ケルベロスの咆哮
なぜそうしたのか。
なぜそうしなければならなかったのか。
罪を犯した自分に興味を抱いたことは?
怪物となった自分を想像したことは?
……人界は関係の森だ。
だが森にはいつだって、恐ろしい獣が潜んでいるのだ。
◇
敵機の背中が羽根のように展開した、突っ込んでくるっ!
「気をつけろ、突撃してくるぞっ!」
『お前もォオオオオッ! くたばれェエエエエエエッ……!』
一瞬で距離をつめてきたが、メオトラはひらりと紙一重でかわした! 奴は遠くまでかっ飛び、突如として静止する。その推移はあまりに不自然、つまりそれだけ超性能の機体ってわけだ……!
『主な推進源は君が乗っている背部ユニットにある』メオトラだ『危ないと思ったら君の判断で好きに動かしていいよ。私はその動きに合わせるから』
「そんなこと、俺の好きにやっていいのか?」
『いいよ。状況に応じて独断で切り離してもいい、私にも小型だがブースターがある。高速移動はできなくとも空中戦は可能なんだ』
なるほど……? そして奴だが中空にて浮かんだままだ、いや、ゆっくりとこちらを向いた……。
しかしその後はまた動かなくなる。こちらを観察しているのか?
……嫌な感じだな、正気ではないようにも思えるが、冷静そうな雰囲気もある……って、なんだっ? 下方から光線が! コマンドメンツか、各戦艦の砲台がのろのろと動いている!
「あいつら、こっちを狙っているぞ!」
『邪魔だけど、さして脅威ではないと思う。撃てるだけで、かつての性能は発揮できないはずさ』
それは逆にいえばまぐれ当たりの危険はあるってことだ。ちっ、俺たちとなんかさして因縁なんぞないだろうに、あいつらは完全に愉快犯の類だな……!
『さて……どうにも動きがないようだし、いまの内に話しておこう。あの機体は通称、ケルベロスと呼ばれている。搭乗者の思念を反映して起動する厄介な代物だ。アイテールマタであり、変形、再生能力をも備えているし、現状の戦力では完全に破壊することは困難だろう』
ケルベロス、か……。
『停止させるには搭乗者の排除がもっとも手っ取り早い。でも君は助けたいんだよね?』
「ああ……!」
『手足をもぎ取ってもいつかは再生してしまう。大ダメージを与えて動けなくし、無理やり搭乗者を引き摺り出すか、あるいは心を折るしかない。例えば完全なる敗北感を植えつけるなど』
「心を……? 戦意を喪失したら止まるのか?」
『そのはずだよ』
敗北感……か。しかし、クラタムにそれが通じるか? 彼は勝利とかそういうことにこだわっているとも思えない。心に訴えかけるならそう、ニリャの協力……って、さっきから戦艦よりの砲撃がうるさいな! 照準が合わないのか、てんで的外れな方向に撃っているが……!
『オ、オオ、おおお……』
なんだ? ケルベロスが呻きながら上を見上げている……。
『……聞こえる。また泣き声が聞こえる……』
そして、いきなり落下していった……。
下から重たい轟音がする……。
『また聞こえてくるゥウウウウウウウッ……!』
そのとき光の柱が出現したっ? あの光は……超加速の残留か! 柱の頂点に奴がいる、空中に寝そべったまま……いや、形を変え始めた、でかく野暮ったい図体が徐々に引き締まった形に、背中の羽根がマントのようになびき始める、そして左腕に大きな弓が……!
『……そう、だからこそ俺は人一倍、修行に励んだ。アリャは俺をこそ天才だと持て囃すがそうではない。俺は自分を限界まで苛め抜きたかったんだ。すべてを忘れるために』
ケルベロスは滑らかな動きで身を起こし、こちらの方へ向いた。ちくしょう、これまでより断然ヤバいってのが嫌でもわかるぜ……!
