきが厳しいいい……!
「いや、はい……たしかに……」
「わかっていただけてなによりです」
ジニーはエリから離れ、ひらひらと俺の周囲を歩き回る……。
くっ……こいつ!
「でも、あなたさまがそう尋ねるなどおかしくありませんか?」
「……え、なんでよ?」
「魂と肉体の記憶は別だとわかっているでしょう?」
「ええ……?」
「あなたさまだって前世より受け継いでいる魂の記憶を自在に思い出せないでしょう? わたくしにもそれと同じことが起こっているのではないでしょうか。現に、つい先ほどまでラ・カムドのことなど知りませんでしたし」
「え、ああ、まあ……?」
「そう、だからこそあたかも別人かもしれないなどという考えに至ってしまったのですね、ちょうどあなたさまが前世を他人だと思いたがるように」
「……つまり、魂と肉体の記憶は別ってこと?」
「ええ、それさっきわたくし、いいましたよね?」
「なるほど……」
たしかにそうだな……前世とかその魂とか、俺とはまた別のことにしか思えないし……。
「そうか……ごめんな、なんか……」
「わかってくださればよいのです。あっ、なんだか美味しいお菓子食べたーいなー」
ぜんぜんよくないじゃん……。
そんなやりとりをしながら宿まで戻るが、ああ、活性したせいか腹減ったなぁ……! 先の騒動関係で宿泊と食堂の利用に関しては無料なので、ちょっとしっかり食ってやるかぁ……!
そうして遅めの昼食をとりラウンジでくつろいでいると、どこからともなく現れる猫みたいにユニグルがふらっと姿を現した。
「あらっ、わりとお早いじゃないの」
「おう、まあ軽くあしらってやったよ」
実際はマジで死ぬ寸前の場面ばっかりだったけれどな!
「フェリクスは? というかロッキーもいないようだけれど」
「ああ、外で訓練してるみたいよ。前見たときはなんかびしゃびしゃになって震えてたわね」
へえ……。まあ、水鉄砲なら加減もできるだろうし、そういう意味じゃロッキーはいい訓練相手なのかもな。
「で、例の皇帝話はまだ音沙汰なしか」
「ああそうだ、なんかあんたたちが出た直後に決闘状きたとかって聞いたわね。どうでもいい話だからわざわざ通信するまでもないかなって思って」
決闘状ねぇ……。
どんな奇襲を……と思っていたが意外と正攻法だな。まあ罠くさい感じもするが……。
「一対一の戦いか……」
「そうなんだけど、趣向がちょっと違うの。五人チームで一対一の対決して、先に三勝した方があの野良犬をもらうって話みたい」
「へえ……えっ? なにそれ?」
「さあ? 私はそう聞いたけど」
「ふーん……」
妙な展開になってきやがったな……。
「や、やあ、レクじゃないか!」
そして妙にいいタイミングで出てきやがるなびしょ濡れ男……。
「おっ、早かったね」ロッキーも一緒だ「あれ、なんか少なくない?」
「ああ、セルフィンのみんなは無事に里に帰ったんだ」
「へー……? よかったじゃん」
「そう、なのかい? じゃあアリャは……」
「ああ……里に帰ったよ」
「別れの、挨拶くらい、したかったなー……」
「いやそんないっときのもんだし、そのうちまた会えるさ」
とはいえ俺たちも今後どうなるかわからない。口には出せなかったが、あれが最後ってこともあり得るのがこの地の怖さだ。
「……で、チーム戦ってなんだ?」
「あー、なんかそういう話になったらしいね」
「と、という、わけで、あと二人、集めたいんだよー……」
なんかすっごい寒そうだが……まあ最近、気温も下がってきたからな……。
「お前、その話のんだの?」
「だ、だって、男らしく、正々堂々と、勝負しようって、書いてあったから……」
「……で、あと二人って、お前と誰が決まったの?」
「ボイジルさんと、サラマンさんだよー……」
「サラマンダーはわかるけれど、ボイジルはなんでまた」
「なんか、因縁の相手も、出るからって、ぜひにと」
ああ、なんかいたな、なんだっけ、ゼステリンガーか。
あとサラマンダーね、あいつは当然か。
「ふーん、で、あと二人どうするんだ? 俺はやめとくけれど」
「えっ! なんでさー!」
なんでって、逆になんで俺が戦わんとならんのだ。
「俺ってタイマン苦手なんだよ、基本的に」
「そんなこと、ないよー」
これは本当だ、いろいろとよくない点がある。
「いや、うすうす気づいていたんだけれど、俺の得物って人間相手だと殺しちゃうかぜんぜん効かないかの両極なんだよ。後者も困るが、前者だってかなり神経を使うんで厳しいんだ。あくまで獣相手を想定してたからさ、基本的に対人武器じゃないわけこれらは」
「そうですよね」ジニーだ「連射できる方でも、相手の防御が薄いと下手したらバラバラになりますよ。そうなるとエリさんでも治癒は困難でしょう」