『気をつけて』メオトラだ『錯乱しているうちはまだいい、搭乗者の心がケルベロスを拒否しているからだ。だが、正常に思える雰囲気を出してきたら危険だ、同化が始まり極端に戦闘力が上がる場合がある。そしてまさにあれがそのケースだ』
ケルベロスはまるでマントを羽織った狩人のような姿になっている。……その目が赤く光った。
『……お前は、地獄を信じるか? あるいはいつか天国へ行きたいと? セルフィンにはそういった概念はないが、俺はその考え方が好きなんだ。天と地の底という断絶、大いなる決別は望まれるものではないか。例えば聖なる子と罪人を……』
クラタム……。
ああ、そういうことなんだろうさ、なんとなくわかってはいた。
だがお前をここで死なせるつもりはない。もちろん地獄へ落とすつもりもな!
「くるぞ、メオトラッ!」
ケルベロスが弓を引いた……がっ? 直後に猛烈な熱波と衝撃がくるだとっ……?
「よくわからんが、えらいものがくるっ! 防御しろっ!」
直後、激震に揺さぶられ、俺も操縦席内部で幾度も体を叩きつけられるっ……! 周囲の画面が赤く発光した、どうにもいくらか損傷したらしい!
「いててっ、大丈夫かメオトラッ!」
『……これは驚いた、彼は大気ごと周囲のアイテールを引いたんだ、かなり高温の大気の塊をぶつけてきたよ!』
「なんだそりゃあ? つまりは……」
『ちょっとかわせないかも』
くそっ、また凄まじい衝撃がっ……! 大気を引いて衝撃と高熱を発生させているっ? とにかく逃げないと!
「奴から離れた方がいいなっ?」
『いや、むしろ接近したい』
メオトラの火器が火を噴く! するとケルベロスの体がちぎれた……いや違う、あのマントが風景と同化して身を隠しているんだ! そのまま姿を消し、一瞬でまったく別の場所に現れる!
『あのマントは身を隠し、また機動力を上げるものらしい。おそらく防御にも使えるだろう。厄介だね』
見えない速い、そして攻撃が通じない……冗談だろっ?
『重要なのは己を律することだ。静止した水面のように』
ケルベロス、いやクラタムの言葉か……! そしてまたあの攻撃がくるっ!
「だが一度、大きく距離を離すぞ! ヘラだったか、全力で上昇しろ!」
『了解』
加速して上がる! 広範囲の攻撃だが、これならなんとか……!
『獲物が逃げることも想定し、罠の先へと追い込む準備は忘れてはならない』
なにっ……? ああくそ! いつの間にか黒い羽のようなものが大量に浮かんで周囲を包囲している!
「しくじったか、すまない!」
『これはおそらく全域に張り巡らされている、いま視覚化させて我々の足を止めたんだ。それと見てごらん、いつの間にかケルベロスのマントがかなり減っている、つまりは高速での展開が可能ということ、逃げられないね』
「とんでもなく嫌な予感しか……待て、後ろだっ!」
メオトラの後ろ回し蹴り! しかし妙に遅い? ケルベロスは容易にかわし、逆に蹴り返されたっ! いつの間にかメオトラの四肢に黒い羽が張りついている!
それにしてもいつの間に背後へ、黒い羽に隠れて移動したのか、くそっ、あれこれ注意しないとならないので気配を感知している暇がない!
『やるじゃないか!』
メオトラは削り取るように羽を引き剥がす、だが体のあちこちに再度、黒い羽がまとわりつく!
「ヘラ、どうにか邪魔な羽を焼き払えないかっ?」
『試みてみます』
そして周囲に光線を撃ちまくるが、どうにもあっさり焼き払うことは難しいらしい……! それどころか各所にダメージがっ?
「どうしたっ?」
『銃口が塞がれました』
なにぃ? あっという間に無力かよっ?
『ふん、最初からこんなオモチャを使うつもりはない』メオトラは自ら銃を捨てる『全力なら肉弾と決まっているんでね!』
「ヘラ! メオトラの動きに合わせて推進させろ!」
黒い羽がついているにも関わらず、先ほどとは比べものにならないほどの暴威がケルベロスに襲いかかる! しかし奴はひらりと背後に回りやがった! メオトラもそれを追うが、奴は常に背後を取り続ける……! 先読みしようにもメオトラに伝えるまでの一瞬で展開が変わってしまう……!
『狩りの際に獲物の背後に回ることは基本だ、学ばずとも熟知しているその行動は神聖ともいえる。すなわち、究極の奥義に近づく可能性なのだ』
ケルベロスはまるで周囲に壁があるかのように中空を蹴って軽やかに移動し、黒い霧のようにこちらをあざ笑う……!
くそっ、他に何かできないか、でかい一撃でも与えられれば……!
……そうだ、これなら申し分ないだろう!
「メオトラッ、奴を頭上へ逃げるよう誘導できるかっ?」
『頭上……? まさか、それはやめた方がいい!』
「いや、やる! このままじゃ劣勢だろっ!」
『ううん……!』
狙いが明確なら先読みも効果を発揮する、メオトラを信じてその時を待て! 白い嵐が黒い霧に襲いかかる……!
「合図をしたら分離しろっ! 体当たりだ、全力で奴をぶっとばせ!」
『了解』
メオトラの猛攻が下半身へと推移していく、よしここだ、ケルベロスが頭上にくるっ、突撃するぞっ!
「いまだっ! ぶっ飛ばせっ!」
全速力で突撃っ! ものすごい衝撃に全身が叩きつけられる! しかしそれは直撃を示している、成功だっ!
『多数のエラー、破損個所を確認して下さい』
なんか周囲が色々と赤く発光しているが仕方ない!
「まだ動けるんだろっ、根性だせっ!」
『私はただの機械ですので』
無理なものは無理か! だがメオトラがケルベロスの足を掴んでいる、そして引き寄せ……渾身であろう一撃が入り! 奴の右胸部から腕にかけてが千切れ飛んだっ! 黒い羽の邪魔があるだろうに、どんな威力だよっ?
『狩人は同時に狩られる存在でもある。不用意な接近は驕りであり、死に近づくことも当然のなりゆきだろう』
奴に黒い羽が集まる、いったん距離を取る気か!
『逃がさないよ!』
またメオトラが足を掴んだ、しかしケルベロスは振りほどこうと高速で空中を飛び回りながら、メオトラを蹴りつけている……!
「おいおい大丈夫かよ!」
『こんなもの、大したことないさ! 気分は最低だけれど!』
そりゃそうだ!
『飛ばした右腕も時間をかけると再生する! いまのうちに他の四肢を奪いたいところだけれど……!』
「そうだな! そうして戦闘不能にまで持ち込んでくれるとありがたい!」
『だが問題がひとつ、いま激しく動いてみてわかったんだけれど、この装備は私の本気に耐えられない!』
なにい……?
「装備が壊れるのかっ?」
『そうみたいだ! 各所からエラーが出ている! 制作に難航していたようだから、本来求められていた性能通りに作れなかったんだろうね!』
「これ以上、激しく動けないっ?」
『そう! 困るのは、その機体との合体が不可能になり、補助ブースターが使えなくなること! そうなると飛ぶ相手に石を投げるしかやることがなくなるね!』
マジかよ……って、何だあれはっ? いつの間にか黄色いドレスを着た巨人が近くに浮かんでいるっ……? 胸部と手足は赤い鎧に包まれ、顔にはやはり赤い仮面、鏡のように輝いている……!
『レク、ひさしぶり』
……アージェル、か! ということはあれが……!
「悪いが構っている暇はないんだよ!」
『またそれぇ……?』
ともかく、ケルベロスの進行方向に先回りし……って、アージェルに捕まった!
『どうしたの、こんなおもちゃに乗って?』
「戦闘中なんだよ!」
『あれが?』アージェルはメオトラの方を向く『なんか蹴られてるだけみたいだけど』
「いいから離せよ!」
脱出しようとするが、逃げられない!
『あ、こっちに来る』
本当だ、ケルベロスがこっちにぶっ飛んできやがる! 俺たちに衝突させてメオトラを引き離すつもりだな!
『レクさんっ、エリヴェトラです! ご無事ですかっ?』
なにぃっ? 嘘だろ、このタイミングで通信かよ!
「ちょっと、待ってくれっ!」
ケルベロスが頭上を通っていった! アージェルがこの機体ごとかわしてくれたか、しかしまた来ることだろう!