実際、クラタムやゾシアムなどが相手なときは内心、ヒヤヒヤしながら戦っていたからな……。
格上の相手が多くてより強力な武器を手にしたくなるが、伝播を巧みに操る相手だとどんな威力のものでも無効化されかねない。武器として必要なのはむしろもっと威力の低い武器かもしれないな……。
「俺はどうしようもなく降りかかってくる火の粉を払うだけだ。だからわりとどうでもいい戦いには参加したくないんだ」
「アンヴェラーの、話はどうでも、よくないよー……」
でもなぁ、もし皇帝が女になりたいのならむしろシフォールに頼るしかないわけだし……。
「ガークル、お前やれば? 電撃なら問題ないし」
「ああ?」ガークルはうなり「まあ、面白そうではあるけどな。金出すんならやってやってもいいぜ」
意外と前向きだな……。
「あたしは出ないから」ロッキーだ「興味ないし」
当然、エリも出ないだろう。しかし、
「エリはちょっと治癒役としていてほしいな」
エリは頷き「そうですね、勝負と生死はまた別の問題、近くで待機していましょう」
あと黒エリがいれば勝利はずっと楽になるんだろうが……。
「……ヘキオンとかは?」
「そんなことしてる、場合じゃないってさー……。ああでも、ヴォールさんは、前向きらしいよー……」
「じゃあ、あとはガークルとヴォールで決定じゃないか」
「でも、シスを見つける、任務もあるし、ちょっと遠くにいて、戻って来れるか、どうか、わからないん、だってさー……」
「というかお前たち通信機あるの?」
「僕は、通信機能、ないんだよー……。だから、ユニグルさんの、手を借りて、連絡してるんだー……」
「まったく、なんで私があんたたちの面倒までみなくちゃならないのよ」ユニグルはため息をつく「ま、金目のもの回収してくるって約束してあるから任されてあげるけど」
「なんかお前、便利屋になってきているな……」
「救急ギャロップを手に入れる費用を稼ぐのは大変なのよ」
「じゃあまあヴォールが来ればいいし、来なけりゃ仕方ない、俺かジニーが出るよ」
彼女は眉をひそめ「なにゆえ私が」
「だって、余ってるの俺たちしかいないし」
なんかジニーがじっと見つめてくる……。
「ああわかったわかった、じゃあ俺が補欠な……」
「待てよ」ガークルだ「金はどんだけ出すんだ」
びしょ濡れ男を見やるが、なんか目をそらした……。
「ま、まあ、アンヴェラーが、出してくれるんじゃ、ないかなー……」
「本当かよ? オンリーで四百万はもらうぜ」
「そ、そんなにかいー?」
「当たり前だろ。むしろ格安だろうが。もし負けたら半額にしてやるよ」
普通の馬が買えるくらいか。まあ、自分と関係のないところで戦うんだ、そんなもんなのかもしれない。最悪、死ぬことだってあり得るんだから安いくらいって言い分は筋が通っている。
「そのくらい払ってやれよ。というか皇帝が支払うんなら俺が出てもそのくらい欲しいし、ヴォールにしたってタダでやってくれるのか話はつけたのか? これはプリズムロウの任務外だろう」
「うーん……相談してみるよー……」
そうして濡れ男は震えながらラウンジから出て行こうとする。
「ちょっと待った、決闘はいつなんだ?」
「五日後だよー。アンヴェラーの、誕生日前なんだー……」
なにぃ……?
誕生日に女にしておめでとうってか……? なにやら薄気味悪い話だぜ……。
「お金出るんならあたしもいいよん。早々に負けるかもしれないけど」
ロッキーだ。みんな現金だなぁ……というか、なんの報酬もなしに動き回っている俺たちがおかしいだけの気がする……。
「そ、そういやみんな金はあるのか……?」
返事はない……。
そうだよな、俺もマジでもう持ち合わせないもん……。
「あ、そうだ、お金っていえば報酬預かってるわよ」
「えっ、なにそれ」
「さあ? なんかあんたに渡してって」
レオニスか、それともゼ・フォー関係か……。
どちらにしても受け取りたくない金だな……。
「差出人は?」
「レオニス・ディーヴァインよ」
そっちか……。
「いや、それは受け取れんな」
「ああ?」ガークルだ「なんだお前?」
「俺たちは奴の雇われじゃないからな」
「もらえるもんは貰っといたほうがいいぜ」
「そうよ、お金はお金よ?」
「奴らは信用できん」
「人間はそうでも、お金はできるでしょう?」
まあ、冷静な意見だが……。
「どうしてそこまで突っぱねるのですか?」
そうジニーに問われ、理由を答えると彼女はうなる……。
「つまり、都合のいい立場であったと……」
「これでも奴らに与する理由はあるか? 正直、深入りは危険だと思うね。奴らの雇われにはなりたくない」
「ま、それでいいんなら突き返しとくけど、かなり分厚い札束よ? それに、ここのお世話になる以上、出所は同じだと思うけど」
ううっ……! そういわれると辛いが……!