「よしいいっ、どうかしたのかっ?」
『まさか、あの巨人の戦いに参戦をっ……?』
「ちょっと忙しいんだ、話は手短に頼むっ!」
『要件はレクさんについてです、すぐに退避はできませんかっ?』
「できない! そっちから見えるんだなっ? 黒い巨人にクラタムが乗っている! いまメオトラと組んで倒そうとしているんだ!」
『な、なんてこと……!』
「わかっていると思うが不用意に近づくなよ! というかさっさと脱出してくれ!」
『そんな、置いてはいけません!』
「躊躇している状況ではないっ! あとは任せろ!」
通信を終え、またくるな……っと、アージェルが手を離した! そしてドレスの巨人は背中より弓を取り出す!
『いぇっへへーぃ!』
そして閃光を射った……が、ひらりとかわされた、直後に光が戻ってきて後ろから当たった……? ケルベロスのマントが大幅に削れた、しかし、そのままアージェルの方へと突っ込んでいくっ……!
『あれ、死ななかったみたい!』
アージェルは笑いながらひらりとかわし…………いや! ケルベロスがスカートの裾を掴んだ!
『あっ! わっ! ヘンタイ!』
そのまま振り回し、足元のメオトラへとぶつけるっ!
『あいたっ!』メオトラだ『邪魔だなぁ、もうっ!』
そして両者は墜落していく……!
「……ヘラ! 奴の周囲を旋回、ありったけの火器で攻撃しろ!」
『それは不可能……いえ、可能となりました』
やはりな、この機体は奴にとってさしたる脅威ではないはず、消耗したぶんの羽を回収すると思ったぜ!
そして旋回し、数多の攻撃を仕掛けるが……やはりというか、奴にはあまり通じていないらしい……! そして左腕を突き出した、何か撃ってくるのかっ?
『うぇっへへーぃっ!』
そのとき、アージェルがかっ飛んできてケルベロスを両足で蹴ったっ? 黒い巨体が上空へとぶっ飛んでいくが、お返しにと数多の光弾が降り注ぐ……が、ドレスの巨人はひらひらとかわし、攻撃はそのまま上昇してくるメオトラへと……!
『ああっ! 本当に邪魔だなぁ!』
メオトラは光弾のとばっちりを受ける、ともかくメオトラの元へ戻ろう!
『そろそろアーマーが限界だ』メオトラと合体する『次の攻撃で残りの四肢を奪いたい、どうにかあれと組みつければ……』
上ではアージェルとケルベロスがやりあっている。そして確かにメオトラの鎧はかなりボロボロだな、兜も半壊して、片目の部分があらわと……いや、待てよ?
パム系……か。ということは、あるいはニリャと素顔が似ているのかも……?
そう、ニリャの素顔もどうやらパム系らしい。それならばあるいは……。
『……あれはヘカテーなどとも呼ばれている。目覚めているとはね』
ふと、メオトラが呟くようにいった。
「……知っているのか?」
『太古の神の名を気に入り、演じている巨人のひとつさ』
「……神の名を冠されているとは聞いたが、演じているだと?」
『遊んでいるのさ。神話の神ごっこだ』
「そう、か……。いや、それより、あのケルベロスは搭乗者の心に呼応して動いているんだよな?」
『え、ああそうだよ』
「メオトラ、その兜を外して戦ってみてくれないか?」
『うん? どうしてだい?』
「ケルベロスの搭乗者であるクラタムはパムの顔に弱いかもしれない。彼はもっぱら、その顔をもつ少女に対する罪の意識より動いているといっていい」
『なるほど……?』
同じような人種でも別人だ、敵が多少、肉親に似ていようが攻撃の手を緩める理由にはならない。
しかし……クラタムのトラウマは強烈だ、パム系というだけでも怯む可能性はある……!
『まあ、素顔を晒すだけで弱体化するなら随分と気楽だけれどね』
メオトラは兜の前面の仮面部分を外す。
「効果がないようだったらまたつけてくれ、よし、行こう!」
そして上昇する、上ではまた黒い羽が周囲を漂い接近戦をしている、アージェルのはしゃぐ声が聞こえる、あいつ……前からちょっと変わった奴だったが、あそこまでだったか?
ともかく結果的にケルベロスの相手をしてくれているんだ、いまのうちに移動だ……よし、奴の真上に移動できた!
『背部ユニットもそろそろ限界だろう、離れていて! あとは組みついて力でねじ伏せるだけだ!』
だがそんなに上手くいくだろうか? 上から強襲してもかわされては意味がない。奴もヘカテーの猛攻をさばくので精一杯のようだが……。
よし、メオトラから離れ、いざというときには奴の退路を塞ぐか、これでいこうっ! 分離し、ケルベロスの周囲を旋回する!
「ヘラ、悪いがまた体当たりの準備だ!」
『なにっ』メオトラだ『保たないだろう!』
だからこそやる! 次のチャンスはないからだ!
『本機体は』おっとヘラだ『これ以上の体当たりには耐えられません』
「だがこのままでもぶっ壊れるだろうっ?」
『はい。数分後に機能の大半が停止、着陸することになります』
「だったら奴にもう一泡吹かせてからだ!」
『その時点で大破し、あなたも死ぬかもしれませんよ』
「巻き添えにして悪いな!」
『どういたしまして』
「何をしている、さっさといけっ、メオトラ!」
『くっ……!』
そして彼女が垂直落下し始める! しかし案の定か、ケルベロスはいち早く察知した……が、ビクリと動きを止める! やはりパムの顔に驚いたようだなっ!
「よし、いくぜっ!」
俺はなんでか初めて乗る乗り物でも敵に突っ込むのは得意でね! ケルベロスが動き出した、しかし遅いっ! 俺が退路を塞ぐまでもなくメオトラが間に合うかっ……って、ああバカッ! アージェルが蹴っ飛ばしてケルベロスが眼前を横切っていくビジョンが見えちまった! ダメだ、マジで俺がどうにかしないと!
「ヘラ、もっと加速しろっ!」
『うぇっへへーい!』
やっぱり蹴った、奴の位置がズレる! 進行方向を塞がないと、間に合うかぁああああっ……?
「うぉおおおおおおっ……?」
黒い影が視界を覆う……そして凄まじい衝撃っ! 操縦席がひしゃげる、こいつはマズい、潰される……どころか黒い手に機体の後部が貫かれたぁっ……?
『ヘカテェエエッ!』
『いわれなくてもっ!』
きっ、機体が分解していく、空中に投げ出されるぅうううう……と思ったら赤い手に受け止められた……! そしてメオトラだ、爆弾のような乱打の応酬……! しかし、烈風のような白い手刀がケルベロスの左腕を叩き切った! さらに首根っこを掴み、そのまま落下していく……!
よおおし、成功したな……!
『レク、ごめんね? 知らなかったものだから』
「ああ……いや、いいさ」
ほとんど邪魔だったが助かった面も確実にある。結果オーライということで、責めるのはよしておこう……。
そしてメオトラたちだ、どうにも戦艦の上に落ちたらしいな!
「アージェル、彼らの元へ連れていってくれ!」
『へへーぃ!』
さっきからなんだその口調は……。そして降りていくと戦艦の甲板だ、鎧のほとんどを失ったメオトラが押さえ込み、両腕のないケルベロスがもがいている……!
甲板に着地すると、メオトラがこちらを見やってほっと息をもらす。
『よかった、怪我は?』
「ちょっと操縦席で踊ったくらいだよ」
実際はなんかえらく身体中が痛いし熱い……。打撲や裂傷がたくさんあるだろうな、あるいは骨もやられているかもしれない。
「おや、お仲間だよ」
……本当だ、頭上より黒いギャロップが現れる。そしていち早く人影が飛び降り、エリの鳥もがたくさん出てきて……俺にくっつき始める。癒されるな、ありがたいぜ……!