「ま、あたしら冒険者だし」ロッキーだ「遺物を手にしてお金にすりゃいいじゃん。取引なら元老と対等でしょ? それにここでの特権だってようは仕事の報酬じゃん」
「そう……だな」
たしかにそうだ。別に金目的でやったわけじゃないが、だからといっていっさいの恩恵を受けることを拒否する、というのも意固地に過ぎるかもしれない。
でも元老のお膝元でぬくぬくしていることには変わらない、まあ、なるべく長居しないようにしようか……。
「……よし、じゃあ四日後の夜にここへ集合ということで、それまでは好きにしておいてくれ」
「レクさんはどう過ごすおつもりなのですか?」
エリだ、そうだな……。
……ワルドを取り返すとなるとクルセリアと戦闘になる可能性が高い、かなりの戦力が必要になるだろう。こちらは入念な準備が必要だ。そもそもオ・ヴーからの連絡がないのでどこにいるのかわからないが……。
となると比較的簡単そうなのは黒エリというかニプリャの発見だが、四日で戻ってこれるか? ギャロップがなければとても無理だな、グゥーかジューに頼めば出してくれるだろうか?
「待った、ちょっとグゥーとかに連絡してみる。もしギャロップを出してくれるなら黒エリを探しに行きたい」
「なるほど、そうですね」
そしてまずはグゥーに通信をする……。
『よう』
「おお、ちょっと馬が必要なんだ、黒エリを探しに行きたくて……」
『あによ、このジ・グゥーを足に使おうって?』
「い、いやそうじゃないけれど、五日後にちょっと用があって、それまでやることないのよ、だからさ……」
『それより無茶したらしいな、お前、とんでもなく話題になってるぜ! そのことで連絡しようと思ってたんだ』
「そ、そう……?」
『やったなぁお前、あのストームメンの面子に泥を塗ったぞ、とんでもねぇ野郎だ!』
なんか楽しそうだなお前……。
『いいよ、どこでも運んでやるよ』
「マジか! すまんな、ありがとう!」
『その代わり……すぐだな、いますぐ仕事を引き受けてくれ。お前にインタビューしたいってスッゲうるせーダチがいるから、そいつと会ってくれりゃ四日ぐらい付き合ってやるよ』
「え、なにそれ?」
『だからインタビュー。いろいろ聞きたいことあんのよ、何が起こったとか具体的な話』
「おいおい、話したらヤバいことだってあるだろうし、俺はその辺の判別がつかないんだよ」
『バッカ、だから超面白いんだろ、それにあんまりな場合はこっちでうまく配慮するからさ、というか及び腰じゃかえって危険だっつのよ、ここは攻勢でいくんだよ、ペンは剣より強し、メディアの破壊力で腐敗した権力をぶちのめすのさ!』
「お前この俺を矢面に立たせて楽しんでるだけじゃねーのかっ?」
『あのなぁ、ここが瀬戸際だっつってんの。しがない、どこで死体になってるかわけわからん冒険者と、各勢力にビンタできるヒーロー、どっちがいいよっ?』
「ど、どっちも嫌だぁ……」
『そこが小さいもんな、あそこも肝っ玉も』
な、なにぃいい……?
「馬鹿いうなよ俺は調子こきじゃないだけでね? そりゃなんでもやってやれないことなんかないよ? でもほら、手加減とかしてやってんのよ……」
『じゃあしなくていいよ。よし、これから迎えにいくからいつもの場所でな!』
「ああっ、待っておい……」
いや、待てといえば……待てよ?
「待て待て、それやったらギャロップとは別に報酬もあるのか?」
『はあ? あったりまえだろドカンとサービスしまくりよ!』
「マジか、これからいろいろ入り用になる、装備が欲しいんだ!」
『ほらきたきたぁ……! カッコつけねーで最初からそういえよなぁ、もうサービスしまくっちゃうよ! でも、ダチがらみのスポンサー商品だけね! お前が装備アピールするからライバル会社に売り上げ負けたらしいからよ、責任あんのよお前にも!』
いやそれはさすがに知らねぇよ!
「わかったほら、さっさと来いよ!」
『すぐいくから、いつもんとこで待ってろ!』
そうして通信が切れる……。
なんかエリが目をぱちぱちさせているが、ええっと……。
まあ、やるしかないわなっ!