「レクッ!」降りてきたのはアリャだ「無事だったんだね!」
「ああ、だがここは危険だ! 下がって……待て、ニリャを呼び寄せられるかっ? あの中にクラタムがいる!」
「やっぱり、クラタムだったんだ……」アリャは悲しそうな目をする「……ニリャだけを出すのは一日に一度くらい、それも数十分が限界なんだ。でも、短剣と私を媒介にすればもう一度だけ出せるよ」
アリャに短剣を返し、彼女は呪文を唱える。そして姿が徐々にニリャのものとなっていく……。
「ニェー!」そして飛び跳ね「オオー、レクだ!」
「ニリャ、クラタムだ、あの中にいる!」
「クラタムがっ?」
「そうだ、出てくるようにいってやってくれ。そして……君の思いの丈をすべて伝えてあげてくれ……。彼は、とても深く悔やんでいるようだから……」
ニリャはケルベロスを見つめ、
「……私が悪かったの。里に戻ろうとしたから」
おや、なんだか流暢だな。アリャがベースだからか、俺にセルフィンの言葉が通じるとわかったらしい。
「私は恨んでなんかいない。私のことはいいの。ただ、家族みんなが気がかりなだけ……」
「そうか……。それを伝えてやってくれ」
ニリャがケルベロスへと近づいていく、そして何かを語りかけた……そのときっ、ケルベロスの頭部が激しく動き出すっ!
『聞クナ、コレハ嘘ダゾッ……! コイツハ嘘ヲツイテイルッ! オマエナドガ赦サレル道理ナドナイノダッ!』
こいつだと、あれはクラタムではないな! ケルベロス自身かっ!
『オマエハオレダッ! イッショニ地獄デ灼カレルンダロッ! クラタァアアアムッ……!』
「……黒い悪霊めっ! クラタムから離れろ!」
『ハハハハハッ! コイツハオレダ! オレノモノダ!』
「クラタム出てきて! あなたは誰にも憎まれてなんかいない! わかるでしょうっ?」
ニリャがケルベロスの胴体を叩く。
「お願い、里に帰って生きるんだよ……!」
そのとき、ケルベロスの形が変わっていく……!
『待テェエエエエエエッ……クラタム! オマエハ、オレナンダゾッ!』
「お願い、クラタム……!」
そしてついに、腹部が開いた……!
『違ウゾ、クラタム! コレデ終ワリデハナイッ! オマエノ罪ハ永遠にキエナイッ! 逃ゲルナ、クラタァアアアアアアアアアアアムッ……!』
いったいなんなんだあいつはっ……? まるで地獄の淵に引き摺り込もうとしているような……!
『いい加減に黙れいっ!』
メオトラがケルベロスの頭を殴る! 奴は沈黙し……そして、胴体から人の手がかろうじて見えた! ニリャが胴体を駆け上り、クラタムを引き上げる! するとケルベロスは完全に静止した……。
そしてニリャがクラタムを抱きしめる……。
クラタムは嗚咽を漏らしながらまた、抱き返している……。
……よし、終わった、か……。
ああ、よかった……。
「素晴らしい光景だな。ともかく、君たちはここから離れた方がいい」
そのとき、ゼ・フォーが横を通り過ぎていった。そして、ケルベロスに接近する。
「あんた……?」
「ああ、ご協力に感謝する」
なんだ……? なにか様子が……。
ゼ・フォーは口元を上げ、ひとつ跳んで、ケルベロスの上に立った……。
……まさか?
「……メオトラッ!」
彼女の手を液体のように幾度も掻い潜り、ゼ・フォーはケルベロスの中に入った、瞬間に腹部が閉じる……!
おいおい、なんだよそりゃあ……?
『オオオオオオッ! 今日ハサイコーノ日ダゼェエエエエッ!』
ケルベロスが再始動するっ……。
『させるかっ!』
しかしケルベロスの首が回り、甲板を撃った……! 爆風が飛び散り、床が崩れていく……!
『しまった!』
そして黒煙の中、黒い巨体が飛ぶ……。
『くっ、ブースターも壊れてしまった!』
そして空に立つは、腕のない巨大な人影……。
『……人生、勤勉に生きていればどこかで好機が得られるものだ』
錯乱状態になっていない、もう適合したのか……!
「馬鹿な、ゼ・フォー……」
『怪物となった自分を想像したことは?』
「何をしているんだあんたはっ……!」
『また会おう、レクテリオル君。そしてさらばだ隊員の諸君、達者でやれ』
そして、ケルベロスは飛び去っていった……!
……誰しもが呆然と空を見上げている。
しかし、なんで、なぜ突然……?
いや、突然なのか? 残された隊員たちを見やるが、防毒面で彼らの表情は見えない……。
「レクさん」
ふと見やるとエリだ。
「危機はまだ去っていません、ここから避難しないと」
……そう、だな。
そうだ……。
いや、そうだ、ケルベロスはもういい……。
目的は果たした、すぐに撤退しないと、また何が現れるのかわかったものではない……。
「ああ、その通りだ、帰ろう……」
そしてメオトラを見上げるが、彼女は難しい表情だ。
「……仕方ないさ。俺たちは行くよ、本当にありがとうメオトラ……」
彼女は俺を見やり、少し微笑んだ。
『……こちらこそ助かったよ。あんまりにも杜撰な設計思想だったとわかっただけでも来た甲斐はあった』
そして、聞いておかねばならないこともある。彼女自身についてのことだ。それは根拠のない思いつきだったが、その体の大きさは……あのミネルウァやヘカテーと同じくらいなんだ。
「なあ、もしかして、あんたも……」
『そうだよ』彼女はあっさりと肯定した『そこのヘカテーと同じ存在だ』
そう、だったのか……。
「じゃあ、あんたの中にも……」
『それは秘密。じゃあ、またね』
メオトラはウィンクし、あっさりと去っていった……。
しかし、本当に杜撰なものだったのか、あの鎧は……? あるいは、まだ試作品を作っている時期だったのに危機に瀕している俺たちのために駆けつけてくれたのでは……? そう考えるのは楽観的に過ぎるだろうか?
……いや、それもいまはいい。俺たちはギャロップに乗り込む……。
『ふーん、行っちゃうの』
アージェルは甲板に腰かけ、大きな足をばたつかせている。
『つまんないなー』
「……お前は、そんなものを手に入れてどうするというんだ?」
『さあ? でもこれがあるべき形なんだって思うよ』
そんな巨人になって……何があるべきなんだよ?
いや、いい……。変に追及すまい。いまはもう、そんな気力がない……。
「そうか……。まあ、またな」
『へへーぃ! またね』
おどけて敬礼する巨人の前でギャロップは飛び立つ……。車内にはレキサルやゾシアムの姿もある。互いに傷だらけなんだろう、エリの鳥がいっぱいくっついている。その表情は穏やかだし、彼らにとっても戦いは終わったんだろう。
しかしアロダルやデンラ君の姿はない。まあ、彼らはパムの聖戦士がどうにかしたか……。
あとガークルがわりとボロボロだ。やはりエリの鳥がいっぱいくっついている。まあ満足そうな顔つきだし、好きに暴れることができたんだろう。ジニーは両足を抱えてじっとしている。
黒い馬は森の上を進んでいく。戦艦墓場が遠ざかっていく。嬉しいことに追撃はない……。
車内は静かだ、疲弊か安堵か、息の音が聞こえてくる。
……いや、小さな笑い声がする。
「いい面構えになったな」
あの、軽口のような言い方をする隊員だ。
「こういう騒動は楽しんだもの勝ちだぜ」
「……あんたらの隊長がケルベロスを奪って飛んでいったぞ」
「駒は踊る、踊る、ただ踊る……。でもたまに盤上から落ちて」隊員は手を遊ばせて笑う「まあ、いい隊長だったよ」
ドライだな。まあ、そんなものなのかもしれない。
そう割り切った方が楽なのかもしれない……。
……と、そのとき通信が入る。
『なんだ、帰るのかわん?』
……シルヴェか。
「ああ、用事は済んだ、撤退する」
『あの話、忘れてないわんね? いつでも待ってるわん、あと助けが必要なら気兼ねなくまた来るわーん!』
「……ああ」
そんな気にはなれんがな、メオトラの話を聞けばこそ……。
「ともかく、終わりましたね」ふと、エリが指先の鳥を眺めながら呟いた「あとは……」
あとは……か。そうだな、ワルドと黒エリを捜索しなくては……。
しかし、いまはただ、休みたい……。